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欧州で加速するウクライナ“忘れ”の現実。なぜ熱狂は一気に覚めたのか

2月24日のプーチン大統領による軍事侵攻開始から4ヶ月半。その間、ロシアに対して厳しい経済制裁を科してきた西側諸国に、じわじわと「ウクライナ疲れ」が広がりつつあると報じられてきましたが、欧州ではさらに事態が「悪化」しているようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、国連会議出席のため訪れたドイツで肌で感じた、「ウクライナ離れ」が加速している現実を紹介。さらに彼らがNATOについて抱えているという違和感を取り上げるとともに、そのNATOと深く関わることを選択した日本政府がなすべきことを提示しています。

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ウクライナ“忘れ”が加速する欧州

今週は国連の会議出席のため、ドイツに出張しています。主に議長を務める気候変動問題の遵守委員会会合への出席が目的なのですが、ボンに来る際にはボン大学での特別講義もさせていただいております。今回の話題はもちろん【ロシアによるウクライナ侵攻】なのですが、副題には「欧州統一への挑戦」という内容も含まれていました。

ウクライナ情勢について、何か違った視点からの分析を見たいと思っていただいたのか、いつもにも増してたくさんの聴講生が来てくれました。

講義においては、まず私から様々な見解を紹介し、残りの時間のほとんどを聴講生との双方向での議論に費やしたのですが、出た意見の中で私が驚いたのが、ドイツではすでに議論は“ウクライナ疲れ”から“ウクライナ問題を避ける”段階に移っている傾向が見えたことです。

街のいたるところに「ウクライナと共に」というスローガンが掲げられてはいるのですが、今回お会いした方たちの傾向は【できればもうウクライナのことは話したくない】という内容が多かったように思います。

聞いた話を整理すると、5月あたりから、ロシアに対する制裁の影響が市民生活に物価上昇(特にエネルギー)という形で直接悪影響を与えだし、関心は「いかに自分たちの生活を立て直すか」や「いかに耐えるか」という内向きの内容に変わってきたようです。

6月中旬くらいからは、ニュース番組などでもウクライナの話題を取り上げる頻度が下がり、仮にウクライナ情勢に触れたとしても、アングルはウクライナでの戦況ではなく、ショルツ首相の対ロシア・ウクライナ政策転換への評価や、いつ終わるかわからない急激なエネルギー危機にいかに対処すべきか、という内容に変わってきたとのことでした。

今週は、いろいろな方たちと食事をしながら語りましたが、政治のお話が大好きなイメージがあるドイツの人たちも、「もうあまりウクライナの話はしたくない」と言い出しました。

2月24日にロシアがウクライナ全土への侵攻を始めてからしばらくは、ドイツでも自身の安全保障にかかわる“自分事”として捉えられ、「いつ戦火がドイツにも及ぶかもしれないので、何とかしてそれを防がなくてはならない」と非常に熱い議論がなされ、ショルツ首相が進める防衛費の増額(注:メルケル政権では封印されてきた方向性)にも賛同し、「そう戦争も長続きしないだろう」、「ロシアの企みも欧米が一致して臨めば挫かれるだろう」と信じて、エネルギー価格などの高騰も受け入れる雰囲気が存在していたとのこと。

しかし、次第にエネルギー価格の高騰が直に家計に響きだし、ウクライナ紛争も一進一退の様相を呈しだすと、“熱狂”は一気に覚め、次第に自らに降りかかる目前の現実に目が移りだし、関心の低下と“疲れ”が目立ちだしたと、今回話し出した方たちも言っていました。

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今回、友人の計らいで、以前も出演させていただいたDeutcheWelleのニュース・討論番組に出していただいたのですが、内容は紛争そのものの話ではなく、“ウクライナ後の国際情勢”や“欧州統合に向けた次の展開”といった内容が多かったのが印象に残ります。

その中で「ウクライナがEUの加盟候補国になったのはよい流れで、それなりのメッセージをプーチン大統領に送ったのだとは思うが、ウクライナが本当にEUの加盟国にふさわしいかと尋ねられたら、それは疑問だ。あくまでも欧州としてロシアによる蛮行に対する一致した抗議であり、意思表示であり、ウクライナの人々との連携を示す例だと思うが、EUとして、現在の紛争が終結した後、ウクライナの復興の責務を負うことができるかと尋ねられたら、それはまた別の次元の話だろう」といった意見が出たことは、現時点でのEU、特にドイツが抱えるジレンマを示した例ではないかと思います。

