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欧米と国連が主導する「中国への制裁」がまったく機能していない真の理由

先日掲載の「カネ漬けで“中国依存症”国家を量産。習近平「武力を使わぬ」覇権拡大」では、かつて中国の高官から直接聞いたという、習近平政権がASEAN諸国で行なっている「テスト」の存在や着々と進む中国による世界覇権拡大戦略を分析・考察した、元国連紛争調停官の島田久仁彦さん。島田さんは今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』で今回、欧米や国連が主導する「対中国制裁」がまったく機能していないことを指摘しながら、国際問題を良く知る元紛争調停官という立場から、その「本当の理由」について考察しています。

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元紛争調停官の疑問。欧米・国連主導の「対中国制裁」は本当に機能しているのか?

『Sanctions (制裁)は本当に機能しているのか?』

トランプ前政権からスタートし、大方の評論家の予想に反して、対中制裁を強化したバイデン政権ですが、対立構造が明確になり、どちらも退くことないバトルを繰り返しています。

しかし、COVID-19のパンデミックという“おまけ”つきかもしれませんが、果たしてアメリカが主導し、欧州各国が2020年から乗っかってきた対中制裁措置は本当に機能し、中国の行動を改めるきっかけになったかと尋ねられれば、大いに疑問でしょう。

そして冷戦時代が終焉し、アメリカ一強時代になったといっても過言ではない1990年以降、国連安保理決議に基づき発動された制裁措置は、サダム・フセインのイラク、反米主義を掲げるイラン、核開発が進められる北朝鮮、今は亡きカダフィ大佐が率いていたリビア、ウクライナに侵攻したロシア、そして最近では国軍がクーデターにより10年にわたった民主化運動を叩き潰そうとし、いまだにショックを与えているミャンマーなどに課せられました。

自由な貿易の機会を阻害され、外貨の獲得もままならない状況下で、平常に比べると苦難を強いられることになっていますが、実際に制裁措置が、これら対象国の動きを制するような結果は生み出せていません。

実際に、真の意味で国連憲章第7章に規定される平和を取り戻すための武力行使という制裁が用いられた例はないと考えますが(イラク、旧ユーゴスラビア紛争などは第7章に基づくものとする議論もありますが、私は当事者としてそうは思いません)、冷戦下で行われてきた制裁措置には、常に背後に武力行使・核戦争の影があり、それなりに行動自制の機能を果たしていました。

キューバ危機における米艦隊による海上封鎖は、背後に“核戦争前夜”という分析・脅威が存在したこともあって、機能したと評価できるかもしれません。

冷戦後、そして9月11日に発生した米同時多発テロ事件以降、安保理決議の名の下、発せられたものも、現在のアメリカ他による対中制裁措置も、機能しているとはいいがたいでしょう。

その理由は何か。

 

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『誰もが納得する(仕方ないと考える)大義名分がないから』という理由と、

『経済制裁が、いわゆる制裁を発する(declareする)ことができる大国の利害に影響された全く身勝手なものであることが分かったから』という理由も考えられるでしょう。

ここからは、すべてではありませんが、私が少なからずかかわった案件も含め、いくつかの例を挙げつつ、見てみたいと思います。

一つ目は、やはりニュースのネタに事欠かない米中対立に起因する対中制裁でしょう。

『中国に対して強い姿勢で当たることは、国内の支持を広く集める材料になる』と、政権内外の対中強硬派にアドバイスされたトランプ前大統領は、『際限なく伸び行く中国の経済力と領土拡大への飽くなき探求は、遠からずアメリカの国家安全保障の脅威になる』と宣言し、『中国の経済的な拡大と世界市場へのpenetration(浸透)は、アメリカ経済の成長を脅かし、アメリカ人の職を奪うのだ』という、自らの経済的ステータスに危機を抱くアメリカ人層に分かりやすいメッセージになるとともに、回復の兆しが見えない資源・鉱業・エネルギー産業・農業などの昔ながらの産業からの多大な支持となりました。

それは対中関税措置として、一方的に宣言されました。

実際には、トランプ前大統領の独特のディールメイキングによって、本格発動には至りませんでしたが、アメリカ国内に中国脅威論のイメージを植え付けるには十分すぎるほどのインパクトはあったものと思われます。

