国会では現在、旧宮家系の男子を皇族の養子に迎え入れる皇室典範改正が議論されています。しかしこれは、国民の中に新たな「身分制度」を作り出す憲法14条違反の暴挙ではないでしょうか。今回のメルマガ『小林よしのりライジング』では、著者で漫画家の小林よしのりさんが、この「養子案」が皇室の乗っ取りと「皇位簒奪」を招き、日本という国家そのものを消滅させかねないと警鐘を鳴らし、違憲訴訟という最後の戦いに踏み出す決意を表明しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです
旧宮家の〈新・身分制度〉は、憲法14条違反である!
これより、わしは人生における最大にして最後の戦いを始める。 わしがこれまで築き上げてきた全ての信用を賭けての戦いだ。 これは、日本の国が続くか、事実上消滅するかの戦いだ。 比喩でも誇張でもない「国家存亡を賭けた戦い」である。
いま国会では、旧宮家系の家に生まれた男子国民を宮家の養子に入れ、新たな皇族にして「皇族数確保」をするという皇室典範改正を、最優先で通そうとしている。
こんなことをやろうとする国会議員は、単なる馬鹿では済まされない。
もはや狂気の沙汰である。 文字通りの「亡国の徒」である! この案が通ってしまったら未来に何が起こるのか、考えてみてほしい。
この案は、何が何でも「女性天皇」も「女性宮家」も認めない男尊女卑の男系固執派が、「悠仁さままでの皇位継承はゆるがせにできない」ということを前提として出してきたものだ。
そもそも現在の皇位継承順位はあくまでも暫定的なものであり、これを「ゆるがせにできない」という主張には何の根拠もない。
しかも悠仁さままでの継承順位を「ゆるがせにできない」というのなら、今上陛下の次に天皇に即位するのは5歳下の弟・秋篠宮殿下である。
ところが国会議員どもは秋篠宮殿下を完全にオミットして、今上陛下の次が悠仁さまであるかのような議論をしている。 これ自体が、非常に不敬なことである。
雅子さまの悲劇が繰り返される
これだけでも大問題なのだが、ここは話を先に進める。 もしもこのまま「養子案」の皇室典範改正が成立し、悠仁さまが皇位についたとしたら、その先、どうなるのか。
悠仁天皇の後もそのまま皇統を繋いでいくには、悠仁さまがご結婚され、そこに必ず男子が生まれなければならない。
これが絶対的な大前提である。
「必ず男子を生まなければ、天皇制は終わり」などという苛酷な絶対条件を背負ってまで、悠仁さまと結婚する女性が現れるであろうか?
もし幸運にもそういう女性がいたとしても、そもそも思い通りに必ず子供ができるという保証などないし、ましてやその性別は決してコントロールできない。
そうなると、雅子皇后陛下と同じ境遇が繰り返されてしまう。
ひとりの女性が一切の人格を否定されて、ひたすら「男子を生む機械」としての機能だけを求められ、プレッシャーを掛け続けられるのだ。
雅子さまはそれで適応障害を発症され、未だ完治はしていない。 そんなことを繰り返したら、次はもっと悲惨な事態が起こるかもしれない。
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竹田恒泰が「天皇の実父」になる日
それでもし結局男子が生まれなかったら、これまでの皇室は完全に終わってしまう。 その次は「皇族数確保」のための皇室典範改正によって旧宮家系から皇族となった、元一般国民が天皇になってしまうのだ。
その場合、一昨年誕生した竹田恒泰の息子が天皇になるということも、十分あり得る。
あの竹田恒泰の子が、天皇になってしまうのだ! そうなれば竹田恒泰が「天皇の実父」となり、ほとんど「上皇」みたいな存在になってしまう。
そのまま時代が過ぎていけば、もともとの皇族はどんどん世を去っていき、代わりに竹田だか賀陽だか東久邇だか知らないが、一般国民だった男がどんどん皇族になっていって、入れ替わってしまう。
そしていずれは、皇室にはもともと国民だった天皇・皇族しかいなくなる!! これはもう、完全なる皇室の「乗っ取り」である。
これこそが「皇位簒奪」であり、これこそが日本史上に一度も起こらなかった「革命」になるのである!!
