中高年ともなれば、警戒が必要とされる高血圧。心臓や血管へのダメージを考えると、高齢者においては血圧を140/90mmHg未満に管理することが有益とされてきました。ところが“常識”と思われていたその治療効果を疑うべき研究データがあるようです。今回のメルマガ『糖尿病・ダイエットに!ドクター江部の糖質オフ!健康ライフ』では、糖質制限食の提唱者として知られる江部康二医師が、2019年に発表されたドイツでの研究報告を紹介。80歳以上の高齢者の場合は、血圧を140/90mmHg未満に抑えることで「死亡リスク」が40%も上昇するというデータを伝えています。
80歳以上の降圧。140/90未満で死亡リスク上昇
少し前ですが、メディカルトリビューンに興味深い記事が掲載されました。ヨーロッパハートジャーナルの2019年2月25日オンライン版に掲載されたドイツの研究報告です。
● Control of blood pressure and risk of mortality in a cohort of older adults: the Berlin Initiative Study.(Eur Heart J. 2019 Feb 25. pii: ehz071. doi: 10.1093/eurheartj/ehz071.)
登録時(2009年11月-11年6月)に70歳以上で降圧薬を服用していた患者1,628例(平均年齢81歳)を対象に、
- 血圧正常化は収縮期血圧140mmHg未満および拡張期血圧90mmHg未満
- 非正常化は収縮期血圧140mmHg以上または 拡張期血圧90mmHg以上
と定義し、2016年12月まで前向きに追跡しました。
結果は、正常化血圧群は非正常化血圧群に比べて、特に80歳以上では死亡リスクが40%上昇、同様に心血管イベント既往例では、死亡リスクが61%上昇しました。一方、70~79歳または心血管イベント非既往例では、この傾向は観察されませんでした。
それを受けて結論としては、
「80歳以上または心血管イベント既往歴を有する高齢者を降圧療法で140/90mmHg未満に管理することは、死亡リスクを高める可能性がある」
というものでした。
日本の「高齢者高血圧ガイドライン2017」9ページに、
「高度に機能が障害されていない高齢者に対する降圧治療は,年齢に関わらず心血管病の発症を抑制し生命予後を改善するので行う(推奨グレード A)」
との記載がありますが、少なくとも80歳以上や心血管イベント既往歴がある高血圧患者さんには血圧を下げるか否か、一考の余地がありますね。
以下、メディカルトリビューンの記事から一部抜粋です。
● 80歳以上の降圧、140/90未満で死亡リスク上昇 ~ドイツ・高齢高血圧患者コホート研究|Medical Tribune(2019年03月22日)
最近まで、高齢者では血圧を140/90mmHg未満に管理することが有益と考えられてきたが、この目標値は一般化できないとの研究結果が示された。
ドイツ・Charite’s Institute of Clinical Pharmacology and ToxicologyのAntonios Douros氏らは、70歳以上の降圧薬服用患者を前向きに検討した結果、80歳以上または心血管イベント既往例では、血圧140/90mmHg未満への降圧が死亡リスク上昇に関連していたとEur Heart J(2019年2月25日オンライン版)で発表した。
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高齢患者の降圧目標値は議論中
高血圧有病率は70歳の70~80%に上る。欧州のガイドラインでは、心筋梗塞や脳卒中を予防するための降圧目標値として65歳以上で140/90mmHg以下を推奨。80歳以上にも同じ目標値が適用されるが、個々の患者で併存症などの付加的要素を考慮する必要がある。
高齢高血圧患者の予後を改善する至適降圧目標値については、いまだ結論が出ていない。今回の研究では、降圧療法により地域在住高齢者の血圧を140/90mmHg未満に管理することと全死亡リスク低下との関連を検討した。
対象は、慢性腎臓病対策のための高齢者コホートBerlin Initiative Study(BIS)登録時(2009年11月~11年6月)に70歳以上で降圧薬を服用していた患者1,628例(平均年齢81歳)を対象に、血圧正常化は収縮期血圧(SBP)140mmHg未満および拡張期血圧(DBP)90mmHg未満とし、非正常化はSBP 140mmHg以上またはDBP 90mmHg以上と定義し、2016年12月まで前向きに追跡した。
イベント既往で死亡リスク61%上昇
8,853人・年の追跡期間中に1,628例のうち636例で血圧の正常化が認められ、469例が死亡した。
Cox比例ハザードモデルによる解析の結果、正常化血圧は非正常化血圧に比べて、性、BMI、喫煙状態、飲酒量、糖尿病、降圧薬数を調整後の全死亡リスク上昇と関連していた。
正常化血圧群は非正常化血圧群に比べて、特に80歳以上では死亡リスクが40%上昇、同様に心血管イベント既往例では、死亡リスクが61%上昇した。一方、70~79歳または心血管イベント非既往例では、この傾向は観察されなかった。
降圧療法で個別調整が必要
以上の結果から、Douros氏らは「80歳以上または心血管イベント既往歴を有する高齢者を降圧療法で140/90mmHg未満に管理することは死亡リスクを高める可能性がある」と結論。
また、これらの患者群の降圧療法について、「個人のニーズに応じて調整する必要性が示された。欧州の高血圧診療ガイドラインを全ての患者に適用する、現行のアプローチを変更するべきである」と付言している。
今回使用されたデータは、同施設のElke Schaffner氏が主導するBISの一部として集積されたもので、2009年以降、2年ごとに問診、血圧・腎機能測定、血液・尿検査が実施された。
同氏は「今回、降圧が6年後の死亡に及ぼす影響とその程度を検討した。次のステップとして、どのような高齢高血圧患者で降圧療法が有益なのか検討したい」と述べている。
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