各国の利害が複雑に絡み合い、紛争や対立が絶えない国際社会。そんな中、当事者間の「約束」を預かりその履行を見届ける仕組みの弱体化が、世界の秩序を大きく揺るがし始めています。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦が読み解く国際情勢の裏側戦略インテリジェンス・レポート』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、国連総会や緊迫する中東情勢を分析しつつ、国際秩序の軸足が「ルール」から「取引」へと移りつつある現状を解説。さらに米国とイランの交渉や各国の仲介外交を取り上げ、約束を機能させる調停者の重要性を論じています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:調停者の椅子が空いている-約束を約束として機能させる人と仕組みはどこへ行ってしまったのか
調停者の椅子が空いている-約束を約束として機能させる人と仕組みはどこへ行ってしまったのか
「私には軍隊も情報機関もなく、お金もあまりない。持っているのは、声を上げる力と、人を集める力だ」
国連総会のハイレベルウィークを目前にした9月17日、グテーレス事務総長はAP通信のインタビューで、自らの力をこう説明しました。
私はグテーレス事務総長のこの言葉を読んだとき、しばらく手が止まりました。そして、これを「諦め」としてではなく、国連事務総長という仕事の本質を、本人が極めて正確に言い表した言葉として受け止めています。
私の師であるセルジオ・デメロ氏が、2003年にバグダッドの国連事務所への爆破テロで命を落としたとき、国連はまだ「力はなくとも権威はある」存在でした。あれから20年余りが経ち、国連はいま、その権威すら揺らいでいます。
今週、私はニューヨークから紅海、モスクワ、ワシントンへとニュースを追いながら、何度も同じことを考えました。
「世界から調停者が減っている。しかし、それ以上に深刻なのは、約束を『約束として機能させる人』と、そのための仕組みが弱っていることではないか」
約束は、言葉にしただけでは約束になりません。相手が「この人は破らない」と信じたとき、初めてそれは抑止になり、交渉の土台になります。そして、当事者同士では信じ合えないとき、その約束を預かり、履行を見届けるのが、本来の調停者の仕事です。
今週のニューヨークでは、各国首脳が次々と演台に立ちました。米国の大統領はICC(国際刑事裁判所)からの脱退を全加盟国に呼び掛け、日本の首相は国連憲章の「旧敵国条項」の削除を求め、ウクライナの大統領はロシアへの圧力の継続を訴えました。
その間にも、紅海の出入り口であるバベルマンデブ海峡に武装勢力の手が伸び、サウジアラビアは東のホルムズと西の紅海の双方を塞がれる「二重封鎖」に追い込まれています。ロシアでは与党が下院選で過去最多の議席を得て、侵略継続への「信任」を演出しました。そして9月24日には、ワシントンで米中首脳会談が行われました。
場所は違っても、起きていることはよく似ています。
「約束を預かる器が弱り、約束の履行を保証する者がいなくなり、その空白を地域大国や武装勢力、そして二国間の取引が埋め始めている」
その結果、国際秩序の軸足が「ルール」から「取引」へと移りつつあります。そのなかで日本は、自らの言葉を「約束」に変えられるのか。
今週の世界を、この順番でたどってみたいと思います。
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【1.調停者の椅子が空いている-約束を預かる器が弱るとき】
第81回国連総会の一般討論は9月22日に始まりました。今年のテーマは「信頼の回復、変革の管理:すべての人のために成果を出す国連(Restoring trust, managing transformation: a United Nations that delivers for all)」です。
私には、今年ほどこのテーマの重さが際立った年はないように感じます。
まず目を引いたのは、欠席者の顔ぶれでした。習近平国家主席、プーチン大統領、モディ首相はいずれもニューヨークに姿を見せていません。習近平国家主席は総会ではなく、9月24日のワシントンでの米中首脳会談を選びました。主要国が多国間の舞台より二国間の取引を優先している姿が、日程にそのまま表れています。