またある専門家は「ウクライナが欧州かと言われたら疑問だ。ロシアへの抗議とウクライナへの連帯の熱で現実を見失ってはいけない。ウクライナの前に、まだ多くの国の加盟について考える必要がある。その順序に特例は存在するべきではない。そろそろ冷静になることが必要。特に現在のウクライナでの戦争が終わった後、EUがどの程度、その復興に携わるかという度合いについては、注意しないといけない。EUが負担することは、同時にドイツへの負担を意味することを忘れてはならない」と述べ、「ロシアへの依存度を下げるという流れには大賛成だが、果たして私たちはどこまでそれができるのかについて、冷静に考え、対処しないといけない」と警鐘も鳴らしていたことはとても印象的でした。

私からは「ウクライナ紛争に対しての関心が下がっているのは、残念ながら世界的なトレンドだと思う。また今回のロシアによる侵攻に対する国際社会の分断が明確化されたこともとても気になる。欧米諸国とその仲間たちは、程度の差こそあれ、ロシアに対する制裁措置に参加しているが、アジアやラテンアメリカ、アフリカ、中東などの“ほかの地域”に目を向けた時、今回の紛争に対する姿勢は大きく異なる。一方的な侵攻に対しては非難の声が強いが、制裁措置については距離を置き、巧みに欧米とロシア・中国陣営との間でバランスを取ろうとしている国が多いように思われる。国を名指しするのはあまりよくないと思われるかもしれないが、その中でも特にこれまでのところうまく振舞っているのは、トルコとインドだろう。どちらにも意見が言える国として、国際社会における発言力が高まっている。今回の戦争が長引くと思われる中、いかにこれらの国々との距離感を測り、対処していくかがとても大事になるだろう」と述べました。

また「私から警鐘を鳴らしたいのは、あまりにも私たちの目がウクライナに向き過ぎて、他の地域で起こり、悲劇を生んでいる紛争や案件への対応が疎かになっていることだ。以前、あれほど騒いでいたシリア問題は、トルコとの取引材料に使われ、根本的な問題を意図的に見過ごしてはいないだろうか。また、人権問題で大騒ぎしたミャンマーの内戦状態や、解決の糸口が見えず、ジェノサイド案件との批判も出たエチオピアのティグレイ紛争も、対応を要するトップアジェンダから外れている。実際には異常気象による食糧難も悪化しており、衛生状態の著しい悪化もあるにもかかわらず、UNをはじめ十分な対応ができているとは言い難い。ほかにも南スーダンの人道的危機なども急を要する案件だと思うが、十分に注意を払えていない。食糧危機を悪化させているのは、これまでアフリカの国々が依存していたウクライナ産の穀物、特に小麦の供給が途絶えていることも大きな原因だが、今回のロシアはずしによってマヒ状態に陥っているUN安全保障理事会の状況も大きな元凶と言える。UN安保理の件については、ロシアや中国を非難するのは簡単だが、非難したところで動かないこともよくわかったはずなので、早急に実効性のある対応策を練り、実施しないといけないだろう。現在起こっている国際社会の分断とブロック化は、残念ながら不可逆的なものに思える」と述べました。

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この番組の後、この街および近郊に住むロシア人とウクライナ人の元同僚たちと共に、夕食を取りながらいろいろと話をしました。

幸い友人たちの間での口論もなく、ケンカにもならなかったので安心しましたが、どちらも【プーチン大統領とロシアがウクライナに侵攻した意図については理解しているが、決して正当化できないこと】【在外のロシア人たちは、自国が行っていることに対して恥じており、支持できないと考えていること。しかし、ロシア国内の同胞たちがプーチン大統領を支持している状況については、それはそれで理解できること】【ウクライナの18歳から65歳までの男性たちが、家族を避難させてからウクライナに戻り戦っていることが称賛され、英雄視されているが、実際には逃げることを望んだ人も多い中、ゼレンスキー政権が発令した法律によって、半強制的に呼び戻されたケースも多いこと】【プーチン大統領の思考回路が、帝政ロシアの思考回路になっていて、その勢力圏を取り戻し、彼独自の帝国を作るまで、または彼が亡くなるまでは、止まらないだろうということ】【仮にウクライナを堕とし、“取戻した”としても、ジョージアやモルドバに対しての意欲は変わらない。恩をあだで返したカザフスタンについては分からないが、東欧諸国にまではちょっかいはかけないと思われる。特にNATOの基地がある国については、なかなか手出しはしない】【中国の影響力は無視できないが、親近感は存在せず、信用していない。経済的な利益を与えてくれる限りは付き合うが、政治やその他のことに対して口出しされることは許さない】といった考えはシェアしているようで、とても勉強になりました。

