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自民党こそが「平和ボケ」岸田政権では有事の対応などできぬ“証拠”

今国会での激しい論戦が予想される、防衛費増税を巡る議論。政府は今月3日に「防衛力財源確保特措法案」を閣議決定し国会に提出するなど、前のめりの姿勢を崩そうとしません。このような動きに大きな疑問を投げかけるのは、毎日新聞で政治部副部長などを務めた経験を持つジャーナリストの尾中 香尚里さん。尾中さんは今回の記事中、自民党政権に「有事への対応能力」などないとしてそう判断せざるを得ない理由を詳述するとともに、岸田政権に対して抱いている「恐れ」を具体的に記しています。

プロフィール:尾中 香尚里(おなか・かおり)
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。1988年毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長、川崎支局長、オピニオングループ編集委員などを経て、2019年9月に退社。新著「安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ」(集英社新書)、共著に「枝野幸男の真価」(毎日新聞出版)。

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防衛費増額とコロナ禍

通常国会が1月23日に召集された。昨年の臨時国会から引き続き、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)問題が大きな焦点となることは疑いもないが、今国会ではさらに、政府が新型コロナウイルス感染症を季節性インフルエンザと同等の扱いにする(感染症法上の「5類」への移行)問題、そして「敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有」をはじめとする防衛政策の大転換が、論戦の大きな焦点に浮上しそうだ。

コロナ禍と防衛政策。一見全く関係ない問題のように見える。コロナ禍は医療問題の専門家が、防衛政策は安全保障や憲法の専門家が「その道のプロ」として議論している。

それはそれで大事だが、どうも筆者は両者の「共通項」が気に掛かる。なぜなら、コロナ禍も安全保障上の危機も、ともに「日本の非常事態にどう対処するか」という点では、同じ枠組みで語れる話だと思うからだ。

結論から先に言いたい。「コロナ禍でまともな対応ができなかった歴代自民党政権が、防衛政策などまともに取り組めるはずがない」と。

岸田文雄首相は23日の施政方針演説で、防衛力の「抜本的強化」について「戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に対峙していく中で、いざという時に国民の命を守り抜けるのか、極めて現実的なシミュレーションを行った上で、十分な守りを再構築していく」と語った。ロシアによるウクライナ侵攻というあり得ない事態が起きている状況で、安全保障環境の変化に対する国民の不安に政治が一定程度寄り添う必要性を、筆者も全否定するつもりはない。

問題はこの政権に「国民の命を守り抜く」覚悟が、全く感じられないことだ。

他国からの軍事攻撃は確かに非常事態だが、現時点でその切迫感は薄い。それ以上に国民にとってはるかに分かりやすい直近の非常事態がコロナ禍だ。そしてその時に歴代の自民党政権が「国民の命を守り抜く」姿勢で臨んだとは、筆者にはとても思えない。

例えばコロナ禍初期の安倍政権の対応だ。安倍晋三首相(当時)は、法的根拠を伴う緊急事態宣言の発令を、国内で初めて感染者が発見されてから、3カ月近くも渋り続けた。緊急事態宣言に基づき政府が飲食店などへの営業自粛などを要請した際、その結果生じる損害に対し補償を求められるのを嫌がったのだ。実際に安倍氏は「民間事業者や個人の個別の損失を直接補償することは現実的ではない」と国会で答弁している。

「国民の命を守り抜く」姿勢を見せなかった安倍氏。その結果、多くの飲食店が壊滅的な打撃を被り、一方で感染拡大を防ぐこともできなかった。

続く菅義偉政権では、感染者が保健所の調査にうその申告をしたり、宿泊療養(これ自体が感染者に十分な医療へのアクセスを与えられないという、政府の怠慢である)などの要請に応じなかったりした場合に、罰則を課す規定が設けられた。一時は懲役刑の導入まで検討された。感染対策が後手に回り、国民の生命も経済も痛めつけた自らの責任を棚に上げて「国民の責任だ」と言わんばかりの施策だった。

そして岸田政権の「5類」移行問題だ。要するに、コロナ禍が事実上終わり「平時」に戻ったことを高らかに訴えるための、露払いのようなものである。

確かに、オミクロン株への置き換わりが進む中、かつてのような「緊急事態宣言を発令して国民に大規模な行動自粛を求める」施策は、もはや意味をなさないだろう。しかし、今は第8波のさなかだ。政府が国民に危機を訴える姿勢を失っている間に、全国の死者数は今年になって過去最高を記録している。

コロナ禍関連の経営破たんも、昨年から勢いを増している。コロナ禍で売り上げが減った中小企業の資金繰り支援策だった実質無利子・無担保での融資(ゼロゼロ融資)の返済が本格的に始まったことが影響しているのは間違いないだろう。

多くの国民が今なお社会的にも経済的にも苦しみ、生命と暮らしの危機に脅かされている中での「2類から5類は」は、その是非以上に「ここから先は『平時』。後は国民の自己責任で」というアナウンスに等しい。

「5類移行後も政府は国民の命を守り抜くために全力を尽くす」という力強い決意は、岸田首相から全く感じられない。それどころか、首相は前述したように、この「国民の命を守り抜く」という言葉を、国会で防衛費増額の文脈で使ってみせたのだ。

