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「黒い雨」原告全面勝訴を歓迎した各紙、解説しなかった読売新聞

75年前の8月6日、広島への原爆投下直後に降った「黒い雨」による健康被害を巡り、国が線引きした援護区域の妥当性などが争われた裁判で、広島地裁は原告側の訴えを完全に認める判決を下しました。今後は国が控訴するか否かが焦点となりますが、ひとまず今回の司法判断を新聞各紙はどのように報じ、論じたのでしょうか。メルマガ『uttiiの電子版ウォッチ DELUXE』著者でジャーナリストの内田誠さんが分析、解説を加えながら紹介し、批判が滲む読売の論調には疑問を呈しています。

「黒い雨」訴訟判決について、各紙の「論」を問う

ラインナップ

◆1面トップの見出しから……。
《朝日》…黒い雨 区域外も被爆者
《読売》…医療情報 デジタル共有
《毎日》…「黒い雨」訴訟 原告勝訴
《東京》…「黒い雨」救済判決

◆解説面の見出しから……。
《朝日》…黒い雨 国の「特例」否定
《読売》…対中包囲網 米豪主導
《毎日》…米中覇権争い 新局面
《東京》…再処理 矛盾抱え「適合」

プロフィール

■県と市のジレンマ■《朝日》

■特例を拡大せよと?■《読売》

■3号被爆者■《毎日》

■衝撃的な判決■《東京》

県と市のジレンマ

【朝日】は1面トップと10面のオピニオン欄に社説。31面社会面に関連記事。見出しから。

(1面)
黒い雨 区域外も被爆者
国の線引き「不合理」
広島地裁、初判断 84人全員認定

(10面・社説)
「黒い雨」判決
線引き行政改め救済を

(31面)
被爆75年 やっと認定
副団長急逝 届けたかった全面勝訴
8歳のあの日 黒い雨を友と浴びた
被爆者認定の新たな枠組み
法の趣旨立ち返り救済拡大を(視点)

2面の解説記事「時時刻刻」は、「黒い雨」を巡る援護行政と判決の詳細を簡潔にまとめている。これまで国は「黒い雨」の「大雨地域」にいて特定疾病を発症した人に対し、「恩恵的措置」として「被爆者」とする対応をとってきたが、今回の判決では、「黒い雨」を浴びて特定疾病にかかった人を、正面から援護法上の被爆者であると認めたと強調している。

となれば、当然、援護行政の見直しを求める声が強まるのは必至で、《朝日》も社説の中で、「地理的な線引きで対象者を限ってきた国の被爆者援護行政を否定し、個々の被爆体験に関する証言と健康状態を重視して広く救済する。そうした視点に立つ画期的な判決」と最大限の言葉で判決を評価している。

「時時刻刻」の最後段は、広島県・広島市の立場のねじれについて。特に広島市長は、「黒い雨降雨地域の拡大を」との言葉を平和宣言に盛り込むなど、被害を訴える人々への援護拡大を求め続けてきた。一方で、援護行政の手帳交付事務を委託されている立場としては、「小雨地域」の住民から被爆者健康手帳などの申請があっても却下せざるを得なかった。今回も、松井市長は「原告の方々の切なる思いが司法に届いた」としながら、被告としては「今後の対応について厚労省や件と協議して決める」と言わざるを得ない。ねじれは続いていると。

●uttiiの眼

市や県の立場のねじれについては、市独自、県独自の援護行政のなかで救済する方法はなかったのだろうかという問いかけがあって然るべきだろう。もっとも、仮にそのような「救済」がなされたとしても、国の援護行政の問題がなくなるわけではない。

ジレンマの議論の中に、「時時刻刻」らしく、国が援護行政の範囲を政治判断によって少しずつ拡大してきた歴史に関する興味深い記述があった。「黒い雨」についても、雨が激しく降ったことが証明されている地域について「特例的」な援護対象とし、78年には韓国人被爆者への手帳交付を巡り「国家補償的配慮が制度の根底にある」との最高裁判断が出て、しかし、これが「思わぬ「ブレーキ」」になってしまう。

80年に厚生大臣の諮問機関が「戦争被害は国民が等しく耐え忍ばねばならない」という「受忍論」を打ち出し、被爆地域の指定には「科学的・合理的な根拠」が必要ということになった。今回はまさしく「科学的・合理的に根拠」を国が示すことが出来ず、敗訴に至ったということになると。

特例を拡大せよと?

【読売】は1面左肩と31面社会面。見出しから。

(1面)
「黒い雨」84人被爆認定
広島地裁 援護区域外も救済

(31面)
「黒い雨」訴訟
苦しみ75年「長かった」
原告ら 控訴断念求める
市と県、立場複雑

●uttiiの眼

《読売》は1面の本記と社会面の取材記のみ。解説的な扱いもなければ、社説での取り上げもない。見出しを見る限り、特に社会面については、判決を肯定しているようにも見えるし、記事冒頭には「広島地裁判決は、同じ雨を浴びながら置き去りにされてきた原告らに救いの手を差し伸べた」ともあり、歓迎しているようでもある。しかし全体として強調されているのは、広島市と広島県の立場の微妙さという点。

《読売》の記事のベースには、「黒い雨を浴びた人は「特例」で遇すべき」という主張が見え隠れしている。援護法上の「被爆者」の範囲を拡げると大変なことになると言いたいのだろう。「ねじれ」に関する記述の中でも、2010年、市と県が膨大な住民調査を元に特例区域」を6倍に拡大するよう要望したこと(有識者検討会に退けられる)が紹介されている。

