アメリカとイスラエルによるイラン攻撃がきっかけとなり、大きく揺らぐ世界の安定的なエネルギー供給。ホルムズ海峡の今後と、日本の対米・対イラン関係はどのような展開を見せるのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、高市首相に突きつけられた「踏み絵」の構図を整理し解説。その上で、首相がこの危機への対応を誤った場合、日本国民がどのような状況に置かれるのかについて考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:高市首相に迫るトランプの「踏み絵」。日の丸タンカーが標的になるのか
日の丸タンカーが標的に?トランプが高市首相に迫る「踏み絵」
イラン戦争でホルムズ海峡の緊張が高まり、世界のエネルギー供給が危機に瀕するなか、3月18日、高市首相はトランプ大統領が待ち受けるワシントンへ飛び立った。
「強い日本」を掲げるリーダーの前に、今、かつてないほど「脆い現実」が横たわっている。日本の原油輸入を支えるホルムズ海峡。その幅わずか33キロという「急所」の命運を、トランプ大統領とイランの双方が握り合っているからだ。政府専用機のなかで、高市首相はどのような外交判断を下したのか。
19日に開かれる日米首脳会談。トランプ米大統領がどう出てくるかは、およそ察しがつく。対イラン作戦への全面的な同調を迫り、膨れ上がる軍事費の支援や、原油タンカーの護衛、機雷の除去などに自衛隊の出動を要求してくるだろう。現にトランプ氏はSNSで日本などホルムズ海峡封鎖の影響を受ける国々に軍艦を派遣するよう呼びかけている。
高市首相は自衛隊派遣の可能性について「何ら決まっていない」と言いながらも、機雷除去については「停戦合意の前なら武力行使に当たる可能性があるが、遺棄された機雷の場合は武力行使に当たらず、実施することは可能」と述べ、トランプ大統領の要請に可能な限り近づきたい腹積もりがうかがえる。
しかも、アメリカの攻撃については何も語らない一方で、イランが周辺諸国の民間施設を攻撃していることに対しては「非難する」と明言するなど、二重基準の危うさを露呈している。
イランは今のところ日本に対して沈黙を保ったままだ。長年にわたって友好国と思ってきた国がトランプの軍門に下るのかどうかを、冷徹に見極めようとしているのだ。高市首相がトランプ氏への盲目的な追従を選択すれば、イランは日本を「敵」と見なすにちがいない。
日本が輸入する原油の95%は中東産だが、そのほとんどはサウジアラビアやUAEから輸入している。しかし、それらを積んだタンカーは必ず、イランの目の前に広がるホルムズ海峡を通過しなければならない。
イランとの関係は国家の生存にかかわるといっても過言ではない。だからこそ、欧米諸国が制裁を繰り返すなか、日本は独自の対話パイプを維持してきたのだ。
むろん、米国との同盟関係は最も重要であり、日本の国益を守るためにトランプ大統領を怒らせたくないという現実的な外交判断も理解できる。いわば「外交の袋小路」ともいえる状況に置かれているのが現在の高市首相の立場である。
高市首相が機中で向き合っていたのは、トランプ氏の圧力だけではない。「戦闘中の地域に自衛隊は出せない」という政府内や国会の声が強いことも、重くのしかかっている。
国際法評価を避ける高市首相と安倍晋三氏が模索した対話の道
高市首相は17日の参院予算委員会で、自衛隊派遣について「国会の承認が必要なミッションもある。その場合は各党各会派に丁寧に話したい」と述べたが、野党は総じて警戒姿勢を崩していない。13日の衆院予算委員会における長妻昭議員(中道改革連合)と高市首相のやりとりを振り返ってみたい。
長妻議員 「総理として、イランへの攻撃というのは国際法上どういう評価にあたるとお考えか」
高市首相 「日本国政府として国際法上の評価はいたしておりません」
米国とイスラエルによるイラン攻撃は、国連憲章が禁じる武力行使に該当し、国際法違反であるとの見方が指摘されている。だが、国連安保理ではイランの報復攻撃についてのみ「国際法違反」とする決議が採択された。
長妻議員 「これから米国に行かれると思うが、そのさい米国のイラン攻撃について支持表明はされないということか」
高市首相 「日米首脳会談の個別の議論について予断することは差し控えたい。そのうえで、イランによる核兵器の開発は決して許されないというのがわが国の一貫した立場だ。イランの核問題の解決に向けた努力を行ってまいりたい」
イランの独裁体制や核兵器開発が国際社会の大きなリスクであることは間違いない。しかし、米国とイスラエルの先制攻撃を棚上げにした議論は説得力を欠く。
長妻議員 「アメリカからイラン戦争へのお金の支援や、武器の提供、タンカーの護衛、機雷の除去といった要請の可能性もある。一番ハードルが低いお金の支援の要請があった場合、違法な戦争をしている国に支援はできないですよね」
高市首相 「個々の状況に応じて国益の観点から法的に判断すべきものだから、一般論としてお答えするのは困難だ」
