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中国すら匙を投げる惨状。WHOテドロス氏「祖国」で止まぬ蛮行と悲劇

先日掲載の「政府による虐殺やレイプも。建国以来最大の危機に陥る『多民族国家』の空中分解」でもお伝えしたエチオピア情勢ですが、時局は悪化の一途を辿っているようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では著者で元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、ノーベル平和賞受賞者とは思えぬ同国大統領の蛮行をはじめ、エチオピア国内で起きている悲劇的な事態を紹介。さらに米中ロ、そしてトルコといった国々の動きや思惑を解説するとともに、島田さん自身が国連やアフリカ連合から紛争調停の参加を要請されているものの、エチオピア政府やトルコからその賛同を得られぬため動きが取れない状況にあることを綴っています。

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究極の地政学リスク案件となったエチオピア情勢

「11月23日にアビー首相自らが、TPLFとの紛争の前線に赴き、“対テロ戦争”の指揮を執る」

そんな情報が今週になって入ってきました。メディアのアクセスやインターネットが遮断されている今、実際にアビー首相がティグレイ州とアムハラ州の州境に赴いた映像が存在しないため、その真偽のほどは分かりませんが、もし本当だったとしたら、それはエチオピアにおけるティグレイ紛争の深刻度が高まったことを意味します。

昨年11月4日に開戦し、月末にはいったん収まったと思われていた紛争ですが、その後も隣国エリトリア軍の越境による蛮行が続いたことと、TPLF(ティグレイ人民解放戦線)が勢力を盛り返したこともあり、今年6月にティグレイ州都のメケレがTPLFに奪還されたことから、一気に紛争が過激化しました。

そのプロセスの中で、TPLFのリーダーであったゲブレマイケル氏がエリトリア軍に背後から攻撃され、重傷を負ったことで、事態は一気に変わりました。

その理由として、一つ目は、国際社会からエリトリア軍の越境の有無について尋ねられていた際、エチオピア政府が「越境はない」と答えていた内容が虚偽であったことがばれ、エチオピア政府に非難が集中することになったこと。

二つ目は、これまでTPLFによる仕業と非難していたアムハラ州やアファール州などで起きていた虐殺や人権侵害の多くが、実は政府軍やエリトリア軍による仕業であったことがばれたこと。

三つ目は、誰がリークしたのかは不明ですが、アビー首相が何度も「今回の攻撃の目的は、ティグレイ人を抹殺すること」と、まさに民族浄化を誘発するような発言をしていた音声データが明らかになったことと、そのためにエリトリア軍と密接に協力をしていたことが分かったこと。

四つ目は、アビー政権が、昨年11月末に国連および国際社会に約束していた“ティグレイ人に対する国際人道支援の受け入れ”を、実質的に反故にし、結果として、520万人以上が飢餓の危機に陥ることになったこと。

こういった背景が明らかになり、国内外でのアビー政権と繁栄党(Prosperity Party)への支持・評価が大きく変容します。

国内については、30年以上、エチオピアで独裁体制を敷いてきたTPLFに対する国民(他民族)の嫌悪感をベースに、アビー首相と繁栄党は【対ティグレイ掃討作戦】への圧倒的な支持を受けてきましたが、実情が明らかになるにつれ、政府への支持は一気に退化し、代わりにTPLFへのシンパシーが上昇するという状況が、今年夏以降加速しています。その結果、ティグレイ紛争とは別に、他州で政府を相手にした暴動が起きており、国内の治安の悪化が進んでいます。

また、今回のTPLFの復活と、オロモ解放戦線(OLA)の参画により、エチオピア政府の経済成長の要となるジブチ国境に位置するアファール州の要所が抑えられ、スーダンに至る玄関口となるアムハラ州もTPLF側が支配することになったため物流が止まり、政権の経済的な息の根を止めるような作戦が取られていることで、それに対処できないアビー首相と政権への非難が高まっています。

