依然として激しい戦闘が繰り広げられ、緊迫した状況が続くウクライナ戦争。出口が見えない消耗戦は、今後どう展開してゆくのでしょうか。今回のメルマガ『国際戦略コラム有料版』では日本国際戦略問題研究所長の津田慶治さんが、激戦が続く各地の戦況を詳しく解説。さらにウクライナとロシアの国内事情を紹介するとともに、和平交渉の開始時期を予測しています。
最後の反撃を試みたナチス・ドイツ軍と同じ「バルジの戦い」を試みるロシア軍
ウ軍は消耗作戦で、ロ軍の後方兵站、橋などの補給線などを攻撃し補給を絶ち、かつ、前線に近いロ軍砲兵部隊との砲兵戦で砲門を破壊している。
その上で、ロ軍前線部隊には、クラスター弾を使い損害を与えた後に、突撃してロ軍陣地を制圧している。
ウ軍は、地雷除去、対戦車壕を埋め、竜の歯を除去して、一歩一歩の積み重ねで、前進している。この積み重ねで、ロボティネの東側で第1防衛線を突破した。
ロ軍は南部戦線で、ウ軍に勝てないために、総動員できない現時点での最後の反撃を、東部戦線クピャンスクで行い始めた。
ロ軍には誘導弾もないので、航空機に損害を出さないために遠隔から滑空無誘導弾で空爆しているので、効果は限定的になっている。1日80回もウ軍陣地に空爆をしているが、ウ軍の損害は多くない。
クピャンスク方面
ロ軍はシンキフカとペルショットラブネバの間のウ軍陣地に無誘導滑空弾を使い空爆を行って、その後、ロ軍の大量の地上部隊で攻撃している。この攻撃に対して、ウ軍はクラスター弾での砲撃で、ロ軍部隊に大量の戦死者を出している。
しかし、ロ軍は損害を物ともせずに繰り返し攻撃して、シンキフカの市内に入り、市街戦になっているようだ。ロ軍は、現存する重装甲部隊で温存していた第2親衛戦車軍を投入して、ウ軍を叩きたいようである。
まるで、ナチス・ドイツ軍最後の戦いであるバルジの戦いのようである。この第2親衛戦車軍が敗退すると、ロ軍には、優秀な重装甲部隊がなくなる。
ウ軍も増援を送り、このロ軍の攻勢を止めるしかない。ウ軍シリスキー大将も「敵の目標は、我が軍の防御を突破し、クピャンスクに到達することだ。戦闘は非常に激しいが、いくつかの陣地は、ここ数日で何度も入れ替わった。我が軍の兵士は、敵の進撃の試みをすべて撃退している」と述べている。そして、クピャンスクの住民に避難命令が出された。
というように、増援をウ軍が送り、ロ軍の攻撃を撃退し始めている。各地でウ軍は善戦して、増援部隊投入後は、ロ軍は前進できなくなっている。ロ軍は同地域へのウ軍増援誘引に成功したと述べた。ウ軍はバフムト方面からの増援部隊であり、ロ軍の言うことは正しい。
このため、ロ軍は空爆を強化している。また、ロ軍攻撃では戦車隊と装甲部隊を前面に攻撃しているが、精密砲撃と対戦車ミサイルで、多数のロ軍戦車と装甲車がウ軍に破壊されている。この戦いで分かることは、戦車や装甲車の機動攻撃の時代は過ぎ去ったことだ。
誘導ミサイルとドローンと電子戦の時代になっているようだ。新しい戦略・戦術の時代が来たようである。この理論の確立が必要である。
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スバトバ方面
ロ軍は、カジマジニフカでゼレバッツ川を渡河し低地帯を占領したが、ウ軍は高地から低地の露軍を砲撃し、ウ軍はライトホロトカ、コバリウカ、カジマジニフカで反撃して、ロ軍をゼレベッツカ川の西側に追い出し、ウ軍はゼレベッツ川を渡河して、コバリウカの北東まで前進している。
そして、ロ軍はノボセリフカの市内にテルミット焼夷弾を打ち込んでいる。ということで、ウ軍はノボセリフカ市内を保持している。
ここでのロ軍の大攻勢は失敗したようであるが、この大攻勢は陽動作戦であった可能性が高い。本命はクピャンスク方面なのであろう。
このため、ここのウ軍攻撃部隊は、早くクピャンスク方面に転戦することになるとみる。
クレミンナ方面
ロ軍、ウ軍ともにこの地域での攻撃がないようである。守備隊を残し、攻撃部隊はクピャンスク方面に送った可能性が高い。
リシチャンスク方面
ロ軍は、ビロホリフカに北と東から攻撃したが、ウ軍に撃退されている。
他に、ロ軍は、スピルネの北と南で、ウ軍陣地を攻撃して、北のウ軍陣地の一部を占領した。
バフムト方面
市内北西側では、ロ軍がベルキウカの南側とベルキウカ貯水池の北側沿岸で支配地域を広げている。
