世界各地で表面化しつつある、従来の安全保障や同盟関係だけでは対処しきれない国際秩序の変容。「威嚇」と「交渉」が複雑に絡み合う中、各国の真の思惑はどこにあると見るのが妥当なのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦が読み解く国際情勢の裏側戦略インテリジェンス・レポート』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、米国とイランの緊張や米朝関係に生じつつある変化を独自の視点で分析。さらに米中首脳会談を控えた中国の動向や台湾問題を取り上げ、日本の安全保障に求められる対応について考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:揺らぐ約束、すれ違う時計
揺らぐ約束、すれ違う時計。大国の思惑が交錯する世界で日本はどう動くべきか
「約束を守れば弱く見え、力を見せつければ約束が壊れる」
現在の国際情勢を眺めてみると、世界のどこを見ても「勝者」は存在しません。ホルムズ海峡では船が止まり、モスクワの空には無人機が舞い、ガザでは武器を置く約束が守られず、キーウでは政権内部から反乱の声が上がっています。
今週も各地の現場から届いた断片をつなぎ合わせながら、調停官としての目でこの一週間を読み解いていきたいと思います。
どの現場にも共通しているのは、当事者たちが「約束」と「力」の間で揺れ動いている姿です。この綱引きの結末は、遠い国の出来事のようでいて、実はエネルギー価格や為替、そして日本の安全保障そのものに静かにつながっています。
今週も一つ一つの現場を丁寧に追いながら、その先にある構造まで一緒に見ていきましょう。
【1.中東:底なしの危機、それでも動き始めた自立への一歩】
中東の混迷にまだ出口は見えてきません。この地域の行方を大きく左右するのは、今秋に迫る二つの国政選挙です。一つは11月の米国連邦議会中間選挙、もう一つは10月27日に予定されるイスラエルの国会(クネセト)総選挙です。
「もし、米国で共和党が敗れたらどうなるか?」
中東研究者たちの見解は割れています。「トランプ大統領は怖いものがなくなり、過激な軍事行動に出る」という声がある一方、「元々イランに関心が薄かった大統領は、そのまま中東から気持ちが離れていく」という見方も根強くあります。
どちらの未来が訪れるにせよ、板挟みになるのは米国とイランの間に位置するサウジアラビアやUAE(アラブ首長国連邦)といった湾岸アラブ諸国です。
戦火が広がるたびにエネルギーインフラは傷つき、国家の生命線であるホルムズ海峡の自由な航行はますます遠ざかっていきます。イランは、たとえホルムズ海峡の航行再開や第3国による機雷除去に合意したとしても、この海峡に対する影響力や管理権を手放すつもりはないとみられます。
米調査会社S&Pグローバルエネルギーのエリック・イエップ氏は、海峡通航のリスクはもはや一時的なものではなく恒久化しうると指摘しています。
当のトランプ大統領は「ホルムズ海峡が必要な国は、自分で石油を取りに行けばいい」と中東地域のエネルギーに依存しながら自らイランと対峙しようとしない国々に対して不満を隠さなくなりました。
この一言は、中東産油国だけでなく、この地域の石油やLNG(液化天然ガス)に生命線を握られている日本や欧州にも、海峡の安全確保という重荷を自分自身で担う覚悟を迫るものです。
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■「米国に安全保障を委ねる限界」を突き付けられた湾岸アラブ諸国
イスラエルでは、通算19年にわたり首相の座にあるネタニヤフ首相の劣勢が事前調査で伝えられています。首相が政治の舞台から去れば、強硬路線が修正される可能性はあるでしょう。
しかし国民の間に広がる「ネタニヤフ疲れ」とは裏腹に、イラン攻撃そのものへの支持は依然として高いままです。
生き残りをかけ、これまで何度も劣勢を覆してきたネタニヤフ首相が、起死回生の一撃とばかりに、選挙までの間に新たな軍事挑発に打って出る懸念は消えていません。
