MAG2 NEWS MENU

日産ゴーン会長逮捕とフランスで「モラハラ激増」の浅からぬ関係

ルノー・日産・三菱アライアンスCEOから一転、容疑者となってしまったカルロス・ゴーン氏。瀕死の日産を始め数々の企業を再生させた経営手腕は高く評価されましたが、その「コストカッター」ぶりは少なからぬ人々を不幸にしていたようです。健康社会学者の河合薫さんは、自身のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』で、仏ルノー社で起きた社員の自殺とゴーン氏の関連性を指摘した当地の「揶揄の声」を紹介しています。

※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2018年11月21日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。

ゴーンの呪縛

やっと、本当にやっと「パワハラ防止の法整備の方針が決まりました。

経営側が、最後の最後まで「パワハラと業務上の指導の線引きが困難。いきなり法による措置義務を課すことには慎重であるべきだ」と反対し続けたことへの意見は、日経ビジネスオンラインに詳しく書きましたので、ここでは省略します(「『組織の病』を見過ごすトップと指導という詭弁」)

ただ、呪いの言葉のように繰り返されてきた「指導とパワハラの境界線」が昨年、厚労省が立ち上げた「職場のパワーハラスメント防止対策検討会」(パワハラ検討会)が示したパワハラの概念により、かなりクリアにされていますので、その要点のみこちらでも再掲しますね。

新たな「職場のパワーハラスメントの概念」は、ワーキンググループが示した次の「パワハラ定義と6つの行為類型」を踏まえながら、

  1. 暴行や傷害などの「身体的攻撃」
  2. 脅迫や侮辱、暴言などの「精神的攻撃」
  3. 隔離や無視などの「人間関係からの切り離し」
  4. 遂行不可能な行為の強制などの「過大な要求」
  5. 実際の能力や経験とかけ離れた程度の仕事を命じるなどの「過小な要求」
  6. 私的なことに過度に立ち入る「個の侵害」

次の3つの要素のすべてを満たすもので、それが「パワハラ」となります。

  1. 優越的な関係に基づいて(優位性を背景に)行われること
  2. 業務の適正な範囲を超えて行われること
  3. 身体的もしくは精神的な苦痛を与えること、又は就業環境を害すること

つまり、3要素を事例に当てはめて考えれば、「パワハラに該当するか、該当しないか」が判断できるというわけです。

私はこの定義はとても良くできていると考えています。もちろんすべてのケースで100%白黒つけられるわけではないかもしれません。

でも、この3要素が加わったことで、境界線のグレー部分がかなり薄められ「指導とは何かが考えられるはずです(具体的な事例集は厚労省が今後公表する予定)。

さて、今回は日本ではなくフランスのモラハラ」について、少しお話をします。「モラハラ」とは、モラル・ハラスメント。日本でいうところのパワハラです。

フランスで「モラハラ」という言葉が一般化したのは、日本と同じ1990年代後半に遡ります。

きっかけは精神科医のマリー・F・イルゴイエンヌの著書、『Le Harcelement Moral: La violence perverse au quotidien(邦題『モラルハラスメント・人を傷つけずにはいられない』)』が大ベストセラーになったことでした。

それまで多くの人たちが、「職場のいじめや暴力」を経験したり、目撃していたのですが、その“問題問題にするための言葉が存在しませんでした。

そこで、イルゴイエンヌ氏はもともと夫婦間の精神的暴力を示す言葉だった「モラハラ」を、職場で日常的に行われているイジメに引用したのです。

さらに、イリゴイエンヌ氏はいくつもの事例を被害者目線でとりあげ、「企業経営がモラハラを助長している」との見解を示し、批判は「個人」ではなく「組織に向けられるべきであるとしました。

