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軍事アナリストが分析、政府の「在韓邦人避難」が非現実的すぎる

前回の「韓国にいる米国市民12万人に「退避」警報は届いているのか?」という記事で、有事の際に在外邦人を避難させるNEO(非戦闘員退避行動)について言及していたメルマガ『NEWSを疑え!』の著者で軍事アナリストの小川和久さん。NEOの計画については、2003年と2005年の段階で日本政府にもきちんと説明が済んでいるとのことですが、先日の読売新聞の記事を見たという小川さんが日本政府の至らなさに愕然としたという理由は何だったのでしょうか?

本気で在韓邦人の避難を考えているのか?

5月6日付の読売新聞朝刊を手にとって、憂鬱な気分になりました。1面トップに、特ダネよろしく次の記事が大きく掲載されていたからです。

朝鮮半島有事、在韓邦人の退避は日米で分担

「政府が朝鮮半島有事に備えて検討している在韓邦人・米国人の退避に関する日米の役割分担の概要が分かった。

韓国の民間空港が閉鎖された場合、在韓米軍が南部まで日米の民間人を陸路で輸送し、海上自衛隊の輸送艦などで釜山から福岡などの西日本まで運ぶことが柱だ。複数の政府関係者が明らかにした。ただ、5万人以上の在韓邦人を実際に退避させるには課題が多く、政府は詰めの作業を急ぐ方針だ。

在韓邦人の退避にあたっては、軍事的緊張が高まった段階ですぐに政府が退避勧告を発出し、チャーター機を含む民間機で可能な限り多くの邦人を日本に輸送して、韓国滞在者を減らすことが基本方針だ。

北朝鮮が軍事攻撃に踏み切った場合は、空港閉鎖が想定され、民間機での移動が困難になる見通し。その場合、まずはシェルター(退避施設)に避難し、72時間を目安に事態が沈静化すれば退避を開始する。(後略)」(5月6日付読売新聞)

このメルマガ『NEWSを疑え!』では、これまで何回も朝鮮半島有事における米国の非戦闘員退避活動NEO)について詳しく取り上げてきました。

米国側から説明を受けた2003年5月段階の計画の一例は、直ちに首相官邸にも伝えましたし、2005年1月には内閣情報官にも説明しておきました。

それなのに、平和安全法制策定に当たっては安倍首相が説明に使ったフリップには,赤ちゃんを抱いた母親の避難に艦船が使われており、首相官邸も、外務省も、防衛省も、米国側のNEOについてまったく無知であることを世界にさらしてしまったのです。

私が米国側から説明を受けたNEOは最大規模のもので、在韓米人12万5000人を空路グアムに脱出させるというものでした。

なぜ空路なのかといえば、この状況では朝鮮半島周辺で海上封鎖が行われており、艦船での避難には海上封鎖部隊との調整が必要となるからです。

まず、日本の政府は朝鮮半島有事に海上封鎖が実施される可能性についても知らなかったことになります。

また、このNEOの計画では少なくとも1ヵ月前から退避活動が始まり、準備が整い次第、10日間で12万5000人を脱出させることになっていましたが、その1ヵ月前の時点で「1日あたり少なくとも9000人を脱出させることができる数の3000メートル級の滑走路を確保する」とされていました。

もう少し規模の小さなNEOについては、福岡、長崎など日本の空港への航空機による避難の訓練も行われてきました。

むろん、飛行場を確保する段階ではチャーター機は手配済みです。

陸上の輸送についても車両のチャーターの手配は事前に行われ、それを米軍が警護することになっていました。

これを見れば、日本が浮き足だった段階では航空機も車両も、場合によっては日本の船舶さえも押さえられていて手に入らないことは明らかでしょう。

NEOは災害時にも実施されるもので、色々な計画があると思いますが、それを日本政府が研究していたら、少なくとも米国側と協議して、日本側としても飛行場や航空機車両の確保を共同で行う計画を立案できていなければなりません。

あるいは、日本独自にNEOの計画を作成するとすれば、韓国との関係の微妙さから米国と共同のNEOを実施できない可能性を考慮して、米国がNEOを発動する少なくとも1ヵ月前には、前もって押さえておいた車両航空機と船舶で在韓邦人を避難させるくらいの取り組みを考えなければなりません。

これを見れば、読売新聞の記事にある「韓国の民間空港が閉鎖された場合、在韓米軍が南部まで日米の民間人を陸路で輸送し、海上自衛隊の輸送艦などで釜山から福岡などの西日本まで運ぶことが柱だ」という政府の構想が、米国側とのすりあわせを伴わない「空想の産物」ではないかと、疑わざるを得ないのです。

だいいち、「在韓米軍が南部まで日米の民間人を陸路で輸送」とありますが、有事態勢に入っている在韓米軍にはそんな余力はありません。だから米国のNEOの計画には、移送には民間の業者を使うと記されているのです。米軍が担当するのは警備だけです。それなのに、日本の民間人の避難まで手が回ると思うほうがおかしいのです。

有事法制策定から13年間行われなかった弾道ミサイル発射時の住民避難といい、今回の在韓邦人の避難といい、軍事知識ゼロ米国との関係皆無のドメスティックな官僚機構がまとめていることが、国民の安全に関する計画が絵に描いた餅になっている元凶です。

安倍首相のもとには国家安全保障会議NSC)があります。そこには防衛省から28人が派遣され、そのうち13人は自衛隊制服組なのです。縦割りの弊害を乗り越えて、警察庁や消防庁の官僚が備えていない知識を発揮させなければなりません。

そのNSCに勤務する防衛官僚と自衛官もまた、ドメスティック官僚のレベルを脱することができず、機能不全に陥っているとしたら、安倍首相は在韓邦人避難を最優先事項に位置づけて、政府が描いた計画が本当に機能するのか、直ちに図上演習を行わせる必要があると思います。

(小川和久)

 

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地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流ビジネスマンとして世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せない。

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