2026年秋の中間選挙を控え、トランプ政権は対中強硬姿勢をアピールしようと関税戦争を仕掛けました。強気の姿勢で臨んだトランプ外交でしたが、中国が静かに仕掛けた“持久戦”の前に崩れ去りつつあるとジャーナリストの高野孟さんは見立てています。高野さんは自身のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で今回、米国の自滅を加速させている習近平の戦略とはどんなものか探っています。
習近平に軽くあしらわれて退散したトランプ外交のお粗末/戦わずして勝つ孫子の兵法にやられた?
11月1日付「日本経済新聞」が、30日に行われたトランプ米大統領と習近平中国国家主席との会談について「米、自滅した対中貿易戦争/トランプ流に3つの失敗」と書いたのは全くその通りで、今年2月に米国が中国製品の締め出しと145%の関税率を宣言して一方的に仕掛けた対中貿易戦争は、この日、「戦わずして人の兵を屈するは善の善」という習の孫子の兵法の前にあえなく完敗した。
●3つの戦術的失敗
日経が「3つの失敗」と言うのは……
第1に、米国市場の力を過信した関税主義。
米国は確かに世界GDPの25%を占める巨大市場を持つが、その買い手としての力で関税カードを振り回せば中国はじめ世界をねじ伏せられると思うのは大きな間違いで、例えばレアアースは市場規模60億ドルで世界GDPのわずか0.005%だが、そのほとんどを支配する中国がそれを止めれば米国も世界もなす術がない。
第2に、単独主義の誤りで、日本や欧州など同盟国やカナダ・メキシコなど近隣国にも当たるを幸い関税戦争を仕掛けた結果、すっかり孤立してしまい、中国包囲網を作ろうにも誰もついて来ない。
第3に、26年秋に中間選挙を控えそれまでに“成果”を得ようと短期主義に出ざるを得ない米国に対して、中国は持久戦を構えているので、中国はトランプを焦らすだけ焦らして譲歩を引き出すことが出来る。
中国の第2期トランプ政権への見方は、米国がこの先、衰退していくのは確実で、そのような米国と「共存」を目指すことに意味はなく、強硬的な持久戦で衰退をさらに促すのが得策で、その際「トランプ個人が最大の弱点」だと見抜いている。そうとは知らぬトランプは、習との会談前にSNSに「G2はまもなく招集されます!」などとノー天気に投稿していた。その結果として、会談で米国が得たのは「中国の大豆購入とレアアース供給の再開にとどまり、目的とする国際貿易の不均衡是正は全く進展しなかった」(上記日経)のである。
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●中国は大豆輸入先を戦略的に分散
中国はトランプの一時145%という高関税の発動に対する報復として米国産大豆の輸入をストップした。昨年は、米国の大豆輸出の約半分にあたる126億ドル(約2兆円)を買ってくれた最大顧客だというのに、今年はゼロで、農家は悲鳴をあげている。ゼロは極端だが、こうなる前から中国は大豆について過度の米国依存を改善すべくブラジル産の輸出を継続的に増やし、とりわけトランプの関税戦争発動が予想されるとブラジルから買えるだけ買って在庫を積み上げて備えた。
また最近はアルゼンチンからも大量に輸入するなど、供給先の分散を戦略的に進めてきており、今回の首脳会談で輸入再開が合意されたとしても、昨年までの量を回復することは難しいだろう。
大豆産地はトランプ当選に貢献した「赤い州」と重なっており、トランプとしては中間選挙までに「ほら、中国と厳しい交渉をやって輸入再開を約束させてきたぞ」と言える状況を作りたいのだが、うまく行くかどうか。再開された時にはブラジルやアルゼンチンに対中輸出シェアを奪われている公算が大きい。
●レアアースを止められたらお手上げ
トランプ関税への対抗措置として中国はレアアースの供給をストップした。
それがどれほどの意味を持つのか、トランプは全く理解していなかったようで、レアアース供給の9割を支配し、とりわけその中の6種の希土類(ヘビー・レアアース)と希土類磁石(レアアース・マグネッツ)を完全支配している中国にそれらを止められたら他のどこにも振り変えることができない。「ドロ
ーン、自動車、航空機、風力タービン、多くのエレクトロニクスおよび軍事装備などの製造が影響を受け、いくつかの米国の工場は閉鎖を余儀なくされる。
何しろ、たった1隻の潜水艦を作るのに4トンのレアアースが必要なのだ」(NYタイムズ1日付、ニコラス・クリストフ「アメリカは中国との貿易戦争に負けた」)。
クリストフによれば……
▼トランプの貿易脅迫は、案に相違して彼自身が脅迫される結果となり、そのため彼は中国の機嫌を取って妥協しようとし始めた。
▼トランプは(新しい関税措置を打ち出すどころではなく)関税を元に戻した。中国へのチップ輸出のルールを緩和した。ティックトックが米国内で操業することを認めた。台湾総統の訪米を差し止め、報道によると台湾への武器売却を延期した。
▼シンクタンク「米国進歩センター」が言うとおり、「トランプ政権の中国へのアプローチは戦略的な急降下状態に陥った」のである。
▼偉大なる軍事戦略家である孫子は2600年前に兵法書にこう書いた。「百戦百勝は善の善なるものに非ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」と。これこそが習近平が今考えていることだろう。すなわち、レアアースという新しい貿易支配力を用いれば、ミサイルを1発も打つことなく西太平洋により多くの軍事力を展開できるし、トランプに台湾支援を削減し南シナ海でのパトロールを減少させるよう促すこともできると。……
こうして今回のトランプの第2期で初めてのアジア訪問は、他のことはともかく中国との交渉に関する限り、手酷い敗北に終わった。教訓ははっきりしていて、関税だけで世界を動かそうという着想は、貿易というものを「量」だけで見て「質」の面を見ていなかったという点で、余りに間抜けだったということである。
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