米朝会談が終わり、日本は「アジア和平の主導権は米国」というキッシンジャーファクターを守り続けることにも成功しました。安倍総理は日朝会談に意欲的ですが、単なる選挙対策なのでしょうか。無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』の著者で国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんは、北朝鮮は以前と同じように拉致問題を解決する気はなく、被害者情報で釣り見返りに経済支援要請という「罠」を仕掛けていると分析しています。
日朝首脳会談の【罠】
米朝首脳会談が終わり、今度は日朝首脳会談の話が進んでいるようです。
日朝会談へ本格調整 正恩氏「首相と会ってもよい」
産経新聞 6/14(木)7:55配信
12日の米朝首脳会談で、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長がトランプ米大統領に対して「安倍晋三首相と会ってもよい」と述べていたことが13日、分かった。これを受け、日本政府は日朝首脳会談の本格調整に入った。
この話、すでに大々的に報じられていますので、皆さんご存知でしょう。今回は、この会談の注意点について書きます。
「キッシンジャーファクター」を心配する必要は、もうない
日本政府が日朝首脳会談の話をはじめたのは、3月です。トランプが3月8日、日本に何の相談もなく、突然「金に会う!」といいだした。それで、「傷ついた」日本政府が、「じゃあ、俺も会う!」と主張しはじめた。一種の「対抗心」ですね。
実をいうと、日本は46年前、アメリカを激怒させた前例があります。冷戦時代の初期、アメリカは共産党の一党独裁国家・中華人民共和国を敵視していた。しかし1970年代初め、強大化するソ連に対抗するため、中国との和解を決断します。71年、時の大統領ニクソンは「中国から訪問要請があり、それを了承した」と発表。このときもアメリカ政府は日本に何の相談もせず、日本側が発表内容を知らされたのは、発表の15分前だった。当然、日本政府は大きな衝撃を受けます。ニクソンは72年2月、歴史的な訪中を果たしました。
一方、日本では同年7月、田中角栄が総理大臣に就任。彼は、同年9月に訪中。「アッ」という間に「日中国交正常化」を成し遂げてしまった。ちなみに米中国交正常化が実現したのは、7年後の79年。米中和解を主導してきたキッシンジャー大統領補佐官は、アメリカを「出し抜いた」日本に激怒。「ジャップは最悪の裏切り者!」と絶叫したことが、明らかになっています。共同通信2006年5月26日から。
「ジャップは最悪の裏切り者」(解禁された米公文書より)72年にキッシンジャー氏
【ワシントン26日共同】ニクソン米大統領の中国訪問など1970年代の米外交政策を主導したキッシンジャー大統領補佐官(後に国務長官)が72年夏、田中角栄首相が訪中して日中国交正常化を図る計画を知り「ジャップ(日本人への蔑称(べっしょう)」との表現を使って日本を「最悪の裏切り者」と非難していたことが、26日までに解禁された米公文書で分かった
この「日本嫌い」のキッシンジャー。90歳をとっくに超えた今も、なんとトランプさんの「最高顧問」的立場にある。それで私は3月、「田中角栄の過ちを繰り返すな!」と何度も書いてきました。幸い安倍総理は、トランプを出し抜いてキッシンジャーを怒らせることがなかった。そして、6月12日、「歴史的」米朝首脳会談が行われた。ですから、日本はもう、「キッシンジャーファクター」を考える必要がなくなったのです。
なぜ、金は日朝首脳会談に前向きになったのか?
これはやはり、「トランプが金にいったから」でしょう。というのも、金にとって、トランプとの関係は、「命がかかった」問題です。トランプとの関係がよければ、彼は北朝鮮を統治しつづけ、長生きし、安らかな死を迎えることができるかもしれない逆に、トランプとの関係が破壊されれば、彼は、フセイン、カダフィのように惨殺される可能性が高い。だから、トランプから、「拉致問題なんとかしてくれ」といわれたら、「わかりました」といわざるを得ない。
米朝首脳会談で、トランプ氏は「完全な非核化を実現すれば経済制裁は解くが、本格的な経済支援を受けたいならば日本と協議するしかない」との旨を金氏に説明。その上で「安倍首相は拉致問題を解決しない限り、支援には応じない」と述べたとされる。この説明を受け、金氏は、安倍首相との会談に前向きな姿勢を示したという。
(産経新聞6月14日)
面白いですね。アメリカは「制裁を解くことができる」。しかし、「経済支援は、日本から受けとってくれ」と。そのためには、「拉致問題を解決しなければならない」と。トランプさんらしいです。
日朝首脳会談の【罠】
これから書く部分、安倍総理には、よく自覚していただきたいと思います。日朝首脳会談には、【罠】があるのです。
まず、大人の私たちは、「無料で拉致被害者が返ってくる」とは思わないでしょう? 非常に理不尽ですが、「身代金」を払う必要がある。もちろん「身代金」とはいわずに、「経済支援」といいます。ところが、日本は現段階で、「経済支援」をすることができません。なぜでしょうか?