市内南側では、ロ軍はクリシチウカ北、アンドリウカ東を攻撃したが、ウ軍に撃退されている。その南のドルジバとザイテベ付近をロ軍は攻撃したが、ウ軍に撃退されている。
ウ軍の攻撃がなくなっている。ここのウ軍攻撃部隊もクピャンスク方面に送った可能性が高い。
ドネツク市周辺
ロ軍は、アウディーイウカ要塞とノボカリノベの東、セベルネの南を攻撃したがウ軍に撃退されている。
ロ軍は、マリンカとノボミハイリフカに攻撃したが、ウ軍に撃退されている。
ウ軍は、ミキルスク付近、ボハレダラの南で攻撃している。
ザポリージャ州方面
1.ベルカノボシルカ軸
中央では、ロ軍は、スタロマイオルスクのウ軍を攻撃したが、ウ軍に撃退されている。ウロジョイナのロ軍陣地の複数をウ軍が奪取し、市内中央に戦車隊を突入させた。もう1つ、ウ軍はウロジョイナの南に回り込み、ウロジョイナのロ軍を包囲し、13日朝までにウロジョイナを奪還した。
東のプリュトネにもウ軍は地雷原を除去して攻撃を開始して、街の北側ロ軍最終陣地を攻撃中。ということで、ウ軍は前進している。
2.オリヒウ軸
ウ軍は、ロボティネの東側一帯を奪還して、ベルポベ方向で第1防衛線を突破したが、ロ軍に反撃されて、ウ軍は一度、第1防衛線外に追い出されたが、再度、ウ軍は攻撃して、第1防衛線を越えている。
ロボティネでは、最終防衛線を突破して、3方向から市内に突入して、北半分を奪還した。徐々にロ軍の戦力が枯渇してきているようである。増援部隊を送らないと、この戦線はウ軍に突破される可能性が出てきた。
ヘルソン州方面
ウ軍は、アントノフスキー橋の橋頭保、南西に第2の橋頭保を構築したが、ドニプロ川上流のコザチ・ラヘリの西で、ドニプロ川東岸のロ軍の防衛陣地のない地域から、ロ軍陣地の背後に回り、ロ軍陣地の無効化をウ軍は目指している。ウ軍特殊部隊と海兵隊が、ロ軍の後方一帯でも奇襲攻撃を行い、ロ軍に大損害を与えている。
このため、この地域を守備するモスクワで編成された第1822大隊の部隊が、2週間で40%の兵士を失ったようだ。
ロ軍の装甲車部隊が、ドニプロ川を渡河したウ軍軽歩兵部隊に負けるということになっている。
もう少しで、ウ軍は重火器の渡河作戦の開始であろうか?それとも、ロ軍の増援部隊の到着が先かの状態のような気がする。
しかし、ロ軍はザポリージャ州方面でも負けているので、増援部隊というとクピャンスク方面から送るしかない。
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その他方面
チョンガル道路橋を6月22日に攻撃・破壊し、7月29日にはチョンガル鉄道橋も破壊したが、8月6日にはチョンガル道路橋とヘニテェスカ橋の破壊して、クリミアとヘルソン州東部を結ぶ橋をすべて破壊して、補給をできにくくした。
残すはクリミアとヘルソン州西部を結ぶ橋であるが、激戦の続くオリヒウ軸へは、遠回りになる。このため、ロ軍は浮き橋をチョンガル橋の近くに敷設した。
そして、12日もクリミア橋にS200ミサイルを複数発打ち込んだようであるが、ロ占領軍のアクショノフ首長は、橋に損傷はないという。
もう1つが、モスクワでウ軍無人機飛来が常態化している。モスクワのソビャーニン市長も連日、モスクワや近郊の州に相次いでドローンが飛来してきたことを明かした。いずれも防空システムが迎撃したと説明されている。
このドローン飛来後に、特にモスクワや近郊で軍需工場などの火災が頻発している。モスクワ近郊のオディンツォボでは倉庫が炎上したり、モスクワのカラミシンスキー水力発電所付近で爆発事故が発生したりしている。11日はモスクワ近郊のカルーダの変電所で火災が起きている。
その中でも、特に、モスクワの北東70kmセギエフ・ポサードのザコルシキー光学機械工場が爆発炎上した。自爆型ドローン「ランドセット」の重要な部品を製造し、かつ次期爆撃機「ツポレフ95」を開発していた工場であり、爆発により6棟が全壊、4棟が半壊した。70人以上の死傷者が出ていて、まだ12人が行方不明ようだ。
ウ軍のドローンにより、モスクワのドモジェドヴォ空港とブヌコヴォ空港でもたびたび、飛行停止になり、トルクメニスタン航空がモスクワ便を運行停止した。そして、ドローン飛来後、空港付近で何かが爆発炎上した。
しかし、空襲警報が事前に鳴らないようであり、防空システムで警報が作動しない。このことから、ウ軍ドローンは、超低空飛行をしてモスクワに到達しているようである。