《読売》によれば、厚労省の担当者は「判決に従えば、被爆者の範囲は大きく広がり、予算も膨らむ。対象地域の見直しの必要性なども含め、早急に今後の対応を検討したい」と語っており、別の厚労省幹部も「積極的に被爆者認定することは必要だが、認定には科学的な裏付けが欠かせない。厳しい判断だ」と判決に批判的なコメントを紹介している。

こうした姿勢の背景にあるのが、自民党内に蔓延する「ニセ患者論」であることはこれまでも何度か書いてきた。原爆の「黒い雨」だけでなく、水俣病の認定についても同じ問題が起こっている。原爆投下にせよ有機水銀の垂れ流しにせよ、加害者側と被害者との関係は圧倒的に非対称だ。被害者側が被害を立証する場合に要求される「科学的・合理的な根拠」とは何か。よく考えるべきだろう。広島地裁は、証言に「不自然不合理な点はない」として、原告の主張を認めている。当然のことと思われる。

3号被爆者

【毎日】は1面トップに2面の「焦点」、5面に社説、27面社会面に関連記事。見出しから。

(1面)
「黒い雨」訴訟 原告勝訴
区域外被曝 初の認定

(2面)
「黒い雨」原告勝訴
援護法の理念重視
国の線引き否定
被爆者救済 転換迫る

(5面・社説)
黒い雨訴訟で原告勝訴
国は広く被害者の救済を

(27面)
3姉妹「声届いた」
全員認定 父母に報告
原告団長「地裁英断」

●uttiiの眼

《毎日》も《朝日》同様、判決を歓迎し、「黒い雨」に関して広く被害者の救済を行うよう求めている。2面の「焦点」では、「原爆の悲惨さや、放射線被害の特殊性を踏まえ、国の責任による「国家保障的配慮」が必要だとする被爆者援護法の理念を前面に打ち出した」とし、これにより、「国の援護行政の在り方が、根底から見直しを迫られる可能性がある」としている。

援護法は被爆者を3つに分け、1号被爆者(直接被爆)と2号被爆者(入市被爆)以外に3号被爆者を設けているのは、放射線の影響が長期に及ぶ点などを考慮し、広く健康診断などを実施する為だと解釈して、「内部被曝」の可能性にも言及、そのことによって、黒い雨の体験者を被爆者と認定する道を開いたことを特に強調している。

衝撃的な判決

【東京】は1面トップに6面関連記事、25面社会面にも記事。見出しから。

(1面)
「黒い雨」救済判決
全84人 被爆者と認定
広島地裁 援護区域外 初判断
被爆75年 原告の供述重視(解説)

(6面)
降雨線引き否定 国衝撃
「黒い雨」原告全面勝訴
民事畑のベテラン
「被爆体験者」ら 歓迎の声
早期救済 難航か

(25面)
被爆の真実 届いた
「黒い雨」訴訟
提訴5年 82歳原告団長万感
「判決 このまま確定すれば」

1面本記に、共同通信の記者による「解説」が掲載されている。援護法と援護行政の歴史のなかで、80年代以降、国が国民の理解を得るためとして「科学的根拠」を援護拡充の条件としてきたことは理解できるとしても、原爆投下から75年たち、被爆と病気との因果関係を証明することは困難で、「科学的根拠に重きを置いた結果、必要な人への援護に漏れが出てくるのであれば本末転倒だろう」と言っている。

●uttiiの眼

6面記事は、リードで「行政側が認定の要件として主張してきた「科学的根拠」を司法が否定したことで、国には衝撃が走った」とするが、上記の共同通信記者の解説にも触れられている「科学的根拠」を「司法が否定した」とあるのは、説明を要するように思う。

判決文を見ると、判決が「科学的根拠」云々を「否定」しているととれる箇所は、以下の部分。つまり、これまで被爆者援護法では「特例区域」にいただけでなく特定疾患に罹患したという結果から、類型的に判断して(3号被爆者に)認定してきたとしたと分析したうえで、「その際に、黒い雨の放射性微粒子の有無や構成、放射線量などが具体的に問われることはなかった。…本件訴訟だけ、科学的、物理的根拠を重視するのは相当ではない」という言い方になっている。

そもそも、特例で「大雨地域」の人に認めた時、黒い雨が身体に影響を与えたことを科学的に証明せよとは言っていなかったのだから、原告たちだけにそれを求めるのはおかしいと論難されているわけだ。判決が否定したのは、「科学性」ではなく、根拠のない「線引き行政」だった。

《東京》はこの判決がどのような影響を及ぼすかについて、2つのことを言っている。1つは長崎で、国が定めた指定地域外にいた人が被爆者認定を求めている裁判への影響。もう1つは、原告たちと同様の境遇で健康被害に苦しんでいる人たちへの影響。さらには、東電福島第一原発事故で被曝し、健康問題を抱える人たちへの影響もありうると見られている。

image by: Shutterstock.com

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ニュースステーションを皮切りにテレビの世界に入って34年。サンデープロジェクト(テレビ朝日)で数々の取材とリポートに携わり、スーパーニュース・アンカー(関西テレビ)や吉田照美ソコダイジナトコ(文化放送)でコメンテーター、J-WAVEのジャム・ザ・ワールドではナビゲーターを務めた。ネット上のメディア、『デモクラTV』の創立メンバーで、自身が司会を務める「デモくらジオ」(金曜夜8時から10時。「ヴィンテージ・ジャズをアナログ・プレーヤーで聴きながら、リラックスして一週間を振り返る名物プログラム」)は番組開始以来、放送300回を超えた。

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【著者】 内田誠 【月額】 月額330円(税込) 【発行周期】 週1回程度

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