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習近平とプーチンに「今なら動ける」と判断される危険。トランプ米国の兵器在庫減少が揺るがす“抑止”のメカニズム

北朝鮮との軍事的な結びつきを深めるロシアと、兵器在庫の枯渇によって選択肢を狭めつつあるアメリカ。加えて中東ではイエメン周辺でも戦闘が激化していますが、これらの状況を識者はどう見ているのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦が読み解く国際情勢の裏側戦略インテリジェンス・レポート』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、露朝の協力体制や米軍のミサイル不足が国際社会に与える影響を分析。さらにホルムズ海峡を巡る米国とイランの駆け引きや、報復の連鎖が続くイエメン情勢について詳しく解説しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:連鎖する抑止、深まる分断

連鎖する抑止、深まる分断。国際交渉人が読む各国の思惑

「世界のどこかで誰かが一歩を踏み出すたびに、別の誰かが身構える」

そんな緊張の連鎖が、今週も止まりませんでした。

北朝鮮の兵士がロシアの大地に立ち、ホルムズ海峡では船が行き交うための航路をめぐって国家の面目がぶつかり合い、イエメンの空には無人機が飛び交う。そして遠く米ミシガン州では、有権者たちが自分たちの税金の使い道に静かな怒りをぶつけました。

バラバラに見えるこれらの出来事は、実は一本の糸でつながっています。それは「自国だけでは守り切れない」という各国の焦りです。

今週はその糸をたどりながら、8月7日から13日までの一週間を調停者の目線で読み解いていきます。

日々流れてくるニュースの見出しだけを追っていると、一つ一つの出来事はどうしても断片的に映ります。しかし30年近く様々な交渉・調停の現場に立ち会ってきた経験から言えるのは、「国家の行動というものは、単独では決して動かない」ということです。

「誰かが不安を感じれば、その不安は必ず隣国に伝染し、また別の誰かが対抗策を打ち出す」

今週の一週間は、まさにこの伝染のメカニズムが、東アジアから中東、そしてアメリカ国内にまで及んでいることを示していました。

今回はいつも以上に扱う地域が多く、情報量も多くなっています。一つ一つはニュースとして目にした方も多いかもしれませんが、それぞれを線でつないでみたとき、初めて見えてくる景色があります。

少し長い旅になりますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。

【1.露朝接近─ミサイル同盟の実相】

まず取り上げたいのは、ロシアと北朝鮮の軍事的な結びつきです。

ロイター通信がウクライナ国防省情報総局の分析として伝えたところによると、ロシアは北朝鮮から弾道ミサイル120発の供与を受け、およそ90人からなるミサイル部隊も受け入れる見通しだといいます。

北朝鮮はすでにKN23やKN24と呼ばれる弾道ミサイル40発とその運用要員をロシアに送り込んでおり、さらに80発、発射装置6基も追加される予定です。北朝鮮の部隊がロシア南部ボロネジ州の第112ミサイル旅団に配置され、自らミサイルを発射する可能性まで浮上しているのは、見過ごせない展開だと感じます。

北朝鮮は2024年にロシアと包括的な戦略パートナーシップ条約を結び、これまでは前線での歩兵戦闘や地雷撤去といった、いわば補助的な役回りを担ってきました。

しかし今回、自国のミサイル部隊が実戦配備されるとなれば、話はまったく違ってきます。米シンクタンクの戦争研究所(ISW、戦争や紛争の動向を分析する米国の研究機関)は「実戦でミサイルの性能を試し、改良に繋げる可能性がある」と警戒を示しています。

ゼレンスキー大統領も7月の段階で、ロシアが北朝鮮に3万人規模の増派を求めていると主張していましたが、8月8日にはウクライナのテレビ番組で「北朝鮮が3万人から5万人の兵士をロシアに派遣することが決まった」とまで踏み込みました。