もちろん、国連が何もしていないわけではありません。9月23日には、グテーレス事務総長の主催で、気候行動と公正な移行に関するハイレベル会合が開かれました。国連自身が「気候サミット2026」と位置づける会合です。
問題は、会合が開かれるかどうかではありません。会合で確認された言葉を、各国の行動に変える力がどこまで残っているのかです。
「会合はある。しかし、実行力が伴わない」
これが、今年のニューヨークで私が最も強く感じたことでした。
グテーレス事務総長は9月22日、事務総長として最後の一般討論演説に臨みました。「世界の断層は広がっている」と述べ、「相互依存の上に築かれた世界」をあらためて訴えています。そのうえで、大国に向けて「その力は、それほど『超』ではない」と釘を刺しました。
超大国という言葉を逆手に取ったこの一言に、私は10年間、大国の拒否権と自国第一主義に阻まれ続けた人物の、静かな抵抗を感じました。
グテーレス事務総長は、国連難民高等弁務官を2005年から2015年までの10年間務め、2017年に事務総長に就任した人物です。ポルトガルの首相も務め、国連システムにも精通した、まさに適材適所の人選でした。
しかし、在任中に直面したのは、自国中心的に振る舞う常任理事国、コロナのパンデミック、そして常任理事国自身が引き起こす侵略戦争でした。
期待された調整機能とモラルリーダーとしての役割を十分に果たす機会を得られなかったというのが、私の率直な印象です。違う時代に事務総長になっていれば、もっと大きな仕事ができた人だったのではないかと、個人的には残念に思います。
その「時代」の荒れ方は、数字が教えてくれます。
スウェーデンのウプサラ大学の紛争データプログラムが6月に発表した集計によれば、2025年の国家間紛争は8件に達しました。2023年の2件から2年連続で倍増し、1946年に集計を始めて以来の最多です。国家が当事者となる紛争も過去最多の65件にのぼり、組織的な暴力による死者は約24万4,600人と、1994年のルワンダ以来2番目の多さでした。
「紛争が増えれば増えるほど調停者が必要になるはずなのに、その調停者の力が最も弱っている」
今号で考えたいのは、この逆説です。
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【1-1.「無法者」と呼ばれた米国】
同じ9月22日、トランプ大統領が国連総会の演台に立ちました。イランについては軍事行動を正当化し、「交渉か、殲滅か」という二択を突き付ける一方で、米国とイランの当局者がニューヨークで協議したことにも触れ、硬軟を使い分けていました。
ICCについては「邪悪な人々だらけ」と非難し、全加盟国に脱退を呼び掛けています。グリーンランドについては、デンマークおよびグリーンランド自治政府と「前例のない合意に達した」と述べ、「非常に大きな軍事基地を二つ建設する」と表明しました。キューバを「破綻国家」と呼んだ場面ではキューバ代表団が席を立ち、イラン代表団の大半も演説中に退席しています。
国際危機グループ(ICG)は9月21日に発表した特別報告で、トランプ政権下の米国は、欠点はあっても国際法秩序の擁護者だった存在から「公然たる無法者」へと変わったと評しました。
ICGの診断によれば、米国は多国間体制を否定こそしていないものの、PKOの縮小を求め、拠出金の支払いを遅らせ、イデオロギー的な主張を押し付けることで、国連に深い傷を負わせています。
ICGはさらに、安保理が米中ロの「二線級の案件」で折り合う場としては機能している一方、米イスラエル対イランの戦争、ウクライナ、スーダンという最重要案件では「動けないこと」でしか存在感を示せていないと指摘しました。
この指摘は、紛争の現場にいた人間の実感と重なります。
私がイラク戦争後の占領統治期に国連側の立場で関わったとき、米国主導の連合国暫定当局(CPA)と国連の間には、正統性や主導権をめぐる摩擦が絶えませんでした。それでも当時の米国は、国連の看板を必要としていました。いまの米国は、その看板すら要らないと言い始めているように見えます。
【1-2.資金が止まると、調停も止まる】
理念の対立以上に深刻なのが、お金の問題です。
米国は9月11日と15日に計8億2,700万ドルの分担金を支払いましたが、なお約42億ドルが未払いのままです。さらに11億ドルをPKO予算に送る計画があると外交筋は伝えていますが、実際の支払いも公式の発表もまだで、未確認の段階にとどまります。
