今年8月に常磐自動車道で起きたあおり運転暴行事件の「同乗者」に仕立て上げられた女性が、SNS上でデマを拡散させた一人として、愛知県の豊田市議に対し訴訟を起こしたことが明らかになりました。なぜネット上でたびたびこうした「偽情報」が広がってしまうのでしょうか。。健康社会学者の河合薫さんが自身のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』で、その裏にある人間の心理を分析しています。
※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2019年10月30日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。
匿名社会の歪んだ正義
今年8月、常磐自動車道で会社員男性があおり運転を受け殴られた事件で、加害者の男の車に同乗していた「ガラケー女」とのデマをネット上で流され名誉を傷つけられたとして、会社経営の女性が愛知県豊田市の原田隆司市議に慰謝料100万円を求める訴訟を起こしました。
事件のきっかけはモザイクをかけたテレビの映像です。
高速道路上で暴行の様子を携帯電話で撮影する女(=ガラケー女)にモザイクがかけられ報じられたことで、ネット上では「ガラケー女」探しが過熱。匿名のSNSにより、全く無関係にも関わらず会社経営の女性が「こいつだ!」と複数の人たちに間違って特定されてしまいました。その中の一人が原田市議です。
『拡散希望!』と書かれたSNSは瞬く間に拡散し、ツイッターのトレンドになるほどでした。女性は「交際相手の女」として実名を公開され、女性の元には1日で280件もの迷惑電話が入り、インスタグラムには1,000件を超える誹謗中傷のメッセージが届いたといいます。
いったいなぜ、全く無関係の女性が「ガラケー女」に間違われてしまったのか?
理由は2つです。なぜか面識のない容疑者の男が女性のSNSをフォローしていたこと、さらには、容疑者の女の服や帽子、サングラスが、SNSで女性が公開していた自身の写真に写っているものと似ていたことです。
今回は書き込みが特定された原田市議に対する提訴ですが、同じようなデマを流した人が特定され次第、提訴に踏み切る方針だそうです。
なんとも…恐ろしい“事件”ですが、提訴された原田市議が「犯人が早く捕まってほしいと思いシェアしてしまった。おとしめるつもりはなかった」と釈明したように、「歪んだ正義」が全く無関係の女性を犯人にしたてあげてしまったのです。
SNSでは「扇情的」な言葉であればあるほど、拡散するスピードが早まり、より遠くまで伝わります。これまで行われた調査研究では、直接攻撃する人の割合は全体のわずか0.1%以下で、中には0.001%とする研究者もいるほど少ないのです。しかも、炎上に加担する人たちは大抵決まっていて、ネット利用者の0.5%程度と試算されています。
実際、数々の炎上の舞台となった2ちゃんねるの管理人を長く務めていた西村博之さんは「2ちゃんねる上でのほとんどの炎上事件の実行犯は5人以内で、たったひとりしかいない場合も珍しくない」とコメントしていました。
また、炎上の参加者は男性の方が多く、若い世代ほど高く、年収の多い人、ニュースに関心の高い人、SNSで誹謗された経験がある人ほど、加担する傾向が強いこともわかっています(参考文献:『ネット炎上の研究』)。
とはいえこれらはあくまで統計的に「傾向がある」とされているだけで、事実無根の罪で長年誹謗中傷されたスマイリーキクチさんの事件では、最終的に18人が検挙され17歳~47歳と幅がひろく、男性だけでなく女性もいました。彼らはいちように「ネットに騙された」「自分だけじゃない」と責任を転嫁し、ひとりとしてスマイリーキクチさんに謝罪する人はいませんでした。
もし、自分が何かに巻き込まれるようなことがあったら…と不安になってしまいますが、今回の場合は「あおり運転」「犯人」「ガラケー女」という激しい言葉が拡散を加速させ、あおり運転の加害者とその隣にいた「女」への憤りが、歪んだ正義にすり替わり、自らが「発信者」になる人、リツイートする人を増殖させたのです。
SNS社会は魔物です。誰もが自由に評論家口調で他人を叩くことができ、賛同する人がいれば自分に酔い、承認欲求を満たすことができます。このような感情には麻薬的な快感があるため、段々とエスカレートしがちです。
個人的な話になりますが、度重なる豪雨による被害で、私の元にもたくさんの情報がダイレクトメッセージで送られてきました。
「〇〇村が河川の氾濫で孤立しています!薫さん、情報発信してください!」
「〇〇山で土砂崩れがおき、閉じ込めれている人がいます。写真を添付します!」
といった具合です。
私はすべてにおいて自分が見て聞いたものしか発信しない主義なので、メッセージを送ってくださった方には、「当事者なのか?自分で撮った写真なのか?」ということを確認しました。するとメッセージのほとんどは「直接被災した人」ではなく、間接情報だったのです。
彼らには「正義の行い」として、人助けをしたい、力になりたいという気持ちがあったのだと思います。でも、そういった気持ちが、一歩間違えば全く無関係の被害者を生む可能性があることを、私も含めてすべての人が緊急時であればあるほど忘れてはいけないのだと思います。
みなさんのご意見もお聞かせください。
image by: 2p2play / Shutterstock.com
※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2019年10月30日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。