ゼレンスキー大統領のこの発言中の情報の出所は明かされておらず、その真偽のほどは定かではありませんが、実際に7月末のドニプロペトロウスク州への攻撃や、8月11日未明のザポリージャ州への攻撃では、北朝鮮製とみられる弾道ミサイルが使用されたとの情報が相次いでいます。

なぜロシアはここまで北朝鮮に頼る事態に陥っているのでしょうか。

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■日本の目と鼻の先にまで及んだ「露朝連携」の影響

背景には、ロシア自身のミサイル戦力の目減りがあります。ウクライナ軍の防空の穴を突くため、ロシアは弾道ミサイルでの攻撃にシフトする傾向を強めています。

ウクライナ側では米国製の防空システム「パトリオット」の迎撃ミサイルが不足しており、8月5日未明のキーウとその周辺への攻撃では17名が死亡しました。

ウクライナ軍の発表によれば、ロシアは7月に前月の2倍にあたる376発のミサイルを撃ち込み、これはISWの分析で2022年の侵攻開始以降で最多だといいます。うちイスカンデルなど弾道ミサイルはおよそ120発に達しました。

ロシア国内での弾道ミサイル生産数は月100発から120発程度とみられていますが、ウクライナの軍事サイト「ミリタルヌイ」によれば、ロシアは生産数を上回るペースでミサイルを使い切っているそうです。

つまりロシアは、自国の生産だけでは戦争を支えきれなくなり、北朝鮮という外部の在庫に手を伸ばさざるを得なくなったのです。

ミサイル供与の見返りとして北朝鮮は現代戦の実地経験を積み、さらにロシアから核弾頭の小型化や大陸間弾道ミサイル(ICBM)の大気圏再突入技術の提供を受けている可能性が指摘されており、それが事実であれば、この取引は双方にとって割に合うものになっているようです。

ここで一つ確認しておきたいのは、この協力関係が北朝鮮側にとって決して一方的な負担ではないという点です。

戦場における実戦データというものは、どれだけ演習を重ねても得られない、極めて貴重な資産です。共同通信が今年6月にウクライナ情報当局関係者の話として伝えたところによると、2024年には少なくとも1キロあった北朝鮮製ミサイルの着弾誤差が、今年4月には1メートルから5メートルまで縮小したといいます。

もし北朝鮮のミサイル部隊が実際の作戦に参加すれば、その精度向上はさらに加速するでしょう。この技術的な進歩は、朝鮮半島だけでなく、日本を含む周辺地域全体の安全保障環境に、長期的な影響を及ぼすことになるはずです。

そして今週、この露朝連携は実際に日本の目と鼻の先にまで及びました。8月12日午前6時ごろ、北朝鮮は弾道ミサイルの可能性のあるものを東方向に発射しました。防衛省によると最高高度はおよそ90キロ、飛距離はおよそ690キロで、日本の排他的経済水域(EEZ)の外の日本海に落下したとみられ、これまでのところ被害情報は確認されていません。

小泉防衛大臣は北朝鮮に厳重に抗議し、高市総理は関係各所に万全の態勢を指示しました。同じ12日には、日本を含む40か国以上が、弾道ミサイルなどの発射実験を行う際の事前通知を求める共同声明を発出しています。露朝の軍事協力が深まるほど、こうした予測不能な一発への国際社会の警戒は高まらざるを得ません。

紛争調停の現場で私がいつも痛感するのは、持てる者が持たざる者を支える構図は、必ず持てる者の側にも見返りを求める力学を生むということです。

ロシアが北朝鮮に技術を渡すのは単なる慈善ではありません。

ちなみに歴史を振り返れば、北朝鮮が他国の戦争に部隊を送り込んだのは、1950年代の朝鮮戦争以来のことだといわれています。当時、北朝鮮は中国やソ連からの支援を受ける側でしたが、今回は逆に、自国の兵士と技術を差し出す側に回っているわけです。この立場の逆転は、北朝鮮という国が国際社会からどう扱われるかを大きく左右するでしょう。孤立していた国が頼られる国に変わるとき、そこには新たな発言力が生まれます。

