相次ぐ大地震を経験する中で、進化を遂げてきた日本の防災・減災技術。しかし先日発生した「令和8年熊本地震」では、その根本を揺るがすような被害も確認されてしまったのが現実です。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では作家で米国在住の冷泉彰彦さんが、現行の震度基準や耐震設計の課題を検証。さらに「最大震度7」という震度区分そのものを見直す必要性を訴えています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:「震度7」はブラックボックスでいいのか
「震度7」はブラックボックスでいいのか。「令和8年熊本地震」が可視化した事実
今般の熊本地震で被災された皆さまに、この場を借りてお見舞いを申し上げます。
日本は宿命的な意味で地震国です。ですから、建築等における耐震基準は世界で最も厳格に設定されています。そうした厳格な耐震基準をベースに発展した免震、耐震の建築技術も世界一です。残念ながら、日本基準の免震・耐震技術については、世界の市場では評判は良くありません。必要かもしれない技術ですが、建設のコストとして価格が高すぎるからです。
そうではあるのですが、では日本でも価格が高すぎるからという理由で、耐震・免震の技術導入をやめるのかというと、誰もそんな判断はしません。耐震技術と言っても、極めて幅が広いわけで、新築時には最新の基準が適用されるわけですが、以前からある建築については改良したり、様々な工夫をして使っています。
そんな中で、強制力の緩い住宅用の家屋や個人商店などでは、古い設計の物件を中心に残念ながら今回の地震でも全壊などの大きな被害が出ました。そんな中で、例えば2016年に被災して全壊し、その後に最新の基準に即して新築した建造物などは、今回の被災でも、一部を除いて免震・耐震の効果はあったようです。
それはともかく、これは阪神淡路の頃から普及したと思いますが、倒れやすい家具をしっかりネジ止めするとか、収納家具の場合は重心が高くならないように物を入れるといった「誰にでもできる耐震対策」も普及しています。一方で、歴史的な建造物で実用に供されている場合でも、文化財的な価値がなく、耐震性能も低い場合は使用を停止するという措置なども、社会的理解がされるようになっています。
とにかく、日本という国は社会全体が地震の脅威と戦っており、その戦いのかなり重要な「場」というのは、免震・耐震対策にあるのだと思います。にもかかわらず、今回の2026年熊本地震では、この対策が破られてしまったのです。どうして今回のような深刻な事故が起きたのか、個々の事故の詳細な原因については調査結果を待つしかありません。ですが、全体的に一つの傾向を指摘することは可能と思います。
それは、耐震基準として震度7をクリアすれば良いのかという問題です。ちなみに地震の大きさを考える上で、マグニチュードというのはその地震の全体のエネルギー総量ですから、個々の地点における揺れを反映したものではありません。ですから、マグニチュード7.5にも耐える建築という表現は意味がありません。
個々の地点における揺れの強さを示すのは「震度」です。その前に、揺れと言っても科学的には大きく分けて5つの要素があります。
- 加速度:静止状態から揺れのスピードが加速する速度
- 最大速度:揺れの最も強い時点での揺れるスピード
- 揺れ幅:揺れの大きさの幅
- 揺れの周期:1秒間に何回揺れるのかといった周期
- 継続時間:揺れの続いた時間の長さ
この他にも、揺れの方向の角度(3Dで把握)、揺れの方向の変化なども、例えば建造物や配管を破壊するエネルギーのかかり方には影響します。さらに言えば、揺れが収まった結果、断層がズレて元に戻らなければ建造物等は破壊されてしまいます。
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起きてしまった「従来の常識」ではあり得ないような事故
現在の「震度」計測にあたっては、主として加速度と揺れの周期をベースとした計算結果によって、震度表に照らし合わせて震度を決定しています。
一方で、今回の地震においては、
- イオンモールのガス管が、想定を超えた揺れのために破損してガス漏れを起こした
- 日本製紙八代工場の煙突が折損し、重大な人的被害が発生
- 八代駅構内に停車中のJR貨物EF510型電気機関車が転倒
