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【書評】卒業後、行方不明者多し。東京藝大生のカオスな日常

国立大学の中でも「屈指の難関」と言われる東京藝術大学。その名の通り、芸術をとことん追求する天才たちがひしめいているのは言わずもがなですが、彼らの日常は一体どのようなものなのでしょうか。無料メルマガ『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』の編集長・柴田忠男さんが、そんな芸大生の素顔に迫った一冊を紹介されています。

最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常
二宮敦人・著 新潮社

二宮敦人『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』を読んだ。2016年9月初版、12月10刷というんだから、いま何刷までいったか知らないが、堂々たるベストセラーであることは間違いない。著者は作家で、ホラーやエンタメ系を書いているというが、知らない。文章はこなれている。会話が多いが。

美術学部は美校、音楽学部は音校と呼ばれ、学生数は美校と音校合わせても約2,000人しかいない。外部の者でも、美校のどこへも入っていいらしい。しかし音校は入口にセキュリティロック、学生証をカードリーダーにかざさないと入れない。楽器の盗難を警戒している。美校と音校は学生の見た目も全然違う

芸術の素人である著者による、美校と音校の探検レポートは非常に面白い。優秀なナビゲーターがついているからだ。それは奥さん藝大彫刻科の学生なのだ。なんというアドバンテージだ。出来過ぎた話だが本当だ。日常生活における彼女の芸術バカ的行動がほほえましい。彼女を主題にした小説を書いたら。

藝大が屈指の難関であることは知っていた。平成27年度の絵画科の志願倍率は17.9倍、藝大全体でならしても7.5倍。昔は60倍を超えたこともあった。ある程度の資金力がないと藝大受験は難しい。とくに音校では、受験しようと思ったら藝大の先生に習うのがほぼ必須だという。教授のコネという意味ではない。

試験の採点は、師匠を除いた残りの教授陣によって行われる。音校に合格するにはトップクラスの実力が必要で、それを身に付けるにはトップレベルの指導者に習う必要があり、そういう指導者は藝大の教授であることが多いからだ。音校に入るには親が本気になって、2歳3歳から英才教育を叩き込むようだ。

美校は現役合格率約2割、平均浪人年数が2.5年。独学が可能というわけでもなく、美大受験予備校に通うのが普通だ。藝大にも一応センター試験があるが、重要なのは実技試験だ。その試験は何段階にも分かれていて、ものすごく苛酷だ。受験者の構想力、創造力、表現力を考査するもので正解はないらしい。

この本ではフルネームで(仮名もいたが)美校、音校の学生がインタビューに応じている。バラエティ豊かな35人が登場。会話が面白すぎる。出来すぎである。いい反応を引き出す質問がうまいからだ。そして、回答の分析が的確だ。15か月かけたインタビューをバラバラにして再構築する。なかなかの手腕だ。

藝大生の多くが目指す画家、工芸家、彫刻家、作曲家、演奏者、指揮者等々、そういう存在になれるのはほんの一握り。学生たちは卒業後、どう生きていくのか、将来のことをあまり真剣に悩んでいないようだと感じる著者。普通の世界と離れすぎてしまう「ダメ人間製造大学」か、「今は楽しいだけの大学か。

この本が売れているわけは、知られざる東京藝大がディープに描かれているからだろう。そして受験マニュアルにもなる。過去問はネットで探せば出てくるが、実際に受けて合格した人の話なんてじつに参考になる。できてあたり前、それ以上のものを求められる、それは才能。おそるべし東京藝大。

わたしの同期では藝大美校に男子三人が合格した。二人は名のある画家に、一人は一級建築士事務所を経営している。ドロップアウトしていない。

編集長 柴田忠男

 

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