「魂の殺人」とも言われ、被害者の心身に重大な悪影響を及ぼす性暴力。そのような許されない行為が、あろうことか教育現場で多発していることが数々の報道や調査から明らかになっています。今回のメルマガ『伝説の探偵』では、現役探偵で「いじめSOS 特定非営利活動法人ユース・ガーディアン」の代表も務める阿部泰尚(あべ・ひろたか)さんが、性暴力に関して「もはや学校界隈は地獄」として内閣府の調査結果等を紹介。さらにその被害者が、学校に有効策を採ってもらうため「いじめ防止対策推進法」を使わざるを得ない理由を解説しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:なぜ性暴力被害者はいじめ防止対策推進法を使うのか?
もはや地獄と化した学校界隈。性暴力という“心の殺人”から被害者を救う手立てのない日本の教育現場
札幌市で起きた当時小学3年生が中学1年生のから受けた性暴力事件は前々回、本紙で触れた。学校は未だに保護者会に応じない姿勢であり、被害側は苦しんでいる。
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報道をみると、神奈川県茅ケ崎市で起きた性暴力事件や各社新聞の記事やネット版のコラムなどに無数に被害を伝える記事があることがわかる。
一方、教職員からの性暴力事件では、都内の区立中学校校長であった男が、所属する女子生徒に何度も性暴力を加え、撮影などをしてコレクションしていた事件が裁判となっている他、熊本県山鹿市での性暴力事件では、中学校教諭を“再再再再逮捕”したという報道があった。逮捕された教諭は、これまでに同様容疑で4回逮捕されており、これが5回目だというのだ。
こうなってくると、もはや学校界隈は地獄だ。だからこそ、こども家庭庁や文部科学省は、性暴力に関する予防に力を入れているようだが、内閣府が行った調査結果を見る限り、やはり地獄だとしか言いようがないことがわかる。
内閣府男女共同参画局が行った若年層(16歳から24歳)に対する性暴力被害の調査では、4人に1人が被害経験があり、性暴力を受けた加害者との関係では、「通っていた学校」が最も多く、36%にも及んだ。被害に遭った場所も「学校」が最も多く22.5%であった。
嘘だと思う方がいるならば、インターネット上に調査結果が公開されているので、調べてみるといいだろう。
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性暴力という「心の殺人」に見当たらない拠り所となる法
例えば、前々回取り上げた札幌市で起きた当時小学3年生が中学1年生から受けた性暴力事件は、いじめ防止対策推進法の重大事態いじめとして認定され、第三者委員会が設置され、その報告のときに記者会見などがあって報道ニュースとして世間に出た。
当然に警察、児童相談所も家庭裁判所も動いているが、なぜ、この問題がいじめなのだろうかと疑問をもつ方も多くいた。
いじめ防止対策推進法の第2条にあるいじめの定義では、一定の関係性があり、何らかの行為などがあって、それによって被害側が心身の苦痛を感じたら「いじめ」であるとしている。つまり、何らかの行為が「性暴力」であるという解釈は成り立つが、この説明でも多くの方が違和感を持つことだろう。
被害側がなぜ「いじめ防止対策推進法」を使うのかには大きく2つの理由がある。1つ目は、各都道府県や学校などで性暴力事件が発生した際のタイムラインやマニュアルの整備に大きな差があり、一般解釈においては隠ぺいが起きたり、機能不全が生じている現実問題があるということだ。
こうした際、「なんでも警察」と叫ぶ部外者もいるが、被害者の中には門前払いに近い扱いを受けたと感じて絶望している人も多くいる。世の中の仕組みはシステム的に機能していなければならないが、人が介するわけだから、方程式通りにはいかないし、未成年問題の他、行政機能と被害加害に対して必要な対策を考えれば、学校、児童相談所、家庭裁判所、ワンストップ支援センター、医療機関など様々な支援が必要になろう。
つまり、地域として充実した仕組みを持っていたり、条例でさらに明確しているところもあれば、全くに近いほどないのではないかと思われるようなところもあるということだ。
そうした余波から、学校で性暴力の被害者と加害者が同じ空間にいたり、導線上で何度も会うということが発生するのに、何らの対策も行われないという事態などが頻発するため、その根拠となる法が見当たらないこともあって、学校に有効策を採ってもらうために「いじめ防止対策推進法」を使わざるを得ないということなのだ。
2つ目は、上の後段に被るが、「いじめ防止対策推進法」以外に児童生徒間で起きた性暴力事件だと「学校で対策」を進める根拠となる法の選択が困難であるというのが、現在の現実問題になっているということだ。
本来であれば、「心の殺人」とも言える性暴力という深刻な問題に、拠り所となる法があっても良いのではないかと思うところだが、これが見当たらない。被害者が被害内容を伝えてくる相談のためのレポートや各報道の記事を見ても、児童生徒間で起きた性暴力事件では、同じクラス(教室)や同じ部活などで被害者と加害者が長時間過ごすことなどが確認できるし、加害者を別教室に移動させたり、鉢合わせない環境形成を被害側が学校に要望しても加害者の人権への配慮や学ぶ権利の主張が通ってしまい、結果として被害側が精神衛生上の安定のために不登校となるケースもある。
