目前に迫ったロシア大統領選。「今回もどうせプーチンの圧勝で終わるんでしょ?」とお考えの方も多いかと思いますが…、今回の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』では著者でロシア在住の北野幸伯さんが、台風の目となり得る2人の人気候補者を紹介しています。
大統領選挙前夜のロシア
読者さんから、「ロシア大統領選が迫っていますが、現地の様子はどうですか?」と質問をいただきました。
そうなんです。3月18日、ロシアでは大統領選挙が実施されます。しかし、あまり注目されないのは、「どうせ、プーチンが勝つんでしょ~~~~」とみんな思っているからです。私もそう思っています。
しかし、質問が来たので、もう少しディープな話をします。かなり「通好み」の話になりますが、興味のある方は、ご一読ください。
大統領候補は?
「プーチンでしょ!?」
その通り。実は、他にも候補がいるのですね。
- グルディニン(共産党)
- ジリノフスキー(ロシア自民党)
- ソプチャク(市民イニシアティブ)
- チトフ(成長党)
- スライキン(ロシアの共産主義者党)
- バブーリン(ロシア全人民連合)
- ヤブリンスキー(ヤブロコ)
何というか、「右から左」「保守からリベラル」まで「いろいろな人がいるよね」という感じです。
この中で、ジリノフスキー、ヤブリンスキー、バブーリンは、90年代から政界で活躍している「古株」です。ジリノフスキーは「極右」で、90年代「ヒトラーの再来か?」と騒がれました。ヤブリンスキーさんは、著名なリベラル派経済学者。この二人は、90年代からしばしば大統領選に出馬して、毎回敗れています。バブーリンさんは、下院副議長を務めた、「まあまあ大物」と言えるでしょうか。
チトフさんは、熱心に「企業家の権利保護」に取り組んでいる方です。スライキンさんは、今まで全く無名だった人で正体がよくわかりません。「ロシアの共産主義者」という政党を率いているので、共産主義者なのでしょう。グルディニンさんとソプチャクさんについては、後述。
現在の支持率は?
世論調査基金(FOM)、3月3~4日の調査によると、
1位 プーチン 64%
2位 ジリノフスキー 6.6%
3位 グルディニン 6.5%
4位 ソプチャク 1.2%
他の候補は、1%以下。
実績ある社会主義経営者グルディニン
私は、ロシアの大統領選挙について、「どうせプーチン一強で全然面白くない」と思っていました。しかし、案外面白いです。大統領候補は、平気でプーチンを批判していて、「こんなこと言っても大丈夫なんだな」と驚きました。
ロシアの大統領候補は、「右から左まで」「保守からリベラル」まで、いろいろいます。しかし、「この人たちのおかげで大統領選が面白くなった」と思う候補は、2人です。一人は、FOMの調査で3位につけているグルディニンさん。この方は、「共産党系候補」です(私は、「面白い」といっているだけで、まったく共産主義者ではありません。念のため)。
グルディニンは、60年モスクワ生まれ。95年から、「ソフホーズ・レーニン」の代表を務めています。「ソフホーズ」というのは、国営の「ソ連農場」のことで、共産主義が崩壊したロシアでは、すでに「死語」になっています。この用語を聞いて、年配の方は、「なつかしいの~」と思われたことでしょう。
グルディニンが経営する「ソフホーズ・レーニン」は、国営企業ではなく、農業を営む民間株式会社。ロシアでは優良企業として、一種の伝説になっています。従業員の給料はロシア平均の2倍で、社員とその家族の教育費、医療費は全額会社負担。さらに社員は、マンションや家を購入する際、会社から「無利子融資」を受けられるなど、至れり尽くせり。「共産主義の理想を実現している」ということで、その名声はロシア全土に伝わっているのです。
グルディニンは、外交分野について、プーチンを批判していません。「クリミアはロシア領」と断言し、「大統領になったら、ラブロフ外相、ショイグ国防相を留任させる」としています。
問題は「経済政策」。グルディニンは、ロシア経済の苦境について、「新説」を提示している。ロシア国民は、現在の経済的困難について、「米欧日による制裁が原因」と考えています。その通りでしょう。
同時に国民は、制裁の原因となった「クリミア併合」については、「絶対善」と確信している。つまり、「何も悪いことをしていないのに、制裁を主導するアメリカがロシア苦難の原因であり、すべてアメリカが悪い」というロジック。
しかし、グルディニンは、「国民が貧しいのは別の理由もある」と言います。「石油会社が利益をロシアではなく、オフショアにため込んでいるのが原因だ」と。そうなのでしょうか? わかりませんが、こういう「わかりやすい」説は、庶民に受けますね。
そんなグルディニンは、どんな政策を主張しているのでしょうか?
