高市政権が今国会中の成立を目指す皇室典範改正案。しかしその内容について、十分な議論がなされたとは言い難いのが現状でもあります。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、「男系男子」による皇位継承を前提とした改正論議の経緯と背景を分析。その上で、すべての国民が今こそ問い直すべき「課題」を提示しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:皇室典範「静かなるクーデター」。なぜ民意は置き去りにされたのか
高市政権が置き去りにする民意。皇室典範改正という「静かなるクーデター」
いつのどの世論調査をみても、「女性天皇」「女系天皇」を容認する人が圧倒的多数を占めている。もちろん、愛子さまをイメージしているからだ。
ところが、自民党最高顧問、麻生太郎氏を中心に進められている皇室典範の改正は、「女性」「女系」を置き去りにし、「男系男子」による皇位継承を前提に議論されている。つまり、「愛子天皇」が実現しないことを確定させる動きだ。むろん、保守的思想の持ち主である高市首相がこの点においては麻生氏と“共闘”関係にあるのは間違いない。
そのことを国民が十分に理解しているとは思えない現状のなか、高市首相と麻生氏は今国会中の皇室典範改正実現をはかるために躍起となり、森英介衆議院議長らが「立法府の総意」の取りまとめにかかろうとしている。なぜ、これほど重大な決定が、世論調査の結果をよそに進んでしまうのか。このまま改正案が成立してもいいのかどうか。国民にとって、ここは思案のしどころだ。
近年、愛子さまが公務を担われ、その輝くばかりの笑顔や人柄が国民の間に浸透するにつれて「愛子天皇」を待望する空気が日本国内に広がってきた。だが、現行の皇室典範には「皇統に属する男系の男子が皇位を継承する」(第1条)とあり、女性は天皇になれないことになっている。
日本政府はこれを変えようとしたことがある。小泉純一郎氏が首相だった2005年、首相の私的諮問機関である「皇室典範に関する有識者会議」は、こんな結論を出した。「皇位継承順位を男女を問わず第一子優先とする」。そのまま決まれば愛子さまが皇位継承順位1位だった。
しかし、この方針が報じられると、自民党内の保守派議員たちが猛烈に反発、結果として改正案の国会提出は見送られた。その後、2006年に悠仁さまが誕生されたことで、「継承者不在」という差し迫った危機感がいったんおさまり、議論が深まらない状況がここまで続いてきた。
現在、16人の皇族のうち皇位継承の資格を有するのは秋篠宮、悠仁親王、常陸宮(上皇の弟)の3人だ。常陸宮は高齢であり、秋篠宮は今の天皇と5歳しか離れていない。つまり、実質的な皇位継承資格者は悠仁さまだけといってもいいのが、この問題の根幹だ。
戦前なら華族制度があり、結婚相手の供給源になった。自由な生活に慣れ切った今の時代、皇室に嫁ぐ女性を見つけるのは、そう簡単なことではないだろう。結婚したからといって、男の子が生まれる保証もない。
なのに、「男系男子」を後生大事に守ろうとしているのが、この国の保守層の絶大な支持を受ける高市首相であり、天皇を神格化し、その権威のもとで明治政府の中央集権体制を確立した大久保利通を高祖父とする麻生太郎氏である。寛仁親王妃の信子さまが麻生氏の妹であることもよく知られている。
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「男系男子のみ」の厳しいルールだけを維持する構造的な矛盾
今回の皇室典範改正への動きは驚くべきスピード感で推移している。麻生氏が号砲を打ち鳴らしたのは今年4月20日、麻生派の総会でのことだった。
「皇族数の確保は先送りにできない喫緊の課題だ。今国会中に必ず成し遂げなければならない」
麻生氏がもくろんでいる皇室典範の改正内容は主に2点ある。
(1)女性皇族が婚姻後も皇族の身分を保持する。
(2)皇統に属する男系男子の養子縁組を容認する。
「皇族数確保を図ることが喫緊の課題」として2021年に有識者会議がまとめた報告書の中身と同じだ。(1)は女性皇族に配慮するとともに皇族数のさらなる減少を避けるためだろうが、どちらかというと麻生氏が重視するのは(2)である。
1947年に皇籍離脱した11の旧宮家から、「男系男子」を養子に迎え皇族に加えるという案だ。週刊文春6月4日号によると、旧宮家の若い世代の未婚の男系男子は、少なくとも12人いるという。もちろん、普通の民間人として暮らしてきた家庭の子弟たちだ。近年は皇族との交流もあまりなくなっている。
