イラン戦争を筆頭に、宗教問題やエプスタイン事件を巡るスキャンダルなどが複雑に絡み合う中で、大きな揺らぎを見せるトランプ政権。そんな中にあって、アメリカ経済に大きな影響を与えかねない「ある案件」が近づいているのをご存知でしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では作家で米国在住の冷泉彰彦さんが、金融界で騒ぎとなっている「ビッグ3の上場」について解説。この「メガIPO問題」が持つ意味と、政治や市場、そして進行中の戦争がどのように連動していくのかを考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:アメリカの方向転換、その可能性を考える
5つの問題と1つの「大問題」。アメリカの方向転換、その可能性を考える
アメリカの現政権は、一期目、二期目を通算する中で、最も苦境に立っているように見えます。その一方で、従来のアメリカの本流を形成していたグループ、つまり左右両党の穏健現実派、財界、先端産業などの一群は、今でも大きな声を上げるには至っていません。肥大化しているように見える大統領権限を恐れているというよりも、政権を支持している「現状不満グループ」の質量を怖がっているというのが正当な見方だと思います。
そうではあるのですが、ここへ来て、潮流に変化が出てきているのは事実です。では、これがある境目、あるいは潮目を過ぎることで、一気に方向転換となるのか、こちらについては未だに不透明感があります。その不透明感を少しだけ払拭するために、今回は6つの論点について検討してみたいと思います。
まず、イランとの戦闘ですが、まずハメナイ師の殺害作戦に始まった攻撃があり、その後、イランの湾岸諸国への反撃や停戦、交渉、再度の攻撃、など、様々なプロセスを踏んできました。その中では、決定的な和平の動きが出たわけではなく、和戦両様の「行ったり来たり」が起きていたのは事実です。
新しい動きがあるごとに、アメリカではガソリンスタンド末端での価格が激しく上下していましたし、同時に株式市場も神経質なほど反応していました。ところが、この週末、つまり4月11日から12日にかけての動きに関しては、少し違ってきています。
この週末の動きとしては、まず暫定停戦があり、そしてパキスタンにおけるヴァンス副大統領とイラン側の交渉がありました。この交渉に関しては、当初は間接的、つまり米国とイランの代表はお互いに友好ムードを演出すると、自国の世論の反発を買うということから、パキスタンの高官を間に介した「伝言ゲーム」になっていました。ところが、交渉の後半では両者は直接会談した模様です。
その後、会談は決裂し、これを受けて大統領は、イランを兵糧攻めにするために、「アメリカがホルムズ海峡を閉鎖する」というような、これまた異例の発言をしつつ、再度の攻撃再開を示唆しました。また、海峡閉鎖に伴って、米海軍の艦艇が海峡管理を行い、イラン船舶が対抗した場合は攻撃するとかしないとかいう話にもなっています。
以前ですと、これは大変だ、大統領は更にやる気満々だとして、株が暴落するパターンでしたが、週明けの13日(月)については、確かに暴落して始まったものの、市場はその後買い戻しがあって落ち着いた動きとなっています。ヴァンス交渉が「もう一歩のところまできた」という感触、そして大統領の言動もそろそろ限界というムードが背景にはあります。
大統領の言動に関しては、やはり「文明を破壊」とか、「相手が悪だから(非戦闘員の大量殺戮を示唆しても)戦争犯罪にはならない」といった発言があったわけです。ですが、「言葉のインフレ」が一種突き抜けてしまった中では、以降は、強めの発言をしても世界が反応しなくなってきているのを感じます。戦況、交渉、そして大統領の言動のそれぞれに、「終わりが始まった」感が濃厚となっているのです。
この記事の著者・冷泉彰彦さんのメルマガ
宗教保守派も持つに至った「トランプはもう無理」という感覚
2点目は宗教問題です。今回のイラン攻撃は、勿論、革命以降のイスラム国家イランが国是としてヒズボラとハマスに資金を供給して、間接的にイスラエルに宣戦している文脈に沿った戦争です。では、どうしてアメリカが関与しているのかというと、90年代までは石油価格決定の主導権を確保するのが動機でした。また、2001年以降はテロ抑止という動機があり、また前後して福音派がイスラエルの生存闘争を同志として聖戦化したことがありました。
ですが、ここへ来て宗教保守派が「政権の動きについていけない」というある種の限界に到達した感じを抱き始めたようです。1つの契機は大統領が自身の神聖化を図るために、自分をイエス・キリストに重ねるようなCG画を作らせて個人SNSで流したことでした。これには、さすがの宗教保守派も「もう無理」という感覚を持つに至っているようです。
