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Military boots on the legs of soldiers in a row.

露国民は猛反発。なぜプーチンは「部分的動員」の暴挙に踏み切ったのか?

ロシアが兵士の「部分的動員」をすると発表し、同国内は動揺を隠し切れていません。以前は「動員はない」と言い、停戦を望んでいたはずのプーチンですが、今回の決定に踏み切った理由とは? 無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』では著者で国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんが、その裏事情を詳しく語っています。

動員で完全崩壊するプーチン神話

9月21日、プーチンは、「部分的動員」を発令しました。

皆さんご存知のように、私は1990年から2018年まで、28年間モスクワに住んでいました。当然、ロシアにたくさんの友人、知人がいます。彼らが動員され、ウクライナ戦争に送られる可能性があることを思うと、実に悲しくなります(動員されるのは「予備役の人たち」とされています。ロシアでは、1年間の徴兵期間があるため、ほとんどすべての成人男性が「予備役」にカウントされます。そして、「最大2,500万人まで動員できる」とされています)。

プーチンは「部分的動員」という言葉を使っています。これは、「戦争」を「特別軍事作戦」という用語におきかえたのと同じ「詭弁」。「総動員令」を出すと、あまりにも社会の動揺が大きい。それで、「部分的動員」という言葉を使い、「たいしたことない」と思わせようとしている。しかし、実際は「100万人規模なのではないか」といわれています。

読売新聞オンライン9月25日。

ロシアのプーチン政権が、ウクライナ侵略の兵員を補充するため発令した部分的動員を巡り、強引な招集の実態が次々と明らかになっている。動員規模についても、セルゲイ・ショイグ国防相が21日に言及した30万人にとどまらず、100万人規模との報道が相次ぎ、国民の不満は高まるばかりだ。

ロシアでもっとも人気のあるメッセンジャー・SNS「テレグラム」には、全ロシアから、大量の成人男性が動員されていく様子が投稿されています。その数はあまりにも多く、規模が大きく、「100万人規模でウクライナに送られるのだろう」と感じます。正確な数は、もちろんわかりませんが。

シベリアのメディアによると、ブリヤート共和国にある人口約5,500人の村では、プーチン大統領が部分的動員を発令したテレビ演説から数時間後の21日夜、対象者宅の訪問を担当者が始め、翌日午前4時に集合するよう指示した。午前10時には男性約700人が、訓練施設に向け出発した。

極東沿海地方は約7,700人の招集を24日までに終える予定だ。地方政府の迅速な対応が際立つが、粗さも目立つ。ブリヤートでは、動員対象外のはずの大学生にも招集令状が渡された。南部ボルゴグラード州では、63歳で糖尿病などの持病も抱える退役軍人が、身体検査を受けずに招集された。
(同上)

 

完全崩壊するプーチン神話

2021年1月、反プーチンのナワリヌイグループは、「プーチンのための宮殿」という動画を配信しました。

Дворец для Путина. История самой большой взятки


この動画は、現在までに1億2,400万回再生されています。ロシア語の動画なので、見たのはほとんどロシア人でしょう。ネットを使わない子供と老人以外は、全員見たという感じなのです。

この動画は、プーチン神話を破壊しました。それまでロシア国民の多くは、「プーチンは、真の愛国者。物欲は全然なく、質素に暮らしている」と信じていた。この神話の根本が破壊されてしまった。

私はこの動画を見て、有料講座「パワーゲーム」で、「プーチン神話は崩壊しました。神話による統治は難しくなるので、これからは、力と恐怖による統治をするようになるでしょう」と語りました。実際、その後、ロシアにわずかに残っていた自由は、急速に失われていきました。

そして、今年2月24日にはじまったウクライナ侵攻。これは、一体何でしょうか?プーチンは、

・ウクライナのNATO加盟を止める
・ルガンスク、ドネツクのロシア系住民を救う
・ウクライナの「非ナチス化」「非軍事化」
・ロシアが攻撃しなければ、ウクライナが攻撃してきただろう

