11月24日に投開票が行われた台湾統一地方選挙。与党の民進党が大敗を喫し、蔡英文総統が党主席を辞任する事態となりました。とは言え、今回の結果を「民進党大敗で国民党大勝という政党勝敗的な見方は間違い」とするのは、現地で取材を行った台湾出身の評論家・黄文雄さん。黄さんは自身のメルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』でその理由を記すとともに、選挙結果が台湾にもたらす「今後」を占っています。
※ 本記事は有料メルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』2018年11月28日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:黄文雄(こう・ぶんゆう)
1938年、台湾生まれ。1964年来日。早稲田大学商学部卒業、明治大学大学院修士課程修了。『中国の没落』(台湾・前衛出版社)が大反響を呼び、評論家活動へ。著書に17万部のベストセラーとなった『日本人はなぜ中国人、韓国人とこれほどまで違うのか』(徳間書店)など多数。
【台湾】統一地方選挙は国民党が勝利したのか
台湾の統一地方選挙、いわゆる「九合一選挙」(直轄市長、直轄市議員、省轄縣市長、県市議員、郷鎮市長、郷鎮市民代表、村里長、山地原住民区長及び平地原住民区民代表の9つの選挙)が11月24日(土)に行われ、結果は民進党の大敗となり、蔡英文総統も民進党主席を辞任しました。
行政院長と陳菊秘書長(元高雄市長)も、蔡総統に辞意を表明しましたが慰留されました。選挙結果として、政治勢力地図はかなり大きく塗り替えられました。市長クラスの数字だけを見ても、ブルー(国民党)15席、グリーン(民進党)6席という結果でした。計22の県市の中で、民進党は桃園、台南の2都市および基隆市、屏東市、新竹市、嘉義県の4つの県市以外はすべての県市を失いました。
国民党は、高雄市、台中市、新北市の3大都市のほか、計15の県市を獲得しました。台北市は元市長の柯文哲と国民党候補である丁守中の2人が競りましたが、僅差で柯文哲氏の当選となりました。しかし、この結果に対して物言いがつき、法的に認められるものかどうかの審議の最中です。
では、政権党の民進党が、なぜこれほど大敗してしまったのかについてですが、関係者や政治評論家たちがその理由を100以上も上げており、喧々諤々としています。
その中でも主な理由としては、蔡英文政権の諸改革に対する不満です。さらに、投票日に10項目もの「公民投票」を行ったことで投票に時間がかかり、有権者は2時間以上も行列しなければなりませんでした。この待ち時間に民進党への不満も高まり、有権者たちが民進党にノーを突き付ける結果となったのでしょう。
結果の詳細については、皆さんご存知と思いますのでここでは割愛します。今回の選挙について、このメルマガでも書きましたが、中国からの様々な妨害が予想されており、実際にいろいろとあったようです。例えば、10項目に及ぶ住民投票については、以下のような報道がありました。
2017年に住民投票に関する法律が改正され、25%以上の投票率で賛成が過半数を超えれば成立することになったからだ。そもそも10件も住民投票が乱立することになったのも、法改正で住民投票実施に必要な署名数が有権者の5%(約94万人)から1.5%(約28万人)に大幅に緩和されたためだ。
野党の国民党や社会団体など、蔡政権に不満のあるグループがここぞとばかりに署名集めを展開した。署名に関しては、複数の提出案件で亡くなった人の名前が約1万人も含まれていたことが発覚し、投票業務を管轄する中央選挙委員会が刑事告訴を検討する騒ぎもあった。
● 東京五輪も争点となる台湾「住民投票」の行方 統一地方選で渦巻くポピュリズムとフェイク
また、ネットでの情報操作についての報道もありました。
今回の選挙では、台湾のフェイスブックや台湾で人気がある掲示板(PTT)に対して、中国のネット部隊「網軍」から台湾世論を誘導する書き込みが多数行われたとの指摘がある。
このほかにもいろいろとあったことでしょう。選挙期間以前からの中国のいやがらせも数々ありました。中国人観光客の台湾渡航禁止によって、台湾の観光業者を窮地に追いやったり、台湾と国交のある小国に資金援助を申し出て、台湾と断交させたりと、蔡英文政権誕生後から中国はずっとあからさまないやがらせを繰り広げてきました。
