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ほくそ笑む安倍元首相。「10増10減」新区割りになされた“配慮”

次期衆院選からの適用が見込まれる、いわゆる「10増10減」となる小選挙区の新区割り。その対象となり定数が1つ削られる、安倍元首相や総理の椅子を狙う林外相、さらに岸防衛相などの大物ひしめく山口県の区割りに注目が集まっていましたが、提出された案は事前予想と大きく異り安倍氏にとって有利なものでした。「区割り審議会」はなぜこのような勧告を示したのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では著者で元全国紙社会部記者の新 恭さんが、これまでの区割りと審議会の勧告案を詳細に解説するとともに、なぜ安倍氏の思い通りの結果となったのか、その真相を探っています。

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安倍元首相、衆院新区割り案にほくそえむ

一票の格差を是正するためとはいえ、選挙区割りの変更は、議員たちにとって、できれば避けたいことに違いない。選挙区が減るとなれば、なおさらだ。

衆議院の区割り改定案が6月16日、区割り審議会から「勧告」という名のもとに岸田首相に示された。25都道府県、140もの小選挙区で線引きを見直しているのだが、大きな影響が及ぶのは、いわゆる「10増10減」となる15の都県だ。

なかでも4議席から3議席に減る山口県の区割りにメディアの注目が集まった。安倍晋三元首相の地盤・下関市と林芳正外相の地盤・宇部市が同じ選挙区になる可能性が十分にあったからだ。

党の公認をめぐって、安倍氏と林氏が“対決”することになれば、党内情勢は一気に緊迫化する。安倍氏は総理への“再登板”を胸に秘めているだろうし、林氏は“ポスト岸田”レースの勝者をめざしているだろう。

そんな観測を巡らせていた人々にとって、発表された新区割り案は、意外なものだった。まずは、現在の山口県の区割りを見ておこう。

▽1区(有権者数35万7647人)山口市(旧阿東町域を除く)、周南市(旧徳山
市・新南陽市・鹿野町域)、防府市
▽2区(28万4320人)下松市、岩国市、光市、柳井市、周南市(旧熊毛町域)、大島郡、玖珂郡、熊毛郡
▽3区(25万6487人)宇部市、萩市、山陽小野田市、美祢市、山口市(旧阿東
町域)、阿武郡
▽4区(24万5493人)下関市、長門市

次に、新区割り案。以下の通りだ。

▽1区(46万6111人)宇部市、山口市、防府市
▽2区(44万8303人)下松市、岩国市、光市、柳井市、周南市、大島郡、玖珂郡、熊毛郡
▽3区(41万3267人)下関市、萩市、長門市、美祢市、山陽小野田市、阿武郡

大ざっぱに言うと、この新区割りでも、これまでに培ってきた集票組織をフル活用できそうなのが、現在の4区と2区の候補者、つまり安倍氏と岸信夫氏である。かりに安倍氏が新3区、岸氏が新2区になれば、これまでの地盤がそのまま含まれるため、ほぼ安泰といえるだろう。

その意味で割を食うのは、現1区の高村正大氏と現3区の林氏だ。かりに新2区、3区を安倍・岸の兄弟陣営が“占拠”した場合、残りは新1区のみとなる。

高村氏から見ると、新1区では、これまでの地盤のうち山口市は残るものの、周南市が外れているというマイナス材料がある。林氏にしても、新1区で固い地盤といえるのは宇部市のみで、集票を見込める萩市、山陽小野田市、美祢市が他区に分離されている。

もちろん、公認を決めるのは幹事長を中心とした党本部である。4人のうち誰が選挙区から締め出されるかは分からないのだが、経歴や政治力、新選挙区における強弱などから判断すると、新1区林氏、2区岸氏、3区安倍氏となって、高村氏が比例にまわされる公算が強い。

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言うまでもなく、これは区割り案がそのまま公選法改正案に反映される場合の話だ。自民党内では反対する声も強く、法制化までにはひと揉めするだろう。

