ロシアの「美人すぎる検事総長」として、日本でも以前話題になったナタリア・ポクロンスカヤさん。彼女はウクライナ出身であり、今回のロシアの軍事行動に対し、強く反対の意志を示しています。今回のメルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』では著者で国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんが、 ナタリアさんのインタビューを訳しながら紹介。ロシアで反戦を唱えた彼女の勇気を称えています。
美人すぎる元検事総長とウクライナ戦争
ロシアの独立系世論調査会社「レバダ・センター」によると、3月末時点でプーチンの支持率は【83%】だそうです。これ、どうなのでしょうか?
私の感覚では、「だいたいロシア人の50%ぐらいはプーチン支持」という感じです。主に、「テレビがメイン情報源」の人たち。つまり、中年より上の人たちです。年が下になるほど、「反プーチン」の割合は上がっていきます。
それと、この世論調査は、「対面」で行われたそうです。つまり、面と向かって、「あなたはプーチン支持ですか?」と質問される。その時、「私はプーチンを支持しません」というのは、今のロシアでは難しいことなのです。
今ロシアでは、「戦争反対!」のプラカードを掲げて歩いたり、SNSに反戦投稿したり、あるいは、黄色と青のTシャツ(ウクライナ国旗の色)を着たりすると逮捕されます。
ウクライナの友人がスマホで送ってきた映像をSNSに投稿すると、「フェイク情報を拡散した罪」で最長15年の禁固刑になります。
ロシアでは2月24日のウクライナ侵攻開始後、しばらく反戦デモが盛り上がっていました。しかし、逮捕されたり、失職する恐怖で、最近はあまり盛り上がらなくなりました。
理解できます。15年間刑務所で過ごしたい人は、誰もいません。
それで、可能性がある人たちは、外国に脱出しています。その数、侵攻開始後2か月で、約30万人だそうです。
政治系ユーチューバーやジャーナリストは、外国から反戦情報を発信している。そんな中、ロシア国内にとどまって反戦を叫ぶ人もいます。
ナタリア・ポクロンスカヤさんとは
一人の例は、クリミア併合が起こった2014年に日本でも有名になった、「美人すぎる検事総長」ナタリア・ポクロンスカヤさんです。
ナタリア・ポクロンスカヤさんは1980年、ウクライナのルガンスク州で生まれました(今、激しい戦闘が起こっている場所です)。当時ウクライナは、もちろんソ連の一部でした。
1990年、両親と共にクリミアに引っ越します。2002年、ハリコフ国立内務大学を卒業。卒業後は、クリミアの検察で働いていました。
2014年3月11日、クリミアはウクライナから独立を宣言。この日、彼女は、検事総長に任命されました。2014年3月18日、ロシアは、クリミアの編入手続きを開始します。
この後、彼女は「美人すぎる検事総長」として、日本でも有名になったのです。
ナタリア・ポクロンスカヤは2016年、与党「統一ロシア」所属の下院議員になっています。私は、特に彼女に注目していたわけではありません。
しかし、2018年から2019年にかけて「お!?」と思ったことがあります。ナタリア・ポクロンスカヤさんは、「統一ロシア」議員の中で、一人だけ「年金改革」に反対したのです。
年金受給開始年齢を引き上げる、この改革。男性の年金受給開始年齢が、60歳から65歳まで引き上げられました。日本人は、「別に普通じゃん」と思うでしょう。
しかし、ロシア人男性の平均寿命は、2020年時点で【67歳】(ちなみに日本人男性の平均寿命は、81歳です)。つまり平均的ロシア人男性が年金をもらえる年数は【2年】ということになります。
それで、ロシア全土で、「反年金改革」のデモが起こったのです。
しかし、プーチンに絶対忠誠を誓っている与党「統一ロシア」は、当然年金改革を主導する立場です。そんな中、ナタリア・ポクロンスカヤさんは年金改革に反対したのです。
このできごとがあるまで、彼女は、「クリミアの希望」として、クレムリンから期待されていました。しかし、冷遇されるようになり、2021年に議員を辞職しています。
2021年10月、彼女はカーボベルデ共和国駐在ロシア大使に任命されました。カーボベルデ共和国は、アフリカ大陸の西側にある、人口55万人の島国です。言葉は悪いですが、「島流しの刑」ですね。
しかし、今年2月、「独立国家共同体・在外同胞・国際人道協力局」副局長に任命されました。