今回の選挙結果には、そうしたことも多少の影響はあったとは思いますが、今回の選挙結果を招いた主な要因は、やはり台湾の民意と蔡英文政権とのすれ違いだったと思います。
私は、蔡英文が総統になったときから言ってきたことですが、蔡英文には多くを期待してはいけない。なぜなら、台湾は中台関係もあり、急激に変わることができないからです。蔡英文は台湾を変える改革の芽を生んでくれればそれでいいと言ってきました。
そして、彼女はわずか2年間で、物事を慎重に運びながらも、労基法の改正や年金改革への着手という英断をしてきました。蔡英文の行く手には習近平という大魔王が立ちはだかっているため、彼女のやることが裏目に出るよう仕組まれる危険性も想定した上での数々の英断だったことでしょう。
そして、この2年間の展開は、まさにその通りになっていました。蔡英文が慎重な態度を取れば、決断できない総統とのレッテルを張られ、年金制度改革では激しいデモが繰り広げられ、蔡英文の支持率は下がる一方でした。
これらの出来事の裏には、「天然独」といわれる若者層の存在も大きくありました。彼らは、今の台湾社会の在り方を「当然」と捉えています。今の民主的で自由な台湾社会は、生まれたときからあって当然のものであったし、それ以外にどんな社会があるのかを知りません。
そんな彼らにとって、蔡英文が今ある制度をわざわざひっくり返して反発を招いているのは滑稽に映ったのかもしれません。さらに、中国はこうした「天然独」層の存在を味方につけて、台湾を引き寄せようともしています。台湾人の若者の中国留学や就職を優遇したり、台湾企業の中国進出を優遇したりという懐柔政策をとっているのです。
蔡英文は四面楚歌です。2年前に民進党が大躍進した背景には、ひまわり革命や中国に媚びへつらう馬英九への不満がありました。それも時間とともに台湾人の中から忘れ去られ、代わりに蓄積したのは蔡英文の経済や内政への不満だったのでしょう。
小泉純一郎元首相がよく口にしたフレーズですが、台湾にとっては「時には痛みの伴う改革」が必要です。それが労基法の改正であり、年金制度改革なのです。「天然独」層は、白色テロ時代を知りません。話には聞いているかもしれません。知識としては知っているかもしれません。しかし、実感としては知りません。台湾の著名な歴史研究家であった王育徳氏のご令嬢である王明理氏の、今回の選挙に対する言葉が非常に心に刺さります。
今、台湾人が享受している平和で自由な空気は、天から降ってきたものではなく、多大な犠牲の上に手に入れたものだ。かつての国民党の一党独裁体制から民主化に生まれ変わるために、台湾人がどれだけ努力し、忍耐し、尽力したか。李登輝さんという稀有な人材が副総統から総統になるという奇跡が無ければ、有り得ない革命だった。台湾人は世界史にも燦然と輝く無血革命を成し遂げた民族であったはずだった。
未だ正式な独立国家とはなっていないが、苦悶の歴史からやっと脱却しつつある過程で、まさか自ら後退を選び苦しい過去へ逆走し始めるとは思わなかった。
● 台湾統一地方選挙結果を受けて 王 明理(台湾独立建国聯盟日本本部委員長)
台湾の暗黒の時代を知っている我々だからこそ、今ある台湾社会を護りたいと強く願うのです。そして、それができるのは少なくとも中国の代弁者である国民党ではありません。2年後の総統選挙に向けて、習近平は高雄市長や新北市長など、国民党候補が当選した地域に対して直接的および間接的に接触してくることでしょう。そして、民進党政権を揺るがせるような地盤づくりに励むことでしょう。
民進党は200万票を失う結果となりましたが、今回の選挙には過去にない特色がありました。2大政党以外のミニ政党が多く進出してきたのです。有権者の意識にも変化があったように思います。これまでの政治意識としては、国民党と民進党の2大政党の対立がありましたが、ミニ政党が多かったことで政党への支持傾向は弱くなり、個人を支持する傾向がありました。
さらに、「買票」(選挙買収)ができなくなり、「生活関心」に大きなウエートを置くことになり、「改革」には拒否反応を示す傾向が強くなりました。古いタイプの政治家も人気が落ち、高雄市長に当選した韓國瑜に代表されるような新しい世代の政治家が台頭してきました。これらが今回の地方選挙の特色でした。再度言いますが、今回の選挙に関しては、民進党大敗で国民党大勝という「政党勝敗」的な見方は間違いです。
中国が、ロシアのアメリカ大統領選のマネをして、各国の選挙にフェイクニュースを流し、選挙の行方を左右しようとしていたことはよく知られています。台湾の公安関係者も、それについての具体的な証拠を数多く突き止めています。