まだトランプ政権が継続していた2020年夏に、中国が香港で国家安全維持法を施行し、一国二制度の約束を反故にしたことを受けて、それまで対中制裁に乗り気ではなかった、そして中国経済の魔力に憑りつかれていた欧州各国も、制裁に加わることとなりました。

メルケル首相への餞(はなむけ)か否かは知りませんが、昨年末に交わされた中国とEUの貿易協定は、アメリカにショックを与えましたが、そのドイツも含め、フランスもEUから離脱した英国も、『アジアシフト』と宣言して、暗に中国脅威論を唱え始めたのはまだ記憶に新しいかと思います。

その対中脅威論は、バイデン政権にも引き継がれ、アメリカの国際協調への復帰と欧州各国との関係修復への期待も込めて、米欧間の対中制裁措置における協力関係は、経済・安全保障・人権などの多様な分野に及び、そこに日本やインド、豪州も加わったクワッドに代表されるような『平和で開かれたインド太平洋地域』と名付けた対中包囲網の拡大へと導かれています。

私も何度も「台湾を舞台にして、南シナ海を舞台にして」米中間での武力衝突がおきるのではとお話ししてきましたが、実際に中国サイドが実際に武力衝突をさほど恐れてはいないことと、シナリオは多数練ってはいても実際の武力行使の大義名分がなく、また国際社会の支持も得づらい現状もあり、武力に裏打ちされているべきだと考えられる制裁措置は、有名無実化しているものと考えます。

それは、欧米や日本、豪州、インドを交えた対中包囲網は存在し、それぞれに中国の脅威への対抗の必要性を掲げていますが、その本気度はまちまちだと言わざるを得ません。

音頭を取っているはずのアメリカは、政権は、バイデン大統領が大事にする原理原則である人権の擁護と、留まることを知らない中国の軍事的な拡大と横暴な態度(核戦力の拡大と充実含む)を理由に強い調子で中国との対峙を演出しています。

しかし、経済界(企業)サイドは、中国脅威論を理解はしつつ、すでにグローバル経済体制下では、中国との結びつき(サプライチェーン)が出来上がっており、それを急速かつ劇的に変えることは大きなコストとなる可能性が高いとの認識から、本気で中国との対峙を望んではいません。

その証拠に、コロナ禍から復活してきたと言われる中国経済の状況を見て、金融やハイテク産業などは、政府からの申し入れにもかかわらず、中国への投資を拡大させており(ここ数日は、中国政府のIT業界などへの規制強化の噂から株価指数が大きく下がっていますが)、実際には、【制裁の穴(Sanction Hole)】を見事に作り出している状況だと言えます。

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欧州各国に至っては、欧州委員会や独仏英などの主要国は挙って、アメリカの国際社会への復帰と原理原則である人権擁護という旗印の下、アメリカが掲げる対中制裁と包囲網の形成に賛同していますが、実際には、すでに出来上がり、欧州各国の経済に深く入り込んでいる対中依存体制を急速に変革するのはほぼ不可能ととらえられ(特にドイツ経済)、制裁に賛同しつつも、中国との取引はやはりやめられず、外交面でのアメリカに対する主導権争いというプライドも加味されて、ここにも厳しい対応が取りづらいSanction Holeが出来上がっています。

そして日本に至っては、台湾をめぐるコミットメントやクアッドへの積極参加、平和で開かれたインド太平洋地域のコンセプトと、アメリカとともに対中包囲網の中心的な立場から強硬的な姿勢を取っているかと思いきや、実際には制裁には参加していません。

それは、地理的に隣接しており、同エリアの経済圏の大国同士という特殊事情があることと、対中貿易が占める割合が非常に高く、短期間で中国を代替できるような貿易相手は存在しないという現状もあって、中国切りには踏み切れません。

そこには、今後も中国の経済・市場は伸び続けるという予想と、米欧とは異なり、先述のように中国は“隣にある巨大市場”であることと、安全保障上も、有事の際には真っ先に標的になりうる直接的な危険性に直面しているという事情もあり、【日米外交が基軸】という普遍の立場を取りつつ、【しかし、中国とも友好関係を築いておかなくてはならない】という2面戦略をせざるを得ないという難しいかじ取りを必要としています。