その結果、1999年には国会で法案が提案され、2002年1月17日職場でのモラルハラスメントに言及した「社会近代化法」(労働法)が制定されたのです。

従業員は、権利と尊厳を侵害する可能性のある、身体的・精神的健康を悪化させるような労働条件の悪化をまねく、あるいはそれを悪化をさせることを目的とする繰り返しの行為に苦しむべきではない。雇用者には予防義務があり、従業員の身体的・精神的健康を守り、安全を保障するために必要な対策をとらなければならず、また、モラルハラスメント予防について必要な対策を講じなければならない。
(労働法より引用)

つまり、個人の問題ではなく組織の問題として、企業にパワハラ=モラハラに関する予防・禁止措置を課しました。

1冊の本が法案提出につながるとは、さすがフランスです。というか、むしろそれほどまでに、フランスの多くの職場でモラハラに苦しんでいる人が存在した証なのでしょう。

実は、フランスでは2000年代から職場のモラハラを原因とする自殺が頻発していました。

その引き金のひとつとされているのが、1990年代に左派政権によって導入された「週35時間労働制」です。

労働時間の規制の主たる目的は「雇用の維持と失業者対策」。

政府の目論見通り、2000年~2002年にフランス全土で実施された大規模調査では、5割が「職場の人員が増えた」とし、6割超が「生活の質が向上した」と回答(失業率の改善には好景気が影響した、という意見も多い)。

ところが、その一方で、4割が「業務の負担が増えた」とし、そのうちの6割超の労働者が、「ストレスが増加した」と回答しました。

いかなる法案も使い方次第で負の側面が出るものですが、皮肉にも労働時間短縮規制を徹底したことで、「コスト命」の愚弄な経営者が仕事量は従来どおりで労働時間だけを短縮し、賃金を抑制。その結果、職場の人間関係が悪化し、上司からの攻撃や暴力など、「モラハラが爆発的に増加したのです。

その先陣をきったのが、自動車メーカールノー」。2007年に、4カ月間に3人が自殺カルロス・ゴーン氏がルノー本体のCEOに復帰した時期と重なることから、「ゴーンは、日本の『過労自殺』という経営手法までフランスに持ち帰ったのか」とフランス国内で揶揄されました。

実際ゴーン氏の要求は高く、自殺者が残したメモには「会社が求める仕事のペースに耐えられない」と書かれ、夫を失った妻は「毎晩、書類を自宅に持ち帰り、夜中も仕事をしていた」とサービス残業が常態化していたと告白するなど、ゴーン氏の経営手法は問題視されました。

また、2008年にはフランスの銀行で働く12人の従業員が自殺。2009年にはフランス最大手の電話会社「フランス・テレコム」で、わずか1年8カ月の間に24人もの社員が「自殺」するという、衝撃的な事件もありました。

結局のところ、“コストカットによる企業再生は現場の犠牲の上に成立するという、やりきれないリアルが存在します。

リストラされた人はもちろんのこと、カネだけを追いかけるトップが作った劣悪な職場風土につぶされるのです。

image by: shutterstock

※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2018年11月21日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。

こちらも必読! 月単位で購入できるバックナンバー

初月無料の定期購読手続きを完了後、各月バックナンバーをお求めください。

2018年10月分

※1ヶ月分540円(税込)で購入できます。

※『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』(2018年11月21日号)より一部抜粋

河合 薫この著者の記事一覧

米国育ち、ANA国際線CA、「ニュースステーション」初代気象予報士、その後一念発起し、東大大学院に進学し博士号を取得(健康社会学者 Ph.D)という異色のキャリアを重ねたから書ける“とっておきの情報”をアナタだけにお教えします。
「自信はあるが、外からはどう見られているのか?」「自分の価値を上げたい」「心も体もコントロールしたい」「自己分析したい」「ニューストッピクスに反応できるスキルが欲しい」「とにかくモテたい」という方の参考になればと考えています。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料で読んでみる  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』 』

【著者】 河合 薫 【月額】 ¥550/月(税込) 初月無料! 【発行周期】 毎週 水曜日(祝祭日・年末年始を除く) 発行予定

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け