などと、さまざまな理由を挙げています。しかし、私が思うに、プーチンの真の動機は、「自分が権力の座にとどまること」。

「プーチンのための宮殿」動画で、「プーチンは、クリーンな政治家だ」という「神話」は崩壊しました。しかし、プーチンには、もう一つの「神話」があった。それが、「プーチン常勝将軍神話」です。プーチンはこれまで、

・第2次チェチェン戦争
・ロシアージョージア戦争
・シリア内戦介入
・クリミア併合
・ウクライナ内戦介入

などで、常に勝利してきました。

シリア内戦を見てみましょう。ロシアは、アサド大統領派を支援。欧米は、反アサド派を支援。内戦がはじまってすでに11年。ロシアが支援するアサド大統領は、いまだ健在です。つまりプーチンは、シリア内戦で、「欧米に勝った」ともいえる。

そして、戦うたび、プーチンは支持率をあげてきました。今回のウクライナ侵攻でも、プーチンの支持率はあがり、動員がはじまる直前まで83%だったのです。

ところが、今回の戦争で、「プーチン常勝将軍神話」も完全崩壊しそうです。

 

プーチンはなぜ動員を決意したのか?

動員令へのロシア国民の反発はものすごいものがあります。なぜでしょうか?

ロシア国民のほとんどが、「特別軍事作戦を支持している」といわれます。しかし、いままでロシア国民にとって、ウクライナ戦争は「他人事」でした。朝仕事にいって家に戻ってくる。テレビを見ると、「ロシア軍は今日も大戦果をあげました!」と報じている。男たちは、ビールを飲みながら、「いいぞ、いいぞ。がんばれロシア軍!」と応援する。こんな感じなのでしょう。

しかし、自分が戦争に行くとなると話は別です。女性たちにとっては、自分の父親、夫、息子たち、兄弟が戦場に送られる。これは、うまいものを食べながら、テレビを見て応援するのとは、全然別次元の話です。それで、ロシア全土で、動員に反対する大規模なデモが起こっています。

ところでプーチンは、なぜ不人気な動員を決断したのでしょうか?戦争のこれまでを振り返ってみましょう。

2月24日にウクライナへの侵攻を開始した時、ロシア国営のプロパガンディストたちは、「2~3日でキエフを制圧して、特別軍事作戦は終わる」といって笑っていました。

3月末、ロシア軍はキーウ(=キエフ)攻略を断念し、東部に戦力を集中しはじめます。プーチンの目標は、東部ルガンスク州、ドネツク州を完全制圧し、5月9日の戦勝記念日で勝利宣言をすることに変わったのです。ところが、5月9日になっても、ロシア軍は両州を制圧できませんでした。

7月3日、ロシア軍は「ルガンスク州全域を制圧した」と発表。これは、確かに戦果といえでしょう。プーチンは、「次はドネツク州だ!」と喜んだ。しかし、ロシア軍の進撃は、ここまでだったのです。

プーチンは、水面下で停戦に動き始めました。ウクライナへの要求は、

・ウクライナは、クリミアをロシア領と認める
・ウクライナは、ルガンスク人民共和国、ドネツク人民共和国の独立を認める
・ザポリージャ州、ヘルソン州をロシア領する

ことなど。ゼレンスキーは、当然こんな要求を受け入れることはできない。彼は、停戦交渉再開に応じませんでした。

プーチンは9月16日、ウズベキスタンでインドのモディ首相と会談した際、「私たちは全てをできるだけ早く終わらせたいと思っているが、ウクライナ側が交渉を拒否している」と語りました。これは、事実です。しかし、「ロシア側が無茶な要求をしている」のも事実。

では、停戦を望んでいたプーチンが、なぜ動員に踏み切ったのでしょうか?答えは、「ハリコフ州で、ロシア軍が大敗を喫し、敗走したこと」です。

 