- オフショア利用の禁止
- 石油会社の国営化(ロスネフチ、ガスプロムは既に「国営企業」。しかし彼によると、これらの企業は事実上、「私物化」されており、「真の国営化」を実現する必要がある)
- 規制撤廃、減税などによる中小企業支援
- 公務員給与、年金の大幅増(財源は、オフショア使用を禁止すれば、すぐ捻出できるとか)
そして、最優先課題は「貧困層をなくすこと」「国民を豊かにすること」と宣言している。これらの主張は、年金生活者、公務員、中小企業、貧困層に受け入れられそうです。実際、ネット投票では、グルディニン、しばしばプーチンを負かして1位になっています。
しかし、日本でもそうですが、「ネットの民」と「一般人」はかなり違うのですね。たとえば、2014年の都知事選。ネットでは田母神先生、とても強かった。しかし、実際の結果は4位でした。
グルディニンさん、ネット世論調査ではしばしば1位になっていますが、街の人に話を聞くと、「誰それ?」という反応が多いです。個人的には、プーチンもグルディニンも1回目投票で過半数をとれず、決選投票になれば、「面白い」と思いますが。同時に、「そんなことはないかな」とも思います。ちなみにグルディニンさんは、こんな顔。
● политическая реклама Павел Грудинин. Россия. 2018 г. Моя команда.(YouTube)
プーチン元上司の娘クセニヤ・ソプチャク
もう一人、「面白い」と思う人は、クセニヤ・ソプチャクさんです。この方のお父さんは、アナトリー・ソプチャクさんといいます。1991年から96年まで、サンクト・ペテルブルグの市長だった。で、プーチンは、彼の下で副市長だった。つまり、大統領候補クセニヤ・ソプチャクさんは、「プーチンの元上司の娘」ということになります。
さて、1981年生まれのクセニヤ・ソプチャクさん。成長してテレビ司会者になりました。そして、「ドム2」という番組で有名になった。「ドム2」というのは、「ひとつの家に、いろいろな男女が住んで、彼氏彼女を見つける」という番組です。「アナトリー・ソプチャクの娘が、そんな低俗な番組に出て…」と非難されていました。それで、今回彼女が大統領選に出ると聞いて、皆「マジで!?」と思ったのです。
しかし、大統領候補のテレビ・ディベートを見ると、結構まともなことを言っています。お父さんの血でしょうか。
この方、立場は、プーチンのまさに対極にあります。「クリミア併合は、国際法違反」と断言し、欧米との和解を主張。「ロシアは、検閲だらけで、全然自由がない」とし、「表現の自由」を求めています。要するに、「親欧米リベラル」なのですね。
「プーチンの娘たちと子供の頃遊んでいた」「プーチンがお父さんのカバン持ちだった時代を知っている」とのことで、あまりプーチンを恐れていないのでしょうか。プーチン批判をバンバンしています。今回の大統領選では、プーチン、グルディニン、ジリノフスキーについで4位でしょうか。クセニヤ・ソプチャクさんは、こんな顔。
● Ксения Собчак приглашает на встречу со сторонниками(YouTube)
プーチン再選で、日本は困らない
安倍―プーチンで、日ロは現在、良好な関係にあります。欧米とロシアの関係が最悪にも関わらず、日ロ関係はいい。これは、安倍総理が「自立外交」をしている証拠ですね。
ロシアとの関係は、特に「対中国」で大事です。日米関係が良く、日ロ関係も良ければ、中国は尖閣強奪に動けない。既述のように、安倍―プーチンで日ロ関係は良好。だから、「プーチン再選」で、日本は困りません。
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