こんなことが起きたら天皇の終わりであり、日本の終わりである!
これは新たな「身分制度」だ
今の皇族がどんどん消えていき、旧宮家系の国民がどんどん皇族になって、そこから天皇が出てきても、その男に敬意を払うなんてできるわけがない。
あくまでも「旧宮家系」は、我々と全く同じ一般国民である。 79年も前に皇族から一般国民になった「旧宮家」系の家に生まれたというだけであって、当人は生まれてこの方1分1秒も、皇族だったことはない。
それなのに、一般国民の中から「旧宮家系」だけが皇族になり、天皇にまでなるというのだから、これは国民の中に新たな「身分制度」ができるということに他ならない!
かつて竹田恒泰はわしに「小林さんと私は身分は同じだが、血統が違う!」と言い放ったことがある。
この言葉の真意を推測するなら、「小林さんと私は、(今は)身分は同じだが、血統が違う!(だから将来は違う身分にもなりうる!)」ということだったのではないか。
実際、いまや国会は新たな身分制度を作ろうとしており、それによって竹田恒泰が「天皇の実父」になる可能性まで生まれつつある。
しかもその法改正を推進しようとする国会議員の多くは、竹田恒泰を講師に呼んでレクチャーを受けたりした連中なのだ。
「旧宮家系養子案」は「新・身分制度」である! これをまだ、どこのメディアも言論人も指摘していないのだが、これこそが大問題である。
わしはこれを最大限に強調しておきたい。 いま、日本に新たな身分制度がつくられようとしている!! このような事態を防ぐために、憲法14条で「門地による差別」が禁じられているのだ。
憲法第14条1項は「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と定めており、さらに2項には「華族その他の貴族の制度は、これを認めない」とある。
この意味をしっかり考えている人がいないのは問題だ。 門地とは「家柄」のことである。
全国民の中からある家柄の者だけを特別待遇して、皇族になれるという扱いをすることは憲法14条1項が禁じている。
そして、そんなことをやったら「華族その他の貴族の制度」をつくったことになり、2項にも違反する。
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「法の番人」を捨てた内閣法制局
ところが内閣法制局は旧宮家系国民男子の皇族養子案について、「制度設計が適切なら、憲法14条の『門地による差別』の問題は生じない、または憲法上許容される」という解釈を発表している。
こんなものに「適切な制度設計」などあるわけがない。
これは、内閣法制局がもはや「法の番人」には全く値しないということを如実に表している。
安保法制の際、それまで集団的自衛権行使を「違憲」としてきた内閣法制局に「合憲」の解釈を出させるために、時の安倍政権は人事権を行使して内閣法制局長官の首を政権に都合のいい人物にすげ替え、憲法解釈を変更させた。
それ以降、内閣法制局は「法の番人」を捨て、「権力の走狗」と化した。 いまや内閣法制局は、憲法に「白」と書いてあっても、政権が「黒」だと言えば、ありとあらゆる詭弁を弄して「憲法には『黒』と書いてある」と強弁することを使命とする機関に成り下がった。
もはや権力の道具でしかないのだ。
だが、最終的に憲法違反かどうかを判断するのは裁判所である。 憲法違反の法律が制定されたら、これは無効だと国民が提訴することだってできるはずだ。
旧宮家系養子案が憲法違反であることは間違いないのだから、そんな皇室典範改正が成立したら、違憲訴訟を起こすという手だってあるのではないか?
それは出来るだけ多くの国民が参加するようにして、全国民の関心事となる一大国民運動にしてしまえば、政治家も裁判所も無視はできなくなる。
憲法学者などからもいっぱい賛同が得られるだろうし、右も左も関係ない。 全国民が、天皇制を守るというただひとつの目標の下に統合されるのだ!
