日本被団協の2024年ノーベル平和賞受賞により、大きな前進が期待された核廃絶への道。しかし現実は厳しいと言わざるを得ない状況にあるようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、世界各地に存在する「核兵器使用の危機」を取り上げ各々について詳しく解説。その上で、NPT(核兵器不拡散条約)の存在意義を改めて問うています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:核兵器は本当に戦争を抑止するのか?それとも人類を抹殺する地獄の兵器として第3次世界大戦の扉を開くのか?
第3次世界大戦の扉を開くのか。進まぬ核廃絶の道
「あなたがたは本当にこのような惨状を望むのか?」
これは、インドとパキスタンがカシミール地方を巡って一触即発の状態にまで緊張が高まり、核戦争前夜とも言われた際、アメリカの国務長官や軍統合参謀本部議長を歴任した故コリン・パウエル氏が、インドとパキスタン間をシャトル外交で往復した際に、広島と長崎の原爆投下によって引き起こされた破壊と惨状の記録写真を両国のリーダーに見せて問うた質問です。
彼は常に広島と長崎の写真を手帳に挟んでいたそうで、常にそれをリーダーの戒めとして持ち歩いていたそうです(その惨状を引き起こしたのは、どの国だったか?と突っ込みたくなることもありますが、そこはあえて触れないでおきます。ちなみに昨日、ネベンジャ露国連大使からこの点について突っ込まれましたが)。
ロシアが核兵器を通じてウクライナおよびその背後にいる欧米諸国とその仲間たちに恐怖を与え、3年以上にわたってウクライナを蹂躙し続ける姿や、イスラエルが、公には口にしないとしても(ユダヤの力のベングビール氏が、ガザへの核兵器使用について一度言及しましたが)、国家安全保障の旗印の下、パレスチナの壊滅に勤しみ、国際人権法を無視し、一般市民の虐殺を行っている姿をもし見ていたとしたら、どのような発言をし、行動をされたのだろうか?と考えます。
またインドとパキスタンの間で核兵器を巡る議論も白熱し、どんどん緊張が高まっていることで、かつてパウエル氏がシャトル外交で防いだ核戦争の勃発が、先週以降また現実味を帯びてきている現状を見たら、もし彼がまだ生きていて、政府の要職に就いていたなら、どのような手を打っただろうか?と想像しています(彼はトランプ氏からの誘いには応じず、政権外にいたはずですから、どれほどの発言力と影響力があったかは分かりませんが、かなり大きく明確な批判を展開していただろうと想像します)。
世界における核兵器軍縮および廃絶に向けた議論は、一時期盛り上がり、核軍縮が進む機運が高まった時期もありますが、中国による核戦力の著しく迅速な拡大と、北朝鮮による核戦力の拡大(と保有)などの安全保障上の現実を突き付けられ、その後、2022年の“世界最大の核兵器保有国である”ロシアによるウクライナ侵攻後、ロシア政府が再三、核兵器使用の可能性について言及し、おまけに核使用ドクトリンを改定したことで、一気に核兵器の存在と役割、そして核兵器がもつ意味についての議論が再燃しました。
その結果、アメリカとロシア、中国に後れを取っていると自覚していた英国は、ジョンソン政権時に核戦力の拡大を公言し、は現在のスターマー政権下でも方針が変更されていません。
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先制攻撃の手段として核兵器を使用することはないロシア
フランスは、英国に呼びかけて、アメリカが欧州の安全保障にコミットしないリスクを考え、英仏が欧州全域に核の傘を提供するような安全保障の仕組みを急ぎ構築すべきだとの考えを述べ、それを欧州各国とウクライナとの対話・協議の場でも繰り返しています。ただ、マクロン大統領の提案は現時点では欧州各国の総意を獲得できていません。
マクロン大統領の覚悟も、バイデン政権下のアメリカが再三かけていた圧力も、対象はあくまでもロシアによる核兵器使用に対する抑止ですが、ロシアによるウクライナ侵攻から3年以上たった今、明らかになってきていることは、【ロシアは(先制攻撃の手段として)核兵器を使用することはない】ということです。
事あるごとにプーチン大統領本人や、メドベージェフ氏などが核兵器使用の可能性について言及することはありますし、前述のようにロシアは核兵器使用に対するドクトリンを改訂して“覚悟”を示す姿勢を取り、また核兵器戦術部隊もon alertにするなど、いかにも核兵器使用に前向きなイメージを醸し出していますが、そのような中でもNot First Useのルールは貫いています。
最新の核兵器使用のためのドクトリンでも、First Useの規定はなく、あくまでも「ロシアの国土が外部からの敵に攻撃され、ロシアの国家安全保障の脅威が生じたと考えられる場合に、核兵器の使用が検討される」という言い方に留まっています。
