SNSを積極的に活用し、自身の政策や主張のみならず外交での存在感も国民に直接発信してきた高市首相。ところが初の国連演説を含む今回のニューヨーク訪問は、必ずしも思い描いた通りの結果とはならなかったようです。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、現地到着時の振る舞いからトランプ大統領との首脳会談まで、高市氏が繰り広げた「サナエ劇場・インNY」を詳しく検証。さらに習近平氏を国賓待遇で迎えた米中首脳会談と比較しつつ、高市外交が抱える「見せかけ」と現実とのギャップを明らかにしています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:空回りしたNY版「サナエ劇場」の結末
ガラガラの客席、ノリの悪い相手役、パッとしない劇評。世界中に“輝いていない姿”を晒して幕を下ろした「サナエ劇場・インNY」
高市首相は国連総会で演説するため9月21日夜、ニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港に到着した。その瞬間から「サナエ劇場・インNY」が華々しく幕を開けた。
機外に姿を現し、一瞬立ち止まった首相ははるか前方を見渡し、高々と手を振った。まるで大勢の人々の歓迎に応えるかのように。そして、さっそうとタラップを降り、出迎えた人々の前に立った。
だが、内閣広報官が公式Xに投稿した写真は残酷な現実を映し出していた。手を振る首相の背中ごしに撮ったその一枚には、だだっ広い駐機スペースと作業用車両が照明に浮かび上がっているだけで、人影は全くない。虚空に向かって挨拶をしたかのごときシュールな絵柄になっていた。
むろん、米政府関係者が待ち構えているだろうと高市首相が思ったはずはない。これまでの日本の首相と同様、国連演説のためにニューヨークまで来たのであって、アメリカ政府に招かれたわけではない。実際、タラップの下で出迎えたのは在ニューヨーク総領事館の関係者とみられる日本人だけだった。すべて官邸スタッフがX投稿した動画で確認できることだ。
「がんばっている自分を見てほしい」。高市首相には、そんな気持ちがあふれている。批判されることの多い国会質疑やメディアの報道内容は大嫌いだ。自身や官邸スタッフのSNS投稿なら、進めたい政策や自分の主張をそのまま発信できる。内閣広報室の予算が前年度の約7億円から10倍超となる約72億円に引き上げられたのはそのせいだろう。
だから、演出が過剰になるのは仕方がない。事実より大切なのは「見せかけ」だ。今回の訪米を機に行われたトランプ大統領との日米首脳会談がまさにそうだった。
9月24日には習近平氏とトランプ氏の米中首脳会談が予定されている。高市首相はその前にトランプ氏に会うべく、外務省に米側との調整を命じ、なんとか35分間の会談をセットさせた。日本を無視して中国と仲良くしてもらっては困るというメッセージを伝えるためだった。
会談の冒頭、まだ記者団がいる前で、トランプ氏は「あなたは日本の総理大臣として歴史に名を残すことになるでしょう」と持ち上げた。トランプ氏がさらに発言を続けようとするのをさえぎるように、高市氏はこう応じた。
「ドナルドが日米同盟に力強くコミットメントしてくれていること、あらためて感謝します。二人が国連本部で首脳会談をすることは、世界に向けて日米同盟の強さを示すことになると考えています」
高市氏は必死で笑顔をつくろうとするが、表情はこわばっていた。トランプ氏が「日本の総理大臣」と呼んでいるのに、高市氏は「ドナルド」。親しさを演出するつもりで繰り出したファーストネームが、不自然に浮いてしまう。
米国で大歓迎され、トランプ氏に信頼されているという“見せかけ”を日本の国民、とりわけ高市支持層に向けて発信したつもりだったのだろう。相手の懐に飛び込もうとする努力はわかる。だが、それがかえって距離感を浮き彫りにした印象は否めない。
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国連演説で浮き彫りになってしまった「世界の関心の低さ」
