刻一刻と目まぐるしく変化する国際社会。自国の平和のためには、そんな状況を自分たち自身で見極めることが何より重要なようです。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、アメリカの外交政策を大きく混乱させている要因を考察。さらに自分たちで考えることもなしに米国に盲従する日本に対して、批判的な姿勢を示しています。
※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2023年8月14日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
混乱の極致に達したバイデン政権の外交政策/大統領の認知機能の衰えも心配
バイデン米大統領は8月10日、ユタ州での政治資金集め集会での演説で、中国経済が失速状態に陥っていて「すでにタイマーのスイッチが入った時限爆弾(ticking time bomb)」だとその破綻の切迫性を指摘し、「悪い連中(bad folks)が問題を抱えていると悪いことをする(do bad things)」と述べた。
バイデンは、去る6月20日のカリフォルニア州での同様の集会でも、ブリンケン国務長官が初めて北京を訪れてその前日には習近平主席と会談したばかりであるというのに習を「独裁者」と呼び、しかも、独裁者であるにも関わらず自国の偵察気球が米国上空に入り込み撃墜される羽目になることを掌握できていなかったのは独裁者として落第であるかの趣旨のジョーク(?)を飛ばして嘲笑の対象とした。
バイデンに認知機能の衰え?
こういう物言いは、普通の人同士の会話の中であったとしてもかなり品がなく、失礼に当たるだろう。ましてや一国の大統領が他国の最高指導者を批評する表現としては、粗雑を通り越して幼稚で、この一事を見ても、自分の立場を客観的にわきまえて常にそれに相応しい言動をすると言う彼の認知機能に、衰えが出始めていることは明らかである。
この8月10日の発言について問われたホワイトハウスのカービー連絡広報調整官は、「中国の国内問題が対外的な行動に影響を及ぼすことへの懸念を示したものだ」と、幼児的な言い方を大人の言葉に変換して見せたが、それにしても、中国経済が爆発的な破局に向かってカウントダウンに入っているという判断は全くの誤りであり、中国がそのような国内的な危機を抱えているが故に対外的に挑戦的な行動に出る懸念が増しているという判断も全くの偽りである。話は逆で、こういう戯言を撒き散らす人物が米大統領の座にあること自体が、世界の安全保障にとって最大の危険要因なのである。
6月20日の発言は、「時と場合をわきまえない」典型で、2月に予定されていたブリンケン国務長官の初訪中が、中国の偵察気球を米軍部が“撃墜”した騒動の影響で延期となったのを、4カ月かけてようやく関係を再構築し、同長官が18日に北京入り、19日に習近平と会談したその翌日である。中国側も中米対話再開を歓迎し、国家主席が外相と会談するという異例の待遇をした。そこを汲んで、米中関係を上手く軌道に乗せていくため細心の注意を払って次の手を打つのでなければならないそのタイミングで、わざわざ習を独裁者呼ばわりして揶揄するとは、「頭がおかしい」と言われても仕方のない愚行である。
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「対話」基調に舵を切ったはずなのに
バイデン政権は、トランプ前政権から多くのものを引き継いでいるが、中でも顕著だったのは、トランプ政権の後半から急に激しくなった対中経済制裁の路線である。しかも単に引き継いだだけでなく、予算欲しさの軍人の虚言を利用して「台湾危機切迫論」を鼓吹し、さらにはウクライナ戦争と絡めてロシア、中国、北朝鮮など元・現の“共産圏”諸国やイランなどの宗教的独裁国などの「専制主義体制」と米国を盟主としNATO諸国や日韓などを従える「民主主義体制」とが全世界的に対決するという時代錯誤の図式まで描き上げてそれを世界に押し付けようとしてきた。
この路線に変化が出てきたきっかけは、昨年11月14日にバリ島でのG20首脳会議に先立って開かれた米中首脳会談だった。この会談後、バイデンは記者団の前で「中国側には、台湾に侵攻しようといういかなる差し迫った企図もないと、私は思う」と明言した。これを報じた日本のメディアは、本誌の知る限りでは英文Nikkei Asiaだけで、同誌22年11月16日付への米ランド研究所の上級防衛分析官デレク・グロスマンの寄稿だった(本誌22年11月28日号=No.1183参照)。
【関連】ハシゴを外された日本。バイデン「中国の台湾侵攻ない」発言で崩れた台湾有事切迫論
この米中首脳会談を起点として、米国の少なくともホワイトハウスと国務省は台湾有事を煽るような言動を抑えるようになり、それに伴ってブリンケン訪中の準備も始まったのだった。それが今年2月から6月に延びたことは上述の通りだが、それでも「米国発の無責任な『台湾有事』狂想曲はひとまず鎮静化に向かうだろう」(No.1183)という流れは変わらなかった。
実際、バイデンは今年5月21日、G7広島サミット閉幕後の記者会見で、中国との対話による「雪解け」は近いとの認識を示し、米国は中国とのデカップリング(分断)を目指しているわけではなく、対中関係におけるデ・リスキング(リスクを低減させつつ関係を維持していくこと)を望んでいると述べた。
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崩れてきた「専制vs民主」図式
そうなると、「専制vs民主」という虚妄の図式も崩れ始めて当然である。22年12月にブリュッセルで開かれた「インド・太平洋フォーラム」で基調演説に立ったEUの外交・安保政策上級代表ジョセップ・ボレル(元スペイン外相)は「インド・太平洋諸国とヨーロッパ諸国の大半は〔米中のどちらかを選べという〕不可能な選択に直面することを望んでいない」と述べた。
