高市首相が強行した「大義なき解散」で大量発生。ネット上の“解散大喜利”という異常事態に見る日本国民の不満爆発

km20260121
 

「大義」が明確に示されないままに強行された、突然の衆院解散。この高市首相の判断に対して政界やネット上では批判や揶揄が噴出し、「解散名」を巡る一種の大喜利状態が広がっています。今回の『きっこのメルマガ』では人気ブロガーのきっこさんが、過去の政権による解散総選挙を振り返りつつ、高市氏の解散劇を「新手のペテン」と断罪。その上で、これまで誰の口からも語られていない「新たな解散名」を提案しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:解散大喜利

なぜ高市解散は「大喜利状態」を呼んだのか。過去の解散名と重なる光景

高市早苗首相の今回の大義なき解散について、社民党の福島みずほ党首は1月14日の会見で、以下の解散名を次々と挙げながらモーレツに批判しました。

「自己都合解散」
「自己中解散」
「自分勝手暴走解散」
「都合の悪いことはさておき解散」
「統一教会の疑惑隠し解散」
「存立危機事態における失言隠し解散」
「政治とカネの問題隠し解散」
「解散の大義なき解散」

こうした発言を受け、ネット上では「居酒屋じゃないんだから」「大喜利してる場合かよ」という声も出たなどと報じられました。でも、あたしは「はぁ?」と思ってしまいました。何故なら「解散」は「大喜利」だからです。

2012年11月16日、当時の民主党政権の野田佳彦首相が「近いうち解散」、またの名を「近いうちじゃなかった近いうち解散」、またの名を「寄り切り解散」、またの名を「皆殺し解散」、またの名を「バカ正直解散」、しかしてその実体は「自爆テロ解散」に追い込まれました。

ちなみに「近いうち解散」は野田首相自身の発言からのネーミングですが、「近いうちじゃなかった近いうち解散」と言ったのは自民党の石破茂幹事長、「寄り切り解散」と言ったのは公明党の山口那津男代表、「皆殺し解散」と言ったのは国民の生活が第一の小沢一郎代表、「バカ正直解散」と言ったのは玄葉光一郎外務大臣、「自爆テロ解散」と言ったのは田中眞紀子文部科学大臣でした。これ、どう見ても「大喜利」じゃないですか?

そして、この「解散大喜利」から1カ月後の12月16日の「第46回衆議院選挙」で、民主党は改選前の230議席を57議席へと壊滅的に激減させ、一方の自民党は改選前の118議席を294議席へと圧倒的に激増させ、安倍自民党は政権へと返り咲いたのです。

で、こんな流れから誕生した第2次安倍政権ですが、鳴り物入りでスタートしたアベノミクスは何年経っても1ミリも成果が出ず、数値目標まで掲げた少子化対策も1ミリも改善せず、三党合意による消費税増税で国民生活は苦しくなるばかり。日銀によるバラ撒きとGDPの試算方法の変更で数字上の景気は上向きになっても、大半の国民は実感ゼロ。その上、森友学園問題、加計学園問題、桜を見る会問題と、次から次へと巻き起こる安倍首相の疑惑の数々。

それなのに、安倍政権は2020年9月まで7年9カ月も続いたのです。どうしてこれほど酷い政権が長続きできたのかと言うと、皆さんご存知の通り、安倍首相は国会で野党から厳しく追及され始めると、絶対に選挙に勝てる状況で解散総選挙に打って出て、いったんゲームをリセットし、その都度「延命」を繰り返して来たからです。

衆議院議員の任期は4年なのですから、2012年12月の次の衆議院選挙は2016年12月のはずでした。しかし安倍首相は「2年で結果を出す」と豪語したアベノミクスの成果がまったく出ないことを野党から攻撃され、さらには欧米メディアも「アベノミクスは失敗に終わった」と報じ始めたことから、このままじゃヤバイと思ったようで、まだ任期の半分の2年目だというのに、2014年12月、「アベノミクスの信を問う」などと抜かして解散総選挙に打って出たのです。

この時、安倍首相自身は「アベノミクス解散」と言い、連立する公明党の山口那津男代表も「デフレ脱却推進解散」などとフォローを入れました。しかし、民主党の海江田万里代表は「国民生活放り出し解散」、維新の党の江田憲司共同代表は「政策そっちのけ解散」と名づけて批判しました。でも、野党に十分な選挙準備をさせない不意打ち解散が功を奏し、自民党は勝利し、安倍政権は4年間のフリーハンドを手に入れたのです。

この記事の著者・きっこさんのメルマガ

初月無料で読む

print
いま読まれてます

  • 高市首相が強行した「大義なき解散」で大量発生。ネット上の“解散大喜利”という異常事態に見る日本国民の不満爆発
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け