目標はモスクワ市内の「オスタンキノTV塔」であろうと推測するが、GPSではなく慣性誘導で飛び、高い目標物を目指し、そこから真の目標物に向かうようである。これにより、電波妨害を受けない。
このようなドローン攻撃のウ軍の目的は、ロシアの国民に対して「戦争はひとごとではないのだ、自分たちも危険なのだ」と思わせたいということだと防衛研究所の高橋杉雄氏はいう。
一方、ロ軍はウ空軍のスタロコスティアニフ空軍基地をミサイル攻撃した。基地は大きく破壊されたが、戦闘機などは回避したとウ軍報道官は言う。11日もキンジャール弾道ミサイル4発を発射し、イバノ・フランキウスク州のコロミア飛行場付近に3発着弾した模様。被害は不明。ストーム・シャドウミサイルの保管庫が同飛行場にあるとされている。
また、ロ軍は、モスクワへの無人機攻撃の報復として、ウクライナの民間人やインフラを狙って、ウクライナ各地をミサイルで攻撃している。それと、南部地域の都市への無差別砲撃も始めている。
これを阻止するために、ドイツはさらに2基のパトリオットランチャーをウクライナに引き渡した。
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ウクライナの状況
現在のウ軍および準軍事組織は111個旅団および143個独立大隊で構成され、人員は60万人であり、さらに50万人、32個旅団が訓練中とのことであり、ロ軍に比べて3倍以上の人員である。
そして、ゼレンスキー大統領は、多くの責任者が不正をしているとして、徴兵の責任者である軍事委員会のトップをすべての州で解任するとし、前線の戦いで負傷したウ将兵を割り当てるとした。
この情勢で、サウジアラビアでの和平会議で、領土一体性の原則が合意されたようであり、中国もその原則を支持したというが、合意文書もなく、声明も発表されなかった。
それと、米国元高官とロシアの有力者やラブロフ外相は、月2回のペースで協議を続けている。この中でロシアはクリミアを失うことになったら、核を使うと述べているようである。
米国から、その情報を提供されて、ウクライナ側も和平交渉をおこなうことには合意したが、ゼレンスキー大統領は「ロシアと対話する用意はあるが、プーチンとは行わない」という。
もう1つが、最新の世論調査結果で、ウクライナに対する軍事援助などについて、米国民の55%が連邦議会はさらなる資金援助を提供すべきではないとし、逆の意見は45%であった。トランフ氏の主張が米国民に影響していることがわかる。
これに対して、バイデン政権は、ウクライナへの追加軍事援助131億ドルを議会に要請し、また、経済・人道支援に85億ドルを追加要求している。この要求に議会がどう出るかが見ものである。
ということで、米国も世界の秩序安定のためより、自国民優先となり、米国の覇権も終了することになり、世界秩序安定の仕組みを日欧で作る必要がある。日本も周辺事態への関与を米国から求められるし、米国は台湾戦争時に駆けつけない可能性もある。
その上、EUやNATO加盟欧州諸国の政治家たちは、すでにトランプ再選は織り込み済みで、2025年1月就任後のトランプ政権の外交への対応を検討し始めている。特にドイツは対ロ政策で弱腰になっている。
米国でもウクライナへの支援は、恐らく、2025年1月以降はできなくなると見た方が良いかもしれない。そこまでに、ウ軍はどこまで領土を奪還できるかということになる。徐々に米国民の感覚は大きく変化しているようだ。
米国は、日本にウ軍への武器援助を要請するが、時事通信の8月世論調査でも、防衛装備品の輸出ルール緩和を巡り、殺傷能力のある武器輸出を認めることへの賛否を尋ねたところ、「反対」が60.4%に上り、「賛成」の16.5%を大きく上回った。「どちらとも言えない・分からない」は23.1%となり、時期尚早のようである。
このため、ウ軍も急ぐ必要になっている。秋が来ると泥濘になり、装甲車の移動が困難になる。
そして、ウ軍パイロット6名は来年夏までしかF-16の訓練を完了できない見込みだという。このため、F-16の供与も2024年夏以降になるということである。早期のF-16供与は期待しない方が良い。
米国防省も、現在、月産約2万4,000発の155ミリ砲弾を来年からは月産8万発に増産する予定であり、ウ軍への供与量を増やすことになる。しかし、現在、ウ軍は毎日8,000発を使っているので、全然足りないが、西側全体の砲弾の生産量が少なすぎである。今は備蓄分を出しているが、それも尽きる可能性がある。