- 新築同様の八代市庁舎で、基礎部分における震度7対応の免震構造が破損
といった従来の常識ではあり得ないような事故が起きています。これに関しては、震度7といっても、その中身、つまり加速度と周期だけでなく、揺れ幅や継続時間、あるいは揺れの角度などが影響していると思われます。
それにしても、ここで挙げた4つの事象というのは、それぞれに非常にショッキングな事件です。例えば日本製紙の工場で煙突が倒壊したというのは、煙突という倒れやすい建造物は、倒れやすいために明治大正の昔から、何らかの基準を設け、それを減災意識とともに厳格化してきた歴史があるわけです。
特にこうした大規模な工場の場合は最も厳格な基準が適用されている、というよりも60メートル以上の煙突の場合は個別の審査も通さなくてはなりません。それが倒れたというのは、基準そのものを見直す必要を感じさせます。
イオンのガス管については、詳細な調査結果を待つにしても、地震におけるガス漏れの恐ろしさということでは、関東大震災以来100年以上にわたって、日本は取り組んできたテーマです。現時点では、屋外に設置されたLPGタンクからフードコートへの配管が、途中で折損した可能性が指摘されています。
これも「想定を超える揺れ」が懸念されます。また、嘉島町のイオンの立地を考えると、布田川断層と日奈久断層に挟まれた「北甘木断層」が局所的に動いた可能性もあります。嘉島町の震度については、震度計のデータが公表されておらず、推定値が出ているだけというのも、更に調査が必要な点であると思います。
八代駅構内における、停車中のJR貨物EF510型電気機関車が転倒した事故も驚きました。この型式の電気機関車というのは、モーターに加えて変圧器などの主要機器を加えると車重は100トンになります。それが停車中に倒れたというのはショッキングな事故です。この箇所の揺れについても、徹底した検証が必要でしょう。
八代市役所の新庁舎(2022年落成)は、2016年熊本地震での被災を受けて免震構造で建設されたものです。地下の基礎部分にゴムダンパを噛ましているのですが、そのダンパが横方向にちぎれてしまっています。これも、震度7に耐える設計ということですが、7は7でも猛烈な力がかかったことが想定されます。
ちなみに、耐震性能というのは例えば建築基準法の場合は、かなり厳格な計算式によって定義されています。「震度7の耐震性能」などという大ざっぱな定義はされていません。その計算式やパラメーターは非常に複雑ですので、今回は省略しますが、今回の場合は基準として「免震・耐震」性能を定義して、これを満たした建築等が壊れてしまったのです。
つまり基準で定義されている中身、つまり加速度、周期、揺れ幅、継続時間、角度などによっては揺れが性能を上回ってしまうということは起き得るわけです。そして、残念ながら今回はこれが起きてしまったのです。
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今こそ変えるべき「震度7が最大」という現状の基準
ところで、厳密な計算式に基づく耐震基準と震度というのは、全く別の尺度ではありますが、安全意識を喚起したり、都市計画や保険係数の算定については、震度という基準は今でも使われています。この震度について言えば、震度6には震度6強というのがありますが、震度7にはありません。それどころか、例えば加速度や周期から計算して震度7をはるかに超える揺れであっても、どこまでいっても7なのです。
そう考えると、今回の地震の場合は7を超える激しい揺れに襲われたケースがあるように思います。それでも震度的には7ということになりますが、実際は震度7相当の免震・耐震対策では足りずに破損などが起きたというケースもあると思います。
従来の考え方では、震度7では建物が全壊するのだから、それ以上はどこまで行っても震度7ということでした。ですが、震度7を想定して免震・耐震の技術が進んだ中では、想定した震度7を超える揺れがあったのであれば、性能が追いつきません。今のままですと、極論になりますが震度7に耐える免震・耐震技術というのを完璧に実現するのなら、無限大の揺れにも耐えなくてはならないということになってしまいます。
申し上げてきたように建築基準における耐震基準というのは、厳格な計算式に基づいているわけですが、仮にその基準の大元の原点が「震度」にあるということでしたら、「7が最大」という現状は変える必要を感じます。熊本のように、10年間に震度7が3回というような場合も起きつつある中では、震度の測り方について、7以上はどこまでも7という現在の仕組みが良いのか、見直しが必要に思います。
