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仮想敵でっち上げ政治に米識者も辟易。約30年前から続く内部紛争

アメリカや日本の報道を見ると、幾つかの国や宗教を特定し「危険だ」「攻撃に備えよ」との表現見ることがあります。しかし、その報道を鵜呑みにして良いのでしょうか?そもそも彼らに攻撃の意図があるのでしょうか?それに対し、深い検証がなされたことはあるのでしょうか?ジャーナリストの高野孟さんは今回、自身のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で、北大西洋条約機構(NATO)と日米安全保障条約を例に、アメリカの歴代の政治姿勢を鋭く分析しています。

欧州は米国と決別する?──ウルマン『アメリカはなぜ戦争に負け続けたのか』を読む

北大西洋条約機構(NATO)は12月3~4日、ロンドンで創設70周年の首脳会議を開いた。が、その大きな節目を加盟29カ国のトップが祝い合うという雰囲気からはほど遠く、むしろ逆に、この組織が今後生き残ることが出来るのかどうか、生き残るとすれば何のためなのかを深刻に問い直すための会合にしなければならないのではないか。

11月初めに「NATOはすでに脳死状態」と指摘して物議を醸したフランスのマクロン大統領(本誌No.1020 参照)は、11月28日の記者会見では、その発言がNATOの真の目的を考えることを最優先すべきだという意味で「目覚ましを鳴らした」のだと説明し、そのことを抜きにして拠出金の額だとかその他の技術的な議論をするだけでは無責任だ」と指摘した。またトランプ米大統領が米露間の中距離核戦力(INF )全廃条約を失効させたことを受けて、欧州諸国が加わった新たな核軍縮条約を作るべきだとも主張した。

これを、米英アングロサクソン連合からの自立を追い求めたド・ゴールの真似事と冗談半分に捉える向きもあるが、そんなことではなくて、欧州はここで、米国との関係、及び欧州から離脱しようとしている英国との関係、ということは翻ってロシアとの関係、及びそれとの絆を深めているトルコとの関係──などの多次元方程式をどう再設定するのか、根本まで遡った議論を求められていて、マクロン発言はその真っ当なきっかけを作ったのではないか。

そもそも現在のNATOの存在意義は?

そもそも、冷戦が終わったのになぜNATOは存続したのかが問題である。ゴルバチョフはさっさとワルシャワ条約機構を解消した。それに対応して西欧もNATOを解消するのが当たり前という意見が、仏独を中心に高まったが、米国はそれに強く反対して存続を主張した。そのホンネは、米国が引き続き西側の盟主として欧州への支配を維持するためのテコとして、このツールを何としても手放したくなかったということにある。

しかし、まさかそうあからさまに言うわけにいかないので、「NATOの域外化」──確かに欧州で東西両陣営が正面からぶつかり合う大規模戦闘の可能性は消え去ったが、域外にはイスラム世界がありそこでは“文明の衝突”的な紛争の火種が絶えないので、NATOとして結束して共同対処していく必要があるという屁理屈が編み出された。

それが屁理屈であったのは、確かに中東には昔も当時も今も、数々の火種があるけれども、それに軍事力で対処すべきケースはどれなのか、ましてや米欧が総力を結集して対応すべき事態があるとすればどのような場合なのか、といった戦略論的な検討が行われた形跡が皆無であるところにある。そうやって、何とはなしに「域外化」という屁理屈を立てると、やらなくてもいい作戦でも試してみたくなるというのが軍事の持つ倒錯的な魔力で、その最初が1999年のNATOによるコソボ空爆である。

もう1つの屁理屈が「NATOの東方拡大」で、99年以降2017年までに旧東欧のポーランド、ハンガリー、チェコを手始めに旧ソ連邦のバルト3国を含む13カ国が新たに加盟し、事実上の「ロシア包囲網」を作り上げてきた。その、プーチンから見れば“NATOの魔手”がロシアと直接国境を接するグルジアとウクライナにまで到達してきた時に、彼は容赦ない軍事作戦を発動してそれを食い止めた。西側メディアはそれを「ロシアの侵略性の現れ」と非難するが、それは本末転倒で、NATOがロシア国境まで攻め上がらなければそれへのプーチンの反撃は起こらなかっただろう。