ウクライナ人の友人たちからは「日本を含め、各国が示してくれるウクライナへの連帯は素直に嬉しい」「でも、この戦いが停止した後(注:終わった後とは言いませんでした)、各国はどこまでウクライナの復興に携わり続けてくれるかは心配。スイスで行われた復興会議は勇気づけられるものであると思うが、アフガニスタンに対する支援状況の推移を見ていると、正直心配である」「プーチン大統領とロシア軍の上層部は許せないが、ロシアの人々も今回の蛮行によって傷ついたことは忘れてはならない」と言っていたことはとても印象的で、同時に驚きました。

しかし、私が懸念を抱き、恐怖さえ覚えたのは、たまたま同じレストランで食事をしていたドイツ人のグループが大きな声で罵倒してきたことで、もしかしたら当該のウクライナ人やロシア人よりも“分断”されているのではないかと感じたことです。私に対しても暴言を吐いていたようですが、幸か不幸か、早口のドイツ語だったため、実際に何を言われているのか分かなかったので、圧倒されるだけで済みましたが、同じテーブルの友人たちの反応を見ていると、あまりよくない内容だったようです。

とはいえ、このような反応をするということは、まだ“ウクライナ忘れ”は進行していないのかもしれませんが。

今回のドイツ出張中に気づいたことは、こちらでもロシア側の情報は遮断されていることです。

プーチン大統領が行っていることに対して、動機について理解はしても、決して支持しませんが、最近、ドイツのショルツ首相やフランスのマクロン大統領が【そろそろ対話・交渉による停戦を】と呼びかけ、「プーチン大統領とも話す必要がある」と言っている割には、まだ一方通行の情報しか与えないのだなと、ちょっと不安も抱いています。

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今回、私が久々にドイツにきていることを聞きつけて、新幹線でアクセス可能な欧州各地から友人たちが集まってくれました。ボンはさすがに少し不便なので、各地からの新幹線が乗り入れるケルンで会いましたが、今回のウクライナ紛争がいかに欧州社会に暗い影を落とし、各国に影響を及ぼしているかを知ることが出来ました。

またNATOの拡大に潜む欧州のジレンマについても話を聞くことが出来ました。トルコが180度方針転換をして、スウェーデンとフィンランドの加盟手続きが急ピッチで進んでいますが、これはトルコを翻意させるには時間が掛かるだろうが、揉めている間にできる準備をしておこうという方針が功を奏している“だけ”だそうです。

しかし、NATOへの両国の加盟に対する加盟国からの支持は、アメリカ国務省が集めるというNATOの構図にも見られるように、欧州の安全保障がいまだに大きくアメリカの抑止力に依存するという“変わらない形式”を明らかにしているという点には、欧州各国の政府はとても不思議な感覚を感じているとのことでした。特に欧州独自の防衛体制を提唱してきたフランス政府については、国内での政争の材料にも挙げられているようですし、NATO本部がある国際都市・ブリュッセル(ベルギー)やオランダ、そしてドイツも違和感を持たざるを得ないという声は、認識しておく必要があると考えます。

特に日本の首相として初めてNATOの首脳会談に出席した岸田総理は、今後もNATOの首脳会談に参加することを表明していますし、実際に日本の政府代表部もすでにありますので、このようなNATO内部の不思議な力の構造と加盟国の深層心理についても認識した上で、域外国としていかに振舞うかを慎重に決めておかないと、ウクライナでの紛争が一段落した後の対応に窮することになるかもしれません。

特にNATOの域外のマターである中国対応とNATOを結びつけることを、アメリカと共に意図するのであれば、具体的にどのように適用できるかを明確に理解し、政府内でシェアされていなくてはなりません。恐らく官邸や外務省、防衛省内ではすでにしっかりと検討されていると思われますが。

ウクライナに対する欧米諸国の対応の温度差を理解し、国際社会における分断の拡大と明確化を認識したうえで、今後、日本がどのような外交を展開するか、そして不安定要素満載の北東アジア地域における安全保障問題をいかに国際情勢の範疇で具体的に考え行動するのか。今週末に参議院選の結果が出たら、日本は迅速に行動可能な方針を練り、示し、stand readyの状態にしておく必要があると考えます。

また長くなってしまいましたが、以上、国際情勢の裏側でした。

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image by: OlgaOvcharenko / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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