その観点から見ると、ウクライナが昨年夏の奇襲でロシアのクルスク州を攻撃し、占拠した際には「限定的かどうかは別として、何らかの形で核兵器が使用されるかもしれない」と肝を冷やしましたが、ロシア側は核兵器使用の可能性を選択肢としてテーブルに並べはしても、あくまでも通常兵器を用いた対峙を選択しています。
今週に入ってゲラシモフ統合参謀本部議長がプーチン大統領に対して「クルスク州の全面奪還」を報告していますが、その実情の真偽はともかく、確実なのは“これまでのところ核兵器は使用されなかった”ということでしょう。
以前、英国で開かれた会合に招かれた際に「今回、ロシアが核兵器を使用するといいながら使用できない場合は、核兵器は使用できない兵器・選択肢であることを安全保障と軍縮のコミュニティに示すことを意味する。米ロ中英仏という核保有国がFirst Use(先制攻撃における核兵器の使用)をしないことを公言し、それがこれまで通りに遵守されるという前提が保たれたら、可能性はretaliation(報復攻撃)としての使用に限定される。ただいくら自衛の権利があるとはいえ、核兵器がいかなる形でも用いられた暁には、それは核兵器による交戦を招き、第3次世界大戦が勃発することを待たずに、我々人類の滅亡が訪れることを意味するため、P5=nuclear fiveによる核兵器の使用は考えられない」と話した内容に合致すると思われます。
加えてNuclear Five以外の核保有国(インド、パキスタン、北朝鮮、そして恐らくイスラエル)についても、N5ほどの確度はありませんが、核兵器の存在はあくまでもdefensive purpose(自衛目的)に過ぎず、攻撃目的ではないと言えると考えますので(実際に「我が国に対する攻撃が行われた場合には…」という条件を付けています)、核兵器が用いられる戦争が勃発することは考えづらいと思われます。
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核兵器の使用が懸念される現在進行系の2つの案件
ただし、ここでBig Ifがつくとしたら、Non-Sate Actors、または“テロ組織”と言われる武装勢力に核兵器をはじめとする大量破壊兵器が盗まれた場合には、混乱を引き起こす目的での使用はあり得ると考えられます。
実際に2001年9月11日のアメリカに対する同時多発テロ事件が勃発した際、民間旅客機がニューヨークのツインタワーやワシントンのペンタゴンに相次いでDiveする映像を絶望と共に眺めつつ、安全保障のコミュニティが最も懸念したのは、このDiveした旅客機に大量破壊兵器が積まれているかどうかという点だったと後日聞かされました。
またISが中東地域を席巻し、テロの恐怖を欧州各地などにも拡大した最盛期には、ISが抱える科学者たちは核兵器や生物・化学兵器などを製造する知識とノウハウを有している可能性があると懸念されたため、安全保障のコミュニティは、ISの拡大を防止するという戦略に加え、放射性物質の管理の厳格化や、最悪の事態に陥った場合の即時対応策などを準備していたようです。
映画や小説になりそうなお話しではありますが、これらは常に懸念されている内容でもあります。
このような状況下においてでも核兵器の使用が懸念される案件が、現在存在するかどうかと言えば、現時点では中東地域においてイスラエルとアラブ全体がぶつかるような大戦争が勃発した場合と、現在緊張が高まる一方のインドとパキスタンの間のカシミール“紛争”が本格化した場合が考えられるのではないかと思います(核による対峙に至る可能性はかなり低いと思ってはいますが、ゼロでもないと懸念しています)。
インドとパキスタンのケースについては、両政府とも表舞台では非難合戦を繰り広げていますが、両政府とも懸念しているのが、カシミール地方における両国軍の統制が効いていない状況で、このまま軍事的な衝突が激化し、両国に多大な被害が引き起こされるような事態に発展した場合、核使用による攻撃が議論のテーブルに選択肢として挙がってくることが予想され、最終決定権者がどこまでプレッシャーに耐えられるかが問題です。
この話をニューヨークでした際、両国の高官からは「インドは恐らく耐えることができる。かなり痛みは伴うことになるだろうが、モディ首相は持ちこたえられる。心配なのはパキスタンで、ジャパーズ・シャリフ政権が、軍部からの突き上げにどこまで耐えられるかは、その権力基盤から判断すると不安だ。もし軍が政権との方針が合わないと判断した場合、これまでにもあったように、クーデーターを引き起こしかねない。その場合には、無責任な言い方になって申し訳ないが、何が起こるかわからないと懸念する」と言われました。
現時点では、まだどちらからも調停の依頼は来ておりませんが、即時対応するための準備が着々と進められています。
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ロシアとサウジアラビア間の直行便が再開される意味
