あくまで冷静に、そして時に舌鋒鋭く旧統一教会を追い詰めてきた、ジャーナリストでテレビコメンテーターとしても知られる有田芳生さん。そんな有田さんが12月16日、メルマガ『有田芳生の「酔醒漫録」』を創刊しました。今回はその記念として、メルマガ創刊号を全文公開。いわば今後の「予告編」にあたるこの号では、小林よしのり氏や桑田佳祐氏との思い出をはじめ、今後メルマガで公開予定の資料や極秘ネタなどが明かされています。
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1・「評言独語」─捜査当局は旧統一教会をどう見ているか
▼私が「朝日ジャーナル」さらに「週刊文春」で統一教会(現在は世界平和統一家庭連合)の問題点を取り上げ、批判してから35年になる。7月8日に起きた安倍晋三元総理銃撃事件をきっかけに、旧統一教会について「パンドラの箱」が開いた。それから5か月が過ぎたが、いまだ報道が「現象論」の域を出ていないことに忸怩(じくじ)たる思いがある。問題の核心は「文鮮明機関」(アメリカのフレイザー委員会の分析)の全貌にあるからだ。1978年に公表された報告書は、この教団を最も詳細に調査したが、それでも限界がある。
▼その多面的な行動の一部として日本の政治家との関わりがあり、霊感商法や信者への献金で集めた資金の使途がある。私は日本テレビ「スッキリ」で警察庁は統一教会を反社会的集団であると認識していると発言した。教団は私を名誉毀損で訴えてきた。信者による霊感商法の被害が社会問題になったとき、警察庁は1987年の国会で「各種の悪質商法のなかでも最も悪質」と答弁している。それだけではない。1960年代後半には、日本の統一教会系企業が韓国の教団関係企業から、国内に散弾銃を2500丁も輸入、捜査当局は当然注目した。
▼オウム真理教事件が裁判に移行したときのことだ。私は警察庁幹部と警視庁幹部に依頼され、「誰が集まったかは聞かないでくれ」という条件で、統一教会の問題点を「眼の鋭い」男性たちにレクチャーした。その会合のあと、幹部は私に言った。「オウムのあとは統一教会を摘発する。その準備を進めている」。捜査当局は統一教会をどう見ていたのか。北朝鮮による拉致問題にも関わる「戦後史の闇」がある。私はこのメルマガで、資料の公開もふくめて、可能な限り事実を明らかにしていく。
2・「酔醒漫録」─11月1日~12月7日 小林よしのりさんと再び
▼私は高野孟さん、佐高信さんの「まぐまぐ」メルマガを購読している。このたび同社社員のお誘いをきっかけに、思うところあり、ここで書いていこうと決めた。題して〈有田芳生の「酔醒漫録」〉。たとえばこんな「味つけ」だ。
12月14日(水)
旧統一教会から10月27日に名誉毀損で訴えられてから、ピタッとテレビ出演の依頼がとまった。正確にいうと、日本テレビ「スッキリ」での私の発言に対して、日本テレビとともに訴えられ、翌日にあるテレビ局からそれを報じたいとの依頼があった。テレビ局に行く準備をしていたら、担当者から「取材できなくなりました」と告げられた。その後はTBS「ニュースキャスター」から、教団2世信者の養子縁組の意味を取材され、放送されたが、それがテレビの仕事の、いまのところ最後だ。
裁判対策のため、私の弁護団のひとり、澤藤大河弁護士とともに、日本テレビ側の弁護士たちと訴訟進行の打ち合わせ。昼になり、銀座にある「とん㐂」でヒレカツ。かつてはクラブからの出前が多かったが、コロナ禍の影響で少なくなり、閉店時間を早めたという。壱眞珈琲店で雑務。この喫茶店は北野武さんの絵画が飾ってあり、かねてから外出先の書斎がわりに使っている。浜松町で小林よしのりさんと統一教会批判の対談。これで2回目になる。2月には対談本が出る予定だ。「保守とはバランスだ」という小林さん。いまから30年前に歌手の桜田淳子さんたちが合同結婚式に出るので大騒ぎになった。あのころ小林さんは『ゴーマニズム宣言』に統一教会問題を描き、その最後に「有田芳生ガンバレ」と励ましてくれた。いままた統一教会問題で対話するとは思いもしなかった。駅近くの喫茶店で「まぐまぐ」のHさんと打ち合わせ。有料メルマガを出さないかとお誘いを受けていた。「よし、やろう」そう決めて、その場でiPadを使って申し込みをした。
