北京で3月15日までの予定で開かれている、全国人民代表大会。この中国最高の国家権力機関で、1兆1,900万元という2019年の国防予算が示されました。実に日本の4倍近くとなるわけですが、経済が減速する中、前年比7.5%という軍事費を計上する裏にはどのような事情があるのでしょうか。台湾出身の評論家・黄文雄さんが自身のメルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』でその理由を分析しています。
※ 本記事は有料メルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』2019年3月5日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:黄文雄(こう・ぶんゆう)
1938年、台湾生まれ。1964年来日。早稲田大学商学部卒業、明治大学大学院修士課程修了。『中国の没落』(台湾・前衛出版社)が大反響を呼び、評論家活動へ。著書に17万部のベストセラーとなった『日本人はなぜ中国人、韓国人とこれほどまで違うのか』(徳間書店)など多数。
【中国】なぜ中国は経済減速でも軍事・治安維持費の増大が不可避なのか
3月5日から中国で全国人民代表大会(全人代)が開催されていますが、そのなかで、中国の成長率目標が昨年の6.5%前後から、6~6.5%という設定に引き下げられました。
2018年の成長率は6.6%ということでしたが、中国の統計数字が信用できないのは、周知のことです。よく知られているように、各地方政府が発表するGDPの合計は中央政府の発表する全国GDPを大きく上回っており、地方政府によるGDP水増し疑惑が絶えません。
「中国的数字」は近代科学的統計とは異なり、古代からのドンブリ勘定という文化風土をベースにしたものです。「白髪三千丈」「後宮三千人」などはその典型であって、諸史経典にも概数しかなく、数字に対する概念は、例えば毛沢東が大躍進時代に掲げた目標数値のように、国家指導者でも「無知」に近いレベルなのです。
もともと、中国共産党自体が「絶対無謬性」の上に成り立っていますから、地方政府は中央政府の目標をもとに、自分たちの目標を定めます。今回の中央政府のGDP目標値が6~6.5%という設定になりそうだということは早くから報じられていたため、地方政府の目標設定も、これに近いものになっています。今年の2月段階で、製造業が集積する広東省は6~6.5%、江蘇省は6.5%以上と設定していました。
● 中国の地方政府、相次ぎ目標下げ 19年成長率 輸出・消費鈍化で下押し
とはいえ、両省とも昨年の目標値は7%程度でしたから、下落傾向にあることは間違いありません。明らかに日米貿易摩擦の影響が出ていることは間違いありません。それでも6%程度の成長率というのはかなり高い数字であり、この数字すら本当なのか疑わしく、0.6%程度だという声や、すでにマイナス成長だと主張するアナリストもいます。
GDP以外の中国の経済目標ですが、1,100万人の新たな雇用、消費者物価の振れ幅3%程度、農村貧困人口1,000万人減少などを掲げ、増値税の16%から13%への引き下げ、鉄道建設へ8,000億元、道路や水路に対して1兆8,000億元投資することなどを重点策として掲げています。
ただし、かつて「経済成長8%を死守する」ということで「保八」が叫ばれたことがありましたが、そのときは1,000万~1,500万人の雇用を生み出す必要があり、そのためにはどうしても8%の経済成長が不可欠だということでした。現在、6~6.5%という経済成長率目標で1,100万人の新たな雇用を生み出せるのか、はなはだ疑問です。
一方、軍事費については昨年比7.5%増の1兆1,900万元と、GDP以上の伸び率となっています。ここ数年、中国の経済成長率は下落の一途を辿っていますが、軍事費の伸び率は2016年7.6%、2017年7%、2018年8.1%と、およそ7~8%増を繰り返しています。
中国の軍事費についても不明な点が多く、実際にはもっと額は大きくて毎年2ケタ増だという説もあります。当然ながら、周辺諸国やアメリカの警戒心を煽らないためにも表向きの軍事費としては小さい額のほうがいいわけですが、それでもこれほどの伸び率になってしまうわけです。
軍事費増が必要なのは、中国の覇権主義を加速させるためです。しかも習近平は台湾併呑を掲げており、経済が失速するなかで、台湾併呑こそは「偉大な指導者」として名前を残すためにどうしても成し遂げたいことだからです。経済が失速するからこそ「別の成果」を残さないといけないのです。
とはいえ、中国では軍事費よりも治安維持費のほうが約2割多く、2017年の時点で1兆2,400億元と、2019年の軍事予算をすでに超える規模です。中国の中央一般公共予算は2017年で9.6兆元で、2019年度が約10兆元程度だとしても、防衛費と治安維持費で2兆5,000億元程度とすると、それだけで国家予算の4分の1にも達することになります。
しかも景気対策のための減税を打ち出しているわけですから、中国の財政不足は明らかです。そもそも中国は内外の債務残高がGDPの343%にも達しており、デフォルトを回避するために紙幣を大量に印刷しているものの、それがインフレを招いて経済危機を呼び込むと警告するエコノミストも多くいます。
● 中国の内外債務総規模、対GDP比で約343%=中国メディア
民主主義のない中国は、共産党一党独裁であることの正当性を示さなくてはなりません。革命世代はまだ建国を果たしたという大義がありましたが、江沢民以降は経済成長と「抗日勝利」という嘘が共産党の正当性でした。
しかし経済成長が失われた現在、中国共産党と習近平にとっての正当性は「抗日勝利」くらいしかありません。とはいえ、インターネットが発達した現在では、日本軍と戦ったのは共産党軍ではなく国民党軍だったことはすぐバレてしまいます。
そうなると、軍事による領土拡大を果たしつつ、国内の不満分子を抑えるしかない。それが国防費と治安維持費の増大の理由なのです。もちろんその結果、中国国内の医療福祉などへの対策費は抑えられ、人民の不満はさらに増大していくことになるでしょう。
独裁国家は結局、軍事と警察によって国民を抑え、海外に脅威を撒き散らすことでしか維持できないわけです。
このメルマガで私は何度も主張していますが、米中貿易戦争は、単なる米中の対立だけではなく、独裁vs民主という大きなテーマを内包しているのです。そしてこの戦いにもし中国側が勝利するなら、民主主義より独裁のほうが、自由より弾圧・統制のほうが統治システムとして良いことになってしまいます。
はたして人類はどちらを選ぶのか。経済成長率が逓減する中国において軍事費と治安維持費を増大させざるをえないことの裏側には、そうした大きな問題が含まれているのです。
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