この行き詰まり感を、斎藤貢・元イラン大使は見事な比喩で言い表しています。
「トランプ大統領は手の内を見せないポーカーをしているつもりが、すべての駒が盤上に見えるチェスにゲームを変えられてしまった」
ポーカーは相手の腹の内を読み合う駆け引きのゲームですが、チェスはすべてが盤上に晒された論理のゲームです。ブラフが通用しない盤面に立たされたとき、交渉者は虚勢ではなく、実際の力の差でしか物を言えなくなります。まさに今のイランと米国の関係は、この比喩の通りの局面に入っていると言えるでしょう。
米国とのディール・メイキングに見切りをつけたイランは、危うい攻勢を各地で広げています。
原油輸出の代替ルートとなるはずの紅海では、イエメンの親イラン武装組織フーシー派が南側のバベルマンデブ海峡を事実上封鎖しました。7月下旬にはエジプトの地中海岸でLNG船が正体不明の無人機による攻撃を受けています。
サウジアラビア産の原油は、東西パイプラインで紅海側へ逃がすことができますが、そこから先も紅海、バブ・エル・マンデブ、スエズ運河という別のリスクを抱えています。
同じ7月下旬には、ウクライナがカスピ海でイラン船を攻撃し、ロシアとの間で軍事物資を運んでいたと主張して攻撃を正当化しました。中東とウクライナという二つの戦場が、互いにエネルギー不安を増幅させ合っているのです。
紛争調停の現場でよく使う言葉に「レバレッジ」というものがあります。
イランは軍事力でも経済力でも米国に及びませんが、ホルムズ海峡という「地理」そのものを最大のレバレッジとして握り続けています。力の差がどれほど開いていても、相手が絶対に手放せない一点を押さえてしまえば、交渉のテーブルから完全に締め出されることはありません。これは中東に限らず、あらゆる非対称な交渉に通じる原則だと感じます。
こうした軍事衝突は、湾岸アラブ諸国に対して「安全保障を米国に委ねることの限界」を突きつけました。
「米国は頼りにならない、しかし逃げられても困る」
ペルシャ湾の機能不全を終わらせて成長の軌道に戻るには、自らの手で新たな秩序を築くしかありません。
サウジアラビアとトルコ、パキスタンは8月7日、共同防衛協定(メッカ協定)を締結しました。トルコのフィダン外相はこれをNATO(北大西洋条約機構)第5条と「技術的には同じだ」と説明していますが、具体的にどこまでの軍事的義務を伴うのかはまだ明確ではありません。NATOの集団防衛原則を思わせる、新たな地域安全保障の枠組みの誕生と見るのが実態に近いでしょう。
日本もこの胎動を見逃してはいけません。軍事衝突から得るべき教訓は「脱中東依存」だけではなく、戦後に現れる新秩序を中東との関係強化につなげる発想そのものだと思うのです。
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■アメリカとイラン間で「威嚇合戦」が再開されているという現状
水面下ではオマーンが米イラン間の板挟みになっているとの情報も伝わっています。
8月17日、トランプ大統領は米FOXニュースの取材に対し、ホルムズ海峡の開放を巡って「沿岸国オマーンが邪魔をするなら徹底的に爆撃する」と語ったと伝えられました。イランとホルムズ海峡の管理について協議を続けるオマーンに対し、米国に都合の悪い合意を結べば攻撃も辞さないと圧力をかけている構図が透けて見えます。
8月5日、イランはホルムズ海峡に新たな航路案で合意したと発表しました。しかしオマーン側は目立った発言を控えており、実態がどうなっているのかは不透明なままです。海峡の管理権を求めるイランと、イランに加担しないよう要求する米国との「板挟み」になっているとの見方が強まっています。
英紙フィナンシャル・タイムズは8月17日、イランが共同声明案の文言を修正し、海峡の管理権をさらに強化しようとしていると報じました。同紙によれば、イラン側の強硬な要求により、オマーンとの交渉はこの一週間「停滞している」とのことです。
