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総務省が全文公開の大誤算。高市早苗を追い込む放送法「行政文書」のエグい内容

立憲民主党の小西洋之議員が公表した放送法の解釈変更を巡る総務省の資料を「捏造」と決めつけ、自身の進退を賭けるとまで言い切った高市早苗経済安保大臣。しかしその後、松本剛明総務相は同資料を「行政文書」であることを認め、総務省はHP上で「政治的公平に関する文書の公開について」とのタイトルで全文を公開するに至り、高市氏を取り巻く状況が一気に悪化しています。事態は今後、どのような推移を見せるのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では著者で元全国紙社会部記者の新 恭さんが、一連の流れを改めて振り返るとともに、A4用紙80枚にも及ぶ文書の生々しい内容を丁寧に紹介。その上で、松本総務相が早々にこの資料を「正式な行政文書」と認めた裏事情を考察しています。

「サンデーモーニング」も古舘伊知郎も気に入らない。安倍官邸“放送弾圧”の一部始終

「けっこうですよ」。経済安全保障担当大臣、高市早苗氏の自信みなぎる声が委員会室に響きわたった。

3月3日の参院予算委員会。立憲民主党の小西洋之議員が総務省の内部文書として公表した資料に対して高市大臣が「捏造だ」と主張し、小西議員が「捏造でなければ大臣、議員を辞職するということでよろしいですね」と迫ったときのことだ。

この瞬間から、かつて安倍政権が放送法の「政治的公平」について無理やり解釈を変更した経緯の記録であるこの文書をめぐり、ホンモノか否かをめぐって、ネット空間がにぎやかになった。当時、放送を所管する総務大臣だった高市氏は、この文書のうち、自分に関係のある記述について全面否定したうえ、思い当たる「捏造」の理由をこう語った。

「私が受診料引き下げなどでNHKに厳しい姿勢をとったため、省内で大変な反発があり、放送関係の幹部との関係が良くなかった」。

つまり、総務省の誰かが高市氏を貶めるため、虚偽の文書を作成したと主張したのだ。高市氏があまりに自信たっぷりな口調だったため、小西議員がニセの文書に飛びついて罠にハメられたとはやし立てる声もネットに飛び交った。

小西氏が総務官僚に捏造文書を掴まされる可能性が低いワケ

ところが3月7日になって、松本剛明総務相がこの文書を「行政文書」と認定したことから、にわかに高市氏の旗色が悪くなった。

松本総務相は会見で「一部は関係者の認識が異なる部分があるなど、正確性を確認できないものがある」と述べ、高市氏に関する記述について真偽の認識に曖昧さを残してはいる。だが、捏造でなければ辞職すると答えたばっかりに、高市氏が進退をめぐって厳しい立場に追い込まれているのは確かだ。安倍元首相という高市氏の後ろ盾も今はなく、岸田官邸から注がれる眼差しも冷たい。

高市氏は判断を間違えたのではないか。そもそも小西議員が総務省の官僚に捏造文書をつかまされるというようなことは、考えにくい。小西議員は元総務省の官僚である。しかも、テレビやラジオ番組のあり方に関わる放送政策課の課長補佐だった。文書に登場する安藤情報流通行政局長はかつての上司だ。小西氏はこの文書の存在について、携帯電話で安藤氏に確認済みだった。

文書は、幹部間で情報共有するために作成された。安藤局長や放送政策課の課長らが、当時の安倍首相補佐官、礒崎陽輔氏に「政治的公平」に関する放送法の解釈について変更を強く迫られ、法違反だと抵抗しながらも、恐るべき政治権力の圧力に押し流されてゆく。2014年11月から15年3月にかけ、この件に関してやりとりした磯崎補佐官、高市総務大臣らの発言などが時系列でA4約80枚に記録されている。

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生出演したニュース番組でブチ切れた安倍晋三氏

放送法第4条で、放送事業者は「政治的に公平であること」と定められている。これについて政府は従来「一つの番組ではなく、放送事業者の番組全体を見て判断する」としていたが、安倍政権下の2015年5月12日、参院総務委員会で、高市総務相が「一つの番組でも極端な場合は政治的公平を確保しているとは認められない」と答弁し、新解釈を示した。