茂木外務大臣は「一般論として違法な戦争をしている国に支援はできない」と明言したが、高市首相はあくまで口が堅い。「ハッキリした物言い」で保守層の心を掴んでいるだけに本意ではないだろうが、「米国の味方」を演じなければならない彼女の焦燥が透けて見える。
高市首相が置かれた状況を歴史的な視点で把握するために、2019年、現職首相として41年ぶりにイランを訪問した安倍晋三元首相の対応を「安倍晋三回顧録」の記述をもとに振り返ってみたい。
当時、トランプ大統領は在米のユダヤ人支持層にアピールする狙いでイランとの核合意から離脱し、制裁を発動していた。これに反発するイランは高濃縮ウランの開発を宣言して対決姿勢を強めていた。安倍氏のイラン訪問はイランと米国の「橋渡し」という位置づけだった。
「日本は核合意の枠組み(米英独仏中ロ)に入っておらずイラン情勢に口出しするのは難しかったと思うが、イランとの対話に向けて米国をどうやって説得したのか」という質問に対し、安倍氏はこう答えている。
イランのロハニ大統領は国連総会に私が行くと必ず首脳会談を持ちかけてきた。…最初にトランプに「イランについてどう思っているか」と聞いたのは2018年4月の訪米時でした。…「私はハメネイ師とも会える。対話の道を探ってみたい」と言ったら、トランプは興味を持ったのです。「シンゾウがイランと話をできるんだったら、話してもらいたい」と、むしろ対話に積極的でした。
安倍氏はハメネイ師やロハニ大統領に会い、米国との対話を促したが、拒否され、会談は不調に終わった。そのうえ、会談当日に、ホルムズ海峡を航行していた日本のタンカーが何者かに攻撃される事件まで発生した。しかし、これで日本とイランの間柄が壊れることはなかった。
失われた外交的余白とエネルギー自立の挫折が示す日本の岐路
イランはイギリスの管理下に置かれていた石油資源の国有化を1951年に宣言。それに怒ったイギリスが軍艦をペルシャ湾に派遣したが、出光興産の石油タンカー「日章丸」は、イギリスの監視の目をかいくぐって石油の輸入に成功。イギリスの独占状態は崩れ、豊富な資源の恩恵がようやくイラン国民に行き渡るようになった。
イランの親日感情が深まるこうした歴史的経緯に加え、安倍元首相とロハニ大統領との個人的なパイプがあったことが、難しい情勢のなかでのイラン訪問に生かされた。
しかし、現在の状況は、あの頃とは次元が全く異なる。最大の違いは、日本が失ってしまった「外交的余白」にある。トランプ政権による大規模軍事攻撃と、ハメネイ師の殺害という衝撃的な事態を経て、イラン側の対米感情は対話不能なレベルまで沸騰している。高市首相が「橋渡し役」をつとめたいと申し出ても、どちらからも相手にされるはずがない。
おそらく高市首相は、トランプ氏の風圧から逃れられず、イラン攻撃についても、事実上のトランプ支持宣言をせざるを得ないだろう。そうなれば、イランがどういう対応に出るか、火を見るより明らかだ。
日本外交の歴史をめくれば、そこには「エネルギー自立」という悲願が、日米同盟という冷徹な壁の前に屈服し続けた足跡が刻まれている。その象徴がアザデガン油田だ。
2000年に当時のハタミ大統領が来日し、イラン最大級のアザデガン油田の優先交渉権を獲得したことは、資源小国・日本にとってエネルギー安全保障のうえで大きな一歩だった。しかし、米国のブッシュ政権は「核開発疑惑」を理由に猛烈な圧力をかけてきた。日本政府は粘り強く交渉を続けたものの、2006年に出資比率を75%から10%へと大幅縮小。2010年、米国の対イラン制裁強化が決定打となって日本はついに完全撤退を余儀なくされた。
この時、日本が手放した権益を掠め取るように進出したのは中国だった。この「トラウマ」は、今なお霞が関の深層心理に深く刺さったままだ。
今の高市首相に求められているのは、トランプ氏に「べったり」と寄り添うことではない。必要なのは、「日本の中東パイプを壊すことは、東アジアでの米国の戦略的利益をも損なう」と説得できるだけの、ハガネの論理である。
石油危機で日本が沈めば、自衛隊の近代化も米軍駐留経費の負担も、一夜にして砂上の楼閣と化すだろう。日本がイランから手を引けば、その空白に滑り込むのは、米国の制裁などにおかまいなくイランから石油を大量に買い続けている中国だ。トランプ氏が最も嫌う「中国によるエネルギー支配」を、他ならぬ米国が加速させるという皮肉を、首相は突きつけるべきだろう。
首脳会談をひかえ、トランプ大統領は日本に対してあからさまに圧力をかけてきている。
「日本は95%、中国は91%、そして韓国をはじめ多くの国が石油やエネルギーの膨大な割合をホルムズ海峡から得ている。彼らは感謝するだけでなく協力すべきだ」。
トランプ流に振りまわされて対応を誤ると、石油供給の不安定化は数年にわたって続く可能性がある。「強い日本」というスローガンに熱狂した保守層ですら、明日の生活が立ち行かなくなれば、その矛先を高市政権へと向けるだろう。
日本の外交は戦後最大の岐路を迎えている。国民が求めているのは、ワシントンへの忠誠ではなく、明日も変わらず灯りがともり、車が走るという、平穏な日常なのだ。
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