イランがこだわっているのは、ホルムズ海峡の通航を巡る「サービス料」の名目、つまり事実上の通航料を徴収する仕組みです。これは6月17日にイランが米国と交わした覚書の中で、「海峡における将来の管理や海上サービスについてオマーンと協議する」との文言を盛り込むことに成功していたことが発端だと考えられます。
協議ではペルシャ湾に向かう船舶をイラン側が管理し、ペルシャ湾を出る船舶はオマーン側が通航を扱う案が話し合われてきましたが、イランはペルシャ湾を出る船舶の管理にまで関与させるようオマーンに求めているとの情報もあります。
オマーンはあくまで国際法を遵守する立場を貫いており、7月14日の声明でも「国際法を完全に遵守する」ことを強調し、航行の回復に向けた「中立的な協力」を続けると表明していました。
しかし8月17日、覚書に定められた60日間の交渉期限が切れました。延長についての合意もなく、米イラン間の協議は最終合意に至らないまま、いったん期限を迎えたことになります。
イランは攻撃姿勢を強める方針だと報じられ、米兵を捕虜にした国民への報奨金支払いにまで言及する事態になっています。
ロイター通信によれば、エルドアン大統領はトランプ大統領と電話会談を行い、イランとの協議継続を求めましたが、トランプ大統領は8月17日、ホワイトハウスで記者団に「彼らは私が必要だと思うような合意を結ぶ気がない」と語り、覚書延長を求めない考えを示しました。
イラン外務省のバガイ報道官も同日、「米国が著しい違反行為を行ったため、覚書は完全に無意味となった」と米国を非難し、攻撃姿勢を強める方針を打ち出しています。
イラン国会のガリバフ議長は8月18日、「米国が約束を履行するまでホルムズ海峡は再開されない」と議会で述べました。「敵対行為や侵略に対して大きな打撃を与える用意がある」とした上で、「軍事行動が再び必要となるときが来た」とまで強調しています。
イラン軍のアミール・ハタミ司令官は8月16日の演説で、米兵を殺害または拘束すれば3万ドル相当の報奨金を出すと明らかにしました。女性が実行した場合には報奨金が2倍になるとのことです。
まさに米イラン間で威嚇合戦が再開されているのが現状で、緊張状態が緩和される見通しが立たないのが実情です。
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■「宣言力」と「実効力」のギャップが限界に達しつつあるイラン
米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは8月16日、イランの強硬派指導者たちが革命防衛隊の権限強化やミサイル、ドローンの生産強化を進めていたと伝えました。
8月上旬には、国防・外交を統括する最高安全保障委員会(SNSC、国家の安全保障政策を最終的に決める中枢機関)の主要ポストに、軒並み強硬派が充てられる人事も明らかになりました。
こうした強硬姿勢の裏には、弾薬が不足し、ホルムズ海峡の封鎖解除でも打つ手がないトランプ政権の足元を見透かしている計算があるように見えます。そして、覚書にあった原油輸出の容認などの履行を、米国から引き出そうとする狙いからの強硬姿勢だと思われます。
米国は封鎖措置を継続する姿勢を崩していませんが、イラン側が折れるかどうかはまったく見通せないのが現状です。
そんな中、UAEは8月19日、イランとの貿易や金融取引を当面停止すると発表しました。前日18日にイランが弾道ミサイル2発を発射したことへの対応措置とされています。イラン側はミサイルの発射を否定していますが、湾岸アラブ地域での軍事衝突が激化するのではという懸念が高まっています。
ロイター通信によれば、イランのUAE攻撃はおよそ3カ月ぶりのことです。トランプ大統領がイラン問題からの足抜けを画策しているという見方がある中、米国が中東地域から距離を置けば相対的にイランの影響力が高まりかねません。UAEはそれを警戒して先手を打ったのではないでしょうか。
ガリバフ議長は8月18日、米国が覚書の内容を履行するまでホルムズ海峡の封鎖を継続すると述べていますが、当のその交渉枠組みも、17日に期限を迎えています。振り上げた拳の行き場を失っているようにも見える発言です。
