菅総理はハメられた?6人任命拒否と杉田水脈「女は嘘をつく」発言の関係

reizei20201006
 

以前掲載の「菅首相の“恨み”と6人任命拒否。日本学術会議への敵意の正体とは?」等でもお伝えしたとおり、各界から多くの批判の声が上がっている、菅首相による日本学術会議の推薦候補6名の任命拒否問題。判断の正当性ばかりを強調する菅首相ですが、拒否に至った裏にはどのような事情があるのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では著者で米国在住作家の冷泉彰彦さんが、杉田水脈議員の「女はウソをつく発言」が背景にあるとして、そう判断せざるを得ない理由を記しています。

学術会議問題、深く憂慮する2つの理由

この事件については、最初に事件との個人的な関連を申し上げておきます。まず、今回の日本学術会議会員候補のうち6人に関する任命拒否事件については、特に加藤陽子、宇野重規という中道・中立の社会科学研究者に対する政治的迫害が明白である点を憂慮していますが、その背景には2つの事件を想定しています。

1つは1939年の平賀粛学事件で、経済学者の河合栄治郎は『ファッシズム批判』などの自由主義的な著作活動等を理由として東京大学を追われました。またもう1つはその2年前、1937年に発生した矢内原忠雄事件です。経済学者矢内原忠雄は「日本の理想を生かすために、一先ず此の国を葬って下さい」という発言などを理由に事実上東京大学を追われています。

個人的なことを申し上げると、河合は私の大伯父ですし、私の亡父は追放後の矢内原を民族主義者の攻撃から守る用心棒的な活動をしていました。また今回の任命拒否の対象となった加藤陽子氏は私の駒場の同期であり授業をご一緒したこともあります。同期の中で傑出した業績を挙げている方として尊敬する研究者です。宇野重規氏についてはここ20年来折に触れて意見交換をさせていただいている中で、それこそ政治的な中立性ということを人生をかけて追求していられる姿を尊敬してきました。

言論は個人的な関係性の延長で行うものではありませんが、庶民感情を悪用した政治的操作の結果、中道的・自由主義的な研究活動が圧迫されるということでは、戦前の矢内原事件、平賀粛学と今回の事件は通底するものがあるのは明白です。自世代として時代を理解することの延長として、今回の事件については強く批判するとともに事態を憂慮しています。

歴史的な経緯に加えて、憂慮のもう1つの理由は政治的背景です。

今回の学術会議問題については、どう考えても杉田水脈議員の女はウソをつく発言に関する下村博文政調会長の注意事件が背景にあるとしか考えられません。

というのは、学界の研究予算への攻撃というのは、杉田議員の活動のもう1つのテーマだったからです。では、どうして下村氏が「注意」したことが、学術会議問題とつながっているのかと言うと、2つの可能性があります。

1つは、菅総理が右派票を恐れている」という可能性です。そもそも、杉田議員が「女性はウソをつく」という暴言を吐いた理由は明白です。韓国の元慰安婦の人々の証言を否定したい、そして国内の不祥事について欧米世論に対して「告げ口外交」した伊藤詩織氏を批判したい、その2つをやっていけば、高齢男性の保守票が取れるし、比例区議員としてはそれが党の期待感、それが杉田議員の「芸風」だからです。

その点で杉田議員がやり過ぎた、これでは「巨大な女性票が逃げてしまう」という恐怖に駆られた自民党は、下村政調会長による「注意」を行ったわけです。ですが、このままですと杉田氏を傷つけたということで、杉田氏の応援団にも不快感を与えてしまうことになります。

安倍政権以来の習性として、高齢男性などの保守票を支持の中核に考える癖のついた自民党は、あるいは菅総理は、そこで怖くなったのだと思われます。杉田を懲罰しすぎて保守票に逃げられては大変だと言うわけです。そこで杉田のもう一つの「芸風」である学界いじめという禁断の一手に手を出したという可能性です。

こういう下らない「政治」というのは55年体制の自民党ではまず出てこないものでした。この種の陰湿な発想というのは、恐らくは官僚が絵を描いたのでしょう。それに総理が乗ってしまった、あるいは止めなかった、これが第一の可能性です。

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