2026年元旦、テレビキャスターの久米宏さんが亡くなりました。「殺される覚悟で言いたいことを言う」と宣言し、テレ朝系『ニュースステーション』で権力に切り込み続けた久米さん。自民党幹部がスポンサーのトヨタに圧力をかけた件にも、4年越しで本人に直接問い質す胆力の持ち主でした。今回のメルマガ『佐高信の筆刀両断』では、辛口評論家の佐高信さんが、番組で共演した自らの体験を交えながら、権力を恐れなかったキャスター・久米宏の真骨頂を語っています。
追悼譜 久米宏
2007年に出た田中真紀子と私の対話『問答有用』(朝日新聞社)で田中が「私の早稲田の友人の久米宏さん」と言っている。正確には早稲田以来の友人だろう。久米の訃報に接して、まず、浮かんだのは彼女だった。2人ともに私より少し年上になるが、胆力がある。
『久米宏です。ニュースステーションはザ・ベストテンだった』(朝日文庫)で久米はこう宣言している。
「僕は『ニュースステーション』を始める時に殺される覚悟をした。言いたいこと、言うべきことは言おう。言いたいことを言えば、僕を殺したいと思う人間が出てくるかもしれない。しかし、それで殺されても仕方がない。殺されるのが怖いからといって口をつぐむことはするまいと思った」
実際に脅迫状も来て、ボディガードを雇ったこともあるという。
「イトマンは住銀のタンツボ」
その「ニュースステーション」に1990年の夏に私は初出演した。プロデューサーの岡正和が「経済問題に強いコメンテーターはいないか」と周囲に尋ねて、誰かが「ちょっと危険だけれどもサタカマコトという男がいる」と答えたらしい。多分、そのころ、筑紫哲也の「news23」にも何度か出ていた。
久米の隣にすわった日、最初に飛んできたのは、住友銀行の関わるイトマン事件に対する質問だった。
「イトマンは住銀のタンツボ」です。
ストレートに私はこう答えた。
岡によれば、岡も驚いたが、その時の久米宏の、半分喜んだような目を見開いた顔が忘れられないという。
しかし、住銀はテレビ朝日のメインバンクで私の発言に苦情も舞い込んだ。それでも岡は頓着せずに私を出し続けた。
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自民党がかけたスポンサーへの圧力
その前年の夏の参議院議員選挙で自民党は大敗した。消費税問題やリクルート事件が原因だった。その2日後、当時、通産大臣だった梶山静六が非公式の会合で「ニュースステーション」のスポンサーだったトヨタ自動車に「久米のひと言で票が減る。自民党政権の恩恵を最も受けているのは自動車業界だ。野党が政権をとったらどうなるのか」と迫ったと報じられた。それからまもなく、トヨタはスポンサーを降りる。
そして4年後の1993年、自民党の幹事長として梶山が「ニュースステーション」に出演する。久米はこの時を待っていた。
「ずーっと釈然としなかったんですが」と前置きして、スポンサーを降りるよう求めたのは本当か?と切り込んだのである。
突然の質問に梶山はむっとして「そんなことはありません」と返すのが精一杯だった。
「スタジオを出る時は、ゴミ箱を蹴り飛ばさんばかりの怒りようだった」と久米は書いている。
そして今日、再放送された久米の「愛車遍歴」を観ていたら、その前までは日本車はトヨタだけだったのに、スバルに替えている。久米なりのトヨタへの意思表示だろう。
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