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ヴィム・ヴェンダース監督が役所広司・主演『PERFECT DAYS』で描いた“共生社会の出発点”

昨年12月に公開された映画『PERFECT DAYS』は、主演の役所広司さんがカンヌ国際映画祭で男優賞を受賞。その演技に注目が集まりますが、役所さん演じる清掃員の日々に入り込んでくるさまざまな境遇の人々が物語に彩りを与えているようです。今回のメルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』で、困難を抱える人々の支援に取り組む引地達也さんは、映画内に登場するダウン症の男性と役所さんの同僚清掃員の関係性に注目。「何の“障がい”もない」2人のやりとりに、底知れない寛容さと希望を見出しながら、現実の社会に思いを馳せています。

「完全なる日々」は共生社会の中にある─映画『PERFECT DAYS』から

映画『PERFECT DAYS』(パーフェクト・デイズ、原題:Perfect Days)が12月に公開された。ヴィム・ヴェンダース監督が東京を舞台に、かねてから出演を熱望していたという俳優、役所広司氏を主役に迎え、日本・ドイツ合作で制作されたドラマ作品である。

東京の公衆トイレを掃除する清掃作業員の男、平山を演じる役所氏はこの作品で第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で男優賞を受賞した。

GQのインタビュー記事でヴェンダース監督は「ポスト・パンデミックの物語であり、新たな始まりへの想いを込めた映画」と話す作品のキャッチコピーは「こんなふうに生きていけたなら」。

淡々としたストーリー展開ながらも、人間の内面と人の日常を強く美しく描いた見事な人生讃歌、社会讃歌と受け取った私だが、特に支援が必要な人への学びを通じて共生社会を目指す目線で見ると、ダウン症の男性が登場する場面に映画の底知れない寛容さを感じた。

自然の中で営まれる人と人の交流に、どんな人とも「一緒に生きている」わたしたちは「こんなふうに生きていける」のではないかとの希望が広がるのである。

早朝に目を覚まし、風呂もテレビもない質素なアパートから東京都内各所の公衆トイレを完璧で掃除をする平山。これに対し作業時間には遅刻をし、スマートフォンをいじりながら適当に仕事をこなそうとするもう一人の清掃員の若者は、異性とのおつきあいもお金で獲得しようと、平山の大事な貴重な洋楽のカセットテープを売ることで資金を得ようとする。結果的にカセットテープは売らない平山は財布から2万円程の現金を差し出し、そのお金を握りしめ、夜の街に出ていく若者。

その「どうしようもない」ふうの若者が公園のトイレで掃除している時に、ダウン症の男性が近寄り、背後から男性の耳をつかみ、楽しそうに戯れる。2人は幼馴染でその男性の耳が彼のお気に入りなのだという。その2人のやりとりは自然で、言葉ではなく、動きと表情が相互のコミュニケーションを成り立たせる。そこには何の「障がい」もない状態だ。仕事ができないその若者の姿に平山は安心にも嬉しさにも取れる表情をみせる。

突然とやってくるそのシーンは、映画の中では何気ない日常という位置づけだろうか。パーフェクト・デイズの中には、おそらく障がいのある人や外国人など、「普通」と呼ばれる人たちとは違う範囲の人たちがいて、そこと触れ合う瞬間が訪れる。日常の現実がシーンとつながる。

映画の後半でその若い清掃員は平山への電話1本で「おれ、仕事やめます」と突然の退職をし、仕事の穴を埋めないまま離脱してしまう。その若者の「耳」に会おうとトイレを訪れたダウン症の男性は、そこに幼馴染がいないことを見て確認し、寂しそうな表情でその場を後にするのを見たとき、胸が締め付けられる。

そこにいる、という安心感が絶望に変わるとき、そこに去来する寂しさはとても深いのだろう。だからこそ、何らかのコミュニケーションは必要だが、そこがうまくいかないのが世の中でもある。それもパーフェクト・デイズの一部だろうか。

社会に必要な公衆トイレを清掃する、という行為を舞台にしながら、ここで表現された日常に私は共生社会に必要な、知らない人への気配りや愛情を見る。同時に知らない人だから排他的になる現実もある。

平山は毎朝、日の出前の薄暗い都会の空を見上げ、出発する。昼食は買ってきたサンドイッチを神社の参道に位置する樹木に囲まれたベンチで食し、ふと空を見上げて木々の木漏れ日に目を細める。その木漏れ日の美しさの一瞬をフィルムカメラで取ろうとするが、なかなか気に入った写真となるのは難しいようである。

共生社会の中で人と人がふれあい、「気に入った」形になるのは難しいかもしれないが、その一瞬を慈しもうとした時、その連続が日々として形作っていくのかもしれない。

「消費文化に追われることなく、大きな木の根元にある小さな芽や木漏れ日のような、他の人々が見逃してしまう些細なものに目を留めることができる」(ヴェンダース監督)。それは共生社会の出発点のように思う。

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image by:agicinfoto/Shutterstock.com

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特別支援教育が必要な方への学びの場である「法定外シャローム大学」や就労移行支援事業所を舞台にしながら、社会にケアの概念を広めるメディアの再定義を目指す思いで、世の中をやさしい視点で描きます。誰もが気持よくなれるやさしいジャーナリスムを模索します。

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