NATO拡大に米識者からも反対論

ハーラン・ウルマン『アメリカはなぜ戦争に負け続けたのか』(中央公論新社、19年8月刊https://amzn.to/2Dzj9mF )はなかなか刺激的な本で、「ベトナム戦争への従軍をきっかけに、軍、大学、ビジネス、シンクタンクの世界に身を置きながら長年にわたって歴代政権にアドバイスを続けてきた大御所的存在」(同書P.335 )である著者が、ケネディからトランプに至る歴代大統領はどれもが落第で、まともな戦略的思考を欠如させたまま無闇やたらに戦争を発動して失敗ばかりしてきたことを糾弾している。

その中で、NATO拡大についての記述を探すと…1990年代、クリントン政権時代の米国は、民主党系の外交政策エスタブリッシュメントの頂点にあったブレジンスキーの影響が大きく、彼の母国のポーランドを真っ先にNATOに加盟させることに夢中になった。しかし当時の米国内には、そうした方向に反対する強力な陣営もあり、「ビル・ブラッドリー、ゲイリー・ハート、サム・ナンらの上院議員、またロバート・マクナマラ元国防長官、ジャック・マトロック元駐露大使」らの連名で「ロシアをどう扱うかを考慮しないままでのさらなるNATO拡大は『歴史上で類を見ない失策』になるだろう」と警告する共同書簡も発せられた(P.194)。

「ブッシュ父政権で始まり、クリントン政権で加速したNATOの拡大は、健全な戦略的思考の欠如を露呈するものだった。別の言い方をするなら、NATO拡大は長期的な地政学的影響への考慮よりも、政権の姿勢と、民主主義と人権尊重を広めようという野心により大きく影響されたものだった」

この後段の表現は上品すぎて意味が分かりにくいかもしれないが、冷戦後の対露関係をどう構築するか地政戦略的な厳密な議論が行われずに、ただ何となく「民主主義とか人権とかの観念が東に広がるのはいいことだ」という風な単純素朴な願望が米政権を突き動かしてきたということである。

ロシアはNATOの敵なのか?

NATOの「域外化」を定めると、それを実際に試してみたくなってイスラムを必要以上に敵に仕立て上げたくなってしまう。NATOの「東方拡大」を掲げると、ロシアを実態以上に恐ろしい敵だと描き上げたくなるのが軍事的論理の落し穴である。

ウルマンは言う。「前世紀の概念を修正し、再定義しなければならない。抑止と封じ込めがその修正リストのトップにくる。…21世紀には、抑止のために何が必要になるか誰にも分からない。中国、ロシア、イラン、北朝鮮、そしてイスラム国(IS)を考えてみてほしい。それぞれを抑止するために何が必要になるのだろう?何を抑止するのだろう?戦争を始める意思がないのであれば、抑止は意味を持つだろうか?

もちろんこれは反語形式で、著者は「持たない」ということを強く主張しているのである。彼はこうまで言っている。

「21世紀の問題に対処するために20世紀の思考法と概念を使っても成功は望めないだろう。ロシアも中国も、隣国を攻撃しようとする意図は持たない。アメリカの同盟国ならなおさらだ。だとすれば戦争を抑止するために何が必要かという問いかけは意味がない」(P.309)「ロシアはNATO加盟国に侵略したりはしない」(P.326)

結局のところこの議論は、ロシアを今更ながらに「仮想敵」と位置づけて、旧来型の大規模地上侵攻があり得ると見てそれに備えようとするのは正しいのか?という問いに帰着する。私は正しくないと思うけれども、世の中的にはそうではなくて、例えばの話、朝日新聞12月1日付の第1面から2面までを費やした「冷戦30年後の現実」第1回では、ポーランドの武装民兵がいかにロシアの侵略を恐れて訓練に勤しんでいるかが緊迫的に描写されている。そこでは「ロシアの脅威」は自明の前提であるかに措定され、そのこと自体を疑ってかかる姿勢は記事には皆無である。しかし、ウルマンによればロシアはポーランドに侵略することはない。もちろん国際政治にも軍事にも常に「万が一」ということがあるけれども、それが本当に万が一なのか百万が一なのかの検討を欠いて軍事を語ることほど危ないことはない。

NATOをめぐる議論は日米安保の抱える問題と直結する。NATOの外延化の原理は、そのまま日米安保の外延化すなわち集団的自衛権の容認による対外武力行使に繋がっている。NATO首脳会議の動向が決して人事ではないのはそのためである。

image by:Shutterstock

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早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

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