ナタリア・ポクロンスカヤさんは、反戦
繰り返しますが、今ロシアで戦争に反対すると逮捕されます。そもそも「戦争」という用語を使うと捕まるのです。「特別軍事作戦」という用語を使わなければなりません。
そんな中、ナタリア・ポクロンスカヤさんは、はっきりと「反戦」の立場をとっています。先日、「スカジーガルディェヴォイ」チャンネルに出演し
ていました。
● Наталья Поклонская: ≪Украина ? это не Россия≫ // ≪Скажи Гордеевой≫(YouTube)
何を語っているのでしょうか?一部要約してみましょう(逐語訳ではありません)。
ナタリア・ポクロンスカヤ 「私はウクライナを去るつもりはありませんでした。ウクライナは、私の国です。でも、そこで私は自分の場所を見つけることができませんでした」
ナタリア・ポクロンスカヤ 「私はウクライナ人です。私はウクライナ国民の一部です。私は、ウクライナを愛しています」
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こう宣言することは、今のロシアでは、とても危険なことです。
ナタリア・ポクロンスカヤ 「私の国籍はロシアですが、私はウクライナ人です」
ナタリア・ポクロンスカヤ 「私の祖国は、もちろんウクライナです。私は、そこで生まれたのですから。」
司会者 「最近は、ロシア人とウクライナ人は同じ民族で、「ウクライナ人」という民族は存在しないといわれていますが」
ナタリア・ポクロンスカヤ 「最近、ウクライナで生物研究所が発見されたといわれています。そこでロシア人をターゲットにしたウイルスが開発されていたというのです。もし私たちが一つの民族なら、どうやってそんなウイルスを作ることができるのでしょうか?私は、この話は、ファンタジーだと考えています。ただのファンタジーです」
彼女のいっていることを説明すると、
ロシア軍は、
- ウクライナの生物研究所がロシア人をターゲットにした生物兵器を作っていたとしている
- しかし、ロシア人とウクライナ人が一つの民族なら、ロシア人に生物兵器を使用すれば、ウクライナ人も死ぬことになる
- だから、そんな話は、ファンタジーだ
彼女のいっていることの本質は、「ロシア軍はウソをいっている」です。今のロシアの状況を知っている人から見ると、「非常に危険な発言」といえるでしょう。
司会者 「ロシア軍は、ウクライナで『ナチズムからの解放者と』して、『喜んで迎えられる』という期待がありましたが」
ナタリア・ポクロンスカヤ 「実際、ウクライナは、ロシアではありません。(ロシアによるクリミア併合以降)8年間で、多くのことが変わったのです。大統領もかわり、ロシアも新しい大統領(ゼレンスキー)を承認しました。もし1年前、2年前、1か月前、2か月前に、『ウクライナ全土の人々は、(ロシア軍を)花束をもって歓迎しますか』と聞かれたら、私は『いいえ』と答えたでしょう。」
この動画ではないですが、ナタリア・ポクロンスカヤさんは、ロシア軍が使っているシンボル「Z」は、【悲劇と悲しみのシンボルだ!】と断言しています。
● Поклонская высказалась против войны России с Украиной(YouTube)
今のロシアで、これらの発言をすることは、大変に勇気がいることで、なおかつ危険なことです。彼女は、世界的に知名度が高いので、ある程度守られているのでしょう。しかし、いつまで自由に発言できるかわかりません。
この「世界的知名度」というのは、とても重要な要素みたいです。
たとえば、ニュース番組に「反戦プラカード」を掲げて乱入した、マリーナ・オフシャンニコワさんは、現状罰金だけですんでいます。そして、ドイツのウェルト紙に転職することになりました。
これは、彼女が世界的に有名になったので、露骨に粛清することができなかったのでしょう。
読者さんの中にメディア関係者の方がいれば、ナタリア・ポクロンスカヤさんのことを取り上げていただきたいと思います。
それによって彼女が守られると共に、反戦意見が拡散されていきます。
(無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』2022年4月22日号より一部抜粋)
image by: Пресс-служба Президента России / CC BY 4.0