いまさら、皇族になれと言われても困ると思うのだが、なかには国家的使命感に駆られる人もいるかもしれない。しかし、いきなり見たこともない人が現れて、国民が受け入れられるかとなると甚だ疑問だ。それでも、旧宮家に頼らざるを得ないほど危機的状況にあるということだろう。
皇室典範改正への動きは国会の情勢にも大きな影響を及ぼしている。麻生氏が国民民主党をも巻き込んだ「大連立」に近い枠組みを模索している背景には、皇室典範の改正という「歴史的事業」を「広範な国会合意」として成立させたいという思いがある。保守から中道までが賛成したという形を作り出し、反対勢力を孤立させるのも大きな狙いだろう。
現にその兆候は見えている。もともと立憲民主党は養子案に慎重だった。ところが、衆院で公明党と合流した中道改革連合は養子案を容認する方針を決めた。これに対し、元立憲代表で先の衆院選で落選した枝野幸男氏が、SNSに「天皇制を破壊しかねない旧皇族養子案を認めるなら、お付き合いは仕切れません」と投稿するなど、足元から異論が噴出している。
たしかに、何十年も前に皇籍を離れた家系の人物を、今さら税金で支え、特別な存在として迎え入れることに国民の納得感を得ることはきわめて難しい。下手をすれば「国民とともに歩む皇室」という信頼関係を損ない、結果として天皇制そのものの正当性に対する不信感を生みかねないのだ。
そもそも、なぜそこまで皇位継承資格を「男系男子」に限定することに固執しなければならないのだろうか。そのルールが、側室制度を前提とし、明治になってつくられたものであるにもかかわらずだ。
明治政府は、西洋の君主制をモデルにしつつ、日本固有の「万世一系」という神話を強化するために、「男系男子のみ」「嫡出子優先」といった厳格なルールを明治22年制定の旧皇室典範で固めた。同時に、近代国家としての体裁を整えるため、一夫一婦制を導入し、側室制度を廃止した。
つまり、男系継承を維持するための装置である「側室」を捨てて、「男系男子のみ」という厳しいルールだけを維持するという、構造的な矛盾を抱えたまま近代が始まった。これが現在の継承者不足問題の出発点となっている。
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「Y染色体」という“科学的な衣装”をまとったシンボル
「男系継承」は神武天皇以来2,600年以上にわたる伝統であるという保守派の主張について、よく聞くのが「Y染色体論」だ。男性のみが持つY染色体は、父から息子へと受け継がれる。「男系男子」による継承を繰り返せば、理屈の上では神武天皇から今の天皇まで同じY染色体が引き継がれていることになる。
もし女性天皇が即位し、その子供が皇位を継承した場合、天皇の血を引いてはいても、初代から伝わるY染色体が途切れるため、「万世一系」が断絶するというわけだ。
歴史学的には雄略天皇以前、特に神武天皇の時代は「記紀神話」の世界であり、実在を証明する考古学的な証拠はない。だが、本居宣長のように、「古事記」に書かれている通りに歴史があると信じることに価値を置く思想では、神話上の人物から今の天皇までが一直線につながっているという「物語」こそが真実となる。「Y染色体」は、その物語を現代においても説得力を持って説明するための「科学的な衣装」をまとったシンボルにすぎない。
なにより問題なのは、今回の皇室典範改正案が世論と著しく乖離していることだ。自民や維新は、女性皇族が結婚後、皇室に残っても「その配偶者や子を皇族としない」とし、逆に、養子に迎えられた人の子には皇位継承資格を与えるべきと主張する。女系天皇の可能性を封じる狙いがあるのは明らかである。
高市首相は支持率への影響が心配にならないのだろうか。多くの国民は「愛子天皇」を望んでいる。その民意を汲むのも首相の仕事だ。女性である首相が、女性天皇の道を開くための法改正を実現するなら、それこそがレガシーになりうるのではないか。
小泉政権時代に「男女を問わず、長子優先にすべきだ」と女性天皇を容認した有識者会議のメンバーからは「皇位継承の安定を考えれば、いま議論しても同じ結論になるはず」という声が聞かれる。記者クラブを独占する大メディアは、高市政権の“改正ありき”の進め方にひとまずブレーキをかける必要があるのではないか。
むろん、最後の一線を越えるのは私たち国民だ。「気がついたら変わっていた」という結果を招かないために、皇室が何のためにあり、誰のために守られるべきなのかを、改めて自分自身の言葉で問い直す必要がありそうだ。
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image by: 宮内庁