英国諜報機関発の情報として「プーチン死亡説」が報じられるなど、全世界が注目するロシアの動向。大統領の後継者候補についてもさまざまな人物の名が上がっていますが、ここに来て新たな動きがあったようです。今回の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』では著者で国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんが、オリガルヒと呼ばれるロシアの富豪たちが描く「プーチン後」のシナリオを紹介。彼らはまた「反ウクライナ戦争派」でもあるため、そのシナリオは欧米にも受け入れられやすいものであるとの見解を示しています。
先日、「プーチンの後継者」の話をしました。
- プーチンは喉頭ガン、すい臓ガン、血液のガン、パーキンソン病、パラノイアなど、健康問題が深刻である
- もちろんプーチンは「死ぬまで大統領をつづけたい」が、難しくなってきている
- シロビキ(軍、諜報、警察など)は、安全保障会議書記ニコライ・パトルシェフの子ドミトリー・パトルシェフ(現農業大臣)を、次期大統領にしようとしている
- しかし、実権は、プーチンとニコライ・パトルシェフが握りつづける(院政)
- プーチンが急死した場合、憲法の規定に従って、ミシュスティン首相が大統領代行になる。その後選挙があり、正式大統領になる
- ミシュスティンは、元税務庁長官でシロビキとまったく関係がない
- 戦争への言及が少なく、欧米、ウクライナにも比較的うけいれやすい人物である
- というわけで、今後のシナリオは3つ
- プーチンが病気ながらも大統領でいつづける
- ドミトリー・パトルシェフを傀儡大統領にして、プーチンとニコライ・パトルシェフが院政を行う
- プーチンが死に、ミシュスティン首相が大統領になる
ここまでの詳細を知りたい方はこちら。
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しかし、クレムリン内の政治は日々動いています。今回は、この話のつづきになります。そして、今回の話のネタ元は、元モスクワ国際関係大学教授、歴史学博士のヴァレリー・ソロヴェイさんです。ここからは、ソロヴェイさんの見解になります。
まず、プーチンの健康状態について。
最近も、サンクトペテルブルグの経済フォーラムで演説したり、一見元気に見えます。しかし、ソロヴェイさんによると、病状はかなり悪く、「今年秋の終わりには、政権移行がはじまる」そうです。
そして、シロビキは、上記のようにドミトリー・パトルシェフを大統領にして、実際は父親で安全保障会議書記のニコライ・パトルシェフとプーチンが院政を行う。
ところがソロヴェイさんによると、新興財閥による「反パトルシェフ同盟」が形成されている。反パトルシェフ同盟の中心人物は、新興財閥です。具体的には、
● ロマン・アブラモービッチ
彼は、イギリスのサッカーチーム「チェルシー」のオーナーだったことで有名です。最近は、ロシアとウクライナの仲介に動いています。
● アナトリー・チュバイス
この方は、ソ連崩壊後の民営化改革を主導した人物です。副首相、大統領府長官、統一エネルギーシステム会長、ロスナノ社長などを務めました。ウクライナ侵攻後、ロシアを離れ、トルコ経由でイスラエルに入ったそうです。ちなみに、アブラモービッチ、チュバイスは、ユダヤ系。
● オレグ・デリパスカ
アルミ大手ルサル社長。この方は2008年時点で、世界10位の大富豪でした。近年は、制裁の影響もあり、資産を大幅に減らしているようです。
● ウラジーミル・ポターニン
インターロスグループ会長。このグループの中核企業は、ノリリスク・ニッケル。2020年時点で、ロシア一の大富豪でした。
ソロヴェイさんによると、
- アブラモービッチ
- チュバイス
- デリパスカ
- ポターニン
の4人が、「反パトルシェフ同盟」を結成した。ちなみに、この4人は、「反ウクライナ戦争」という共通点もあります。
では、「反パトルシェフ同盟」は、誰を「次期大統領」にしたいのでしょうか?意外なことに、アントン・シルアノフ財務大臣を次期大統領にしたい。この方は、2011年から現在まで、なんと11年も財務大臣をしています。シロビキとは遠い人。
さらにソロヴェイさんによると、ナビウリナ中央銀行総裁を次期首相にしたい。エリヴィラ・ナビウリナさんは、2013年から現在まで9年間中央銀行総裁を務めています。彼女はかつて、「2000年から08年の経済成長は、原油価格高騰によるものだ。これからさらに成長するためには、【投資環境の改善】が不可欠だ!」と力説していました。
ところが、彼女のボス、プーチンは、「投資家が逃げ出す」ことばかりする。具体的には、クリミア併合とウクライナ侵攻です。仕方なく、ナビウリナは、その天才的頭脳をもって、ロシア経済を安定させてきたのです。
シルアノフ、ナビウリナ、二人とも経済学者で、戦争に関してほとんど発言していません。それで、新興財閥だけでなく、欧米、ウクライナにもうけいれやすい人選といえるでしょう。
今後のシナリオ
というわけで、ソロヴェイさんによると、プーチン後を見据えてシロビキ 対 新興財閥の戦いが勃発したそうです。今までは3つのシナリオでしたが、4つに増えました。
- プーチンが病気ながらも大統領でいつづける
- ドミトリー・パトルシェフを傀儡大統領にして、プーチンとニコライ・パトルシェフが院政を行う
- プーチンが死に、ミシュスティン首相が大統領になる
- 新興財閥の後押しで、シルアノフ大統領、ナビウリナ首相が誕生
もちろん、すべて流動的ですので、確定的なことは何もありません。しかし、現時点での可能性は、上記のようになっています。
(無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』2022年6月22日号より一部抜粋)
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