ともあれ、この区割りはどこまで妥当性があるのだろうか。

実は、ほかに有力な区割り案が存在したのである。新3区を下関市、宇部市、山陽小野田市で構成するというものだ。山口県西南のこの三市は歴史、経済的な結びつきが強く、一つの選挙区となるのが自然だと思われた。安倍氏と林氏の争いが取りざたされたのも、この案が採用されることを想定するがゆえだった。

ただこの案の場合、党執行部として面倒なことが起きるのは明らかだ。安倍、林の両氏が同じ選挙区から出馬を希望したら、どちらを公認するのか。

安倍元首相が、山口県最多の有権者を誇る下関市を根城として抱え込んでいるのは言うまでもないが、林氏にしても、下関市は父祖から受け継いだ重要な地盤である。林家はこの地で1717年(享保2年)創業の醤油製造業を営み、路線バスを運行するサンデン交通株式会社の経営に携わってきた。下関には“隠れ林派”が多いといわれるゆえんだ。

宇部市における林氏の集票についても、宇部興産のバックアップが見込める強みがある。林氏の母親は、宇部興産創業者一族の出身だ。下関市と宇部市が同じ選挙区になった場合には、どちらにも基盤がある林氏が、「一強」といわれてきた安倍氏をしのぐ可能性が高いのだ。

その場合、いくら安倍氏が実力者とはいえ、これから総理を狙おうかという政治家に党執行部が、比例にまわれとは言いにくい。選挙区で林氏に分があると判断すれば、すでに総理を経験した安倍氏に引導を渡して比例で出馬してもらうよりほかなくなるだろう。

林芳正氏の実父、義郎氏は大蔵大臣や厚生大臣を歴任したが、小選挙区制が導入されて以後は、安倍晋三氏と調整のうえ、比例中国ブロックに転じた。しかし、同じことを幼児性の強い安倍氏に求めるのは高望みというものだ。

安倍氏はこれまで区割り変更についての発言を控え、自派閥の前会長、細田博之衆院議長に「10増10減」批判の党内拡大を託している感があった。

しかし、細田氏はスキャンダルを週刊誌に報じられるなど、「10増10減」反対発言をきっかけとした逆風にさらされ、身動きが取れなくなった。

そこで、安倍氏は自ら区割り審議会に手を回さざるを得ない心境に至ったかもしれない。

川人貞史帝京大学法学部政治学科教授を会長とする現在の顔ぶれは、安倍政権時代の2019年4月11日からスタート。大学教授や弁護士、元官僚ら7人で構成されている。

区割り審の委員は「国会議員以外の者であって、識見が高く、かつ選挙区の改定に関し公正な判断をすることができるもの」とされ、首相が任命するが、審議会にありがちな“御用有識者”の集まりでないとは言い切れない。

結果として、新区割り案では下関市と宇部市が切り離され、安倍氏と林氏が公認をめぐって“対決”しないように配慮された形となった。しかし、和歌山県など、いぜん火種を抱えた選挙区も多く、今後、公選法を改正するための議論の過程で、党内から反対論が強まるのは間違いない。

反対論の中心は「地方の声が国政に届きにくくなる」といった声だが、むろんこれは建て前にすぎない。「自分の選挙が不利になるから」とは口が裂けても言えないだろう。

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もっとも、岸田首相が「10増10減」を反故にするようなことは考えにくい。それが法律に基づいているからだ。

2014年の衆議院選挙で「一票の格差」が最大2.13倍となったことについて、15年11月に最高裁が違憲判決を下したため、衆院議長の諮問機関「衆院選挙制度に関する調査会」が、人口比を反映しやすいアダムズ方式という議席配分方法を2022年以降の衆院選から採用するよう答申し、それを受けて、この法律が立案された。

法を無視するようなことになれば、岸田首相に批判が集中し、内閣が揺らぐのは必至だ。党内論議がどうであれ、予定通り「10増10減」の公職選挙法改正案を秋の臨時国会に提出するハラだろう。

新区割り案が発表されて以降、安倍氏は「私はタッチしない」と報道陣に口を閉ざしているという。

安倍氏としては思い通りの区割り案である。だからこそ、この件については沈黙を貫くのが得策と考えているに違いない。自分だけよければいいのかと言われないように。

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image by: 安倍晋三 - Home | Facebook

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