そしてこの北東アジアでの一件とほぼ時を同じくして、当のアメリカ自身が、抑止力の土台を静かに失いつつあることを示す報道が相次ぎました。ロシアが北朝鮮に頼らざるを得ないのと同じ構図が、実はアメリカにも起きているのです。

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【2.ミサイル枯渇というアメリカの真実】

ここまで見てきた露朝接近の背後で、アメリカ自身が抱える深刻な問題も浮き彫りになっています。

米軍はイランとの軍事衝突によって、長距離の高精度ミサイルなどが枯渇する危機に直面しています。主力の防空ミサイルは開戦前の3分の1になったとの試算もあり、トランプ大統領も一部の不足を認めざるを得ない状況です。

8月6日にはホワイトハウスで「在庫が逼迫しているものもある」と語り、巡航ミサイル「トマホーク」などの増産を急ピッチで進めていると強調しました。

特に深刻なのが防空ミサイル「パトリオット」の枯渇です。CSIS(戦略国際問題研究所)は2026年4月、軍事衝突前に2,230発あった在庫が半分以下の1,030発程度になったと推計していましたが、これが7月27日時点では759から827発まで減ったと予測されています。THAAD(高高度防衛ミサイル)も、衝突前の452発から234から278発程度まで落ち込んだとみられています。

さらに攻撃用ミサイルの枯渇も深刻で、ロイター通信によると、トマホークミサイルの在庫は半減し、精密攻撃が可能な地対地ミサイルのATACMSやPrSMも大半を消耗したといいます。

米紙ニューヨーク・タイムズは8月8日、国防総省関係者の話として、イランとの戦争でパトリオットミサイルを1,500発以上消費し、在庫が1,700発を下回ったと報じました。補充には2年以上かかるとされ、その穴を埋めるために、数百発規模の防空迎撃ミサイルが韓国やアジア方面から中東へ転用されているといいます。在韓米軍の防空体制がより脆弱になっているとの指摘も出ています。

こうした兵器の不足は、アメリカがイラン攻撃を躊躇う理由の一つになっているのではないかと推察されます。実際、制服組トップのケイン統合参謀本部議長は、迎撃ミサイルの在庫が危険な水準にまで減少していると警告し、大規模攻撃を見送るよう進言したと伝えられています。

この影響は中東以外の地域にも及んでいます。ウクライナではパトリオットミサイルが不足し、ロシアの攻撃への対応が困難になっており、さらに高性能ミサイルの不足は中国に対する抑止力の低下にもつながりかねません。

アメリカがアジアで遠距離攻撃や迎撃能力を十分に発揮できないとみなされれば、日本や韓国が武器生産でアメリカに協力する必要性が、これまで以上に高まる展開もあり得るでしょう。

米シンクタンクCSISのトム・カラコ上級研究員は、こうした兵器在庫の枯渇を「在来式抑止手段の世代的破滅」という強い言葉で表現しています。

同氏は、この変化が中国とロシアの意思決定に今後数年間にわたって影響を及ぼしかねないと分析し、「彼らはとても意図的に、そして自分たちが望むタイミングで何らかの措置を取ることができる、なぜなら米国が消費した武器を再構築するには数年かかるためだ」と指摘しています。

抑止力というのは、相手にどう見られているかという認識の産物です。実際の在庫がどうであれ、相手が今なら動けると判断した瞬間に、抑止は機能しなくなります。今週の一連の報道そのものが、皮肉にも中国やロシアに対して、その今を教えてしまっている面があるのかもしれません。

超大国であっても、弾薬という有限の資源の前では平等です。むしろ世界中に安全保障上のコミットメントを広げてきたアメリカだからこそ、複数の戦線を同時に支えることの限界が、今まさに露呈しているといえます。

