SNSの普及などによって、トランスジェンダーなどの性自認についての認知度があがり、企業でも社則の中に定めているところも多くなってきました。しかし、今回、無料メルマガ『「黒い会社を白くする!」ゼッピン労務管理』の著者で特定社会保険労務士の小林一石さんが紹介する事例では、トランスジェンダーの社員を「彼」と呼んだことがパワハラにあたるかどうかという裁判事例をあげて、その結果について説明しています。
トランスジェンダーの社員を「彼」呼びはパワハラになるのか
自分のことを一人称でどう呼ぶか。「僕」という一人称は一般的には男性が使うことが多いですが、あのさんのように女性でも使っている人はいます。
あのさんが自分のことを「僕」と呼ぶ理由について、「中性的でありたいから」「芸能界を生き抜くキャラ作り」とも言われていますが、ご本人は、はっきりと否定しています(後者についてはそもそも芸能界に入る前からなので「ありえない」そうです)。
私個人としては自分をどう呼ぶかは個人の自由であり、仕事上では、ビジネスマナーとして多少制限を感じるときはあるものの、自分が呼びたい呼び方で良いと思っています。
ただ、「相手をどう呼ぶか」は注意が必要な場合があります。
それについて労災事件があります。
あるインフラ関連の会社でトランスジェンダーの社員(性自認が女性)が、先輩社員からのパワハラが原因でうつ病になったとして労災申請を行いました。
そのパワハラの具体的な内容は以下の通りです。
・性自認が女性であることを説明したにも関わらず、(その先輩社員は)「彼」「〇〇君」と呼び続けた
・(その先輩社員は)「戸籍の性別変更はできるのだから、できてからそれを言いなさい」「女性としてみられたいならそういう細やかな気遣いも必要なのではないか」との発言を繰り返した
・上司を含めた3者で話し合った際やその後も「彼」と呼び続けた。配置転換をおこなった後も継続してそれを続けた
では、これはパワハラとして認められるのか?
労基署は、すべてパワハラとして認めました。
これらの行為は「SOGIハラ」と呼ばれ、パワハラの一種として禁止されています。
SOGIハラとは「相手の性的志向、性自認に関する侮辱的な言動を行うこと」です。
ここで実務的には注意すべき点があります。
一般的にはパワハラやセクハラでは、会社がきちんと対応していないことを問題視されることが多いです。例えば
・相談されてもまともに取り合わなかった
・加害者を指導しなかった
・そもそもパワハラ、セクハラがあったことを認めなかった
などです。
ただ、今回のケースでは会社は次のような対応をしていました。
・所属長は、女性として扱うよう部署の社員に指示を出していた
・本人、先輩社員、上司で3者面談を行い、先輩社員に対して言動を改めるように指導を行っていた
・(トランスジェンダーの社員が)先輩社員と業務上の関わりをもたなくても良いように職務の変更を行った
などです。私の目から見ると会社はできる対応はほぼしているように思えます。ただ、問題だったのはこの先です。
何か?
それは、「それでも、先輩社員は「〇〇君」呼びを止めなかった」ことです。このことが労災認定につながりました。
つまり、たとえ会社が「しっかり対処しました!」と言っても、そのパワハラ行為が続いていれば労基署は「そんなの認めん!」ということです。労災認定されたということは会社は安全配慮義務違反に問われる可能性もあります。
みなさんの会社ではいかがでしょうか。
パワハラに対する対策を、全くしていないところはおそらく無いでしょう。ただ、徹底はできているでしょうか?
例えば、管理職のみにパワハラ研修を行っているのであれば今後はそれを全社員に拡げる必要があるかも知れません。
パワハラ相談窓口の設置が法律で義務付けられましたが、その担当者はある程度の専門知識を持っているでしょうか。場合によってはその担当者への研修も必要になるかも知れませんね(知識不足による不適切な対応により、担当者が訴えられた裁判もあります)。
今一度、見直してみてはいかがでしょうか。
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