共同9月12日。

ウクライナ軍は東部ハリコフ州で反攻を強め、ゼレンスキー大統領は11日、要衝のイジュムを奪還したと宣言した。イジュムはロシア軍の補給路となっており、戦略上、大きな戦果となった。米シンクタンクの戦争研究所は10日、ロシア軍が統制の取れていない形で敗走していると分析した。

この大敗は、プーチンをはじめとするロシアの支配者層に大きな衝撃を与えました。プーチンは、「このままだと俺は敗北し、権力を失う」と恐怖したに違いありません。どうすれば、戦況を変えることができるのでしょうか?2つしか方法はありません。

1.動員令を出し、兵士の数を大幅に増やす
2.化学兵器、戦術核などを使用する

それで、仕方なくプーチンは、動員を決意したのです。

同時に、南部ヘルソン州、ザポリージャ州、ルガンスク州、ドネツク州で、「ロシアへの編入の是非を問う住民投票が行われる」ことが決まりました。23~27日に行われ、「圧倒的多数が編入を支持した」と宣言されるでしょう(実際、ウクライナ政府と内戦していたルガンスク、ドネツクでは、ロシアへの編入を望む人が多数派でしょう。一方、ヘルソン州、ザポリージャ州の住民がロシアへの編入を支持することはないでしょう。ですが、「大多数が編入を支持した」と発表されるはずです)。

この住民投票の意味はなんでしょうか?おそらく今月末あたり、ルガンスク、ドネスク、ヘルソン、ザポリージャは、「ロシア領」になります。その後、ウクライナ軍がこれらの地域を攻撃すると、ロシアは「自衛のための戦い」と主張できる(普通に考えたら、めちゃくちゃな論理ですが、ロシア側のプランはそうなっています)。すると、何が変わるのでしょうか?

ロイター9月25日。

ロシアのラブロフ外相は24日、国連総会出席のため訪問している米ニューヨークで記者会見し、ウクライナ東部と南部で住民投票が実施している地域がロシアに併合された場合、ロシアの「完全な保護」下に置かれると述べた。

また、核戦力使用に関する方針を盛り込んだ軍事ドクトリンに言及し、併合した地域の防衛に核兵器の使用もあり得ると示唆した。

ロシアは、「自衛戦争のためなら核兵器を使える」のです。だから、今月末に「ロシア領」になる4州を守るためには、「核兵器も使えるのだ」と。

破滅にむかうプーチン政権

なぜ、プーチンは動員を決断したのか?もちろん、「ウクライナ戦争で苦戦しているから」です。彼は3月時点で、「動員はしない」と断言していました。それが今回は、「部分的動員」という詭弁を使って、事実上の総動員体制に移行しつつある。プーチンは、全ロシア国民をだましたことになります。

今、ロシア全土で、「反動員」の大規模デモが起こっています。ナワリヌイ逮捕時のように、ウクライナ戦争開始時のように、今回の大規模デモも、武力によって鎮圧できるかもしれません。しかし、ロシア国民の「心」は、完全にプーチンから離れていきます。

ある男は、奥さんをDVで従わせることができるかもしれません。事情を知らない近所の人から見たら、二人はごくごく普通の夫婦です。しかし、奥さんはすでに心の中で夫と離婚しています。これを「内的離婚」といいます。夫が怖いので、「外的離婚」には踏み切れません。ですが、機会が訪れたら、必ず離婚するでしょう。

プーチンとロシア国民の関係も、そのようなものです。愛、信頼、尊敬、神話による統治は終わっている。今あるのは、力と恐怖による統治だけ。プーチンとロシア国民の「内的離婚」は、起こっています。時間差はありますが、内的離婚は、外的離婚に進んでいく。そういう意味では、プーチンの時代は、「終わりにむかっている」といえるでしょう。

(無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』2022年9月26日号より一部抜粋)

image by: Shutterstock.com

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【著者】 北野幸伯 【発行周期】 不定期

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