その影響は国連本体にとどまりません。アジア太平洋リーダーシップ・ネットワーク(APLN)のカールソン、ティレマン両氏の論考によれば、IAEA(国際原子力機関)の年間予算の約45%を米国と中国の2カ国で負担していますが、いずれも支払いが遅れがちです。グロッシ事務局長は9月中旬のIAEA総会で、イランでは約6カ月間にわたって現地査察ができていないと述べ、「深刻な拡散懸念」を表明しました。
イランの戦争を終わらせるには、60%まで濃縮されたウラン約440キロの行方を確かめ、瓦礫に埋もれた核施設を掘り起こして査察する必要があります。その仕事を担うはずの機関が、資金不足で首が回らないのです。
「査察を求める大国が、査察の費用を払っていない」
これが、いまの核不拡散体制の偽らざる姿です。
開発の分野でも状況は同じで、OECDによれば、2025年の政府開発援助は実質で前年比23.1%減と、統計史上最大の落ち込みを記録しました。
戦争にお金が流れ、平和と開発からお金が引き揚げられています。
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【1-3.次の事務総長は「何ができる人」であるべきか】
グテーレス事務総長の任期は2026年12月31日までで、後任選びは大詰めを迎えています。
9月18日の安保理での第3回の非公式投票では、コスタリカのグリンスパン氏とガイアナのロドリゲス=バーケット氏が支持を集めました。支持が伸びなかったチリのバチェレ元大統領は、9月19日から20日にかけての報道によれば事務総長選からの撤退を表明し、現在、候補は7人に絞られています。
ただ、誰が次の事務総長になるか以上に大切なのは、次の事務総長が「何をできる人物なのか」です。
ICGは次期事務総長に、合意できる領域を探し出す実務的な仲介者、資金削減のなかで中核機能を守る組織の改革者、国際法と国際協力の価値を訴え続ける擁護者という、三つの役割を求めました。
私はこの三つに、もう一つ付け加えたいと考えます。それは、私が仕えたコフィー・アナン事務総長のように、大国に「使われる」のではなく、大国が「使いたくなる」調停者であることです。
調停の世界では、仲介者の価値は権限の大きさではなく、当事者がその人を通さないと得られないものを持っているかどうかで決まります。
それらは、「情報、信頼、そして面子を保ったまま譲歩できる出口」です。グテーレス事務総長が挙げた「声を上げる力」と「人を集める力」は、実はこの出口をつくるための道具でもあります。
調停官として私が次の事務総長に見るのは、演説のうまさではありません。対立する当事者が、自分の約束をその人に「預けてもいい」と思えるかどうかです。
【2.約束の履行を保証する者がいない-紅海の第二戦線とメッカ協定】
国連総会の議場で言葉が交わされている間にも、中東の戦線は広がっていました。
英フィナンシャル・タイムズのギデオン・ラックマン氏は、米国とイランの戦争には三つの次元があると論じています。「戦場での戦い」、「経済戦争」、そしてどちらの物語が人々に信じられるかという「ナラティブの戦い」です。そして、いまはその三つがいずれも米国に不利な方向に動いていると指摘しました。
私もこの見立てに同意します。
2月28日に米国とイスラエルが攻撃を始めたとき、両国は圧倒的な軍事的優位によって短期で決着がつくと信じていました。しかし、イランは最初の攻撃に耐え、ホルムズ海峡を封鎖し、湾岸諸国に反撃しました。
米国は海峡を軍事力で完全に再開する容易な手段はないと判断し、イランの港湾を封鎖する経済戦争に軸足を移しています。米軍の護衛によって、海峡の輸送量は一時、戦前の約3分の1まで回復し、原油価格も1バレル100ドルを下回る水準に抑えられていました。
その計算を狂わせたのが、イエメンのフーシ派でした。
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【2-1.バベルマンデブ海峡に伸びた手】
フーシ派は9月3日から攻勢を強め、イエメン西岸の紅海沿岸の大半を掌握したとされます。港湾都市モカを押さえた後、イエメン政府筋などによれば、フーシ派は9月11日、バベルマンデブ海峡の中央に浮かぶペリム島に進出しました。政府軍の撤退後、ほとんど抵抗を受けずに上陸したと伝えられていますが、当初の情報はイエメン政府筋によるもので、確認にはしばらく時間がかかりました。