では、中国が流したフェイクニュースがどれだけ選挙の行方に影響を及ぼしたでしょうか。これについては、「限定的」という一言に尽きます。というのも、中華文化の伝統風土としては、嘘つきやほら吹きは欠かせない要素の一つだからで、誰もが知っているからです。それも、日常生活の中で欠かせないメンタリティです。
「中国ではすべてが嘘、本物はペテン師だけ」という言い方があるほど、嘘は中国伝統文化のひとつとして欠かせないものなのです。そのため、中国でフェイクニュースが多用されるのは近年に始まったことではありません。
フェイクニュースは「烏龍(ウーロン)消息」と言われ、国民党統治下の70年の間、台湾メディアの信頼性は1%程度でした。「疑心暗鬼」「人間不信」は、中国の国民性にもなっているほどなので、今さら中国がフェイクニュースを流したところで、台湾人は慣れているし、事前に注意勧告もさんざんあったことからも、その効果は限定的と言わざるを得ません。
ソ連はかつてバルト三国を呑み込み、ロシアもクリミアを手に入れました。中国もチベット、ウイグル、南モンゴルまでを「大中華民族」とした事例があります。しかし、それらはいずれもミニ国家か、民主的な制度を持った経験がなかった地域でした。
確かに、台湾の教育やマスメディアは、かつて中華文化一色に塗りつぶされたことがありましたが、島という独自の存在として中国からのいかなる攻略にも、いかなる恫喝にも微動だにしなかったのが、この1世紀以来の台湾の歴史です。
今回、私は民進党候補者だけでなく国民党候補者の台湾語による演説を聞いていて感じたのは、中国との一体感よりも台湾を主体とする政見放送が主であり、中国以上に台湾に対してアイデンティティを認知しているということです。ブルー陣営もグリーン陣営も、色の違いの壁をはるかに超えていました。それもあって、中国からの台湾選挙に対する戦略は限定的という分析をしたのです。
選挙結果として民進党が大敗したことも、中国により選挙介入がしきりに伝えられ、マスメディアによる報道も一層激しくなっています。しかし、選挙システムや民意を問うシステムも破壊できない中国が、台湾をはじめとする民主主義国家の選挙システムにフェイクニュースという手段で大きな影響を及ぼすことはほとんどできないでしょう。
地方選挙と国政選挙は事情が違います。国民党の大勝は「復活」とも報道されています。2年後に控える国政選挙(総統と立法委員の選挙)について、国民党と中国政府が手を組んで介入してくるという予想も少なくありません。
日本の地方首長も、無党派が主流となってきています。党派をもって国政選挙を読むのは難しい時代になってきているのかもしれません。民進党の改革路線が挫折すると、戦後以来の台湾の改革路線はとん挫するに違いありません。
核、エネルギー問題をはじめ、環境問題など、地方首長だけでは解決できない問題は実に多くあります。もちろん、政党や国家だけでも解決できません。蔡英文が断行した年金制度改革だけでも、政権安定に確実に響いています。
様々な問題をクリアしなければ台湾に未来はないとわかっていても、現実には問題解決は難しいものです。日本も、消費増税や憲法改正などの問題は山積しています。今回の選挙の結果を受けて、中国の台湾に対する圧力は強くなるに違いありませんが、では台湾の「民意」だけで台湾の未来を決めることはできるのかというと、それも難しいでしょう。
「九合一」選挙から新しい情勢を見る限り、古い政治リーダーの没落が顕著でした。2020年の国政選挙をめぐって、いったい誰が政治リーダーとしてふさわしいのかがこれからの課題です。若い世代が多く期待され、新しいタイプの政治スターが出てくる可能性もおおいにあります。
2年後のことを言うのは時期尚早かもしれませんが、来年からは各党派の指名や選出をしないと間に合わないという見方も少なくありません。台湾の内外情勢を鑑みて、蔡英文総統の2期目の当選は難しいという見方も多くあります。
では、蔡英文に代わって誰が有力候補となるのかというと、その名を挙げられるのは難しいでしょう。2年後、台湾政治を牽引するリーダーとなるべき人物は誰なのか、今の段階ではまだわかりません。もしも蔡英文が再選しなかったとしても、台湾が過去に後退するようなことになることだけは避けるべきなのです。
image by: 蔡英文 - Home | Facebook
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