23年4月に訪中して帰国したばかりのフランスのマクロン大統領が「最悪なのは、台湾の問題について、アメリカの歩調や中国の過剰な反応に合わせてヨーロッパの国々が追随しなければいけないと考えることだ。欧州は自分たちとは関係のない世界の混乱や危機に巻き込まれるべきではない」と言ったのも同じ意味で、この発言が批判されると、彼はさらに重ねて「米国の同盟国であることは下僕になることではない。自分たち自身で考える権利がないということにはならない」と、日本とは真逆の自主独立思考を表明した。
そのような考え方こそむしろ世界の大勢である。欧州外交問題評議会理事のマーク・レナード(元ブレア英首相の外交政策顧問)が「フォリン・アフェアズ・レポート(FAR)」8月号で指摘しているように「欧米は、国連でのウクライナ戦争〔についての対ロシア〕非難決議が141カ国に支持されたことを誇りにしているが、国際関係の専門家で評論家でもある精華大学の楚樹龍は、実際に対ロ制裁に参加している国の数の方が欧米のパワーを示すよい尺度だと主張する。この計算では、欧米ブロック側として制裁に参加しているのは33カ国だけで、167カ国はロシアを孤立させる経済制裁への参加を拒否している」。
そのため、マクロン発言以降、米国の高官からも「米中、あるいは欧米と中国のどちらかを選ぶように各国に求めることはない」(ガービー連絡広報調整官)、「我々は米中のどちらかを選べとは言っていない」(ブリンケン)、「世界の人々や国々に我が国か他の国のどちらかを選ぶように求めることはない」(オースチン国防長官)など、皆同じような表現で軌道修正を図る発言が続いていて、上述5月のバイデンによる「デカップリングからデ・リスキングへ」の転換宣言もその一環なのである。
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未来図が描けない米国の悩み
こうして、昨年11月以来、対中国政策は、バイデン自身の主導で対立一本槍から対話を重視する方向へとシフトしつつあるのだが、彼の頭脳が巧く整理されていないので、時折「悪い連中」とか「独裁者」とかの使い慣れた悪罵が口をついて出てしまい、そのシフトを掻き乱すのだろう。
しかし、問題はそこだけに留まらない。「対話重視」は一般原則ではないので、対ロシアについてはあくまでプーチン政権打倒、ロシア国家の崩壊を求める超強硬路線が続いていて、外交姿勢全体の整合がとれていない。だから、デ・リスキングへのシフトは、対中国関係の硬直化の打破には資するかもしれないが、ウクライナ戦争を終わらせることには何の役にも立たず、むしろ米国を世界から孤立させてしまうだろう。
その背景には、米国自体が21世紀、覇権国であることを止めた後に一体どのような国として生きていくのかの将来像を描く力がなく、その苛々状態の中で、20世紀の遺物でしかない軍産複合体の戦争挑発策動が強まったり、それに反発するITはじめ最先端分野のグローバル協調志向が巻き返しに出たりして、政権も議会も社会も大きく揺れ動きながら張り裂けてしまうような状態が続くのだろう。
そうした米国の分裂ぶりとバイデンの統合能力の欠如を冷静に見極めないで、そのどこか一部を「米国そのもの」だと思い込んでしまうと、例えば、もはや米国が「台湾有事切迫論」から引き始めている時に麻生太郎自民党副総裁が台湾に出かけて行って「戦う覚悟」を宣言するという頓珍漢が起きる。マクロンが言うように「自分たち自身で考える」ことなしに自国の安全と平和を確保することなどできるはずがないのである。
(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2023年8月14日号より一部抜粋・文中敬称略)
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- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.478]2021年の日本と世界──コロナ禍の収まり具合が決める天国と地獄(12/28)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.477]右翼の尖閣紛争挑発に惑わされてはならない!(12/21)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.476]3カ月で早くも下り坂を迎えた菅義偉政権(12/14)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.475]Go Toトラベルを6月まで延長する菅義偉首相の執念(12/7)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.474]東アジア不戦を誓う「22222222222宣言」運動(11/30)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.473]「インド太平洋」は中国を含めた軍縮の枠組み?(11/23)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.472]バイデンで米国は正気を取り戻せるのか?(11/16)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.471]菅政権の「米中バランス外交」を警戒する右寄り陣営(11/9)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.470]トランプがパックス・アメリカーナを壊した?(11/2)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.469]学術会議問題で嘘を撒き散らす菅義偉首相とその仲間たち(10/26)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.468]学術会議人事介入の裏にあるもの(10/19)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.467]何もかも出任せの言いっ放しという安倍政権の無責任(10/12)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.466]年内総選挙はなくなり、年明け早々もできるのかどうか?