ICGのアフメド・ナージ氏は「フーシ派が今や海峡の新たな当局であり、誰が通り、誰が通れないかを決めるのは彼らだ」と評しています。
フーシ派は紅海を行き交う船舶に危険はないと述べる一方で、サウジアラビアの船舶は対象外だと明言しました。ホルムズ海峡をイランが、バベルマンデブ海峡をイランと近いフーシ派が押さえるという構図は、中東の原油の出口の両方に、同じ側の手がかかったことを意味します。
9月19日未明には、フーシ派がサウジアラビアの首都リヤドの「重要施設」と、紅海側の積み出し港ヤンブーにあるサウジアラムコの施設を、ミサイルとドローンで攻撃したと発表しました。
サウジ主導の連合軍は、リヤドに向かった弾道ミサイルを迎撃し、被害はなかったと発表しています。一方、ロイター通信はリヤドの空港付近で黒煙が上がったという目撃証言を伝えており、情報は食い違ったままです。
すでに8月には南部ジーザーンのアラムコ製油所が繰り返し被弾して操業を止め、9月8日にはアブハやジーザーン、ハミース・ムシャイトなどの施設が攻撃されて73人が負傷したと、サウジ政府は発表しています。ただ、SNS上で広く拡散された「アブハ空港」や「ハミース・ムシャイトの空軍基地」の被害は、フーシ派側の主張にとどまっており、事実関係については慎重な確認が必要です。
9月23日には、今度はサウジアラビアがモカを空爆し、フーシ派側の発表では民間人6人以上が死亡しました。翌24日には、サウジ主導の連合軍が、ヤンブーと西部ターイフを狙った弾道ミサイル6発を迎撃したと発表し、フーシ派は南部ジーザーン州に数十発のミサイルとドローンを撃ったと主張しました。
報復が報復を呼ぶ連鎖に入りつつあります。
【2-2.東西パイプラインを撃ったのは誰か】
サウジアラビアにとって最大の打撃は、9月10日に東西パイプラインが止まったことでした。全長約1,200キロのこのパイプラインは、ペルシャ湾岸の油田から紅海側のヤンブー港へ原油を運ぶ、ホルムズ海峡を迂回するための生命線です。
ここで一つ、事実関係を正確にしておく必要があります。
このパイプラインへのドローン攻撃は、フーシ派によるものではありません。サウジ当局は「イラクから飛来した複数のドローン」による攻撃だと非難し、イラク政府も発射地点が南部のマイサン県だったと認め、現地の司令官を解任しました。ゆえに、イランの支援を受けるイラクのシーア派民兵が関与したとみるのが自然です。
南からはフーシ派、北からはイラクの民兵という、二方向からの圧力がサウジアラビアにかかっていることになります。
国際エネルギー機関(IEA)によれば、サウジアラビアの原油供給量は8月の時点で「30年以上ぶりの低水準」に落ち込みました。9月22日、ロイター通信は関係筋の話として、東西パイプラインが再稼働したと報じましたが、24日の時点でヤンブーでのタンカーへの積み込みはまだ再開しておらず、圧力試験を経て数日以内の再開が見込まれています。当面の目標は日量約400万バレルで、日量700万バレルの全面復旧には最大で6週間かかると見込まれています。
しかし、まだ楽観視することはできません。仮に復旧しても、フーシ派とイラクの民兵という二つの脅威が消えるわけではないからです。
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【2-3.同盟国はどこまで守ってくれるのか】
サウジアラビアの苦境は、国交のないイスラエルへの接近にも表れています。
米ニュースサイトのアクシオスは9月15日、米中央軍のクーパー司令官が主催し、米国、イスラエル、サウジアラビア、UAEなどの軍高官がドイツで非公開の会合を開いたと報じました。議題には、フーシ派に対するサウジアラビアの作戦を、イスラエルが支援する可能性も含まれていたといいます。
ガザでの多くの犠牲をめぐって、アラブ世論の反イスラエル感情は根強いままです。それでもイスラエルの軍事力に頼らざるを得ないところに、サウジアラビアの置かれた状況の深刻さがあります。
英国のバーナム首相も9月21日、英空軍の給油機1機でサウジ機への空中給油を行うと発表しました。ただし、対象はドローンやミサイルを迎え撃つ防衛任務に限られ、期間を区切って見直すという、慎重な関与にとどまっているのが事実です。
では、最大の同盟国である米国はどう動いたのでしょうか。