その言葉を使うべき場面は、そこじゃないだろう。そんな思いしか持てなかった。

思うに自民党政権は、本当の意味で「有事」に対応できる政権ではない。

高度経済成長期で税収は増える一方、冷戦構造が世界秩序に奇妙な安定感を与え、米国の機嫌を損ねさえしなければ、経済でも安全保障でも、自分の頭で難しい判断をする必要がない状態で、自民党は政権交代のない「万年与党」の座に安住していた(それを許した責任は、当時の野党勢力にもあるが)。

55年体制が崩壊した後、日本は敗戦以来の「国難」とも言える状況をいくつも経験した。だが、阪神・淡路大震災(1995年)の時は、自民党は与党だったとは言え、首相は社会党の村山富市氏。東日本大震災(2011年)の時は民主党の菅直人政権で、自民党は野党だった。

自民党は「有事への対応能力」を試されることなく、社会党や民主党を批判して「危機管理に強いのは自民党」イメージを振りまいていればよかった。ありていに言えば「平和ぼけ」していたのだ。

そんな自民党が、民主党から政権を奪還して初めて遭遇した「国難」的危機がコロナ禍だった。そして、安倍政権以降三つの政権の対応のお粗末さは、ここで繰り返すまでもない。正直、筆者にさえ「政権担当経験の長い自民党は、野党よりは危機対応に長けているのかも」という幻想があったが、その幻想はこの3年でもろくも崩れ去った。

彼らは何かにつけて「現行憲法では危機管理に対応できない」と言う。しかし、コロナ禍のような感染症でも、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故のような大災害でも、政府が現行憲法の範囲内で、国民の生命を守るために強権を発動できる仕組みは、当たり前に存在する。

コロナ禍で自民党政権は、こうした仕組みを「使い倒す」ことができなかった。現行法にある「武器」を使い切って「もうこれ以上の手はない」ところまで頑張りきることをしなかった。分かりやすい例が「予算の使い残し」。コロナ対応を中心として政府が積み上げた多額の予算は、現在「不用額」として積み残され、その額は2020年度、21年度と2年連続で過去最大になっている。

「あらゆる手を尽くして国民の命を守る」ことをサボっておきながら、事態が自分の手に負えなくなると、今度は「政府の指示に従わない国民のせい」にしたり「危機はなかった(終わった)こと」にして「平時」の対応に戻ろうとしたりする。しまいには自分らの無策を棚に上げて「政府に権限がないから何もできない」と制度に責任を転嫁し「憲法を改正して緊急事態条項がほしい」などと言い出す。

こんな政権が防衛費を増強したとして、それで「国民を守る力」が強まるなんてことを信じろという方が無理だ。

岸田首相は昨年12月、「安保関連3文書」の閣議決定を受けた記者会見の冒頭発言で、防衛力の抜本的強化について「端的に申し上げれば、戦闘機やミサイルを購入するということ」と述べた。

買ってどうするのか。おそらくこの政権は、多額のお金で買った兵器の数々をまともに使うこともできず、無駄にするだけなのではないか。

思えば、北朝鮮からミサイルが飛んでくるたびに、そのミサイルが通り過ぎた後に全国「瞬時」警報システム(Jアラート)なるものを高らかに鳴らし、子供たちを学校の机の下に潜らせていた段階で、私たちは自民党政権の危機管理能力を、もっと真剣に疑っておくべきだったと思う。

筆者が恐れるのは「戦闘」行為そのものより、むしろ「その後」である。

岸田政権は例の「敵基地攻撃能力」(反撃能力)について「相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使」することを強調している。野党の「先制攻撃」批判をかわすのに必死なのだろう。とりあえずそれはよしとしよう。

しかし、この言葉を信じるなら、日本政府が敵基地攻撃能力を発動する時は、すなわち「敵」からの攻撃によって日本国内に甚大な被害が生じた時だということになる。ミサイルが原発に命中し、福島原発事故を上回る被害が出ているかもしれない。

その時にこの政権は、被害を受けた国民を本当に救えるのか。コロナ禍で苦しむ国民に十分な手を差し伸べられない政権が、「戦闘」で被害を受けた国民を見捨てないと、どうして言い切れるのか。

左派やリベラル系の人々が「新しい戦前が来る」と危機感を抱く気持ちはよく分かるし、間違いではないとも思う。しかし、あえて言うなら、本当にこの政権に危機感を持つべきなのは、防衛費増額を高く支持する保守系の人々の方ではないのか。

この国会で問われるべきは「安全保障政策はどうあるべきか」ではない。「この政権に危機管理を任せて本当に大丈夫なのか」ということだ。少なくとも筆者は、コロナ禍で苦しむ国民を放置して「対応はもうお手上げ」と言わんばかりに「平時」を装うような岸田政権に、国防など議論してほしくない。

image by: 首相官邸

尾中香尚里

プロフィール:尾中 香尚里(おなか・かおり)
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。1988年毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長、川崎支局長、オピニオングループ編集委員などを経て、2019年9月に退社。新著「安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ」(集英社新書)、共著に「枝野幸男の真価」(毎日新聞出版)。

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