低コストでありながら高い性能を有し、米国企業にも利用が広がりつつある中国製AI。そんな中、米政府が中国企業による「蒸留」を初めて公式に問題視したことで、AI開発をめぐる米中の対立に新たな火種が生まれようとしています。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』ではジャーナリストの富坂聰さんが、アメリカ側から中国企業6社に向けられた批判と、中国サイドが示す反論を詳しく解説。さらに米国による一連の動きの背景を読み解くとともに、今月にも予定されている米中首脳会談への影響を考察しています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:米政府の「蒸留」批判で、米中のAI開発戦争は本格化するのか
アメリカ政府が中国AI企業を批判。それでも中国サイドが動じぬ訳
習近平国家主席の訪米を控え、最先端技術をめぐる米中の攻防が再び熱を帯びようとしている。
その最前線は、言うまでもなくAIだ。
米誌『フォーブス』は9月11日の記事「米政府、DeepSeekなど中国AI6社の『蒸留』を初めて公式に指摘」で、その火種が新たな段階に入ったことを示唆した。
蒸留とは、AI開発において大規模な教師モデルの出力確率分布や推論パターンを小型の生徒モデルへ転移し、モデルを軽量化しつつ高い精度を維持する技術だ。誤解を恐れず言えば、追いかける側が先行する企業の技術を利用して、自身のAIの回答の精度を上げるやり方だ。
業界の常識に照らせば、蒸留そのものは広く使われている技術だという。しかしそれが「禁止されている手法や関係の中で行われた」のであれば話は別だ。
後発の企業が先行する企業の技術を使って自らの回答の精度を上げると聞けば、反射的にイメージするのはパクリだ。
技術で先行する米企業は、これまでもたびたび中国がする蒸留に対して不満を表明してきた。そして、ここにきてやっと米政府も動き出したという。
先述した『フォーブス』など多くの欧米メディアは、米政府が「中国の蒸留を初めて公式に指摘した」と報じている。こうした流れを見る限り、蒸留問題が米中間の新たな火種となることは避けられそうにない。
米企業から名指しされた中国AI企業は、DeepSeek、Moonshot AI、アリババ、MiniMax、StepFun、Z.aiの6社である。
中国AIへの批判を展開する最右翼でAIモデルClaudeを手掛けるAnthropicは、2026年2月、DeepSeek、Moonshot AI、MiniMaxに関連する約2万4,000件の不正アカウントを確認したと訴えている。
つまり、中国のAI企業6社が、ある程度確信犯的に蒸留を不正に使ったという証拠らしきものまで示したというのだ。
そうであれ中国側が大いに焦る局面であるはずだが、やせ我慢なのか何かはっきりしないものの、現時点で中国のAI企業がひどく慌てている様子は見られない。また中国政府の反応(中国外交部報道官の応答)も、追い詰められた態度とは程遠い。
むしろ中国側は強気で、アメリカ側の指摘こそが「誤り」だと応じている。
問題の焦点の一つは、Moonshot AIが発表したAIモデルKimi K3の性能が極めて高く、一部でアメリカのAIモデルに匹敵するとの声が挙がったことだ。
昨年のDeepSeekショックに続く、中国製AIがアメリカ製AIを脅かす新たな事例というわけだ。
中国のAIモデルKimi K3が発表されて間もなく、ホワイトハウスの科学技術政策局長であるマイケル・クラツィオス氏は、中国のMoonshot AIがAnthropicの最新モデル「Fable」を大規模に蒸留し、それをKimi K3の開発に活用したと主張した。
Anthropicが中国企業による蒸留を問題にするのは、これより5カ月遡る2月末のことだが、そのときにはまだFableは公開(2026年7月1日)前で、同年7月16日に発表されたKimi K3も存在していない。
もしクラツィオス氏が指摘するような方法でKimi K3が生み出されていたのだとすれば、Moonshot AIはわずか15日間という短期間に、2.8兆パラメータ規模の大規模モデルを蒸留に頼って生み出したということになる。
そんなことが現実に可能なのか、という疑問が中国側から提示されるのも決して不自然ではないだろう。
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「萎縮効果」か。中国が疑うアメリカ側の「本当の」狙い
さて、こうした米中の攻防で思い出されるのは、かつて米政権が繰り出した華為技術(ファーウェイ)に対する攻撃だ。
ファーウェイ製の通信機器に対し「アメリカから不正に情報を抜き取っている」との疑惑が米政界で持ち上がり、最終的には最先端半導体の輸出が止められ、ファーウェイはスマートフォン(スマホ)製造を断念せざるを得なくなった。いわゆる「バック・ドア疑惑」だが、現在に至っても「ある」とされたバック・ドアの証拠は示されないままだ。
窮地に陥ったファーウェイは自ら半導体を開発し再びスマホ製造に漕ぎつけたが、ファーウェイ製スマホはすっかり西側先進国から敬遠されることになった。
こうした苦い記憶が蘇ったのか、『人民日報』系国際情報紙の『環球時報』は、今回のAIをめぐる米中の攻防を「中国のAIモデルを、アメリカはどうやって『寒蝉効果(萎縮)』を狙っているのか」というタイトルを付けて報じ、米政権をけん制した。
記事で言及されたのは、〈中国との人工知能をめぐる競争において、アメリカは『萎縮効果』を生み出すことで、アメリカや世界の企業が中国のオープンソースモデルを『使うことを恐れ、使いたがらず、公に使えない』といった状況を作り出そうとしている〉ということだ。これこそ中国が疑うアメリカ側の「本当の」狙いだ。
背景には今、アメリカの多くの企業が、すでに中国のAIモデルを抵抗なく使い始めていることがある。アメリカの企業がそうした選択をするのは、圧倒的にコストが低いからである。
前述したDeepSeekショックも、今回のKimi K3の衝撃も、コストという利点によって引き起こされた現象だ。
米企業が中国製AIを使う流れがさらに本格化する前に、米企業と政権が手を組んで大々的に警鐘を鳴らしておこうと考えたとしても、不思議ではない。
ただ過去の事例を見る限り、中国の勢いが規制だけで簡単に止まるとは考えにくい。
米政権がもし、徒労と分かっていても対中攻勢をやめないとすれば、米中首脳会談には暗雲が忍び寄り、世界はまた新たな不可測性を抱え込むことになる。そういう無駄なコストこそ、AIで事前に調べて取り除いてほしいものである。
(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2026年9月13日号より。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をご登録下さい)
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