もっとも、実態はイランの思惑通りには進んでいないようです。米CNNは8月19日、船舶追跡データを扱う調査会社ケプラーの分析として、過去2週間にホルムズ海峡を通過した船舶の8割超が、国連承認のオマーン側航路を利用したと報じました。
少なくとも、イランが繰り返し主張してきた「海峡を握っている」という宣言と、現場の船舶運航の実態との間には、明らかなずれが生まれています。強硬な言葉と、現場で起きている現実との間に、静かなずれが生まれ始めているのです。
交渉の世界には「宣言力」と「実効力」という二つの力があります。「宣言力」とは、言葉やメディアを通じて相手に脅威を感じさせる力のことで、「実効力」とは、実際に現場を動かす力のことです。
イランは今、「宣言力」では強硬な姿勢を貫いていますが、「実効力」の面では海峡通航の8割超がオマーン側航路に移っています。
この二つの力の差が開けば開くほど、いずれは強硬な言葉そのものが説得力を失っていきます。ブラフを重ねるほど、次にブラフを使えなくなるのが交渉の常です。イランが今後どこかで軌道修正を図るとすれば、この「宣言力」と「実効力」のギャップが限界に達したときになるだろうと見ています。
同じことが米国、特にトランプ大統領の言動にも言えます。
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【2.米朝、接近を探るトランプと距離を置く北朝鮮】
トランプ大統領は8月16日、韓国との合同軍事演習の縮小をヘグセス国防長官に命じたと表明しました。北朝鮮に配慮する姿勢を示すことで、金正恩氏をアメリカとの対話に引き出したいという狙いが透けて見えます。
8月17日から27日に予定されていた米韓合同軍事演習について、大統領は「不適切で敵対的なシグナルを北朝鮮に送るのは賢明ではない」と主張し、演習は8月21日終了へと大幅に短縮されました。
この方向転換自体は、実は既定路線だったのではないかと考えます。トランプ政権は2026年1月に発表した国家防衛戦略(NDS)の中で、北朝鮮抑止への米軍の関与を縮小し、韓国軍がより主体的に自衛にあたるよう促す方針をすでに示していたからです。
それでも、演習開始の直前というこのタイミングでの表明は、北朝鮮に対話の意思を改めて伝えるためではないかという憶測を呼んでいます。大統領自身、演習が始まる直前に「中止するには遅すぎるので、大幅に削減するよう指示した」とSNSに投稿しました。
トランプ大統領は秋にアジア歴訪を控えており、11月18日と19日には中国の深センで開かれるAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議への参加を予定しています。この機会をとらえて北朝鮮との協議を模索しているのではないかという推測も出ているのです。
北朝鮮問題は第一次トランプ政権時代に積み残されたテーマであり、敵対関係の解消へ向けて協議を仕切り直す可能性は十分にあるでしょう。交渉が停滞するイラン問題から目先を変えたいという思惑も、そこには重なっているのかもしれません。
注目すべきは、北朝鮮側の立場の変化です。
北朝鮮は最近、南北統一という長年の看板を事実上放棄し、韓国を「敵対する別の国」と定義し直しました。自らを核保有国として位置づけ、核開発を進めるその立場を米国側が受け入れることを、対話の条件として掲げているとみられています。
呼応するかのように、トランプ大統領も2期目に入ってから北朝鮮を「核保有国」と度々呼ぶようになりました。歴代政権が踏襲してきた非核化目標の優先度が後退したと受け取れる発言を繰り返しているのです。
8月17日には韓国大統領府が「米朝首脳間の友好関係が対話につながり、朝鮮半島の平和と安定への議論が始まることを期待する」との声明を発表しました。
ただし、私が紛争調停の現場で繰り返し見てきたことですが、片方が同盟国よりも目先の「成果」を優先しがちな交渉者だと見抜かれた瞬間、相手はそこにつけ込んできます。
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■米韓演習縮小が浮き彫りにした「タイミングと見せ方」の難しさ
