「中道政治の結集」を掲げて誕生しながら、衆院選で有権者から厳しい審判を受けた中道改革連合。その後に進められていた立憲民主党、公明党との全面合流も破談となり、野党勢力はさらなる細分化へと進みつつあります。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、安全保障やエネルギー政策を巡る各党の隔たりと、それぞれの思惑から合流断念に至った舞台裏を分析。さらに「解党的出直し」を掲げる小沢一郎氏らの動向を取り上げつつ、日本の民主主義を守るために必要な野党結集のあり方を論考しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:「野合」の果て。中道解体と、バラバラに砕け散る野党勢力
所詮は「選挙目当ての野合」。中道解体と砕け散る野党勢力
8月31日、中道改革連合、立憲民主党、公明党の3党首が会談した。その結論は、3党による全面的な合流を正式に断念するというものだった。
いずれ、中道改革連合が行き詰るのは目に見えていた。衆院選であれほど木っ端みじんに粉砕されたのである。その後の党勢もいっこうに上昇の兆しがない。参院の立憲議員に当初の約束通り中道に合流せよと言っても、2年後の参院選に中道で当選できるかと考えれば、二の足を踏むのも人情といえるだろう。
以下は、合流見送りに至った各党代表の理由説明である。
立憲・水岡俊一代表 「所属議員や地方組織から政策の違いに対する懸念や強い反対論が相次いだことを受け、8月28日の段階で、現時点での3党合流は見送るという方針を他党に伝達していた」
公明党・竹谷とし子代表 「公明のみが合流するべきではないと判断した」
中道・小川淳也代表 「立憲・公明の足並みがそろわず、とくに惜敗した前議員や地方組織の間で不満が噴出したことで、求心力を維持できなくなった」
立憲と公明の衆院議員が中道を結党し、その後、両党の参院議員と地方議員が合流するというのが、当初の合意事項だった。立憲はその“公党間の約束”を反故にし、主として安全保障や原発政策の違いを理由に、合流見送りを決め、他の2党に告げていた。この時点で、3党の合流は破談となり、あとは中道に参院の公明が合流するかどうか、すなわち「2党合流」に焦点は移った。
公明の方針は変わらなかった。創価学会本部の意向を受け、中道が了解すれば合流に踏み切る腹づもりだった。問題は、小川代表がそれを受け入れるかどうかだ。
中道の衆院議員49人の内訳は、公明系が28人、立憲系が21人だ。そこに参院公明の21人が合流すると49対21で立憲の影が薄くなる。まるで公明党の組織に立憲議員がのみこまれているような姿になってしまう。
小川代表は迷った。岡本三成政調会長や伊佐進一広報委員長ら公明系の幹部らとの相性はすこぶる良く、公明側の要望に応えたい思いはある。岡本氏は「中道がなくなる時には、多分私は政治家を辞めている」とまで語っていた。
しかし、中道に参加した立憲議員144人のうち、123人が落選し、苦難を強いられており、その多くが「2党合流」に反対している。政権を担える現実的な安全保障やエネルギー政策を掲げるのはいいが、中道の名のもとに、公明の考えに引っ張られがちの小川代表への不満も鬱積している。
落選組の一人、小沢一郎氏は語る。
立憲では選挙に勝てないということで公明と談合して中道をつくった。ところが、それは国民からノーと言われた。じゃあまた残りと一緒になればいいというような発想では、国民の支持が得られるはずがない。この合流話がなくなったというのは当然の帰結だと思うね。
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公明党の「呼びかけ」に食いついたのは野田佳彦と安住淳
もちろん、小川代表だけの責任ではない。いまさら、中道を結成したことを批判するのもむなしいが、高市首相が仕掛けた解散・総選挙を前に、議席数が半減するのではという危機感にとらわれた当時の野田佳彦代表や安住淳幹事長が、高市政権の右派路線を嫌気して連立離脱した公明と結び、新党結成に活路を見出そうとしたことに間違いのもとがある。
中道の結集を呼びかけたのは公明党だった。創価学会は、会員の高齢化が進み、次世代への継承もスムーズにいかなくなっているうえ、新規の入会者が頭打ちとなっているため、年々、会員数の減少に見舞われている。