飯田橋の沖縄料理店「島」へ。ここは沖縄の伝説的政治家である瀬長亀次郎さんが好きだった店だ。多良川酒造の沖縄復帰50周年記念泡盛43度を飲みながら、この原稿を書く。新聞関係者が話しているのが聞こえてきた。声の通る男性が中国脅威論を語っている。自信満々の言葉が怖い。おそらくこれが日本の縮図だろう。戦争体験なき戦意は昂進する。いまこそ「平和基本法」のような政府与党に対抗する安全保障政策が必要だ。帰宅してNHKクローズアップ現代で放送された桑田佳祐さんの特集録画を見る。日本テレビ「ザ・ワイド」のコメンテーターだったとき、スタジオ近くのトイレで桑田さんとバッタリ。「見ていますよ」と言われたものの、ずっと見ているのはこちらなのだ。
▼こうして書いてきた「酔醒漫録」は前世紀末の2000年6月13日から書きはじめ、これまで5冊の単行本(第1巻は私家版。さらに第1巻から5巻は「にんげん出版」)にまとめている。そのあと公開しないまま、2021年12月6日からいままで書いてきた。そしてこんどは「まぐまぐ」で続けていく。一個人の日常を通じて世界と日本を見つめていく試みだ。どんな内容になるのか。「週刊新潮」(22年12月2日号)に書いた『週間食卓日記』から細かい食事の記述を減らし、もっとテーマ性のある記録になるだろう。たとえば統一教会に対する捜査当局の極秘資料を次号で公開し、北朝鮮の拉致問題で岸田政権が旧統一教会ルートを模索していることは次々号で詳しく書く。政権与党から入手する資料も適宜紹介していくつもりだ。映画評、演劇評、書籍の紹介も定番。ここでは「週刊新潮」の元原稿(字数オーバーで削除したところを再現)を記録しておく。メルマガはこの『食卓日記』より情報量はずっと多くなるはずだ。
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11月1日(火)
1日のはじまりにまず沖縄茶「千種28茶α」を飲む。もう5年ほど愛飲しているのは、風邪をひかなくなったから。朝食はパン派。珈琲の豆は札幌の「カフェ ランバン」から取りよせている。故・筑紫哲也さんの紹介で北海道講演があったときに知った名店で、店主の阿部和弘さんは同世代。珈琲カップは那覇市にある「トックリキワタ珈琲店」で買った「工房ことりの」の爽やかな器。パンは吉祥寺にあるドイツパン「リンデ」の大きなエピの一欠片、そしてプレッツェル。5種の野菜とマッシュポテトのサラダ、鎌倉ハム、目玉焼き、ポテトサラダ。デザートはシャインマスカットに秋柿。伊東にある石原結實さんの「ヒポクラティック・サナトリウム」でたいてい年2回、5泊の断食を続けてきた。石原先生曰く「現代人は食べ過ぎです」。そうだなと思い、たいてい1日2食にしている。とはいえ、この日は某国大使館員と新宿のホテルでランチ。さらに喫茶ラウンジで大学教師と日朝交渉について意見交換。日朝交渉が進む条件にないことを確認。「ささもと」へ。新宿に戦後すぐからあった店だ。「しょんべん横丁」(トイレがなかったから、そう呼ばれてきた。いまは「思い出横丁」)には闇市の雰囲気が残っていていい。常連ともつ焼きを食べながら金宮焼酎の梅割り2杯半。
11月2日(水)
朝は昨日とほぼ同じ。パンはドイツ風クロワッサン。小岩井の「免疫ケア」ヨーグルト。フルーツは梨。朝食はいつも新聞を読みながらの「ながら食べ」。14時発のJAL261便で秘書役の長女と広島。ホテルに荷物を置いてお好み村の「水軍」へ。まずは野菜炒めと牡蠣焼き。これがビールに合う。そしてネギ焼きに日本酒、ハイボール。この店は新党日本の総務局長で参議院議員だった平山誠さん(故人)に教えてもらい、広島に来たときはたいてい立ち寄っている。母娘で切り盛りしている空間は常連客や県外からの客でいつも賑わっている。今晩は外国人がズラリ。アメリカのカリフォルニアからの高齢者たち。コロナ前から予約していたツアーは、東京、京都、大阪、そして広島で東京に戻り、日程は2週間。人との出会いが旅の喜びだ。
11月3日(木)