(10/5)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.465]玉城デニー沖縄県政2年目の折り返し点ーー菅政権と戦って再選を果たすには?(9/28)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.464]「中国脅威論」を煽って南西諸島進駐を果たした自衛隊(9/21)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.463]10月解散・総選挙はいくら何でも無理筋では?(9/14)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.462]安倍の何が何でも石破が嫌だという個人感情が生んだ菅政権(9/7)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.460]長ければいいってもんじゃない安倍政権“悪夢”の7年8カ月(8/31)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.460]立憲・国民が合流して新党ができることへの私なりの感慨(8/24)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.459]世界最低レベルの日本のコロナ禍対策(8/17)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.458]「食料自給率」の主語は国、都道府県、地域、それとも個人?(8/10)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.457]コロナ禍から半年余、そろそろ中間総括をしないと(8/3)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.456]自然免疫力を高める食事こそが「新しい生活様式」(7/27)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.455]コロナ禍を機に起こるべき価値観の転換《その2》(7/20)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.454]コロナ禍を機に起こるべき価値観の転換《その1》(7/13)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.453]コロナ対策の大失敗を隠したい一心の安倍とその側近たち(7/6)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.452]ほぼ確定的となったトランプ敗退(6/29)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.451]イージス・アショアを止めたのは結構なことだけれども(6/22)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.450]ほとんど半狂乱状態のトランプ米大統領ーー米国の命運を決める黒人票の動向(6/15)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.449]「拉致の安倍」が何も出来ずに終わる舌先三寸の18年間(6/8)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.448]安倍政権はいよいよ危険水域に突入した!(6/1)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.447]「10月」という壁を乗り越えられそうにない東京五輪(5/25)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.446]何もかも「中国のせい」にして責任を逃れようとするトランプ(5/18)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.445]ポスト安倍の日本のアジア連帯戦略(5/11)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.444]結局は「中止」となるしかなくなってきた東京五輪(5/4)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.443]こういう時だからこそ問われる指導者の能力と品格(4/27)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.442]「6月首相退陣」という予測まで飛び出した!(4/20)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.441]何事も中途半端で「虻蜂取らず」に陥る日本(4/13)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.440]米国でも物笑いの種となった「アベノマスク」(4/6)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.439]1年延期でますます開催意義が問われる五輪(3/30)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.438]もはや「中止」するしかなくない東京五輪――安倍政権の命運もそこまでか?(3/23)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.437]改めてそもそもから考え直したいヒトと微生物の関係(3/16)
- [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.436]後手後手をカバーしようと前につんのめる安倍の醜態(3/9)
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