北朝鮮が今のトランプ大統領を利用しようとする恐れは十分にあります。もし米韓の間に溝が広がれば、日本を取り囲む中国、ロシア、北朝鮮が軍事面でさらに増長し、北東アジア地域の安定が脅かされる恐れが高まるでしょう。
実際、北朝鮮の金与正・朝鮮労働党総務部長は8月19日、米韓演習の縮小について「評する値打ちもない。全く興味を抱かない」と一蹴する談話を発表しました。「訓練の規模や期日を減らしても挑発的・攻撃的な演習の本質は変わらない」とも主張しており、現時点でトランプ政権が期待するような融和シグナルとしては受け止められていない様子がうかがえます。
交渉の世界では、譲歩を差し出しても相手がそれを受け取ってくれるとは限りません。今回のケースは、譲歩の「タイミング」と「見せ方」がいかに難しいかを物語る好例だと感じています。
軍事演習の縮小という譲歩は、差し出す側にとっては大きな決断でも、受け取る側にとっては「当然の権利」に見えてしまうことがあるものです。特に北朝鮮のように、長年アメリカを交渉相手として値踏みしてきた国は、譲歩そのものよりも「その裏に何を要求されるか」を先に読もうとします。金与正氏の素っ気ない談話は、まさに「まだ本気の要求が見えていない」という警戒感の表れだと私は受け止めました。
「譲歩を成果として認めてもらうには、それが何と引き換えなのかを相手に理解させる」、いわば「値札」を丁寧に提示する作業が欠かせません。この値札の提示を怠ったまま譲歩だけを重ねると、相手はさらなる譲歩を待つようになり、かえって交渉のペースを失うことになりかねないのです。
北朝鮮が核保有国として扱われることを前提に、対話の条件を組み立てようとしているように見える点も見逃せません。本来なら「核を放棄するかどうか」を巡る交渉のはずが、いつの間にか「核保有国としてどう扱うか」という交渉に土俵が移ってしまえば、米国側は最初から譲歩した状態で席に着くことになります。
これは交渉の出発点を動かす、典型的なアンカリングが起きつつあると見ています。トランプ政権が北朝鮮を「核保有国」と呼ぶ回数が増えるほど、この土俵の移動は既成事実化していきます。
次に注目すべきは、11月のAPEC前後で米朝どちらが先に具体的な提案を出すか、その一点に尽きるでしょう。
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【3.中国:北戴河の密議と、9月の米中頂上会談】
中国の指導部が避暑地に集う恒例の北戴河会議が開催された模様です。10月に予定される第20期中央委員会第5回全体会議(5中全会)を控え、汚職摘発や党内規律の徹底を協議すると同時に、党や人民解放軍の幹部人事についても話し合った公算が大きいとみられています。
外部から確認できる情報は限られていますが、5中全会を控えている以上、党・軍の幹部人事や権力継承が議論された可能性は否定できません。現時点で習近平氏の後継者と目される人物は見当たらず、2027年の党大会で習氏がさらに長期政権を目指すとの見方が強まる一方、後継者問題がなお見えないこと自体が、中国政治の不確実性を高めています。
権力の継承問題は、独裁色の強い体制ほど答えを先送りにしがちなテーマです。実際、1980年にチトー大統領が死去した後の旧ユーゴスラビアでは、集団指導体制によってしばらく権力を維持したものの、1990年代に入ると経済危機や民族主義の台頭、共和国間の対立が重なり、国家の統合が崩れていきました。
後継者を明確にしないこと自体が直ちに危機を生むわけではありませんが、権力移行のルールが見えない体制ほど、移行期の不確実性は大きくなるものです。
後継者不在のまま4期目に入ることは、短期的な安定と引き換えに、中長期的な不確実性を積み上げる選択でもあると見ています。
中国にとって外交上最重要方針と位置付けられている対米関係も北戴河会議の議題に上った模様です。9月には習近平国家主席が訪米し、米中首脳会談を行う予定です。2026年5月には「建設的戦略安定関係」の構築で合意していますが、それ以降も安全保障や輸出規制を巡る対立は続いています。