事実として、札幌市で起きた当時小学3年生が中学1年生のから受けた性暴力事件で被害保護者が小学校や加害生徒の通う中学校に交渉に出向いたのは、住んでいる場所が近く、登下校で鉢合わせするから、この有効な対策をお願いしていたのであり、交渉レポートや特に加害生徒が通っていた中学校校長とのやり取りの録音を聞く限り、根拠となる法律として「いじめ防止対策推進法」を使って、札幌市教育委員会を交えたり、児童相談所や警察を交えなければ、校長側は門前払いをしていただろう対応をしていた。
つまり、「いじめ防止対策推進法」を被害側が使うのは、苦肉の策であって、なにも「いじめ」であるとは思っていないのであり、明確に性暴力、性犯罪の被害を受けた犯罪被害者であるのだ。
「不足だらけ」の中で深刻な問題を抱えている学校現場
一方で、こうした現実を問題視すると、必ずSNS上の匿名教員アカウントから、学校は何でも屋ではないと小炎上をさせられる。匿名であることを良いことにやりたい放題な卑怯な方々であるから、私は好きではないが、その言い分を冷静に考えてみると、現状の人員で全てを行えるかと言えば、予算、人員から考察すれば無理筋だということも理解はできる。
例えば、文部科学省が進める「性犯罪・性暴力対策の強化の方針」を踏まえ、関係省庁や民間団体の協力の下、「生命(いのち)の安全教育」のための教材及び指導の手引き等を活用したモデル事業では、「学校などにおける生命(いのち)の安全教育推進事業」があるが、予算は3,300万円(令和5年4年)である。モデル事業であるから国が行うものとしては低予算なのだろうが、もう少しなんとかならないものだろうかと思うのは私だけだろうか。
そもそも、公立学校における教職員の給与などは、「ブラックサブスク」状態であり、この改善のために出された予算案でも文科省案と財務省案が真っ向から対立しているし、こうした対立は常に起きているのだ。
予算不足、人出不足、専門家不足という不足だらけの中で、深刻な問題を抱えているというのが学校現場という見方もできるというわけだ。
全てのこどもと親に知ってもらうべき「性暴力」と「その予防」
私はいじめ予防教育の講師としてPTA主催の講演会の講師をしたり、地域の懇談会(各所の担当者などが集まる会議)で研修講師として招かれることがある。こどもを対象としたものも多くあり、そうしたところで、大勢を前にしてスライドを使いながら話をするのだが、毎回、「いじめの定義」などをその冒頭に入れている。
理由は極めてシンプルで、「いじめとは何か?」がどこに行っても漠然としているからだ。
事前の知識なくしては話しにならないのである。
だからこそ、性暴力とは何かという教育をまずは全てのこどもとその親には少なからず知ってもらう必要があろう。一方で学校をもちろん含めた関連機関は知識は当然のこと、連携を深め、深刻な事態が起きないように予防の活動と起きてしまった場合の仕組みを明確に定める必要があろうし、地方議会はこれの拠り所となる活動をすべきであろう。
いじめも同じだが、性暴力被害は一生ものであり、怪我のように元に戻るということはない深刻な問題だ。
そして、こうした問題の際、SOSの出し方という古い考えを振りかざしやすいように感じるが、多くの被害相談を受けていると、SOSを出したくとも出せない被害者の心境はよくわかるのだ。もはや、SOSの出し方教育より、SOSを積極的に受けていく「アウトリーチ」が必要だろう。
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被害者を専門機関と繋げるのが何よりも重要
まず、被害を受けたら、「性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター」に相談することを強くお勧めします。
電話相談は「#8891」。
性犯罪被害相談(警察)は「#8103」児童相談所「189」。
こども家庭庁のホームページに大人用のパンフレットがありましたので、リンクを貼っておきます。
● こどもたちのためにできること~性被害を受けたこどもの理解と支援~(PDF)
被害を受けた方々や専門的な活動をしている方々からは、何よりもまず専門機関と繋げることが大事ですと共通するアドバイスがありました。私も同感です。
これ以上、悲しい事件が増えないように、被害者も加害者も出さないように、社会が一丸となって問題に取り組むことができればと思います。全く知らなかったという方には、まずは、関心を持ってくれるだけでもいいです。それだけでも無関心よりよっぽどマシだと思います。
そして、省庁の方々、何かと経済、財源論が問題になりますが、それであれば、性暴力が無ければそもそもあったはずの経済効果なり、起きたことによる経済的損失を議論してもらいたいと思います。本来、考えて実行してほしいことは、苦肉の策として「いじめ防止対策推進法」を使わざるを得ないという多くの被害者が直面する問題の解消となるルール作りですが、立法は議会ですね。
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