「インドネシアの高速鉄道はうまくいっていないらしい」——中国の発展というナラティブの”穴”を探すように、日本ではこんな声が繰り返し聞かれます。しかし、その負債問題は本当に中国の失敗なのでしょうか。利用者数は右肩上がりで、ASEAN全体の対中感情はむしろ上向いている——。日本の報道からすっぽり抜け落ちた視点とは何か。『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では、著者でジャーナリストの富坂聰さんが、インドネシアの高速鉄道「Whoosh」を“失敗”と決めつけたがる日本の不思議を、中国の海外進出戦略の全体像から読み解いています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです
インドネシアの高速鉄道をどうしても「失敗」と考えたい日本の不思議
「でも、インドネシアの高速鉄道はうまくいってないみたいですよ…」
このところ頻繁にこんな質問を受けるようになった。質問者の意図は、中国の目覚ましい発展というナラティブには「穴がある」と指摘することだ。
これまであまり強い関心を持てなかったインドネシアの高速鉄道の成否だが、こうした質問に答えるためにも、今回は少し書いてみようと思う。
関連する記事に、ざっと目を通し終えて受けた印象は、「ああ、これは『一帯一路』と同じだな」というものだ。
2023年、「一帯一路」10周年を記念して行われたイベントで、多くの国の首脳や関係者が北京に集まった。そのとき一人の出席者でシンガポールの研究者がメディアの取材に答え、「我々の代わりにあなた方が必死に怒ってくれている」と冷笑した場面を思い出した。
当時、メディアが集中砲火を浴びせていたのはスリランカのハンバントタ港の債務問題だったが、当のスリランカの代表が怒ってもいない問題をメディアが躍起になって報じていることを皮肉ったのだ。
インドネシアの高速鉄道(「Whoosh」)の問題もこれとよく似ている。
そもそも日本と関係のない案件
もしプロジェクトに深刻な瑕疵があればインドネシア政府が中国にクレームを入れればよい話だ。受注をめぐって争ったとはいえ、いまとなっては日本とはあまり関係ない案件だ。関係があるとすれば、もし中国が失敗したのだとすれば、日本が今後、その失敗を自身の海外事業に活かせばよいだけのことだ。だが、記事の視点はそこには置かれてないし、肝心な「どこがどう中国の問題」なのかが極めて不明瞭なのだ。
多くの媒体が、「Whoosh」を失敗と決めつけている理由は負債の問題だ。だが、それは中国の責任と言えるのだろうか。中国はインドネシアが望むルートに契約通り鉄道を敷き安全に運行させることで十分に役割を果たしたのではないのだろうか。
実際、鉄道そのものも評判は悪くない。
シンガポールのテレビCNAもシリーズ「中国とグローバル・サウス」で取り上げた記事、「巨額投資でマレーシアとインドネシアへの働きかけ強化の中国 計画は奏功したか」で報じている。記事中、〈東南アジア初の高速鉄道をめぐっては、完成前に「多くの議論と論争」があったものの、その利用者は「非常に急速に、そして非常に驚くべき伸び」を示していると、インドネシア前通商相のマリ・パンゲストゥ氏は語る〉と紹介している。
中国の『人民日報(日本語版)』も、〈開通当初は14本だった1日当たりの列車運行数は最多で52本まで増加し、座席数は約8400席から約3万1000席に増え、1日当たりの利用者は最高で延べ2万4132人、乗車率は最高で99・6%、1年の間に運行された列車数は延べ1万5826本に達した〉と報じている。
つまり、右肩上がりなのだ。
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負債は「中国固有の問題」なのか?
少し整理しておけば、地元紙などが書いているように、「Whoosh」の債務問題は複合的な原因の結果だ。
まず新型コロナウイルス感染症の拡大による工期の大幅な遅れがあり、さらに用地取得に難航。加えてコストの高騰が追い打ちをかけたという具合だ。
いずれも中国固有の問題ではない。
さらに深刻なのは汚職の問題だ。
建設コストが当初予定を大きく上回るのは、国内のプロジェクトでも珍しい話ではない。しかし1キロメートル当たりのコストが中国国内の3倍と聞けば驚きである。そこに問題があると考えるのは当然だ。
香港のクオリティ・ペーパー『サウス・チャイナ・モーニング・ポスト(SCMP)』は、昨秋「中国資金によるインドネシアの高速鉄道『Whoosh』、汚職調査の対象に」と大々的に報じている。
問題の詳細は調査の結果待ちだ。
残る問題はこの記事の見出しでも触れているとおり「なぜ金利もはるかに安い日本を選ばず、中国を選んだのか」である。
鉄道単体では見えない総合戦略
これも単純な話ではない。日本の報道で欠けている視点を補えば、総合的な選択だったということだ。
というのも中国が海外進出する場合、単体で鉄道事業だけを行うケースは少ない。ほとんどが工業団地や港湾、資源、中国の製造業の進出と一体となって動くからだ。とくに鉄道の場合は資源との結びつきが強く、その運び出しや、それに絡む事業と一体で考えられることが多かった。
アフリカでの案件はより顕著だが、インドネシアの場合にはニッケルだ。そしてインドネシアが望む自動車工場の建設なども同時に進められてきた。
自動車では、そのモデルはマレーシアである。
さらに付け加えれば、中国─ラオス鉄道が将来的にマレーシアやタイとつながってゆくという構想を描いているように、ASEAN一帯を中国規格の鉄道を通すことを目指しているのだ。
当然「Whoosh」も延伸が計画されている。
各国のトップは、いうまでもなくこうした様々な事情を総合的に見ながら判断しているのである。これが海外事業の成否を見極める上で必要な基本情報で、各事業のプロジェクトの成否を判断するのは大変な作業となる。
ここには国際政治の事情も作用する。例えばインドネシアが望んだBRICSへの正式加盟だ。これには中国の力が不可欠だ。
興味深いのは、日本メディアが大声で「Whoosh」の失敗を叫ぶ一方で、ASEAN全体の対中感情は、今はっきり上向いているという事実だ。
シンガポールのISEASーユソフ・イシャク研究所の行った『東南アジア情勢2025』調査だ。その調査でインドネシアの調査対象者の71%は「(同盟を余儀なくされたとき)アメリカより中国を選ぶ」と回答している。
なんとも皮肉な話である。
(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2026年6月28日号より。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をご登録下さい)
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