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今回の首相自らがティグレイ紛争の前線に立ったというニュースは、それへの対応のアピールと、「TPLFとOLAがアジスアベバに侵攻し、エチオピアを乗っ取るつもりのようで、それを食い止めるためにやってきた」という宣伝というように捉えられています。

しかし、このニュースは、国際社会にとってはさらなるエチオピア離れを加速させているようです。

ティグレイ紛争における政府軍側のティグレイ人に対する人権侵害と、民族浄化の疑い、そして国際人道支援の妨害と、度重なる国連職員や人道支援活動のスタッフの拘束事件などの問題が明るみに出たのを機に、欧米諸国はエチオピア支援を止め、制裁を課す判断に出ています。

そしてついに、アメリカ政府を皮切りに、英国、フランス、ドイツ、オランダなどが自国民のエチオピアからの即時退避を大使館に指示し、それに続いて、国連も職員の国外への即時退避を命じるなど、国際社会との断絶が深まっています。

また、エチオピアはアジスアベバにアフリカ連合の本部を抱える重要国ですが、周辺国のみならず、アフリカ諸国も、エチオピアによる情勢の著しい悪化が自国に悪影響を与えることを嫌い、アビー首相に対して懸念を伝えるとともに、エチオピアで進む蛮行と悲劇を国際的に知らせるべく、アフリカ諸国の発案で、今年1月以降、Peace and Security in Africaというアジェンダを立てて、安全保障理事会での議論を継続させています。

この背景には、ティグレイ紛争の悪影響もありますが、現在、並行して進むルネッサンスダム問題(エチオピア・エジプト・スーダンの間の係争)への懸念もあり、アフリカ各国は“アフリカによる解決”を望みつつも、エチオピア政府に問題のハンドリング能力と平和的解決の意思がないと判断したこともあります。

安保理での議論では、エチオピア政府が副首相まで出して反論をする状況が続いていますが、11月に入って大きく変わったのが、これまで対エチオピア制裁に慎重姿勢を示すか反対して、エチオピアをかばってきた中国とロシアが、ついに我慢の限界を迎えたようで、制裁への反対をせず、制裁やむなしと棄権するケースが目立って来ました。

エチオピアといえば、中国にとっては東アフリカへの一帯一路政策の浸透のための重要拠点として、TPLF時代から重点的に経済進出し、インフラ整備をことごとく行い、かつ高度の経済成長を支援する目的で、港のある隣国ジブチとの間に鉄道と幹線道路を敷設してきました。その権益を犠牲にすることも覚悟して、今回、ついにエチオピア非難に回ったのは驚くべき反応です。

その主な理由は、これ以上のエチオピアに対する庇護は、自国が欧米諸国から非難される新疆ウイグル自治区における人権問題や香港問題などに飛び火しかねないとの中国政府の判断があったと言われています。

エチオピアは実際にはアメリカにとってもCIAのテロ対策の拠点(Black Site)を置くほど重要視しており、これまで貿易上の特恵待遇を与えて支持を取り付け、米中対立のアフリカの前線と見なしてきましたが、人権問題を重視するバイデン大統領の眼には、アビー首相が指示する人権蹂躙は許容しがたいものであり、ゆえにエチオピア切りを決行しました。そして中国も退いたことで、今、エチオピアは国際的な影響力の空白地帯になっています。

その機を逃さずと、これまで係争案件を数多く抱えてきた隣国スーダンが、クーデターと首相の拘束でかなり不安定化していた国内情勢を、首相の復帰という形で収束させるという荒業に出て、対エチオピア攻勢に乗り出しています。

その背後には、“スーダンによる治安回復のため”に特使を派遣していたアメリカ政府がおり、「スーダン国内に退避してきたティグレイ人に対する支援」の名目で、資金援助も拡大しています。

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そしてエジプト、国内に独裁の色彩が濃くなってきたチュニジア、ブテフィリカ元大統領死去後、不安定な政情が続くアルジェリア、常に西サハラ問題を抱え、国際社会との微妙な緊張を持つモロッコ、東アフリカの不安定化を食い止めたいケニアなどが次々とエチオピア包囲網を築き始めていますが、これ、ただの地域的な情勢と捉えるだけでよいでしょうか?