また、この奇行を一種のタイミングだと見たローマ教皇のレオ14世は、激しい大統領批判に転じました。大統領はいつもの調子で「法王は弱腰」などと反論していますが、国際社会においても、またアメリカ国内においても、更に特に中南米においては特別ですが、いずれにしても、法王の存在感というのは大きなものがあります。その法王庁と全面戦争というのは、ホワイトハウスのPR戦略として明らかに稚拙です。
そんな中で、3点目としてはハンガリーのオルバン政権崩壊という事件が起きました。ハンガリー総選挙に関しては、16年にわたって政権の座にあったビクトル・オルバン首相とは、トランプ政権とは相互に親近感があり、つい先週も選挙の応援(?)にヴァンス副大統領が訪問して、一緒にウクライナ批判を展開していたばかりでした。
このハンガリー政変というのは、明確に権威主義の否定と、NATO西側同盟への積極的な復帰、そしてEU回帰という方向性が明らかに打ち出されたという点で、特別なものだと考えられています。明らかに米政権にとっても、これはターニングポイントになると考えられます。
4点目は、アルテミス2号の帰還です。勿論、半世紀前から確立しているテクノロジですから、NASAがミスする可能性は限りなく低いわけです。ですが、月周回(フライバイ)をやって、しかも地球から史上最遠の40万キロ地点まで行った4名が無事に帰還したというのは、やはり高い関心を集めました。
この計画を強く推進しているのは現政権であり、その背景にはスペースX社を率いるイーロン・マスク氏の野望があるのは誰でも知っています。ですが、同時に、こうしたテクノロジの問題、そして未知の領域に人間を送り出すというプロジェクトのリスクや真剣度というのは、やはり世論にインパクトを与えつつあるように思います。
それは、40万キロの宇宙飛行という「壮大で複雑なプロジェクトの実行」という現実を前にすると、一種のマジックが起きているという可能性です。それは、分断とか、フェイクとか、陰謀論、あるいはアンチ科学とか、アンチエリートといった、この間の流行現象が一気に色褪せて見えるということです。これは、勿論、微妙な時代の空気感といえば、それまでですが、時代の転換においては何らかの作用をするかもしれません。
いずれにしても、今回のアルテミス2が達成したことは、内容的には1968年のアポロ8、72年のアポロ13と変わりません。大きな変化があるとしたら、今回はNikonの最新のデジカメを持っていったので凄い絵が取れているとか、アポロは3人だったのが、今回は女性1名を含む4名だったというぐらいです。
にもかかわらず、打上から着水まで、非常に高い関心を集めたというのは、こうしたスケールの大きな事実、フェイクやファンタジーではなく、サイエンスそのものについての関心があったのだと思います。そして何よりも、アメリカが団結を取り戻すことへの飢餓感がそこには感じられます。
16兆円の資金調達を消化しなくてはならないウォール街
5番目は、依然としてくずぶっているエプスタイン問題です。先週のサプライズとしては、大統領夫人のメラニア氏が、わざわざホワイトハウスで公式な声明を出したという事件がありました。内容としては3点、「自分はエプスタインの被害者ではない」「エプスタインの愛人、ジレーヌ・マクスウェルとは面識はあるが親しい友人ではない」「事件の被害者については議会の公聴会で証言の機会が与えられるべきだ」というものでした。
ちなみに、ジレーヌとの関係が「特に親しくない」ことの証拠として、儀礼的だとされるメールの内容が公開されていますが、どう考えても「かなり親密」なものではありました。問題は3点目で、メラニア夫人が「被害者の証言機会」を求めたというのは、これは「爆弾発言」だという受け止めがされています。ヘタをすると、夫が大統領職を失う結果になるかもしれないからです。夫人としてはしっかり「出口」を作ろうとしているという説も、まことしやかに囁かれています。
さて、ここまでの5項目については現状についての、そして一種の時代の空気的な、曖昧なものでした。ですが、6番目の問題は違います。ある意味で、現在の政治的、経済的混乱には「タイムリミット」があるという問題です。他でもありません、ビッグ3の上場という問題です。
今回のビッグ3というのは、いずれも現時点では未上場です。従って、今のところは、ベンチャー・キャピタルとか、現在問題になっているプライベート・エクイティなど個別の方法で資金調達をしている企業が3社ほぼ同時に上場するという問題です。その時期は今年、2026年の6月から7月だとされています。
その3社とは、宇宙開発のスペースX、生成AI「ChatGPT」でおなじみのOpenAI、そしてそのライバルでチャットロボット「Claude」を展開中のアンソロピックです。この3社を合わせると、とんでもない数字になります。
- 目論見としての時価総額:3トリオンドル(480兆円)
- 期待される資金調達額:100から170ビリオンドル(27兆円)
