人懐こい性質の野生のキツネだけを選び交配を繰り返したら、性質が強調されただけでなく、毛色や尾、耳や骨などの形状まで似た特徴をもつように変化していったという実験結果があるようです。今回のメルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』では、CX系「ホンマでっか!?TV」でもおなじみの池田教授が、なぜキツネの性質と形態が連動するように変化していったのかを考察。三毛猫の毛色を決定する遺伝子の作用、オオカミがイヌに進化していく過程や昆虫のマークオサムシに見られる不用説の発現などと比較しながら論じています。
動物は家畜化するとどうなるのか
今、『自己家畜化する日本人』(祥伝社)という本を出版準備中で、10月には発売する予定である。その中で、家畜化すると動物の形態や感性はどう変化するかを論じているが、本稿では本に書かなかったことも含めて議論したい。ソ連の遺伝学者ドミトリ・ベリャーエフは1959年から野生のキツネを家畜化する実験に取り組んで、主に人間に対する反応の違いに基づいて、キツネを選別していった。
人間をあまり怖がらない人懐こいキツネを選抜して人為的に交配を繰り返し、そうやって生まれたキツネの中から、さらに人懐こいキツネを選抜して交配実験を繰り返すと、キツネはどんどん攻撃性が低く人間に対して従順になっていった。不思議なのは、性質ばかりでなく外見も明らかに変化したことだ。50世代ほど選抜を繰り返した結果、被毛の色が白いまだら模様になった他、尾が巻き上がるようになり、耳は垂れ下がり、頭骨が小さく、顎や歯も小さくなっていた。
人為選択の基準になるのは、あくまで人に対して従順かどうかで、形態ではない。それにも関わらず、形態が変化するということは、形態と性質は連動しているということだ。ペットの毛の色は基本的には遺伝子によって決定される。よく分かっているのはネコの毛色だ。有名なのは三毛猫で、ネコの毛色を決める遺伝子は9種類あるのだが、オレンジ色を発現させる遺伝子はX染色体上にあり、対立遺伝子は黒色を発現させる。
哺乳類の性染色体はオスがXY、メスがXXで、メスの場合は細胞ごとに片一方のX染色体が不活性化されて発現しない。Xが2つとも活性化すると、おそらく、2つの染色体に乗っている遺伝子が作り出すたんぱく質の量が過剰になりすぎて、不都合を起こすのだろう。すなわちメスの1つの細胞では父親由来のX染色体か、母親由来のX染色体かの、どちらか一方しか活性化されない。どちらが活性化されるかはランダムに決まる。
今、メスのXXのうち、1本にはオレンジ色の遺伝子が乗っており、もう一本には黒色の遺伝子が乗っているとして、皮膚の表面でこの2つの遺伝子がランダムに発現すると、例えば常染色体に白色の遺伝子が乗っている場合は、白、黒、オレンジの三毛になる。
オスはXYなので、X染色体にオレンジの遺伝子が乗っていると、白とオレンジ、黒色の遺伝子が乗っていると、白と黒の猫になり、三毛猫にはならない。三毛猫になる場合は性染色体がXXY(Yがあるのでオスになる)の場合だけだ。この場合もXは片方しか活性化しないので、上述した理由により、三毛猫になるのだ。遺伝学的によく分かっている三毛猫の発現パターンについて説明したが、ネコの毛色と性格はそれほど密接な相関はなさそうで、ネコを性格に基づいて人為選択しても、それに呼応して毛色が変化することはないと思う。
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一方キツネのまだら模様も遺伝子によって決定されるに違いないが、従順なキツネを選抜することにより、まだら模様のキツネが現れるということは、従順な性質をもたらす遺伝子と、皮膚をまだら模様にする遺伝子は、同じ遺伝子の多面発現ということなのかもしれない。他にも尾が巻き上がることや、耳が垂れることも人為選択の結果だとすると、これらの形質も従順な性質と遺伝的に相関しているのかもしれないが、そのメカニズムはどうなっているのだろうか。
オオカミがイヌに進化したのと同様に、家畜化されたキツネも顎と歯が小さくなったのは、食性が変化して、硬い肉をかみ切る必要がなくなったからであろうが、これは不用になった器官は退化するという、ラマルクの用不用説の不用説である。昆虫のマークオサムシでは、乾燥地帯に棲息していて飛ぶ必要がなくなった個体群は、同じ種でも湿潤地帯に棲息しているものに比べ、後翅が退化しているという。これは遺伝子の変化というよりも、環境変動によるエピジェネティックな変化で、遺伝子は変化しないで、その発現を制御するシステムが変化したようだ。
ところが、自己家畜化した人類は、イヌや家畜化したキツネと同様に顎と歯が小さくなっているが、これはヒト以外の霊長類に存在するMYH16(Myosin Heavy Chain 16)という側頭筋や咬筋を強靭にする遺伝子が、約200万年前に突然変異により消失したのが原因だと言われている。この突然変異は料理を覚えて柔らかい食物を摂れるようになった人類にとっては不利にはならなかったろうが、柔らかい食べ物を摂れるようになったのが原因で起きたわけではない。
オオカミやキツネにも同様な突然変異が起きた可能性はあるが、野生のオオカミやキツネではこの突然変異は不利なので、淘汰されたのであろう。家畜化されたイヌやキツネではこの突然変異は不利にならなかったので、淘汰されなかったということなのだろうか。
家畜化された動物には4つの共通点があると言われている。1.形態が多様化する。2.繁殖期が変化する。3.病気への耐性が低下する。4.自立性が低下する。上述した家畜化したキツネは、自立性が低下するように人為選択をかけたので、4は当然として、それに随伴して形態が変わったのだ。
愛玩用のペットなどは人間にとって好ましい形態を作るべく人為選択をかけていくので──(メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』2023年9月8日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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