本件は、確実に広域のアフリカ・中東地域における地政学リスクとして認識されていると言えますが、これらの国々に共通行動を取らせた国の存在があります。

それは、エチオピアとの接近を急速に進めているトルコです。先日もエチオピア国内のトルコ系民族の教育システムの充実と、経済的なつながりの強化の名目でエルドアン大統領がアジスアベバを訪問していますが、その際に合意されたのが、トルコ製のLAWS(自律型致死兵器システム)のエチオピア政府軍への提供だと言われています。

トルコ政府も、エチオピア政府も公式には否定していますが、トルコ製のKargu-2と言われる最新鋭のドローン兵器がエチオピアに提供され、実際にティグレイ戦線に投入されているという情報が多数寄せられています。

このKargu2ですが、これまでにアルジェリア、チュニジア、リビア、モロッコなどに投入されたと言われており、その提供先がすべて反政府勢力だったことから、各国がトルコに対する非難を強めており、ゆえに、エチオピアの周辺国などによる対エチオピア共同戦線に繋がっているのではないかと考えられます。

そしてこのKargu-2は、私も調停に携わったナゴルノカラバフ紛争でもアゼルバイジャン側にトルコが提供したと言われていますし、イランの革命防衛隊にも提供したという情報もあります。

実はこのKargu-2は、LAWS開発と使用に対する倫理問題を議論する国連の政府間専門家会議でも名指しで懸念が表明されている兵器システムですが、ジュネーブでの会合で数多く挙げられる懸念にもかかわらず、トルコ政府はLAWS開発の4大国の地位を高めたいと考えているのか、公式には否定するものの、様々な国々や反政府勢力に提供しているようです。

現在、LAWSやAI兵器のELSI(倫理・法・社会的インプリケーション)の観点から大きな懸念が表明されているにもかかわらず、その開発と提供を止めない理由には、トルコが狙う中東・アフリカおよび中央アジアにおける地政学的大国としての再興の意思があると思われます。これについては、また詳しくお話ししたいと思いますが、エチオピア政府軍に対するKargu-2の提供は、東アフリカ地域、アフリカの角地域における影響力拡大を狙って、あえて国際社会の方向に対する逆張りをしているのではないかと、勝手ながら推測します。

その企てが成功する否かはそのうち分かってくると思いますが、確実にその被害を受けているのがティグレイ人であり、欧米諸国および国連機関の職員が次々とエチオピアを離れる中、飢えと劣悪な衛生状態、そして虐殺の危機から、多くのティグレイ人を守ってくれる人はもう存在しないのでしょうか。

情報の扱いについては、立場上、非常に神経をとがらせているのですが、いろいろな筋から入ってくる情報はどれも、アビー政権とその周辺による蛮行と強硬姿勢を裏付けるものばかりであることに、とても懸念を抱いています。

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今年7月以降、国連やアフリカ連合などから、ティグレイ紛争の調停努力への参加を要請されているのですが、エチオピア政府からの賛同が得られないばかりか、現在、中東・北アフリカ地域の開発問題を扱う会議の共同議長を務め、一時は仲裁者にも名前が挙がったトルコからも、今回は珍しく賛同を得られない事態です。

アビー・アフメッド(Abiy Ahmed)エチオピア首相は、エリトリアとの長年にわたる紛争を終わりに導き、地域に安定をもたらした功績をたたえられ、ノーベル平和賞を受賞するに至りましたが、その彼と彼が率いる勢力が今、地域の混乱を招くきっかけを作っているのは、非常に皮肉としか言いようがありません。

最後に、余談ですが、ご自身もティグレイ人で、TPLF政権で外務大臣・保健大臣を務め、現在はWHOの事務局長を務めるテドロス氏とお話しする機会がありましたが、祖国、そして自民族に降りかかる悲劇に絶望を感じると涙されていたことをお伝えしておきたいと思います。

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image by: R. Bociaga / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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