精密誘導兵器は、部品の多くを世界的な供給網に依存しており、一度使い切ってしまうと生産に数年単位の時間がかかります。これは石油のように備蓄でしのげるものではなく、工場のラインと熟練工の手が揃って初めて作り出せる、いわば「時間でしか買えない資源」です。

だからこそ今回の在庫減少は、単なる一時的な品不足ではなく、今後数年にわたってアメリカの軍事的な選択肢を狭め続ける構造的な問題として捉える必要があります。同盟国である日本にとっても、アメリカの防衛産業がどれだけ早く生産能力を回復できるかは、他人事ではいられないテーマになってきています。

そして重要なのは、このアメリカの揺らぎが、中東やアジアの各国に「自分の身は自分で守るしかない」という判断を促している、という点です。

次に見ていくホルムズ海峡やイエメン、そしてサウジアラビアを中心とした新しい防衛協定は、いずれもこの空気の中で生まれています。

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【3.ホルムズ海峡─「開放」という名の消耗戦】

次に、世界の原油輸送の大動脈であるホルムズ海峡の動きです。

8月5日、イラン政府(外務省バガイ報道官)はオマーンとの間で、海峡に新たな航路を設けることで合意したと発表しました。イラン寄りの北側航路から船舶が入り、オマーン側の南航路を出口にする構想で、これは米紙ウォール・ストリート・ジャーナルの報道内容とも一致しています。

バガイ報道官によれば、オマーンとの共同声明は最終段階にあるとのことですが、実質的にはイランが管理権を維持する内容であり、アメリカがこれを受け入れるかどうかは予断を許しません。船舶への通航料自体は求めない一方、イランが警備や捜索、救助作業などの費用を徴収する可能性も伝えられています。

イランメディアによると、外務次官のガリババディ氏はこの新航路について、まずは2から4か月ほど運用する暫定措置だと認識していると述べています。船舶は出入り口ともイラン領海を通る計画であり、オマーンと合意したからといって、すぐに海峡が全面開放されるわけではないという慎重な見方が示されました。

8月7日には、イラン側が米国やイスラエルに関係する船舶の通航を禁止する案を検討しているとの報道もあり、オマーンとの協議が最終盤に入る中での対米けん制という見方が出ています。

この背景には、オマーンという国が果たしてきた独特の役割があります。

オマーンはホルムズ海峡の南岸に位置するムサンダム半島を領有しており、海峡の通航問題における主要な当事国の一つです。同時に、湾岸協力会議(GCC)の加盟国として西側諸国とも確固たる関係を築きながら、これまでイランやイエメンをめぐる周辺国と西側諸国との外交問題を、水面下で調停・仲介する役割を担ってきました。

今回もオマーン外務省は「前向きかつ建設的な雰囲気」の中で交渉が進んでいると述べ、進展を危うくしかねないいかなる行動も控えるよう関係国に求めています。表舞台に立つことを好まないオマーン流の仲介術が、今回もこの難しい交渉を静かに下支えしているのです。

これに対してアメリカ軍は、イランのエネルギー貿易の収入源を断つため、イラン港湾に出入りする船舶の封鎖措置を再開したといいます。イランは今後、この封鎖措置の解除をホルムズ海峡開放の条件にする可能性があり、実際にイラン側は米軍による海上封鎖の解除が米イラン間の協議再開の条件だと主張しているとの情報もあります。

「海上封鎖の解除が先か、海峡の開放が先か」

この、どちらが先に動くかという順序をめぐる駆け引きは、交渉の現場で最も時間を要する局面の一つです。

先に動いた側が譲歩したと受け取られてしまうため、双方とも最初の一歩を相手に譲らせようとします。今回のホルムズ海峡をめぐる攻防も、まさに先に動いたら負けという心理戦の様相を呈しています。

11月の中間選挙前にイランとの戦闘を早期に決着させたいトランプ大統領にとって、海峡問題がクリアできなければ、この火種はくすぶり続け、思惑どおりに紛争から足を抜けない可能性が高いといえるでしょう。