今、アメリカの金融界ではこの3社の上場を「メガIPO」として、かなり大きな騒ぎになっています。
株の乱高下については、勿論、イランでの戦況が影響する面があるのですが、例えば株が下がると「メガIPOに向けて手持ちのポジション(持ち株)を流動化させる動き」だという解説が入ったりします。上がったら上がったで「メガIPOまでの当面の投資行動」などというのです。
金やクリプト(暗号資産)の下げも、「メがIPOへの資金づくり」などと言われますし、例えば一部で動きの出ている、プライベート・エクイティの苦境についても「メガIPOが成功して、資金が流入すると助かるのでは?」という声もあります。
その一方で、スペースXには、マスク氏のAIが入っているので、この3社の上場が成功すると、AI市場はこの3社に牛耳られる、という声もあります。そうなった場合には、シリコンバレーの姿は一変するという人もいます。
問題は、その後ではありません。とにかく、この時価総額3トリオンという巨大なIPO(株式公開)というのは、既に宣言されている以上は失敗できないということです。失敗しないためには、最低でも100ビリオン(16兆円)の資金調達を、ウォール街として「消化しなくて」なりません。
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「7月まで景気も株価も崩れてはダメ」という絶対条件
ということは、次のような条件が出てきます。
「メガIPOの3社に資金が集中することで、事前から他の株が暴落するのは困る」
「メガIPOの初値が上がらないと、資金が集まらないので上場前の市場が好調でないと困る」
「メガIPO直後に、上場したばかりの株が暴落するようだと、以降の企業運営に支障が出るし、投資家も証券業界もダメージが大きいので、メガIPO以降の株価が安定しなくてはならない」
といった条件です。スケールはずっと小さいですが、80年代の日本のNTT上場の際に言われたような悲観論や楽観論が猛烈なスケールで起きていくということです。ということは、
「今、4月で、これから5月、6月、7月と景気も株価も崩れては絶対ダメ」
という条件があるということが言えます。これは絶対条件です。仮に景気が崩れて、株価が下がれば、メガIPOは失敗するからです。その場合には、証券業界も、そして米国経済も何もかも、そして国民全員が不幸になるかもしれません。
もう一度申し上げますが、最低1,000億ドル、できれば1,700億ドルぐらいを調達して、時価総額480兆円という「価値」を作らねばならないのです。これは猛烈なインパクトのある話です。
この場合に、3つのシナリオが考えられます。
- イラン情勢は一進一退のまま、メガIPOを迎える
- イラン情勢が悪化し、政治が不透明になり、市場環境が悪化する中でメガIPOを迎える
- 政治の不透明感が改善して、イラン情勢もアメリカ側としては解決の方向となり、原油価格もインフレも落ち着き、市場も強気な中でメガIPOを迎える
というシナリオです。どう考えても、2.では困るわけです。また 1.の状態では、やはりマックスの27兆円調達というのには届かないでしょう。そうではなくて、やはり市場としては 3.が期待されるわけです。
政権がこの強い、非常に強い金融界のニーズを理解するのか、また理解した場合に現在の事態にどんな「出口戦略」があるのか、そう考えると、先ほどの5点というのは全く印象が異なってきます。
以前のアメリカは、原油とテロを理由に中東に関与してきていました。現在のアメリカは違います。明らかに国益としては、AI開発を掲げる3社の大規模同時上場という巨大な挑戦を成功できるかに、かかっているのだと思います。
もう一度申し上げますが、そのタイミングは今年の6月から7月です。時間は残されていません。これからの金融界の動き、政治の動き、そしてイラン情勢というのは、水面下で深くリンクして推移してゆくと考えた方が良さそうです。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2026年4月14日号の抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。今週の論点「伊勢神宮と外国人観光客を考える」、人気連載「フラッシュバック81」もすぐに読めます。
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4月配信済みバックナンバー
- 【Vol.634】冷泉彰彦のプリンストン通信 『アメリカの方向転換、可能性は』(4/14)
- 【Vol.633】冷泉彰彦のプリンストン通信 『SPACE X 上場を左右する3要素』(4/7)
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