アクシオスによれば、サウジアラビアのムハンマド皇太子は9月上旬、1日に2回もトランプ大統領に電話をかけ、フーシ派への攻撃を要請しました。トランプ大統領はこれを断り、情報と標的データの提供にとどめています。
その後、サウジアラビアが再び要請し、米中央軍が攻撃案まで用意しましたが、トランプ大統領は最終的にまたも見送りました。理由としては、バベルマンデブ海峡がさらに危険にさらされるおそれ、原油価格の上昇、そしてサウジ主導に任せたいという考えが挙がっています。
ラックマン氏は、これを米国が軍事力で達成できることの限界を認識し始めた兆候だと読みました。
トランプ大統領は第1次政権で、アフガニスタンのタリバンを打倒できないと判断して和平交渉に踏み切りました。今回も、イランに加えてフーシ派とも戦うのか、それとも「損切り」を選ぶのか、判断を迫られているというのがラックマン氏の見立てです。
11月には中間選挙が控えており、ガソリン価格の高騰は与党・共和党にとって大きな痛手になりかねません。イランの指導部は権威主義体制に守られて国内の不満を抑え込めますが、民主主義国のリーダーは有権者の財布から逃れられません。
経済戦争の我慢比べでは、民主主義の側が先に音を上げやすい構造があることを、忘れてはならないでしょう。
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【2-4.メッカ共同防衛協定の「最初の試験」】
今週もう一つ試されたのが、中東の新しい同盟の信頼性です。
8月7日、サウジアラビア、パキスタン、トルコの3カ国は聖地メッカで共同防衛協定に調印しました。NATO条約の第5条(集団防衛)にならい、「1カ国への武力攻撃は全加盟国への攻撃とみなす」という条項を持つ協定です。
協定の調印から約1カ月、サウジアラビアは繰り返し攻撃を受けました。しかし、パキスタンは攻撃を非難したものの、軍事介入は表明していません。トルコも連帯の声明を出しただけで、航空機も部隊も送っていません。SNS上では「抑止しない防衛協定は、防衛協定ではなくプレスリリースにすぎない」という辛辣な批判が広がりました。
トルコのフィダン外相は9月19日、トルコのテレビ局の取材に対し、サウジアラビアから要請があれば、特に技術面での軍事的な支援に応じるのに問題はないと述べる一方、サウジアラビアが米国とイランの紛争に引き込まれるべきではないとも語っています。
9月21日にはニューヨークで、「NATOも第5条を発動したのは一度だけだが、誰もNATOを張り子の虎とは呼ばない」「協定はまだ始まったばかりだ」と反論しました。支援には正式な要請と協議が必要だという説明です。
私は、トルコがこの協定を「軍事同盟」というより「政治的な保険」として位置づけていることの表れだと見ています。
問題は、その曖昧さを相手がどう読むかです。
交渉理論では、コミットメントの信憑性は、それを守らなかったときに自分が払うコストの大きさで測られます。「攻撃されたら必ず反撃する」と言いながら、反撃しなかったときの代償が小さければ、相手はその約束を割り引いて受け止めます。
オバマ政権がシリア内戦で化学兵器の使用を「レッドライン」と宣言しながら、それが越えられた後も軍事行動を見送ったことは、その典型的な例です。
少なくとも、協定の締結後もフーシ派による攻撃は続いています。問題は、その事実をフーシ派がどう計算しているかです。
抑止とは、相手の頭の中に「割に合わない」という計算を植え付けることです。メッカ協定はいま、最初の、そして最も重要な試験を受けています。
同じことは、G7にも言えます。
G7外相会合は9月21日、フランスを議長国として「バベルマンデブ海峡と航行の権利・自由に関する声明」を出し、フーシ派が海峡に迫っていることを「容認できない脅威」と断じました。イエメンとサウジアラビアへの「完全な連帯」を表明し、イランにフーシ派への武器支援をやめるよう求めています。しかし、声明の言葉がどれほど強くても、それを海の上で裏付ける手段が示されなければ、フーシ派の計算は変わりません。
その一方で、フランスのマクロン大統領は9月24日、ヤンブーを守るために兵士とレーダー、防空システムを派遣すると表明しました。「紛争に関与するためではない」という説明付きですが、共同防衛を約束した協定の加盟国より先に、協定の外にいる国が部隊を送ると表明したことになります。
外交の現場では、声明文そのものより、その声明を破ったときに誰が何を失うのかを見ます。