もう一つの懸念は、これまでにも触れたことがありますが、イスラエルによる対パレスチナ、レバノン、シリアへの攻撃が拡大し、同時にイランと親イラン勢力(フーシー派など)への圧力が拡大した場合、すでに対イスラエル包囲網を築きつつあるサウジアラビア王国を核としたアラブ諸国とイラン、そしてトルコと、イスラエルとの間での軍事的な緊張が極限まで高まる可能性が指摘されています。
現時点では、イランもアラブ諸国も核兵器を保有していないと思われますが、イスラエルに関してはその限りではなく、トルコについては、意味合いは違いますが、NATO軍の核弾頭が配備されています。トルコにあるNATOの核兵器がイスラエルに対して用いられることはないと断言できますが(普通なら)、時間軸的にアラブ諸国がイラン、そして中ロと組んで核開発に乗り出すようなことになれば、中東地域のパワーバランスに大きな変化をもたらすことになります。
直接関係がないように見えますが、近くモスクワとリヤド(サウジアラビア王国)間の直行便が再開され、両国間の関係改善と経済的な結びつきの強化が図られるという情報が入ってきていますが、中東アラブ諸国はロシアとの協力を強めることで、安全保障面での体制強化も(そこに核兵器の問題も絡むと主張する専門家もいます)図られるのではないかと見ています。
サウジアラビア王国をはじめとするアラブ諸国が、イランも含め、一夜にして核保有国になり、即座にイスラエルと対峙することは考えづらいと思いますが、現在進行形のイスラエルとアラブ諸国(+イランとトルコ)の緊張の高まりが危険水域で長期にわたって持続してしまう場合には、何が起こっても不思議ではないと感じます。
こちらについても、まずは緊張を解すためにガス抜きを行うべく、紛争予防のための調停を実施しています(現時点では、あくまでも非公式な形式を取り、参加者を“専門家”として扱って、個人的な意見を出し合うような場にするように心がけ、何とか“本心”をベースとした落としどころを見つけられないか努力しています)。
各国が懸念する北朝鮮の暴発による核兵器使用
では同じく緊張の高まりが顕著になってきているアジア太平洋地区はどうでしょうか?
北朝鮮に対しては現在、ロシアと中国の主導権争いのおかげで何とかバランスと制御が取られていると見ていますが、ロシア・中国を含め、地域の各国が懸念しているのが、北朝鮮の暴発による核兵器使用の危険性です。
今はロシアと接近を図り、弾道ミサイルの技術と核弾頭の小型化についての技術と知見を得て軍事力を高めて、アメリカとその仲間たちに攻め込まれないための力を蓄えている北朝鮮ですが、暴発しないためのグリップはロシアがまだしっかりと握っていると言われています。
ただそれも今後の国際社会におけるロシアの立ち位置と影響力によっては変わる可能性も指摘されており、北朝鮮の核を巡る制御については、個人的には不安を抱いています。
同じく北朝鮮に影響力を持つ中国については、最近、ロシアの方ばかり向き、中国からの呼びかけにあまり応えない北朝鮮の姿に不満を抱くと同時に、懸念を抱いているそうですが、一貫して北朝鮮が核兵器を保有することも、使用することも絶対的に反対していることから、ロシアのグリップが緩んだと見たら、中国が代わりにグリップを効かせようとするのではないかと期待しています。うまくロシアと中国が連携が取れるといいのですが。
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ロシアの核兵器使用ドクトリンと同じ規則を設定する中国
では台湾情勢における中国による核兵器使用についてはどうでしょうか?
これは“ない”と言いたいところですが、中国もロシアの核兵器使用ドクトリンと同じく、自国の権益が犯され、国家安全保障上の直接的な脅威が中国にもたらされる際には、核兵器の自衛的な使用を厭わないという規則があるそうです。
台湾情勢において、地域外の国が中国本土に攻撃を加えるということはないと思われますが、中国政府の従来のポジションである“台湾は中国にとって核心的利益であり、あくまでも中国の一部”という姿勢に照らし合わせると、台湾周辺での諸外国による威嚇行為は、中国への攻撃とみなすという解釈をしかねないとの懸念を抱いています。
これが考えすぎであればいいのですが。
現在、ニューヨークにおいてNPT(核兵器不拡散条約)の会議に参加しつつ、いろいろな協議を行っていますが、国際情勢が非常に不安定化し、緊張の高まりが各地でみられる中、政治的な対立をベースに議論の中身に入れないというジレンマに直面しています。
NPTも発効から55年を迎えますが、荒れ狂う国際情勢の中で、核兵器による破壊と破滅を防ぐために国際的な協力の礎となれるかどうか、その存在意義が今、問われています。
以上、今週の国際情勢の裏側のコラムでした。
(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2025年5月2日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録下さい)
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