日本の置かれる立場は、Sanctionの穴とまで呼べるかわかりませんが、中国の脅威は認識しつつも、同時に魅力にも憑りつかれ、decisiveな立場はとれないというのが現状でしょう。

ゆえに、クアッドや「平和で開かれたインド太平洋地域」などの包囲網を安全保障上は構築していますが、米主導で発動されている対中制裁は実際には穴だらけで、効果はでていないと見るべきかと思われます。

そして、そこには常に、制裁破りという別のholeもあります。

中国に関していえば、ロシアやイランがパートナーとして存在していますし、実利主義のASEAN諸国も、中国の経済力に阿っている(おもねっている)ということから制裁は機能しません。

そう【捨てる神あれば拾う神あり】ということでしょうか。

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では、米主導の別の制裁である【イラン】はどうでしょうか。

経済制裁の存在は、確かに国民をさらなる苦難に陥れています。

それは、重要な外貨獲得源であり財源でもある原油の輸出網を妨害されていることや、戦略的な物資の貿易も阻害されていることから起きています。

しかし、やせ我慢と非難する声もありますが、実際にイランの国際社会でのふるまいと行動を見ていて、本当に困り果てているでしょうか?

答えは、「まあね。でも報じられているほど困ってもないよ。」ということでしょう。

その理由は、“反米で結束している国々からのバックアップ”があるからです。

中国は、イランとの間に25年間にわたる戦略的パートナーシップを締結し、イラン産の原油を購入する権利を保障してもらう見返りに、エネルギー、ハイテク、戦略物資、インフラ整備などの供与に合意しています。

また外交的な舞台でも、中国はイラン核合意の当事国でありつつ、制裁の解除を後押しする代弁者として機能しています。実際にはイランが核兵器を保有することは望んでいませんが。

ロシアはどうでしょうか。

原油については自国で賄えるので直接的な利益はないでしょうが、ロシア産の武器の販売を行っていますし、イラン核合意下で禁じられているはずの“平和利用のための原子力技術”の供与もしっかりと水面下で行っています。

ロシアにとっては、旧ソ連崩壊後の失われた10年の間に、欧米に先を越された中東・北アフリカへの進出のための前線基地として、イランを取り込んでおくことは、地政学的な戦略に照らし合わせて必須条件と踏んでいるからこそ、イランを後方から様々な手で支援します。

後でイラクのケースでも触れますが、ロシアはエネルギーがらみでは、制裁破りのプロです。

トルコは、NATOの同盟国でありながら、アメリカや欧州との確執があることを活かし、イランと近づいて、経済的なつながりを深めるのみならず、欧米によって課されている経済制裁の穴を提供し、イランへの物資の流入と流出に貢献しています。

(ゆえに、トランプ政権時以上に、バイデン大統領を苛立たせているようです)

イランのケースを見ても、制裁を課しても、必ず誰かがバックアップして、制裁破りが発生します。

それは、前にも触れましたが、大国による政治・地政学的な意図やご都合主義によって形成されており、そこには国際社会を納得させるような大義名分がないことと、それぞれの利害が絡む状況ゆえに、実際に制裁措置が発効する段階では、いろいろな穴が存在して、骨抜きにされているからという背景があります。

それを私自身が身をもって感じたのが、かつてのイラクと旧ユーゴスラビアでしょう。

かつてのイラクについては、国連安保理による決議による制裁という位置づけで制裁が加えられていた半面、イラク国民の福祉向上のためと称してOil for Foodプログラムが、国連史上まれにみる規模の資金が投入されて実施されました。

しかし、Oil for Food Programの利益は国民には届かず、その資金は、プログラムにかかわった欧米企業と、それら関連企業からキックバックを得たサダム・フセインをはじめイラクの閣僚たち、そしてあろうことか、制裁を発効したはずのアメリカ、ロシア、フランス、イギリスといった中国を除く常任理事国の企業と、ドイツの企業などに、多くの利権が、市場価格よりも安価な原油の割り当てを、影でサダム・フセインから“友人の証”として与えられていたという“事実”がのちに明らかになりました。