調停官として私が紅海で見ているのは、戦力の差ではありません。フーシ派が「まだ失うものがある」と考えているかどうかです。
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【3.空白を埋める者たち-地域大国、武装勢力、そして二国間の取引】
調停者の椅子が空けば、その椅子には誰かが座ろうとします。しかし、座るのは、必ずしも中立な仲介者とは限りません。
今週の中東では、その椅子をめぐる動きがいくつも同時に起きていました。国連総会の場を利用して、米国とイランの間で7月以来となる接触が行われたのです。カタールが仲介し、ウィトコフ特使らが関与しました。
イラン外務省のバガイ報道官は、23日にカタールの仲介者を通じて約2時間、米側とメッセージをやり取りしたと説明しており、仲介者が両者の間を行き来する間接協議だったとみられます。
アラグチ外相とウィトコフ、クシュナー両氏の協議も報じられ、カタールに加えてパキスタンとエジプトが仲介したとされますが、直接の対面があったかどうかは確認が必要です。
ちなみに、トランプ大統領は米イラン間の接触について「非常にうまくいった」と語り、ルビオ国務長官は「大きな突破口ではない」と述べました。
それでも、中身をよく見ると、動きの芽は確かにあります。
9月22日、イランの高官はロイター通信に対し、米国が軍事的圧力を緩め、港湾の封鎖を解き、外交的解決を目指すと公式に表明すれば、7日以内にホルムズ海峡を再開できると語りました。
イラン側は、最長60日間の地域停戦、海峡の段階的な再開、封鎖の解除、アラブ諸国への攻撃の停止という行程表を示したとも報じられています。これに対してトランプ大統領は、イランが先に善意を示さない限り封鎖は解かないという立場を崩していません。
つまり、争点はもはや「何をするか」ではなく、「どちらが先に動くか」に移っているということです。
ロイター通信は24日、封鎖の解除とホルムズ海峡の再開を交換する第1段階から始める「段階的な合意」を双方が検討していると報じました。ただし、イラン側の高官は「なお隔たりは大きい」と語り、トランプ大統領は合意が11月3日の中間選挙の後になる可能性を示唆しています。2回目の協議や、オマーンでの協議の日程も、まだ確定していません。
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【3-1.「順番」の壁を越える器】
この「どちらが先か」という問題は、調停の現場で最もよく出会う壁の一つです。先に動いた側は、相手に裏切られたら丸損になるからです。
こうした局面で使われるのが、同時履行と段階的な相互措置の組み合わせです。第三者が双方の約束を預かり、一方が動いたことを確認した時点で、もう一方の措置が発動するような「器」をつくります。
ホルムズ海峡に当てはめれば、米国が封鎖の一部を緩めるのと同時に、イランが特定の航路の安全を保証し、その履行を中立の監視団が確認するという形が考えられます。
その「器」づくりに向けて、フランスが動き始めました。
ロイター通信は9月22日、フランスが米国と調整しながら、航行の回復に向けた国際ミッションの設置を柱とするホルムズ海峡に関する安保理決議案の起草を始めたと報じました。
過去の同様の試みは中国とロシアの反対で頓挫しており、回覧の時期も決まっていません。それでも、「順番」の問題を解くための第三者の器を用意しようとする動きとして、私は注目しています。
一方、現場の緊張は続いています。
米中央軍は9月20日、7月に再開した封鎖の執行で、これまでに商船109隻を転針させたと発表しました。ホルムズ海峡の再開をめぐって9月14日に予定されていたイランと湾岸諸国の協議も、オマーンが延期を発表したまま、再開のめどが立っていません。
仲介役の顔ぶれを見ると、カタール、パキスタン、エジプト、オマーン、トルコと、地域の国々が入れ替わり立ち替わり椅子に座ろうとしています。
9月12日から13日にニューデリーで開かれたBRICS首脳会議で、議長国のインドがプーチン大統領、習近平国家主席、イランのペゼシュキアン大統領を一堂に迎えたのも、同じ流れの中にあります。インドの元国家安全保障副顧問パンカジ・サラン氏は、こうした場づくりを「インド流のパワープレー」と表現しています。
仲介は、もはや中立な善意の行為であるだけでなく、影響力を競う舞台にもなっているのです。
【3-2.板挟みのイラク】
空白が最も危うい形で現れかねないのが、イラクです。