最近、『高市早苗という病』(適菜収著)という本が出版された。昔、政治家になりたてだったころの高市氏が、当時の週刊誌のインタビュー記事で語った発言内容をいくつも掲載し、それをもとに彼女の人物像を浮き彫りにしている。
その中に「高市の出発点は嘘だった」と指摘している部分がある。高市氏は1988年1月から89年3月まで、パトリシア・シュローダー米下院議員(民主党)の事務所に在籍したが、どのようにしてその職を得たのかについて、当時の新聞や雑誌などの資料を調べていくと『CLASSY.』(1992年1月号)の以下の記事に突き当たったという。
私の英語力って大したことなかったから、その頃つき合ってた男がすっごく英語ができる男だったんで、ずい分添削してもらった(笑)。だいたい私、自分は日本の軍事問題の権威だって、ウソ書いたの。
自分を大きく“見せかけ”て、シュローダー事務所にもぐりこみ、コングレッショナル・フェロー(研修生)として1年ちょっと働いた。給料は派遣元の松下政経塾から支払われていた。
その後、日本に戻った高市氏は「米国連邦議会立法調査官」だったと自称してマスコミ界にデビュー。1992年7月には参院選に出馬し、落選した。週刊現代92年9月19日号の俳優、山城新伍氏との対談記事で、「落選したけど、実は選挙中にいい男を掴んだのよ」と得意げに話しているくだりがある。
落選が決定的になり、「今晩は人生で一番悲しい夜になるかもしれない。一緒にいてくれると嬉しいな」と目をつけていた男性に電話。支持者が選挙事務所に詰めかけて高市氏を探したが、そのころにはその男性と“ある場所”に行っていていなかった。そんなことまで、あけすけに語っている。「同情を利用する手口もこの頃からだった」と著者の適菜氏は書いている。
今年の通常国会で高市氏が繰り返し強調したのは、寝ずに頑張る総理の日常だった。連日明け方まで国会答弁の準備をしているというのに、中傷動画やサナエ・トークンなどあずかり知らない問題で追及される“世界一悲しい女”というのが、高市答弁に一貫して流れていた被害妄想的な承認欲求だったといえるかもしれない。
高市首相は「世界の真ん中で咲き誇る日本」という安倍晋三元首相の掲げたフレーズを好む。外交舞台では常にそれを意識し、日本国民に向けて、どれだけ自分が輝いているかをアピールしてきたのだが、今回は見せたい気持ちがはやりすぎて、実態とかけ離れてしまうシーンが目立った。初の国連演説にしても、その意気込みとは裏腹に会場の大部分が空席で、かえって世界の関心の低さが浮き彫りになってしまった。
高市首相の「片思い」を挫き苛立たせた米中首脳会談
習近平氏が国賓待遇で招かれた9月24日の米中首脳会談も、高市氏の“片思い”を挫く出来事となった。トランプ氏は歴代米大統領の慣例を破って習氏を空港まで自ら出迎え、中国を「第2次世界大戦時の同盟国」と呼んだ。これに習氏は「日本軍国主義の侵略者との戦闘で肩を並べて戦った」と応じた。
中国は台湾有事をめぐる高市首相の発言に反発し、「新型軍国主義」と批判してきた。日中関係が急速に冷え込む一方、米中は「共倒れ」を怖れて貿易戦争を一時休戦し、それぞれの国内向けに「安定」をアピールしようとしている。そのためのセレモニーに過ぎない今回の首脳会談であっても、日本国内は穏やかではない。「米国が目先の成果を優先して課題を先送りし、過剰なまでの友好を演出したことで、中国に主導権を奪われた印象は否めない」(読売社説)など、米国が中国に譲歩したかのような論調も強く、高市首相が苛立つ原因になっている。
これまで高市外交に賛辞を惜しまなかった識者たちも、今回はさすがに「成功」とは言い出せないようで、そのせいかあまり目立った保守界隈からの高評価は見受けられない。
「世界の真ん中で輝く姿」を思い描いていたはずの「サナエ劇場・インNY」はこうして幕を下ろした。ガラガラの客席、ノリの悪い相手役、パッとしない劇評を世界に印象づけて…。
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image by: X(@内閣広報官(色々投稿試し中))