つまり、本来の目的に反し、国民の苦しみは増す裏で、大国たちと独裁者は私腹を肥やすことになっていたというシステムが存在しました。

私はOil for Foodには直接的には関与しませんでしたが、国連でのちにイラク復興に携わる身としては、国連愛が覚めてしまう恥ずかしい事実です。

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そしてもう一つ、旧ユーゴスラビア紛争時に、セルビア共和国に課せられた数々の制裁は、正直、バイアスに満ちた一方的な性格が強かったと言えます。

全ユーゴスラビアの共和国のリーダーの中で最も能力が高く、人望が高かったのがMilosevic氏でしたが、その能力への妬みなのか、それとも欧米の言うことを聞きそうにないという見込みからなのか、米英は、セルビア共和国と同程度に“悪かった”(蛮行を働いた)クロアチアを悲劇のヒロインに仕立て上げ、そのヒロインをいじめる役にミロセビッチ氏とセルビア共和国を設定して、制裁対象(武力行使含む)にしました。

ミロセビッチ大統領が主導して行った数々の蛮行は決して褒められたものではありませんが、彼と彼の国をスケープゴートに仕立て上げることで、紛争に幕引きを行い、その後できる【ユーゴスラビア】に欧米サイドの影響力を高めるという動きに出たという背景があり、残念ながら国連はその片棒を、無意識のうちに担がされたと言えます。

コソボをめぐる問題でもそうでしたが、セルビア共和国に対する制裁の発効は、やはり一方的なクレームにしか思えず、欧米が自国に対しては忌み嫌う内政干渉をあからさまに行ったケースだと認識できます。

これ以上は、ちょっと激しいことを言いそうなので、このあたりで止めておきますが。

そして、今、ミャンマー国軍を対象として、国際社会は制裁を課しています。

ピンポイントの制裁を数多く発効するという新しい手口に見えますが、これもまた“人権”“民主主義”を看板に掲げて、「ミャンマー国民の自由のために」と宣言して干渉する米・英に代表される欧米諸国です。

人権擁護は、今はやりのESG(これも欧州発のコンセプト)の大事な要素にカウントされることもあり、欧米企業は挙って国軍を非難し、投資を凍結したり、撤退を行ったりして制裁の動きに沿っています。

しかし、欧米諸国が“仲間で同調するだろう”と思っていた日本企業と政府は、曖昧な態度に終始し(アジアにおける対日感情を意識したとの説もあり)、欧米諸国からの非難の的になることもあります。

例えば、新疆ウイグル自治区と並び、ミャンマーでも衣服の生産を行うファーストリテイリングや、ミャンマーで工業団地を造り、大きな勢力となってきた日本企業軍団は、自らの経営判断に委ねられた動きを取っています。

個人的には、こちらの方がより自由主義経済的な姿勢に思えますが、どうでしょうか。

最後に、ちょっと乱暴なことを言いますが、制裁措置が発効される際、その提案主はほぼ決まってアメリカと欧州各国であることにお気づきでしょうか?

同じ安全保障理事会常任理事国である中国とロシア発の制裁はあまりお目にかかったことがありません。

これがどういうことなのか、あえて申し上げませんが、こういった現実もまた、国連そして国連安全保障理事会の機能不全を物語っているのではないかと考えています。

制裁措置は、国家が他国、そして国際社会全体に対して不条理な行動を取ることを自制させるためのきっかけとして計画されたはずですが、実際には、大国と言われる国々(これまでは欧米諸国)が、自らの国益にそぐわない相手に対して課す一方的な手段として用いられているような気がしてなりません。

まあ、ロシアが旧ソ連諸国に対してかけている圧力や、中国が一帯一路政策の裏で、支援の見返りとして要求しているらしい外交的なサポートと親中体制の確約というのも、形を変えた一種の“制裁措置”とも言えるような気もしますが。

ちょっと広く、かつ激しく論じてみました。

いろいろとご意見もあるかと思いますが、皆さん、どうお考えになりますか?

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image by: Naresh777 / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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