どちらにしても、2024年末までには、和平交渉になると見ておくことが必要であろう。
穀物輸出について、ウ海軍は黒海で民間の船舶が航行出来る暫定的な海上回廊を設置した。ウクライナ産穀物輸出協定からロシアが先月離脱したことを受けた措置で、ウ海軍は、「この暫定的な回廊を通じ商船はウクライナの港湾への出入りが可能」との通達を出した。
トルコ海軍が、この回廊を守る意向があれば、よりよいと思うが、トルコの状況は分からない。
そして、ロシアが及ぼす軍事的な脅威や機雷の危険性は全ての航路沿いに存在し続けているとして、ロシアとの合意はない回廊であるとした。ロ海軍が出てきたら、水上ドローンやハープン・対艦ミサイルでロ軍軍艦を攻撃するようだ。
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ロシアの状況
追加の動員ができないことで契約兵主体で募集をしているが、2019年の時点では、典型的な契約兵には兵役経験があることが前提で、額面で月3万8,000~4万2,000ルーブル(約5万6,000~6万2,000円)の給与をもらっていた。死亡した場合、その家族は300万ルーブル(約445万円)の補償金を受け取ることができた。当時のロシアの平均給与が月4万7,500ルーブルであった。
しかし、今は、2022年末の契約兵になると、待遇はまったく違って、給与は月19万5,000ルーブル(約29万円、平均給与の3倍以上)で、さらに兵士が死亡した場合には、大統領一時金だけで500万ルーブル(約740万円)が支給される。それ以外に兵士の家族は保険金を受け取る。その金額は296万8,000ルーブル以上だ。
ということで、現在のロシアにおける戦死は「名誉ある運命」であるだけでなく、自らの命を「有益」に失うことでもあるのだ。
このように、ロシア兵の待遇は良いが、給与が支払われていればの話になる。
事実は、給与は約束の3分の1以下であり、行方不明として戦死一時金も支払われないようである。しかし、今でも、このうまい話に乗る貧しいロシアの人たちがいるようである。
もう1つ、ロシア周辺国の移民たちである。この移民たちを強制的に契約させている。兵員は無限にいると思っている。
そのため、ロストフの飛行場では、飛行機から負傷兵が降ろされて、滑走路に寝かされている。受入先のモスクワの軍病院から受入れを拒否されたようだ。クピャンスクや南部ザポリージャ州戦線での負傷兵が多く、多くの病院が受け入れできない状態になっているという。ロ軍兵は、死を前提とした消耗品扱いである。
それでも、この戦争の戦費は、ロシア経済に大きな重しとなって、ルーブルが通貨安になっている。それによるインフレも起きている。
最低でも2024年3月までは、今の状態を続ける必要がある。その後は、総動員法を発令する必要になるが、それまでは、占領した領土を保持する事だと思うが、ロ軍は大攻勢をかけてくる。ロシアの世界第2の超大国としての意地やプーチンの妄想がそうさせているようだ。
カディロフは、「我軍はウ軍より100%優れている。なぜ交渉するんだ。奴らをやっつけるんだ、それで終わりだ」と、キーウとの交渉に断固反対している。これは、プーチンの意見でもあるようだ。
もう1つが、ウ軍に叩かれている弾薬や軍装備の不足がある。ロ軍はカザフスタンからロシアに軍事装備を移している。ロシアのトラックが戦車、ミサイル、半導体、マイクロチップ、その他の物資をロシアに向けて輸送している様子が映っている。物資をかき集めていることがわかる。北朝鮮やイランからの兵器だけではなく、ロシア周辺諸国からも、かき集めている。
その証拠として、ブリヤート地方最大の軍用装備の保管基地として知られるヴァグジャノヴォでは、古いソ連製戦車と装甲兵員輸送車の40%以上が倉庫から運び出され、残る60%は装備がほとんどない状態のもので、すぐには使用できないことで、兵器の不足が出ているのがわかる。
さあ、どうなりますか?
(『国際戦略コラム有料版』2023年8月14日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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