北が「対話路線」になったのは、「制裁が効いて苦しくなったからだ」といいます。北から「拉致被害者を返すから、経済支援してくれ」と提案され、日本が同意したとします。そして、日本は、実際に経済支援を実施した。すると、北朝鮮経済は潤って、どうなります?
「金が入ってくるようになったから、非核化や~~めた!」
となるでしょう。すると、「日本のせいで、核のディールはぶち壊しだ!」と
なってしまう(そして、北が核を保有しつづければ、日本も困ります)。
動けない日本
金正恩は、これまでの北朝鮮の「成功例」を繰り返している。つまり、「非核化を約束し、制裁を解除させ、経済支援をうけとり、核兵器は保有しつづける」。
安倍総理が、金と会った。金はいいます。
「調査した結果、生存している拉致被害者が見つかった。日本に帰国させる準備があるが、つきましては、金ください」
こういわれたときに、はたして安倍総理は「大局にたって」「まだ経済支援はできない、非核化が実現してから支援することは約束できる!」といえるでしょうか?
ここが最重要ポイントであり、この部分が北朝鮮の【罠】なのです。
拉致被害者の帰国が実現されること。これは、まさしく全国民の悲願でしょう。しかし、そのために、金に金(かね)を与えれば、彼は元気になり、トランプに、「せっかく作った核を放棄するか、老いぼれ!」などといい、「ディール」を破棄するかもしれない。
その時、キッシンジャーは、「ジャップは今も昔も裏切り者!」と絶叫し、トランプは、「シンゾーのせいでディールはぶち壊しだ!」と嘆くことでしょう。そして、北が核保有をつづけると、日本もとても困ります。
まとめ
ここまでの話、まとめてみましょう。
- 金が安倍さんに会いたがっているのは、金(かね)が目当てである
- しかし、「拉致被害者を返す」といわれても、現段階で経済支援してはならない
- 経済支援をすれば、金は余裕ができ、「やはり苦労して手に入れた核を放棄することはできない!」と宣言するかもしれない
- そうなると、「シンゾーのせいでディールはぶち壊しだ!」となってしまう
では、どうすればいいのでしょうか?
一番いいのは、非核化が終わるまで、会わないことです。非核化が終わった後なら、会えばいい。そして、金が「経済支援してくれ!」といってきたら、「拉致被害者を全員返してくれたら、喜んでいたしましょう」といえばいい。
ところで、安倍総理が金に会いたい件について、「選挙対策だ」という声を耳にします。ホントかわかりませんが、そうだとしたら愚かなことです。なぜ? この問題の結果は、大きく二つしかないからです。
- 安倍さんは、経済支援を拒否し、拉致被害者は戻ってこない
- 安倍さんは、経済支援を約束し、拉致被害者が返ってくる
金は日本から金(かね)を得て余裕ができ、核兵器保有継続を決意。トランプの「非核化ディール」はぶち壊しになる。
というわけで、私は「日朝首脳会談」を勧めません。もし、「拉致被害者を返すから、経済支援を」とオファーされ、「非核化が実現するまで無理です」と断れば? 日本のマスコミは、「千載一遇のチャンスを逃し、拉致被害者を見捨てた冷酷非道な安倍!」と叩くでしょう。もし、経済支援を約束し、拉致被害者を取り戻せば、「安倍のせいで、金は核をもちつづける余裕ができた!大局を読めない、ダメ首相だ!」と叩くでしょう。
というわけで、会わないのが一番いい。しかし、それでも会うという話になれば、「核兵器、ミサイル廃棄、拉致被害者帰国。この三つが成った暁には、経済支援を実施します。北朝鮮が、東アジアのシンガポールになるのを全面的に支援しましょう!」などと、「原則論」でいくことをお勧めします。