昨夜は食べすぎゆえに朝食は抜く。昼前に1972年創業の喫茶店「ツバイG線」でサンドウィッチに珈琲。午後は広島弁護士会館で「総がかり行動実行委員会」で講演。会場に約270人、県内7か所の会場での中継に約230人。7月8日に安倍晋三元総理が銃撃、暗殺され、容疑者の動機が旧統一教会への恨みだとわかってから、やたら講演が多い。私にとっては参議院選挙で惨敗が確定し、落胆していたその日からこの問題に巻き込まれた。燃え殻『それでも日々はつづくから』(新潮社)にあるように「挫折だと思ったら左折だった」。「朝日ジャーナル」に教団批判の原稿を書いたのが1987年だから、もう35年になる。韓国に教団ができて68年。最大の危機に主体的に立ち会うことになるとは思いもよらなかった。講演を終えて再び「水軍」。知人記者とビールに広島名物のコウネ(牛の肩バラ)焼きなど。空港へ。最終便で東京。
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11月4日(金)
珈琲を淹れて、大阪難波の「グーテ」で買ったチーズロール。私が高校生のころ、母がよく買ってきてくれた。「グレートマザー物語」(テレビ朝日系)でこのパンを探す番組があった。放送され、しばらく1日に約1,000本が売れたと聞いた。副菜は赤かぶ、マッシュルームなど5種の野菜とマカロニサラダ、ベーコン、ゆで卵。柿とシャインマスカット。池袋で韓国KBS(日本でいえばNHK)の年末特集用の収録。日本政治になぜ世襲が多いのかなどを聞かれる。表参道の喫茶店「三十間」で朝日新聞ネット記者に私が統一教会から訴えられたことについて取材を受ける。ジムで泳ぎ、歩く。「フリーランスは健康が前提。病院に行くつもりで泳ぐんですよ」。先輩にそう言われて泳ぎはじめたのは1994年。オウム事件の年を除いて、ずっと続いている。瀬長亀次郎さんが好んだ飯田橋「島」で泡盛「瑞穂」古酒(35度)で刺身など。
11月5日(土)
妻が病院に行き不在なので、珈琲にホットドッグ。カゴメの「つぶより野菜ジュース」。「座 高円寺」で燐光群の「藤原さんのドライブ」(坂手洋二作)を観る。ハンセン病への異様な差別を通して、この国の歴史と現在をえぐる。アフタートークは映画監督の三上智恵さん。「ノーモア沖縄戦」はいまの課題なのだ。終演後、坂手さん、三上さん、『沖縄戦と琉球泡盛』(明石書店)を上梓した上野敏彦さん、今日の作品と「ちむどんどん」にも出演した円城寺あやさんと近くの焼き鳥屋で一献。勢いで、ひとり新宿「ささもと」へ。個人観光客も緩和され、外国人旅行客が増えてきた。
11月6日(日)
珈琲にトースト。納豆とネギのオムレツにハム、ゆでアスパラ、ブロッコリー、カリフラワー。リンゴと巨峰。ジムで泳ぐ。身長は168センチで体重は約68キロで変化ほぼなし。東村山へ。「週刊新潮」でもしばしば創価学会問題でコメントしている乙骨正生さんに頼まれた「政治と宗教を考えるシンポジウム」。帰宅して娘たちに人気の豆乳鍋に合流。そんな季節になった。
11月7日(月)
珈琲とベーコンエピ。スクランブルエッグ。定番のサラダ。シャインマスカット。青山一丁目で13時から旧ソ連の8月クーデターをレニングラードで記録した『新生ロシア 1991』(70分)、リトアニアの気高い独立闘争を壮大に描いた『ミスター ランズベルギス』(248分)を観て、池田嘉郎さんの解説を聞いたら20時前。ソ連(ロシア)帝国主義は歴史の犯罪者だ。ゴルバチョフ像が大きく揺らいだ。ヨシフ・スターリンの葬儀を描いたドキュメンタリー『国葬』をはじめ、セルゲイ・ロズニツィア監督の作品は優れた現代史の記録だ。銀座「ささもと」。自宅で泡盛に広島で買った牡蠣の燻製。ほうれん草のお浸しなど。
『週間食卓日記』に前回登場したのは、2003年7月17日号。もう19年も前になる。この年は阪神タイガースが18年ぶりにセ・リーグで優勝、小泉純一郎政権で、解散・総選挙も行われた。あのころ「ザ・ワイド」(日本テレビ系)のレギュラーコメンテーターとして、麹町にあった日本テレビに電車で通っていた。番組は2007年9月に終了、私は2010年から22年まで参議院議員として働き、いままたフリーランスの立場でこの原稿を書いた。精神の核は昔もいまも同じだが人生航路はまったく予想できなかった。この間隔なら、年齢からしてここに書かせていただくのは人生最後か。この欄が続いていたらもう1回機会があるかなぁ。
(『有田芳生の「酔醒漫録」』2022年12月16日創刊号より抜粋)
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image by: Robert Granc, CC BY-SA 4.0, ウィキメディア・コモンズ経由で