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アホな科学政策による必然。日本から「頭脳流出」が今後も続く訳

「光触媒の父」と呼ばれる藤嶋昭東大特別栄誉教授が研究チームごと上海理工大学に移籍。一部からのバッシングに対し、お門違いの批判で今後も「頭脳流出」は止まらないと警告するのは、メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』著者でCX系「ホンマでっか!?TV」でもおなじみの池田清彦教授です。教授は、この20年の大学の研究費を削る政策により、科学技術力において先進国でほぼ最下位に落ちた日本の現実を暴露。青色発光ダイオードを発明した中村修二氏が会社に訴えられ訴え返した経緯を説明し、多額の賠償判決に怯えた産業界の要望か、研究者への配慮に欠ける特許法改正が行われるなど日本離れの必然を説いています。

アホな科学政策が加速させる頭脳流出

光触媒を発見し、ノーベル賞候補にも名前が挙がる藤嶋昭・東京大学特別栄誉教授が、8月末に自分の育成した研究チームもろとも上海理工大学に移籍した、というニュースが大々的に報じられた。一部のネトウヨとマスコミ(特に読売新聞)は中国へ頭脳流出する科学者を「高給引き抜きによる先端技術獲得の動き」に乗せられた、日本人の風上にも置けない輩だといった調子で、バッシングしているが、先端技術の分野において未だに日本が中国より進んでいるという時代錯誤の妄想に耽っている発言で、笑止と言う他はない。

2004年に国立大学を法人化して、大学への運営費交付金を毎年1%ずつ減らした結果、日本の科学技術力は凋落の一途をたどり、論文数は他の先進国が軒並み増加したのに比べ、日本はほぼ横ばいである。特にインパクトのある論文数(被引用数が上位10%に入る論文数)は2004年の4位から、現在は10位に下がっている。ちなみに中国は論文数もインパクトのある論文数もアメリカを抜いて1位に躍り出ている。今や日本の科学技術力は先進国の中で、ほぼ最下位クラスなのだ。

上海理工大学と上海市政府は、藤嶋氏のチームを支援するプラットホームとして、光触媒に関連する国際的な研究所を数十億円かけて新設するという。日本は科学研究者の給与などの待遇も悪く、研究費も少ない。待遇が悪くても日本のために働いてくれという精神論を未だに振りかざす人がいることに辟易するが、グローバル化した社会では、野心のある優れた研究者は中国であれアメリカであれ、研究条件の優れたところに移るのは必然で、今のままでは、優秀な科学者の海外流出は止まらないだろう。

藤嶋氏も日本にいてはこれだけの規模の研究条件を整えてくれるところはないとわかっているので、傘下の研究者の将来をも考えて移籍に踏みきったのだろう。かつては、日本人科学者の頭脳流出先はアメリカと決まっていて、ノーベル賞を受賞した物理学者の南部陽一郎、分子生物学者の利根川進、青色発光ダイオードを発明した中村修二などが著名である。中村修二は「日亜化学工業」で働いていた企業内研究者の時代に青色発光ダイオードを発明して会社の業績に多大な貢献をしたが、2000年にカルフォルニア大学の教授としてアメリカに渡った。

それに対して日亜化学工業は、2000年に企業秘密漏洩の疑いで、ノースカロライナ州東部地区連邦地方裁判所に、中村を提訴した。結局この提訴は2002年に棄却されたが、その間の中村の心労は大変であったという。一方、中村は日亜化学工業の提訴に対抗して、2001年に日本の裁判所に、青色発光ダイオードの特許は自分に帰属することの確認と、それが認められない場合は譲渡の相当対価200億円の支払いを求めて、日亜化学工業相手に裁判を起こした。

アメリカの研究者に、発明に対して会社から貰った対価が余りにも安く、「スレイブ中村」と皮肉られたことが訴訟を起こしたきっかけだと言われているが、企業秘密漏洩で自分を訴えた会社に腹が立っていたのだろう。この裁判は特許権こそ会社側にあるとしたが、譲渡の対価に関しては原告の主張が通り、2004年に東京地裁は発明の相当対価を604億円と認め、原告が求めた200億円を支払うように被告に命じた。その後、東京高裁で和解が成立し、2005年に和解金・8億4000万円で決着した。