米中間の対立・緊張の最大の火種は台湾問題です。習近平指導部は台湾の頼政権を「独立分子」と敵視し、米国に支援しないよう迫ってきました。
仮に、トランプ政権が習近平国家主席から何らかの譲歩を引き出すためのカードとして台湾への追加の武器売却に踏み切れば、中国側の反発は避けられず、米中首脳会談が成立しない可能性も懸念されます。
9月の米中首脳会談は、当事者同士が直接顔を合わせる貴重な機会である一方、儀礼的な握手の裏で本音がぶつかり合う場にもなります。
私の経験上、首脳会談の成果は会談当日ではなく、その前段階でどこまで実務者レベルの合意事項を積み上げておけるかでほぼ決まります。今回、習近平氏が国連総会での演説を見送ってまで訪米日程を米中会談に絞り込んだのは、それだけこの一回の会談に懸けているという意思表示にほかならないでしょう。
逆に言えば、この会談で目立った成果が出なければ、次に台湾問題が再燃したときの緩衝材が一つ失われることにもなりかねません。
米政治専門メディアのポリティコは8月17日、習近平国家主席が9月22日開幕の国連総会一般討論演説への出席を見送る見通しだと報じました。同氏は9月23日に訪米し、24日にホワイトハウスでトランプ大統領と会談、25日には離米する日程とされており、今回の滞在は事実上、米中首脳会談に限定される見込みです。ちなみに習氏が国連総会で対面演説を行ったのは2015年が最後となります。
11月に広東省深センで開かれるAPEC首脳会議には、トランプ大統領のほか、ロシアのプーチン大統領ら各国首脳の参加が見込まれる情勢です。習近平国家主席はそこで自由貿易やサプライチェーンの安定の重要性を説き、グローバルサウスの団結を促すとみられます。
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■台湾防衛をどこまで優先課題と捉えているのか定かではない米国
日本の安全保障にとって、中国の軍拡は最大の懸念の一つです。日本政府は日中首脳会談の開催を模索していますが、中国側は今のところ反応を見せていません。
日本から見て軍事上最大の火種と言えるのが台湾海峡です。中国の台湾侵攻を抑止するため、トランプ政権が台湾海峡へのコミットメントをより強めることを日本は望んでいますが、トランプ大統領が国益上、どこまで台湾防衛を優先課題と捉えているのかは定かではありません。背景にはレアアース(希少な金属資源)を中国に深く依存している事情もあり、中国側に強硬な姿勢を取りづらい面もあるように見えます。
中国が軍拡を進めるにつれ、米国側の軍事的なジレンマも深まっています。米共和党系の元ペンタゴン高官は、ワシントンの空気感として「中台紛争に介入すれば米海空軍も深刻な打撃を被り、甚大な死傷者が出ると恐れている。中国軍が強大になる中、それでもアメリカは台湾に介入すべきか、政権内外で議論が続いている」と明かしています。
ウクライナ戦争や中東の紛争、AI(人工知能)、サイバー、宇宙と脅威の対象が急速に広がる中、日米が共通の脅威認識を持つこと自体が一層難しくなってきているというのが実感です。
脅威認識のずれというのは、実際に事が起きるまで表面化しにくいという厄介な性質があります。日本にとって台湾海峡は「明日にも起こりうる有事」ですがレアアース依存という経済的な弱みを抱える米国にとっては、数ある優先課題の一つに過ぎないかもしれません。
この温度差を放置したまま有事を迎えれば、いざというときに「思っていたほど動いてもらえない」という最悪の事態にもなりかねません。
日米間で今、最も必要とされているのは新しい兵器体系ではなく、互いの優先順位を率直にすり合わせる対話そのものだと感じています――(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦が読み解く国際情勢の裏側戦略インテリジェンス・レポート』2026年8月21日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録ください)
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