ウォール・ストリート・ジャーナルによると、8月9日、ホワイトハウス関係者の話として、トランプ大統領は数週間前から、ホルムズ海峡が完全に開放されれば一方的に勝利宣言を行い、イランの核問題に関する合意を結ばないまま幕引きを図る考えを側近に示していたといいます。

核問題の解決はこれまでアメリカ側が最大の懸念と位置付け、イランの核兵器開発阻止を攻撃の正当化の根拠にしてきました。もし核問題を棚上げすれば大幅な譲歩となりますが、トランプ大統領は、もちろん公にはそれを認めないでしょうが、自身の任期中にイランが核兵器開発を進めることは不可能だとの認識を示しているようです。

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■典型的な「合意はしたが履行はしない」という構図

しかし、その思惑は外れつつあります。イラン側はむしろ強硬姿勢を強め、海峡開放に応じる条件として、米軍の攻撃による損害への補償や、イラン関連船舶を対象とした海上封鎖措置の解除など、6項目の要求を発表しました。

これらはアメリカ側にとって受け入れがたい内容で、CSISの中東専門家は同紙に対し「トランプ大統領が面目を保ったまま紛争から抜け出すことがますます困難になった」と分析しています。

イランの態度が軟化するには大規模攻撃の再開しかないとの見方もありますが、アメリカ軍の兵器の枯渇に加え、中東地域におけるこれ以上の混乱を避けたい湾岸アラブ諸国の賛同も得られず、選択肢が尽きつつあるのではないかとも考えられます。

イラン国内では強硬派の存在感が増しています。最高指導者モジタバ・ハメネイ師は8月9日、国防・外交を統括する最高安全保障委員会(SNSC)の事務局長に、革命防衛隊の元司令官で強硬派のモフセン・レザイ氏を任命しました。レザイ氏はイラン・イラク戦争を指揮した人物で、ホルムズ海峡の閉鎖を「数十発の核爆弾よりも重要だ」と述べるなど、アメリカとの対決姿勢を鮮明にしています。

この人事を受け、革命防衛隊内の主戦論がより強まるのではないかとの見方も多く聞かれます。なお、この人事に先立つ8月8日、それまで事務局長を務めていたゾルガド氏は、海峡開放にはアメリカ側による攻撃停止に加え、攻撃で生じた被害への賠償金支払いも条件だと発言しており、イランとオマーンの協議が進むこと自体は、海峡の開放とは同義ではないと改めて釘を刺していました。

交渉理論の観点から見ると、これは典型的な、合意はしたが履行はしないという構図です。

合意文書にサインさせることと、実際に相手に行動を起こさせることの間には、大きな溝があります。イランは航路案という入口の合意を演出しつつ、賠償や封鎖解除という出口の条件を積み上げることで、時間を味方につけようとしているように見えます。アメリカが求めているのは面目を保ったまま矛を収めることですが、その面目こそがイランにとって最大の交渉材料になっているのです。

ホルムズ海峡は、ペルシャ湾岸諸国で産出する原油の重要な搬出路であり、日本に来るタンカー全体のおよそ8割、年間にしておよそ3,400隻がこの狭い海峡を通過します。毎日1,700万バレルもの原油がここを通るという事実は、日本のような資源輸入国にとって、遠い中東の出来事が翌週のガソリン価格に直結することを意味します。

交渉の世界でよく使われる言葉に、BATNA(Best Alternative to a Negotiated Agreement、交渉が決裂した場合に取り得る最善の代替策)というものがありますが、イランにとってのBATNAは封鎖の継続そのものです。

「封鎖を続けている限り、国際社会、特にアメリカに対して常に揺さぶりをかけ続けることができる」

そう考えているからこそイランは、急いで海峡を開放する必要性を感じていないのだと見ています。

もちろん、海峡の閉鎖や制裁の継続によって、イラン自身の経済的な痛みも大きく、決して余裕を持って持久戦に臨めているわけではないことも、付け加えておきたいと思います。

