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「誰も働かない」AI時代にベーシックインカム制度が必要な理由

今後、多くの仕事がAIに取って代わられるのは避けようがないことのようです。メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』の著者で生物学者、CX系「ホンマでっか!?TV」でもおなじみの池田清彦先生は、失業者であふれる社会は、放っておくと、飢えよる暴動、治安の悪化で社会が崩壊すると警告します。そして、それを防ぐためには、これまでの経済の常識を完全に覆す「ベーシックインカム制度」を構築すべきと、自身が考える詳細を提示しています。

AIがもたらす不労社会

前回は、AIは格差を拡大するという話をしたが、今回は将来、AIで代替できる仕事が大半になった時、人々の生活はどうなるのかについて考えてみよう。オックスフォード大学のAIの研究者が、アメリカ労働省のデータに基づいて、702の職種がどれだけAIに代替されるかを分析した結果、今後10年~20年の間に、総雇用者の47%の仕事がAIにとって代わられるだろう、との論文を発表して世界に衝撃を与えたのは2014年のことであった。 当時はまだ半信半疑だった人々も、その後5年近くの歳月が流れ、アメリカのみならず、ほとんどの先進国では、多くの仕事が徐々にAIに代替されるであろうことをほぼ自明と考えるようになった。前回、話題にしたレジ係のような単純な仕事は言うに及ばず、定まったマニュアルに基づいてデータを処理して結果を出す、といった仕事は相当複雑なものでもAIで代替可能になる。その結果、税理士や会計士といった知的職業もそのうち消える可能性が高い。 高度な経験や知識が必要とされる内科医のような仕事も、そのうちAIに取って代わられるだろう。AIは過去のビッグデータの統計解析は得意とするところなので、患者の血液検査のデータや患部の画像から、最も確度の高い病名を推断する能力において、生身の人間を凌駕することは間違いない。それは将棋のトッププロがAIに勝てなくなったのを見れば分かるであろう。 もちろん将棋のプロはAIに負けたところで廃業にはならないが、AIに比べて病気の診断技術が劣る内科医は生き残ることが難しくなるだろう。診断はAIに任せて、患者の悩みやこれからの生活設計を共に考えるといった医者だけが生き残れるだろうが、これを医者と呼べるかどうかは微妙な問題だ。いずれにせよ、普通の職業で生き残れるのは、マニュアルにない問題に直面した時に、臨機応変に対処しなければならない職業だけとなろう。 介護や整体師といった生身の人間相手の仕事は、マニュアル通りでは上手くいかないところが出てくるため、しばらくはAIは熟達した専門家にはかなわないだろうが、そのうち汎用AIが出現すれば、これらとてもどうなるか分からない。結局、消えてなくならない仕事は、さらに高度なAIを考案するといった、最先端の科学研究など、ごくわずかになってしまうかもしれない。

それで、AIにとって代わられた仕事をしていた人は当然失業することになる訳だが、その時社会はいったいどうなるのだろう、というのが今回のテーマである。一番ありそうもないのは、多くの人がAIが代われない仕事に転職するという未来だ。AIに代替できない仕事は知的能力以外にも、経験と技能が必要で、30歳代くらいまでの人ならばともかく、中高年の人はこれらを身に付けて転職するのは難しいと思う。さりとて、無収入では本人も困るし、社会全体にとっても大きなリスク要因となって、安定的な社会を築けなくなる。大半の人が無収入では、企業は製品を作っても買う人がおらず、グローバル・キャピタリズムは破綻する。 AI化はまず先進国で始まり、途上国では遅れるであろうから、最初のうちは、AIで作った製品を途上国に売って、資本主義は何とか機能するだろうが、このままでは、先進国の失業者は飢えに直面してしまう。最悪の場合は暴動が起きたり、治安が極めて悪くなったりして、社会は崩壊に直面する恐れなしとしない。膨大な失業者を何とか生かしておくためには、食物を現物支給する、生活保護あるいはベーシック・インカムといった形で、一定の現金を国民に配分する、などといったことをせざるを得なくなるに違いない。 しばらくたてば、途上国でもAI化が進んで、世界的規模で、製品を作っても買える人がほとんどいないという状態になり、グローバル・キャピタリズムは完全に崩壊するので、延命のためには、好むと好まざるとにかかわらず、ベーシック・インカムあるいは類似の制度を導入せざるを得なくなる。 多少ありそうな未来は、ごくわずかなベーシック・インカムを支給して、生活のインフラを全員に保証して、それ以外に収入がない大半の国民は田舎で自給自足の生活をするというものだ。都会のビルで事務仕事をするよりもこちらの方が健康的で楽しいという人もいるだろうから、ベーシック・インカムだけでなんとか暮らせるようになっても、田舎で農業をする人口は増えるかもしれない。現在、田舎には限界集落と称される、人口が減って崩壊寸前の集落が結構沢山あり、ここに移住すれば、なんとか暮らしていけるだろう。

AI時代に好ましいベーシックインカム制度

私個人としては、すべての国民に一律に同額の現金を支給する、本当のベーシック・インカム(universal basic income)が最も好ましいと考えている(生活保護、雇用保険、強制加入の年金制度や健康保険制度などは廃止)。過渡期の問題や、抵抗勢力が沢山あって、現実的にはなかなか難しいと思われるだろうが、現状のシステムに適応している大半の抵抗勢力も、AI化が進めば失業を余儀なくされ、抵抗勢力も現状のシステムも共に崩壊するので、新しいシステムを構築するのはさほど困難なことではないと思う。例えば、年金制度にディペンドしている厚労省の一般官僚や、健康保険制度で食っている多くの医者は、AI化が進めばともに失業する。 問題はベーシック・インカムの原資である。中には、社会保障給付費(年金、医療、福祉等)をベーシック・インカムにすべて回すとして、2018年度の給付費の総額は121兆3000億円で、これを日本の総人口1億2644万人(2018年10月1日現在)で割ると、年額約96万円(月額約8万円)となるので、増税しなくとも、月額8万円程度のベーシック・インカムが可能だと主張する人がいないわけではないけれども、これはもちろん前提が間違っている。20年後に大半の国民が失業するという状態では、この数値自体が意味をなさなくなってくるので、他に原資を考える必要がある。 AI化が進めば、人件費はごく安くなるので、製品を以前と同じ値段で売れば、企業の儲けは膨大になる。企業の黒字の例えば8割とかをベーシック・インカムの原資として徴収すれば、企業も、国民も共に生き延びることができる。問題は企業間で自由競争をすると製品の価格がどんどん下がり、その結果ベーシック・インカムの原資が減って、国民の購買力も落ちることだ。国際競争力をどう担保するかというややこしい問題を、とりあえず措くとすれば、負のスパイラルに陥らないためには、ベーシック・インカム時代においては、経済に関する常識をひっくり返す必要が出てくるだろう。 例えば、製品の最低価格を設定して、それ以上安く売ってはいけないことにする。企業の黒字を担保するため、役員や従業員の報酬の上限を決める。経済を回すためにベーシック・インカムの半分以上(例えば7割以上)は必ず消費することを義務づける、等々。現状では、馬鹿げた考えに思われるだろうが、少し前まではベーシック・インカムはもちろんのこと、民主主義も男女平等も机上の空論だと思われていたわけで、現在は馬鹿げていると思われる制度でも、将来は当たり前になることはあり得るのだ。

image by: shutterstock.com

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