米軍主導の有志連合のイラクからの撤収期限は9月30日に迫っています。イラク政府はこの日を「最終期限」とし、「主権の日」と位置づけてきました。クルド自治政府の閣僚は9月中旬、月末までに撤収を終える見通しを示していますが、今週に入ってからの具体的な進捗は伝わっておらず、確認が必要です。
イラクは、安全保障と金融を米国に、政治とエネルギーをイランに頼るという、きわめて危うい均衡の上に立っています。
米財務省は4月、ドル資金がイランに流れている疑いから、ニューヨーク連邦準備銀行からイラクに送る予定だった約5億ドルの米ドル紙幣の輸送を直前に止めました。輸送が再開したのは7月初めでしたが、その間にイラクの通貨ディナールは並行市場で公定レートより約15%から16%も安くなりました。
一方でイランは、衝突後にイラクへのガスや電力の供給を大幅に絞り、米カーネギー国際平和財団の論考によれば、イランからの電力輸入は70%減っています。そこに、東西パイプラインへの攻撃がイラク領内から行われたという事実が重なりました。米軍が去った後、イラク政府が自国内の親イラン武装勢力を抑え込めるのかという懸念が、現実の形をとって現れたことになります。
私はイラク戦争後の混乱期、公式発表と現場の実態とのずれを何度も目の当たりにしました。「撤収完了」という発表と、「治安の空白」という現実の間に溝ができたとき、その溝に最初に流れ込むのは武装勢力です。
9月30日という日付を、単なる期限としてではなく、新しいリスクの始まりとして見ておく必要があるでしょう。
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【3-3.一歩引いて次を描く中国】
市場は、こうした動きに敏感に反応しています。
北海ブレント原油の先物は9月11日に110ドルに迫り、パイプラインの再稼働報道で一時100ドルを割り込みましたが、24日にはフーシ派の新たなミサイル攻撃を受けて一時108ドル台まで上昇しました。
中東と極東を結ぶ大型タンカーの用船料は8月末から8割上がり、モノはあっても届かないという状態が、価格をさらに押し上げています。
この危機の陰で、長い時間をかけた変化も進んでいます。
日本経済新聞の多部田俊輔中国総局長の分析によれば、中国の国有石油大手シノペックの首脳は8月下旬、中国の石油消費が2025年にピークを迎えた可能性が高いと明らかにしました。2030年ごろとされてきた予測が、大きく前倒しになったのです。
それでも中国が大きく揺らがなかったのは、ロシアや中央アジア、ミャンマーからのパイプラインを整え、原油輸入に占める中東の比率を約3割まで下げてきたからです。
中国は巨大な備蓄を背景に輸入量を調整し、世界の原油価格を左右する存在にもなっています。トランプ大統領は「エネルギー・ドミナンス」を掲げていますが、その実際の行動は皮肉にも、米国が築いてきた「石油の世紀」の秩序を終わらせ、中国の新しいエネルギー秩序づくりを助けているというのが、記事の結論です。
米戦略国際問題研究所(CSIS)の論考も、戦争が長引くなかで、中国が「安定した、介入しない関係者」としての評価を高めていると指摘しています。中国は戦争への反対を口にしながら、イランへの実質的な支援は限られ、ホルムズ海峡の支配を手放すようイランを公に説得することもしていません。
火事場から一歩引いたところで、次の時代の設計図を描き、虎視眈々とその主導権を握ろうと準備しているように私には見えます――(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦が読み解く国際情勢の裏側戦略インテリジェンス・レポート』2026年9月25日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録ください)
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当日はご都合がつかなかったという声を多くいただきましたので、見逃し配信をご用意しております。
- タイトル:【見逃し配信】島田久仁彦氏 トランプが勝つor負けると世界はどうなる?
- 視聴期限:2026年10月31日まで
- 視聴料:3,300円(税込)
- 主催:株式会社まぐまぐ
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