磯崎補佐官は放送法の解釈変更ではなく「政府解釈の補充的説明」だという理屈をあみだし、高市総務大臣もそれにならったが、あまりにも無理筋であり、テレビ局に圧力をかけるのが目的なのは明らかだった。

なぜそういうことになったのか。きっかけは衆議院選挙が迫る2014年11月18日、TBS系の「NEWS23」に当時の安倍首相が出演したさいの出来事だった。番組中で流された街頭インタビューで政権批判の声が多かったことに安倍首相が憤慨し「おかしいじゃないですか」とかみついた。

その2日後、自民党が萩生田光一筆頭副幹事長と福井照報道局長の連名で「選挙時期における報道の公平中立ならびに公正の確保についてのお願い」というタイトルの文書を在京のテレビキー局に送付した。

安倍首相への点数稼ぎを狙って官邸側で動いたのが礒崎補佐官だ。総務省放送政策課に磯崎氏が「放送法の政治的公平について局長からレクしてほしい」と電話連絡したところから、内部文書の記録は始まる。

最初の補佐官レクは2日後の11月28日。磯崎氏の問題提起は「一つの番組でもおかしい場合があるのではないか」だ。その狙いは、一つの番組だけでも「政治的公平」に抵触する場合があると解釈できるよう総務省に働きかけることだった。

従来の解釈を踏襲したい総務省サイドは抵抗した。このため、磯崎氏は自ら作成した新解釈案を出してきた。できるだけ早く総務省を説得し、安倍首相に説明する腹のようだ。

「ただじゃあ済まないぞ。首が飛ぶぞ」。響く安藤局長の怒声

困り果てた安藤局長らは山田真貴子総理秘書官に相談をもちかけた。15年2月18日の「山田総理秘書官レク結果」には山田氏の発言として次のような記述がある。

「どこのメディアも委縮するだろう。言論弾圧ではないか」「政府として国会でこういう議論をすること自体が問題。新聞、民放、野党の格好の攻撃材料」

山田秘書官の発言に意を強くしたのか、安藤局長らは同年2月24日、磯崎補佐官に会い、「総理に話す前に官房長官にお話しいただくことも考えられるかと思いますが」と進言した。磯崎氏は安藤局長らに怒声を浴びせた。

「何を言っているのか分かっているのか。局長ごときが言う話ではない。この件は俺と総理が二人で決める話だ」「俺の顔をつぶすようなことになれば、ただじゃあ済まないぞ。首が飛ぶぞ」

この件に関する磯崎補佐官の総理レクは3月5日に設定された。暴走を阻止したい総務省は山田秘書官に望みをつないだ。安倍首相に「官邸にとってマイナスであり、やらないほうがいい」と進言してもらいたいと依頼しておいたのだ。

しかし、総理レクのあとで山田秘書官から電話で受けた報告は意外なものだった。安倍首相は磯崎案に前向きだというのである。総理レクにおける安倍首相の発言内容は次のように記されている。

「放送番組全体で見る」とするこれまでの解釈は了解(一応OK)とするが、極端な例をダメだと言うのは良いのではないか。タイミングとして「今すぐ」やる必要はない。国会答弁をする場は予算委員会ではなく総務委員会とし、総務大臣から答弁してもらえばいいのではないか、とご発言。

これで、高市総務大臣の国会答弁による放送法新解釈の提示方針が決まり、事実、自民党の藤川政人参院議員の質問に答えるかたちで、新解釈答弁が行われた。

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「捏造」を「不正確」にトーンダウンさせた高市早苗の窮地

総理レクの翌日、磯崎補佐官が安藤局長らに話した内容は、特定の民放番組に対する敵意が剥き出しになっていた。

「サンデーモーニングには問題意識を持っている。(報道ステーションの)古館も気に入らないが、古館はゲストを呼ぶ。…サンデーモーニングは番組の路線と合わないゲストを呼ばない。あんなのが(番組として)成り立つのはおかしい」「(究極は)けしからん番組は取り締まるスタンスを示す必要があるだろう」

