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四面楚歌のWHO。習近平への「謝罪要求」が世界中にあふれる日

5月1日、新型コロナウイルスに関して、専門家による緊急委員会の勧告を受け「ウイルスの起源を特定する」と述べたWHOのテドロス事務局長。これまで「自然起源説」の立場を崩さなかったWHOは、なぜここに来て突如調査に応じる決定を下したのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、米中を中心とした世界各国の複雑に絡み合った「力学」を読み解きつつ、その裏側を探っています。

米中コロナ戦線異状あり

パンデミック宣言が遅い、中国寄りだ、などと、このところ評判の芳しくないWHO(世界保健機関)が、どういう力学のなせるわざか、新型コロナウイルスの起源を特定する、という。

なんでも、4月30日に開かれた各国の専門家による緊急委員会の勧告に従うのだそうである。

テドロス・アダノム事務局長は1日の記者会見で、委員会の勧告を受け入れて国連食糧農業機関(FAO)などの他の国際機関と協力し、「動物由来のウイルスの起源を特定するよう努める」と述べた。
(5月2日朝日新聞デジタル)

たしか、WHOは動物からヒトに感染した「自然起源説」をとり、野生動物が食肉として売られていた武漢の海鮮市場で発生したのではないかという見方に与してきたはずである。

「動物由来」というのが「自然起源」と同じ意味なのかどうかは、テドロス事務局長に聞くほかないが、どうやらこの動き、トランプ・米国大統領の最近の言説と無関係ではないようだ。

4月30日の記者会見でトランプ大統領は「新型コロナは武漢にあるウイルス研究所が発祥である証拠を見た」「WHOは中国の広報代理人のようだった」などと発言した。5月3日にはFOXニュースに出演し、何が起きたかを示す強力な報告書を準備していると明らかにした。

かなり前から、武漢の海鮮市場ではなくウイルス研究所が発生源だという見方はあった。エボラウイルスなど、もっとも危険な病原体を扱うバイオセーフティーレベル4の研究施設が、武漢市内にあるのは間違いない。

毒性学、生物・化学兵器の世界的権威、米コロラド州立大学名誉教授の杜祖健氏はユーチューブにおけるノンフィクション作家、河添恵子氏との対談(3月8日)のなかで、「間接的な証拠から、武漢の研究室から漏れたというのが最も適当な説明だろう」と語り、以下のように続けた。

「武漢では、焼却処分されるはずの実験動物を裏で転売して漏れたということもあり得る。…SARSのウイルスに手を加えたのではないか、という論文も出た。(新型コロナウイルスは)SARSと近いウイルスだが、分子に4つの違いがあり、自然に起きる違いではないと報告されており、人工的に改良された可能性がある」

杜氏は同時に、1979年に旧ソ連・スべルドロフスクの生物兵器研究施設から炭疽菌が漏れて死者が出たことにもふれている。新型コロナウイルスについては陰謀論めいた言説が飛び交っているが、少なくとも新型コロナウイルスが生物兵器の一種であるとは常識的に考えにくい。たとえ研究段階でウイルスの遺伝子か何かに人間の手が加えられたとしてもである。

しかし、杜氏が言うように、実験動物を何者かが食用に転売しようとしたとか、研究員が研究用の野生動物から感染し外部へ広げたという可能性は否定できない。

実は、トランプ大統領が新型コロナの発祥地を武漢のウイルス研究所であると言い放った日をさかのぼること半月、ワシントンポスト紙に以下のような記事(概略)が掲載された。

新型コロナウイルスによるパンデミック発生の2年前、米大使館員が中国・湖北省武漢市にある中国科学院武漢病毒研究所を何回も訪れ、安全管理について警告を発した。同研究所はコウモリのコロナウイルスに関する危険な研究をしており、SARSのようなパンデミックを新たに起こす可能性がある。ウイルス研究所の所員らは米大使館の専門家に対し、「研究所の安全を保つための技術者が不足している」と訴えたという。

ワシントンポスト紙は、ウイルスが人工的に開発されたのではなく、動物に由来すると多くの科学者が考えているとしながらも、武漢の研究所から漏れ出した可能性は否定できないと指摘した。

もちろん、こうした米国サイドの見方に中国政府は反発している。アメリカが持ち込んだのではないかと、他国のせいにするのも毎度のことだ。

しかし、現時点での米中両国をながめると、少なくとも“コロナ戦線”に関しては、中国に米国が手綱を握られている感じがする。サプライチェーンの重要なパートを中国が占めているために、今いちばん必要な医療用具やマスク、消毒液などが、北京政府の指示で中国の製造工場にとどまり、他国に輸出できる数量が限られてしまっているからだ。

北京を本気で怒らせると、医療崩壊がますます進み、自給自足でもしない限りコロナ地獄から抜け出せないのではないか。そんな恐れさえ抱かせる。極端に言うなら、国家の命運を人権軽視の独裁国家に握られているような、困った事態になっているのだ。

新型コロナが米国で流行する前、アメリカではマスク、人工呼吸器、消毒液が猛烈な勢いで売れていた。中国人が故郷の親戚や知人に贈ったり、母国で転売していたのだ。武漢から燎原の火のごとく感染が広がっていた頃の話である。

