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驚くべき勘違い。中国を激怒させた台湾新総統の就任演説を「現状維持」と伝えた日本メディアのズレた解釈

5月20日に台北で開かれた新総統の就任式で、正式に8代目の台湾総統となった頼清徳氏。そんな頼氏の就任演説について日本メディアは「現状維持」と伝えましたが、実際は中国サイドを激怒させたものと言っても過言ではなかったようです。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では多くの中国関連書籍を執筆している拓殖大学教授の富坂さんが、新総統演説のどの部分がどう中国を刺激したのかを詳細に解説。日本メディアの「現状維持」という解釈がいかにズレたものであったかを明らかにしています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:台湾、頼清徳新総統の演説をなぜ日本のメディアは読み間違えたのか

台湾、頼清徳新総統の演説をなぜ日本のメディアは読み間違えたのか

5月20日、台湾の新総統就任式で頼清徳が行った演説が、中国共産党の怒りに火を着けた。

直後の日本メディアには「現状維持」とか「蔡英文路線の継承」といった見出しが躍った。しかし、そのこと自体、驚くべき勘違いといえるだろう。中国ではむしろ、「台湾独立」の野心を隠そうとしなくなったと受け止められたからだ。

頼は演説のなかで蔡英文政権の8年を評価しつつ、「へつらわず、高ぶらず、現状維持に取り組む」と述べている。だから「現状維持」だととらえたのかもしれない。だが蔡の8年間、中台の言葉を巡る攻防は、常にレッドラインを踏み越えるか否か、ギリギリのラインで繰り広げられてきた。

それと比較すれば、今回の演説はかなり乱雑にレッドラインに踏み込んだ内容だったと言わざるを得ない。

スピーチのかなり早い段階では、1996年の初めての直接選挙による総統選挙実施に触れて、こう語っている。

「台湾で初めて民選による総統が宣誓就任し、国際社会に中華民国台湾は主権独立国家であり、主権は民にあるというメッセージを伝えた」(参考:『読売新聞』 24年5月21日 〈「台湾を民主主義世界のMVPに」…頼清徳・台湾総統の就任演説全文〉)。

「現状維持に取り組む」とした部分では、その前提として「『4つの堅持』に基づく」としている。「4つの堅持」とは「自由民主の憲政体制」、「中華民国と中華人民共和国は互いに隷属しないこと」、「主権への侵犯と併呑を許さないこと」、「中華民国台湾の前途は台湾の全ての人民の意志に従わなければならないこと」の4つで、中国が神経質になる言葉がたくさん盛り込まれている。

実際、頼自身も「中華民国と中華人民共和国は互いに隷属しない」と言及した。これは中国が警戒する「二国論」に触れるものだが、同様の発言はこれにとどまらない。

例えば、「私たちは皆、主権があって初めて国が存在することを知っている。中華民国憲法は、中華民国の主権はすべての住民に属し、中華民国の籍を有する者は中華民国の住民であると定めている。このことからも分かるように、中華民国と中華人民共和国は互いに隷属していない。誰もが団結して台湾を愛さなければならない。どの政党も併合されることに反対し主権を守らなければならない。政治権力のために台湾の主権を犠牲にしてはならない」だ。

また「中国はまだ台湾に対する武力侵攻の可能性を断念していない。中国の提案を全面的に受け入れ、主権を放棄したとしても、中国の台湾併合のたくらみは消えることはないと住民の皆さんは理解すべきだ」(同前)といった内容だ。

二国論では、台湾を国名として扱おうとする試みに中国は神経を尖らせてきた。その視点からすれば、「台湾にアイデンティティーを持っている限り、すべての人々は台湾の主人だ。中華民国、中華民国台湾、あるいは台湾のいずれであっても、これらは私たち、または国際的な友人が私たちを呼ぶ名前であり、それらはすべて同じ響きを持っている」(同前)と、台湾と中華民国を並列させた。その意図を中国は強く意識したはずだ。

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頼の徹底した中国アレルギーが露呈されたと話題になったのは、「1624年、台湾は台南を起点とし、台湾のグローバル化を始めた。『台南400年』の歴史的瞬間にあって、台湾はもっと自信を示し、勇敢に新たな世界に乗り出し、世界に新しい台湾を迎え入れてもらおう」というくだりだ。

1624年といえばオランダが明軍との8カ月にわたる戦いを経て台湾統治を始めた年である。つまり台湾の人々にとっては「負の歴史」だ。それを総統就任式という晴れの舞台で堂々と「グローバル化の始まり」と触れることで中国との「違い」を強調したのである。このことに多くの大陸の専門家が「ありえないこと」と嘆息した。アフリカの国のトップが同じような発言をしたらどう感じるかという話だ。

次に中国が警戒する台湾問題の「国際化」だ。いわゆる外部勢力を引き込んで独立を進めようとする動きを指すものだが、この視点で見ても、気になる点は少なくなかった。

例えば、アメリカを強く意識して発せられた「台湾は『第1列島線』の戦略的位置にあり、世界の地政学の発展に影響を与えている。価値観外交を推進し、世界中の民主主義国家と肩を並べて、平和の共同体を形成することによって抑止力を発揮」という部分だ。

第一列島線は冷戦期の地政学の遺産で、本来は共産主義の拡大を防ぐための「防共ライン」として設定されたものだった。かつての米国務長官の名前を取ってアチソンラインとも呼ばれる。これは中国の言葉を借りれば、中国を敵視し西側の結束を求める、いわゆる「統一戦線」の呼びかけと解釈される。

その他、「私は中国が中華民国の存在事実を直視し、台湾人民の選択を尊重することを望む」とか、「世界でますます多くの国が台湾の国際参加を公然と支持している」など、中国と正面から話し合うよりも、既成事実を積み上げた上で中国側にそれを飲みこませようとする意図もちらつく。もはや蔡英文の備えていた慎重さはすっかり捨て去られたような演説だった。

これを受け、中国国務院台湾事務弁公室の陳斌華報道官が「台湾地区のリーダーによる「5・20演説」は、徹頭徹尾『台独』の自白だった」と切り捨てた。それも無理からぬ反応と言わざるを得ない。

改めて日本のメディアが直後に報じた「現状維持」がどれほどズレた解釈だったのかが分かるはずだ──(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2024年5月26日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)

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image by: jamesonwu1972 / Shutterstock.com

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1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授。ジャーナリスト。北京大学中文系中退。『週刊ポスト』、『週刊文春』記者を経て独立。1994年、第一回21世紀国際ノンフィクション大賞(現在の小学館ノンフィクション大賞)優秀作を「龍の『伝人』たち」で受賞。著書には「中国の地下経済」「中国人民解放軍の内幕」(ともに文春新書)、「中国マネーの正体」(PHPビジネス新書)、「習近平と中国の終焉」(角川SSC新書)、「間違いだらけの対中国戦略」(新人物往来社)、「中国という大難」(新潮文庫)、「中国の論点」(角川Oneテーマ21)、「トランプVS習近平」(角川書店)、「中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由」や「反中亡国論」(ビジネス社)がある。

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【著者】 富坂聰 【月額】 ¥990/月(税込) 初月無料 【発行周期】 毎週 日曜日

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