放送法は、大本営発表を垂れ流して戦争に協力したラジオ放送の過ちを繰り返さないために、政治権力からの独立に重きを置いてつくられた法律だ。その立法精神を捻じ曲げてでも、放送番組をコントロールしようというのである。

2015年3月27日のテレビ朝日「報道ステーション」で、コメンテーターだった元経産官僚、古賀茂明氏が「官邸のみなさんにはものすごいバッシングを受けてきましたけれども…」とのコメントを残して降板したことも、同4月17日に自民党政調会の一組織が、テレビ朝日とNHKの経営幹部を党本部に呼びつけ“事情聴取”におよんだのも、こうした言論弾圧への動きと無関係ではあるまい。

朝日新聞の3月4日付の記事によると、磯崎元首相補佐官は一連の経緯をおおむね認めている。

一方、「捏造だ」と啖呵を切っていた高市氏は、総務大臣が行政文書と断じた3月7日、「文書は不正確だと確信を持っている」と、トーンダウンした。「捏造」と「不正確」では、まるで意味が違う。

総務官僚の創作とは考えづらい高市氏の発言記録

結局のところ、高市氏が「捏造だ」「不正確だ」というのは、高市氏が登場する4ページだけだ。とりわけ、15年3月9日、総務大臣室・平川参事官から安藤局長にあったとされる連絡内容「政治的公平に関する件で高市大臣から総理に電話(日時不明)」については、小西議員に対して次のようにはっきり否定した。

「安倍総理との電話がどうのこうのと、日時不詳だと。何月何日に私と安倍総理が電話をしたか、それすら書かれていませんよね。放送法について安倍総理となにか打ち合わせをしたことはありません。…私の電話に盗聴器でもついているんでしょうか。まったくそれは捏造文書だと考えております」

高市氏がそれを捏造だと言い、安倍氏が亡くなっている以上、真実かどうかは平川氏に聞いて調べるほかないが、これ以外の部分はどうなのだろうか。

高市総務大臣が安藤局長からこの件について最初に説明を受けたのは15年2月13日だった。その時の高市発言の概要も記録されている。

苦しくない答弁の形にするか、それとも民放相手に徹底抗戦するか。TBSとテレビ朝日よね。

官邸には「総務大臣は準備をしておきます」と伝えてください。

これが総務官僚による虚偽の作文だとしたら、作者はよほどの想像力の持ち主である。

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総務大臣が早々に資料を「行政文書」と認めた裏事情

それにしても、当初この文書に疑問を呈していた松本総務大臣がなぜ、一転してかくも早々と行政文書であると認めたのだろうか。そこに岸田官邸の意向が反映されていないだろうか。

岸田首相は、総裁選で争った高市氏を政調会長に起用したが、安倍元首相が亡くなったとたん、党三役から外し、得意分野だからという理由で「経済安全保障」担当の大臣にした。その不満からか、高市氏は昨年9月28日のテレビ番組で、大臣就任時に岸田首相とかわした中国がらみの密談の内容を暴露してしまった。岸田首相をはじめ、官邸の面々が憤慨したことは想像に難くない。

折あらば倒閣の機運を呼び起こし、その旗頭たらんとする動きを見せてきた高市氏を、こんどは総務省文書に乗じて、岸田首相が突き放したということなのだろうか。

今のところ、総務省はこの文書を書いた官僚からの聴き取り結果を明らかにせず、高市氏も「捏造」発言を撤回していない。しかし、官邸の政治判断によっては、総務省の態度が豹変することも十分に考えられる。清和会復帰の希望もかなわず、無派閥のまま党内で孤立している感が強いだけに、高市氏がこの窮地を抜け出すのは並大抵のことではないだろう。

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image by: Instagram(takaichi_sanae

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