中国を支援するため、日本からもマスクなどが送られた。武漢の病院の地獄絵のような映像は、世界の多くの国民の目にはまだ他人事に見えた。

そのころ北京政府は海外の中国人や、国営企業、民営企業に指令して、ありったけのマスクを買い占めさせ、防護服、医療用ゴーグルなどを世界中から買い集めていた。

気がつくと、中国における感染の勢いは下火となり、欧米諸国や日本で、医療物資やマスクの在庫が底をつきはじめていた。そして、新型コロナの流行はイタリアをはじめヨーロッパに飛び火し、やがてアメリカ本土にも上陸して猛威をふるった。

いかに習近平国家主席でも、ここまで見通すことはできなかっただろう。都市封鎖など強権をふるった隔離政策は中国ならではの成果をあげたが、自由世界に拡大させた“コロナ地獄”が、このような展開になろうとは。

中国は世界の製造工場から、いまやサプライチェーンを支配する存在になっている。マスク一つとってみても、中国の生産量はもともと世界の半分を占めていたが、新型コロナのパンデミックで、生産量は12倍に増加、1日あたり1億6,000万枚の生産をするまでになった。

世界のマスク需要は飛躍的に増え、中国産の奪い合いが起きている。経済活動をストップする各国は、中国からやってきた疫病に苦しみながら、骨髄にしみ通った恨みをひた隠しにして、中国に物資の供給を頼まざるを得なくなった。

コロナ後の世界はどうなるのだろう。今の勢いに乗って中国がアメリカを凌駕する国になれるのか、それとも、グローバル経済を支えてきた中国中心のサプライチェーンに疑問を抱いているだろう先進各国が、新たな製造の仕組みを構築し、中国の野望を打ち砕くのか。

アメリカでは3月18日、トム・コットン議員とマイク・ギャラハー議員が「中国からサプライチェーンを守る法案」を提出し、中国依存からの脱却を訴えた。

アメリカの製薬会社は、薬の原料生産の多くを中国の工場に委託している。例えば抗生物質などは、中間化学品の調達をほとんど中国で行っている。中国の化学産業のシェアは世界の40%を占め、医薬品サプライチェーンの中心的役割を担っているが、いったん今回のようなパンデミックが起き、医薬品の争奪戦が起こると、それが他国にとっては、国家安全保障上の重大なネックになるのである。

新型コロナの治療薬として承認が待たれる日本国産の新型インフルエンザ治療薬「アビガン」にしても、原料のマロン酸ジエチルは中国からの輸入だ。日本政府は脱中国をはかるため補助金を出し、国内化学メーカーによるマロン酸ジエチル生産を再開させて、アビガンの増産をはかっている。

なぜ中国にアメリカや日本など先進国が製造拠点を移したかは、いまさら説明するまでもあるまい。新自由主義的な競争のなかで、人件費など安いコストを求めてグローバル企業やその周辺の企業群が中国大陸というフロンティアをめざしたからであろう。

進出してきた外国の会社と合弁した中国企業は、強制的な技術移転などでノウハウをつかむと、米国など世界の市場に打って出て、ダンピング戦術で競争相手を潰し、市場を独占したうえで値段をつりあげるというパターンでのしあがってきた。中国政府は国内企業に莫大な補助金を出して価格の競争力を高め、他国の企業を蹴散らすのである。

トランプ大統領は、世界の覇権をねらう習近平政権の頭を抑え込むため、いわゆる“米中貿易戦争”を仕掛けたが、どういう因果か、昔なら中国・武漢の風土病ていどで終わるべき新型コロナウイルスに足元をすくわれた。

ヒト、カネ、モノが世界を駆けめぐるグローバル経済のもとで、あっという間に広がるこの難敵の前には、アメリカ自慢の最新鋭ハイテク兵器も何の役にも立たない。

だが、トランプ氏のいわゆる「ディール」は侮れない。中国に力づくで協力させる切り札こそが、コロナウイルス起源にまつわる疑惑であり、疑惑の調査に消極的なWHOへの揺さぶりであろう。

トランプ大統領は4月14日、WHOへの資金拠出を停止するよう指示した。WHOが新型コロナウイルス対策に「基本的な義務を果たさなかった」というのがその理由だ。米国は昨年、WHOの年間予算の15%弱に当たる4億ドルを拠出した。むろん、WHO最大のスポンサーだ。

一方、中国政府はWHOに新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための資金として、新たに3,000万ドルを寄付すると発表した。それまでに表明していた2,000万ドルの寄付と合わせて、5,000万ドルになる。謀略好きの悪党が、直情径行の悪党を利用し、“いい人”ぶる図式だ。

WHOが米中両国のはざまで、コロナ起源疑惑にどう対処するのか。形ばかりの調査で済ますわけにはゆくまい。武漢のウイルス研究所から新型コロナが流出した確たる証拠なるものを米国が公開したら、“コロナ戦線”における中国の優位は崩れ、習近平氏への謝罪要求の声が世界中にあふれるかもしれない。

image by: Shutterstock.com

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