砂川事件の悪夢を繰り返すな
裁判所でどんどん論争していったら、こっちが負けることはない。 ただ懸念されるのは、裁判所までが政治権力の走狗になって、昭和39年(1964)の最高裁「砂川事件判決」のようなことをやらかしはしないかということだ。
昭和30年(1955)、東京都砂川町(現・立川市)の米軍基地拡張反対運動を巡って起きた「砂川事件」の裁判で、一審は「米軍駐留は憲法違反」という判決を下した。
ところが最高裁は完全に権力の犬と化していた。 特に当時の最高裁長官・田中耕太郎は当事者である駐日アメリカ大使と面談し、判決を覆す旨の打ち合わせまでしていた。
そうして最高裁は「高度に政治的な問題は、裁判所の判断になじまない」とかいうわけのわからない理由で一審判決を強引にひっくり返し、確定させてしまったのだ。
日本には、立憲主義を完全に蹴ったくった前例があるのだ。
だから、裁判を起こしても楽観はできない。 「皇位継承のような高度な問題は、裁判所の判断になじまない」とか言い出す可能性もあるし、内閣法制局のように厚顔無恥の詭弁を並べ立てて「合憲」にしてしまう可能性もある。
もしかしたら国会議員どもも、いざ裁判沙汰になったって「砂川判決」みたいなことを裁判所にやらせればいいと高をくくっているのかも知れない。
だからこそこれは、天皇制を守ると共に、立憲主義を守るための戦いとなる。
そもそもそれ以前に、日本は本当に立憲主義国なのかという点が問われることになる。
憲法は権力を縛る命令書である。 権力者の側から見れば、憲法は自分たちを縛る邪魔っけなもので、こんなものは無力化してしまいたいという欲求も湧くだろう。
そして、権力者がそんな欲求を本当に実行して、憲法をどうにでも都合よく解釈できるようにして、立憲主義を破壊しているのが日本である。
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国体破壊を阻む最後の戦い
同様に、日本において常に権力の重しになってきたのが天皇である。 日本では権威と権力が分立している。
そして歴史上、どんなに強大な権力者が登場しても、天皇に取って代わったり、天皇を排除したりすることはできなかった。
それこそが日本のかたち、日本のアイデンティティ=「国体」だった。 一君万民、ひとりの天皇の下に全ての国民が平等であるというのが日本であり、天皇がいなくなったり、もしくは国民の誰かが天皇に取って代わったら、その時、日本は日本ではなくなる。
これを「国体破壊」というのだ。 だが、いまの権力者はその歴史の意味も重要さも一切知らないから、権力の重しになる天皇なんか邪魔だとしか思わない。 利用できるだけ利用して、なくなるんならそれでもいいと思っている。
そんな不敬極まりない態度が明らかになったのが、今年政府が行った「昭和100年」の式典だ。 この式典で天皇陛下に発言させなかったのは政府の要望だったと、宮内庁長官が言っている。 天皇を蔑ろにして、天皇を利用だけして、自分がはしゃいで目立つためだけの式典を、高市早苗は行ったのだ。
政治家どもは、権威と権力では、権力の方が上だと思っていて、それをネトウヨが容認している。
これこそが、完全に国体に反する態度である。 わしは権威に対してはこうべを垂れるが、その権威とは天皇だけだ。 天皇は常に謙虚だから尊敬できるのだ。 権力は根本的にろくでもない。 だからわしは常に反権力でやっていくしかない。
どんなに強力な権力者が登場しても、天皇に成り代わることも、天皇の存在を消すこともできなかったのが、日本の歴史である。 もしもそんなことが起きたら、それが歴史の終わりであり、日本の終わりである。
そんなことが起こりかねない時代に生きてしまった以上、命ある限りは全力を尽くしてこれを阻止するのが、時代に与えられた使命というものである。
わしは倉持麟太郎弁護士に相談した。 倉持氏とは意見が一致した。 裁判所に「違憲立法審査権」の行使を促して、「旧宮家系養子案」という「新・身分制度」をねつ造する政府の暴走に、「違憲判決」を出すように、提訴したいと思っている!(『小林よしのりライジング』2026年5月19日号より一部抜粋・敬称略。そのほかの記事も満載のメルマガ『小林よしのりライジング』全文はメルマガ登録の上お楽しみください)
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