その影響は選挙の集票力におよび、公明党の比例代表得票数は2000年衆院選の862万票から2025年参院選521万票へと4割もダウン、26年衆院選は中道1,043万票の数字しかわからないが、公明単独の実質的な集票力はさらに落ちている可能性が濃厚だ。
このままでは公明党は立ち行かないと見通し、創価学会本部の指示のもと「中道政治の結集」を自民リベラル派、立憲、国民民主によびかけた。そこに食いついてきたのが野田氏と安住氏だった。
自公連立で“学会票”を見込めたから自民は強かったが、公明が立憲につけば立場は逆転するはず。そんな“現実逃避”ともいえる甘い見通しで、うまくいくはずがない。
希望の党の実例をひも解くまでもなく、選挙のために急ごしらえで結成した政党が成功したためしは歴史上、ほとんどない。野田氏が、落選した議員や候補者の非難の的になっているのは仕方のないことだ。
元立憲代表で中道の衆院議員、泉健太氏は語る。
1月に野田体制のもとで公明党と合流協議をして政策の一致を見たのであれば、今の立憲民主党もその責任を負っている。そういう意味での継続性を担保するために野田さんは、党としての一貫性について今の立憲と粘り強くやりとりを続けるべきだった。
同じ立憲の国会議員たちが、2月の衆院選を境に、「衆院・中道」と「参院・立憲」に分かれ、ここにきて、安全保障やエネルギーといった国家の基本政策での違いを鮮明にせざるを得なくなった。
こうなってくると、リベラル色をあらためて強調する立憲に、中道の立憲系議員が戻るのも難しくなったし、立憲としても「立憲出身議員の復党を今の段階で受け入れる考えはない」(田名部匡代幹事長)と言わざるをえないだろう。
中道の小川代表は頭脳明晰で誠実な人柄だが、参院立憲を吸引する政治的力量は持ち合わせていなかった、ということだ。かつてバラバラだった野党をまとめあげて非自民の細川連立政権を成立させた小沢一郎氏のような“剛腕”は、今の野党陣営には全く見当たらない。
その小沢氏は「解党的出直しが必要だ」と語り、実際に新党結成をめざして動き始めたことを自身の動画番組で明言している。しかし、小沢グループは弱小化しており、かつてのような影響力を求めるのは無理がある。
小沢氏に近い川内博史氏ら元衆院議員が中心となって政治団体「護憲リベラル共生」(略称・ゴリラ)を結成。立憲の現職参院議員を含め、計16人が参加する見通しというが、大きな勢力に拡大していくとは思えない。
立憲の創設者、枝野幸男氏も「立憲ネットワーク」というあらたな政治団体を6月1日に立ち上げている。とはいえ、来春の統一地方選を見据え、埼玉県議やさいたま市議など計6人が加入しているだけで、ただちに新党に結びつくような動きではない。
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日本が取り返しのつかない状態になる前に必要な国民の行動
いずれにせよ、中道が分裂するのは不可避の情勢となった。このままでは先が見通せないからだ。何人かは立憲に戻ったり、国民民主に移る人がいるかもしれないが、知り合いの立憲系中道議員によると、大きな流れとしては、立憲系の議員が違う名の新党を立ち上げ、公明系はもとの公明におさまることになりそうだ。
中道の今後について、小川代表は「仲間の皆さんが再起動していくための新たな形態を見いだしていきたい」と語り、衆議院における立憲系と公明系の統一会派を結成することをめざすという。
野党陣営の惨状は目を覆うばかりだ。しかし、それを罵倒したり、嘲笑しても、どうにもならない。日本が取り返しのつかない状態になる前に、1票を使って、野党の結集を促すような方向に持っていくのが国民の知恵だろう。
元来、日本国民は自然に政治のバランスをとっていた。自民が強すぎて勝手なことをしていると感じれば、選挙でお灸をすえる。そういう能力が弱ってきているように感じる。
自民に対抗できる勢力をつくり、反自民票の受け皿となる。それが基本中の基本だ。小さな勢力がバラバラで戦い、つぶしあっても自民党を利するのみである。カオスの中から、新しい潮流が生まれ出ることを、日本の民主主義を守るために期待したい。
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image by: 小川淳也 - Home | Facebook