もう一つ、震度の測り方と公表の仕方については、今は原則として市町村ごとの震度計をベースに発表がされています。しかし、強い揺れというのは市町村の境界とは全く関係がありません。例えばですが、今回の八代市役所庁舎の被災が良い例です。
八代市の震度は6強なのに、震度7に耐えられる免震構造が破壊されて、築3年の庁舎が使い物にならなくなったというのですが、震度計の設置箇所は市役所とは全く別の場所にあります。一つは泉町という山の中ですし、もう一つは断層に沿ってはいるものの、球磨川の対岸になりかなり南です。市役所はもっと震源に近いので、もしかしたら6強よりずっと強い揺れに遭遇したのかもしれません。
この市役所の場合は、2016年の被災を受けた建て直しですが、汚職スキャンダルなどもあったようで、今回の免震構造の破壊についても、当初の性能を疑問視する声があります。ですが、それよりも市全域を震度6強としてしまう認定方法を疑う方が合理的と思います。
例えばアメリカの場合は、地震全体のエネルギーを指すマグニチュードという言葉は知られていますが、震度という概念はそれ自体が社会的にあまり知られていなかったりします。また火山帯や断層に近い地区でも日本のような耐震性や免震技術への関心は高くありませんし、コストを投入する習慣も弱いのです。そうした事例と比較すると、日本の防災・減災意識は非常に高いのは事実です。
それだけではありません。防災・減災ということでは、2016年の地震から10年を経て、復興した住宅を含めてこの地域の多くは免震・耐震建築となっており、その成果から、倒壊の事例数はかなり抑えられています。また、新幹線の場合は2016年の回送編成の脱線事故を重く見て、対策が徹底された成果が出ているようです。
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より「きめ細かな基準」を検討する時期にある日本
ですが、今回の被災で明らかになった弱点もまた多々あるのは事実だと思います。ですから、これを教訓として防災・減災の技術をより向上させることは必要です。その際には、震度7以上はどこまで行っても7だという、まるで「震度7がブラックボックス化」するような基準の見直し、揺れの要素を考慮した指標の検討、市町村単位での震度認定の見直しなど、よりキメ細かな基準を検討する時期ではないかと思います。
仮に、熊本地震の実態としては、動いた断層の真上では震度7は震度7でも、仮に指標があるのなら8とか8強の揺れがあったということが判明したとします。更にこのデータに基づいて、首都直下型などの場合の揺れ幅を更に大きく取って想定する必要が出るかもしれません。
その場合は、現在の耐震強度では足りないということになります。そして、その足りない部分を補うのには大変なコストが掛かります。では、全てを諦めるのかと言うとそうではなく、必要な部分は何としてより厳しい基準に耐えうるように改良しなくてはなりません。新幹線や高速道路の高架橋などはそうした対象になると思います。
これは国力から考えるとかなり厳しい投資になります。その場合は政策の優先順位を組み替えても実施するのか、国として大きな判断になるのではないかと思われます。いずれにしても、「震度7」という内容の曖昧な、そして実は最大値は無限大というブラックボックスを開いて、その中身の部分から耐震性能の再定義をする必要があるのではないかと考えます。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2026年8月4日号の抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。今週の論点「総理の熊本視察を考える」「円買いオペは日米協調と言ってしまって良いのか?」、人気連載「フラッシュバック81」もすぐに読めます。
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- 【Vol.650】冷泉彰彦のプリンストン通信 『震度7はブラックボックスなのか』(8/4)
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