研究者に対する対価で争われているもう一つの事例はがんの特効薬として注目を浴びた、免疫チェックポイント阻害剤のニボルマブ(商品名オプジーボ)の特許を巡るものである。この薬の開発によりノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑が、小野薬品工業に対して、特許使用料の分配金262億円の支払いを求めて訴訟を起こしている事件だ。この訴訟は現在進行中で、大阪地裁が双方に和解案を提示しているところで、結果はまだ分からない。いずれにせよ、日本の企業は有用な発明・発見をした研究者に対する金銭的な配慮に欠けることは事実であろう。

中村修二と日亜化学工業の裁判結果におびえた産業界からの要望もあったのであろう。政府は平成27年(2015年)に特許法を改正(改悪?)して、職務発明制度を企業側に有利なようにした。すなわち、「従業員が行った職務発明について、契約時においてあらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めたときは、その特許を受ける権利はその発生時から使用者等に帰属する旨を規定した」という事である。

単純に言えば研究者を雇用する際に、職務発明はすべて会社に帰属するという契約をしておけば、従業員から訴えられることはなくなるという理屈だ。確かに、能力に自信がない研究者は、この契約にサインするであろうが、才能に満ち溢れた研究者は、そんな契約を求める日本の企業は蹴って、さっさと、研究条件がいい海外に行ってしまうだろう。一見企業に有利な法律に見えるけれども、長い目で見れば、優秀な人材の頭脳流出を促進させるに違いない。中村修二はこの改正案を見て激怒したと伝えられるが、さもありなんと思われる。

頭脳流出を止めるには、法律をいくら変えてもダメなのだ。研究者の給料や研究費や雑用に追われる時間を少なくするといった、待遇改善をすることだけが唯一の解決策なのである。2018年の大学部門の研究開発費は、日本は3.7兆円(OECD推計では2.1兆円)、アメリカ7.8兆円、中国4.3兆円、ドイツ2.6兆円、フランス1.5兆円、イギリス1.3兆円、韓国0.8兆円である。

ちなみに、2000年の大学部門の研究開発費を1としたときに、2018年のそれは、日本1.1、アメリカ2.5、ドイツ1.8、イギリス2.3、韓国4.5、中国19.0である。日本だけがほとんど増えていないことが分かる。21世紀に入ってから、基礎研究につぎ込む金を諸外国に比べケチっているわけだ。

もう一つ大きな問題は、総額は諸外国に比べてさほど見劣りしないのに、なぜ、インパクトのある論文の数が世界10位なのかという事だろう。金が有効に使われてなくて無駄金が多いってことだ。

2004年に国立大学が民営化されてから、運営費交付金を徐々に減らしたばかりでなく、選択と集中と称して、資金を見込みがある(と勝手に決めた)研究に集中的につぎ込み、役に立たない(とこれまた勝手に決めた)研究には全く資金を回さなくなった。地方の国立大学では、研究者が年間に使える研究費が20万円に満たないところも出てきたという。その結果起こったことは、世界レベルでの科学力の低下であることは、データが何よりも証明している。年間20万では、そもそも研究ができない。

アメリカも選択と集中に舵を切ったこともあったが、イノベーションを起こすためには、海のものとも山のものとも分からぬ研究にも、ある程度の資金を回す必要に気づき、資金の一部はバラマキに使っている。

mRNAワクチンの実用化のための基礎技術を開発した、ハンガリー出身の科学者カリコー・カリタンは、アメリカに渡った頃は、誰も注目しなかった研究を諦めることなく続けて、ワクチンの開発に結び付けた。途中資金が乏しくなって、窮したこともあったようだが、ビオンテック(ファイザーと共同でmRNAワクチンを開発したドイツの企業)に移ってから研究が花開き、現在はビオンテックの上級副社長であり、ノーベル賞候補の一人である。すごいイノベーションは主流から外れた研究から起こることが多く、選択と集中を強めれば強めるほど、画期的な研究成果は現れなくなる。

選択と集中の悪いところは、資金を貰うために、この研究がどんな役に立つかといった書類を山ほど書かされ、肝心の研究に回す時間が無くなることだ。実験には金が必要だが、新しいことを考えるには時間も必要なのだ。さらに日本の悪いところは、次から次に新しい改革を文科省から押し付けられて、その度に、膨大な書類作りしなければならないことだ。だから、改革をやればやるほど、雑用が増えて研究時間が無くなり、科学力が下がるわけだ。

(メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』2021年9月24日号より一部抜粋、続きはご登録の上、お楽しみください。初月無料です)

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