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【4.フーシー派の攻勢とイエメンの飽和】

中東ではもう一つ、緊張の火種がくすぶっています。

8月9日、イエメンの親イラン武装勢力フーシー派が、サウジアラビア南部ジザンにある国有石油会社サウジアラムコの製油所を、無人機によるドローン攻撃で狙いました。サウジアラビアのエネルギー省によると同製油所では火災が発生しましたが、すぐに鎮火し、負傷者は出ていないとのことです。

ただサウジアラビア国内ではフーシー派への報復を求める声とあわせて、背後にいるイランへの報復論も高まっているようです。

フーシー派は「これはサウジアラビアによる攻撃への報復だ」と主張しています。実は7月下旬にも同じジザンの製油所で火災があり、これもフーシー派が犯行を認めていました。トルコのアナトリア通信などは同日、サウジアラビア東部のガス施設でも火災が発生したと報じていますが、こちらはフーシー派によるものかどうか不明で、同派からの声明も出ていません。

興味深いのは、双方が攻撃のたびに、これは報復であるという理屈を持ち出している点です。フーシー派もイエメン暫定政権も、自らの攻撃を先制ではなく応戦だと位置づけています。

しかしこの報復の連鎖は、どちらが最初に手を出したのかを問うこと自体を無意味にしてしまいます。互いが互いを先に手を出した側だと主張し合う限り、どちらも一方的に矛を収めるわけにはいかなくなるからです。停戦の合意文書を結ぶことよりも、この報復の応酬をどこかで一方的にでも止める勇気を持てるかどうかが、実際の停戦の持続性を左右します。

サウジアラビアとイエメンの暫定政権、そしてフーシー派の攻撃の応酬は、連日のように続いています。サウジアラビアが支援するイエメン暫定政権軍は8月8日、フーシー派を標的にした攻撃を実施しましたが、これは8月6日のフーシー派による攻撃への報復とされています。

少し遡ると、イエメン暫定政権は7月中旬、イラン機の着陸を阻止するためフーシー派が実効支配する首都サヌアの空港を攻撃しました。これに反発したフーシー派は紅海の海上封鎖を宣言し、サウジアラビアのタンカーへの攻撃を続けてきた経緯があります。

そして8月7日のフーシー派による攻撃では、サウジアラビア支援のイエメン暫定政権軍の兵士58人が死亡したと報じられました。2022年の停戦以降で最悪の被害規模とされ、戦闘が新たな段階に入りつつあることを物語っています。

このまま緊張が高まれば、アメリカとイランの協議にも大きな影響が及びかねませんし、ホルムズ海峡の緊張をさらに高める引き金にもなりかねません。

イエメンというもう一つの戦場が、ホルムズ海峡をめぐる駆け引きの裏側で静かにエスカレートしている点は、見落とされがちですが注意が必要です。

紛争調停の世界では、当事者が二つ以上の戦線を同時に抱えると、それぞれの戦線での譲歩が難しくなる傾向があります。妥協した瞬間に弱腰と受け取られ、もう一方の戦線での立場が危うくなるからです。イエメンでの消耗が、ホルムズ海峡交渉でのイランの強硬姿勢をむしろ後押ししている可能性は、十分に考えられるでしょう。

イエメンでは2015年以降、フーシー派とサウジアラビア主導の連合軍との間で内戦が続いてきました。2022年の停戦によって表向きは戦闘が収まったかに見えていましたが、今回の兵士58人という犠牲者数は、この停戦がいかに脆いものだったかを浮き彫りにしています。

停戦とは、対立そのものを解決した状態ではなく、あくまで暴力を一時的に凍結した状態にすぎません。凍結が解ける瞬間は、当事者の力関係が変化したときにやってきます。イランとアメリカの対立という上位の構造が揺れ動けば、その振動はイエメンという末端の戦場にまで確実に伝わってしまうのです――(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦が読み解く国際情勢の裏側戦略インテリジェンス・レポート』2026年8月14日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録ください)

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