急速な円安が続くなか、政府は「必要ならいつでも適切に対応する」と繰り返しています。しかし、市場ではその発言への反応は鈍く、円安基調は変わっていません。本稿では、為替介入の限界や円安が続く背景を整理するとともに、円の信認を回復するために必要と考えられる金融政策や成長戦略について考察します。(メルマガ『マンさんの経済あらかると』著者・斎藤満)
政府は円安に「いつでも対応」可能か
6月30日にドル円が162円台に乗せました。これを受けて片山財務大臣は「必要ならいつでも適切に対応する」と述べました。メディアは為替介入を示唆と受け止め、市場に介入警戒感、と書きました。しかし市場は反応しません。むしろその後も円安が進んでいます。政府の為替対応に限界が意識されています。
「政府のメッセージに疑問」
ドル円相場はすでに大型連休時の介入水準を超える円安になっています。これに対する木原官房長官、片山財務大臣の発言にはいずれも「必要なら」の文言があります。円が162円台に入ってもここまで政府が動かないということは、政府にまだ「必要」との認識がないことになります。ここには高市総理の「円安は問題ない」の認識がありそうです。
トランプ政権からこれまで日本の円安に不満が示され、この春もベッセント財務長官と連携してドル売り介入をしたのですが、高市政権にはそもそも円安への危機感がありません。日銀、財務省が円安を警戒していますが、政権トップには円安対応の「必要性」が感じられません。
むしろ政府からは「為替に左右されない経済構造を目指す」との発言があり、円安でも困らない経済構造を意識している模様です。この段階で政府に円安対応を急ぐ気持ちが希薄だと推察されますが、つぎに「いつでも適切に対応」の意図を検討してみます。
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「為替介入の脅しか」
この言葉の意味は、市場で投機的な「異常な動き」が見られる場合に、それに対応するとの意味に考えられ、基調としての円安の方向を変えることとは別の対応と見られます。つまり、短期的に円が売り込まれる場合には為替介入でこれに「罰」を与え、投機的な売りを排除する意図がうかがえます。先の大型連休時の介入と同様で、一時的な対応です。
その点、前回は11.7兆円も介入につぎ込んだのですが、介入効果は1か月と続かず、すぐに元の円安水準に戻ってしまいました。今後同様の介入をしても、短期的な措置と見られ、投機の円売りは抑制できても、中長期的な円安の動きまでは修正できません。こうした認識が市場に広がると、為替介入自体の効果も減衰します。
少なくとも、中長期的な円安に対しては、政府と言えども「いつでも適切に対応」とはいきません。中長期的に円の魅力が低下していることに対して、「いつでも対応」はそぐわないからです。では政府は長期的な円の魅力を回復できるのでしょうか。少なくとも2段階の対応が必要になります。
「おまけを付ける」
円は一昔前とは様変わりで、大幅に値引きしないと買ってもらえない状況にあります。経済力が低下し、インフレのために円を持っていても価値が減り、世界での政治的な影響力も低下しています。かつては「有事の円買い」と言われましたが、今はその面影はなく、有事にはドルかスイスフランが買われ、円は見向きもされなくなりました。
日本人は円の目減りが顕著なだけに、ドルなど外貨資産に移し替え、外国人も魅力のない円を買う向きは少なくなっています。この「人気のない円」を買ってもらうには、相応の「おまけ」を付ける必要があり、端的に言えば金利を高くして円を持つメリットを与えることです。
ところが、円よりも人気のあるドルやユーロが利上げでおまけを増やそうとしている一方で、日本は政府がガンとして利上げに反対しています。これは海外にも知られるようになり、円は「魅力がないのにおまけもない」通貨と見られ、ますます人気がなくなっています。財務省が本気で「いつでも適切に対応する」気があるなら、高市総理を説得して日銀に臨時の決定会合を開催させ、0.5%以上の利上げをさせることです。
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「長期的に円の魅力を回復させる」
日銀による大幅な利上げがあれば一時的にせよ「おまけ」が円買いを誘う可能性があるものの、長期的に円の魅力を回復するうえでは、地道に日本経済、政治力の復活を図る必要があります。その第一歩は円の価値を削ぐインフレを抑制し、かつての「世界一物価が安定している国」の評価を回復することです。
その点、高市総理は財政規模の拡大志向が強く、その財源に苦心しているために、インフレという税収増要因をなかなか手放そうとしません。この政府に任せていては日本のインフレは収まらないので、日銀法を再改正してでも日銀の独立性を高め、ひたする「物価の番人」としての日銀機能を強化し、明確化することです。
それができなければ、政策金利を物価連動型にして、日銀が政府に忖度したり、政府が日銀に深く関与したりできなくする形にします。景気が拡大局面にあるときは政策金利を実質ゼロ以上とし、現在特殊要因を除いたコアインフレ率が2.7%となっているので、政策金利は自動的に2.75%以上となります。景気が後退局面にあれば、実質金利をマイナス1%に、インフレが目標を超える時は実質1%以上とします。
これは円に対する「おまけ」にもなり、インフレ抑制策にもなり、円の評価を押し上げる可能性があります。
次に、日本経済を復活させ、成長力を高める必要がありますが、折しも高市政権が戦略投資プランとして、2040年度までの14年間に、17分野で官民合わせて370兆円の投資を行うプランを立てています。このうち最大のものがAI用半導体の68兆円、フィジカルAIなどを含めたAI関連投資全体で101.6兆円となっています。
この他、サイバー、情報通信、量子、防衛産業、海洋、フードテック、資源エネルギー、創薬・先端医療、航空宇宙、造船、核融合、防災・国土強靭化、コンテンツなど広範囲にわたっています。一見大規模な投資に見えますが、米国のAI企業では1社で年間5000億ドル(約80兆円)の大規模投資を計画、同業の数社では7000億ドル規模の投資になるといいます。日本の14年分を1年で行う計画です。
これでは日本のAIは永久に米国AI産業に追い付けず、隙間の需要をカバーすることになり、投資が報われません。経済安全保障上は必要分野であっても、この戦略投資で日本産業が世界のリーダーになる絵は描けません。
むしろそれ以前に必要なインフラに金をかける必要があります。化学、物理面での基礎教育の拡充と、せっかくの技術を米国に潰されない外交交渉力です。これまでも三菱飛行機は「飛べない飛行機」と言われ、医薬品も米国の壁が厚く、新薬の承認が困難な状況です。370兆円投資を無駄にしないためにも、教育と外交戦略にもっと注力する必要があります。
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