林哲司がヴァン・ポーガムに聞く「なぜシティ・ポップという日本の80’s音楽に興味を持ったんですか?」
──それでは、今度は林さんから、ヴァンさんに質問をお願いします。これだけ世界的なブームになっているシティ・ポップを、いち早くミックスして世界中に広めたDJであるヴァンさんにいろいろお聞きしたいことがあるかと思います。
林:なぜアメリカに住んでいるヴァンさんが、私の昔に作った曲を知っているんですか?
ヴァン:林さんがご存じかは分かりませんが、私がDJとしてシティ・ポップをかけるとき、すべてヴァイナル(アナログレコード)でかけているんです。シティ・ポップという音楽をレコードで集めて聴くようになって数年後に気づいたのですが、レコードのジャケットの裏とかライナーノーツを見ていると、何回も「ハヤシテツジ」という名前が出てきました。ああ、この方は重要な作曲家なんだなと思ったわけです。今も世界中で同じことを思っている人が、少しづつ増えているのではないかと思います。
林:あなたのようなDJが、昨今の「シティ・ポップ」というブームを作ったと思っていますが、なぜ「シティ・ポップ」という日本の80’sの音楽に興味を持ったんですか?
ヴァン:特に林さんが作曲した曲から感じることですが、80年代のシティ・ポップは他の時代の音楽と比べて、とてもユニークなサウンドだと思います。特にメロディがとてもユニークで、もっと聴きたくなります。それが、今の時代の西洋音楽に足りない要素なんじゃないかなと思うんです。
林:なるほど。この世界的な「シティ・ポップ」ブームについて、私も最初はとても奇妙で謎だったんですね。なぜかというと、40年も前に書いた自分の作品が世界中で聴かれている理由がまったくわからなかったから。ただ、自分はプロデューサーという一面も持っているので、音楽的な要素を自分で理解しなくてはいけないので、そういった面からこのブームを分析してみたんですが、昨今いろいろな音楽ライターたちが言っていることを目にしたり耳にしたりして、さまざまな理由や要素があるということは理解できました。
でも、自分で唯一理解できなかったことがあります。それは、40年以上前に私たち日本人が多大な影響を受けた大元であるアメリカの80年代の音楽があるのに、なぜ、あなた方の興味は日本のシティ・ポップに向いたのでしょうか?
ヴァン:私たち若い世代のアメリカ人にとって、マイケル・ジャクソンとかドゥービー・ブラザーズは親世代の音楽であり、「ダサい」「今ドキの音楽じゃない」と感じている人が多いんだと思います。日本のシティ・ポップは、確かにその当時のサウンドに近いのですが「新しい自分たちの音楽だ」と認識できるところがあるんです。
林:そういうところが、インターネットの時代ならではですね(笑)。
ヴァン:今の若い世代はラジオを聴く習慣がないので、「シティ・ポップという音楽は、現代のラジオだ」と感じていますね。彼らには「これが新しい音楽だ」と。
林:日本はシティ・ポップに対する解釈が難しいんです。なぜかというと、リアルタイムで聴いてきた世代の人たちと、海外からのブームで聴く今の若い世代の人たちとがいて、「リヴァイヴァル」として聴く人と、新しい音楽として聴く人が混在しているために、何をもってシティ・ポップとするのか、さまざまな定義や解釈があるからなんですね。ところが、海外のファンは「日本の80年代のメロディアスな作品」「都会的な作品」として括ってしまうから、すごくわかりやすい。海外の人たちにとっては「リヴァイヴァル」ではないでしょ?
ヴァン:はい。シティ・ポップは新しい音楽、新品です(笑)。それでいて、忘れていた古い友人の写真を見つけたかのような、懐かしい感覚になる音楽ですね。
日本の音楽からは「センチメンタル」が感じられる
林:もう一つだけ付け加えると、元になったアメリカの80年代の音楽と、私たちがそれらを参考にして作った音楽との違いは、日本という国が持つ独特のメランコリック(憂鬱、物憂げ)な感情がサウンドに込められているからなのかな、という気もしました。
ヴァン:私もそう思います。日本の音楽にはセンチメンタル(感傷的)な部分が求められているものが多いと感じていますが、アメリカの音楽プロデューサーたちは今までそういうものを求めていなかったのですが、今になってアメリカがそういう要素を取り入れようとしているような気がします。
林:たとえば、7、8年前にブルーノ・マーズ(米シンガーソングライター)が、非常にレイドバックした音楽でグラミー賞をたくさん獲りましたけど、その後もチャーリー・プース(米シンガーソングライター)とか、デュア・リパ(英女性シンガーソングライター)など、メロディアスな曲を作るアーティストがヒットを出すようになってきたと思うんですね。
おそらく80年代の終わり頃にM.C.ハマーが出てきて、グルーヴを中心としたラップ音楽が流行りだした。私はそのブームがすぐに収まると思っていたんだけど、ものすごく長いスパンで今日までコンピュータが作り出すグルーヴミュージックが中心の時代が続きましたよね。そんな「メロディが失われた時代」が長かったから、逆に今メロディに回帰しているんじゃないかなという気がします。
ヴァン:やはり歴史はぐるぐる回るもので、今になってAORやヨット・ロックと呼ばれていたものの人気がアメリカでも戻ってきていますし、今の若い世代はセンチメンタルな音楽で育っていないので、新鮮に感じているのだと思います。そういうセンチメンタルな部分も人間として必要なものじゃないかなと感じますね。
林:アメリカの音楽が世界をリードしていた80年代に渡米してLAに住んでいた日本のエンジニアが当時、私たちに言っていたのは「日本人はアメリカ人のようなメロディが書けるけど、一つ違うのは、日本人の方が繊細な、センシティブな曲を書くことが多い」と。
ヴァン:90年代にアメリカで作られたHIPHOPなどは、とてもアグレッシブで目立つ要素が求められていて、日本のような繊細な部分はなかったと思います。だから、今シティ・ポップを聴いて、そういった繊細な部分を求めている人が増えているのでないかと感じています。
「真夜中のドア」を広めてくれた世界中のDJに感謝
林:リフが多かったですよね、長い間ね。「真夜中のドア」についてお話しすると、あの曲がリリースされた79年当時はスマッシュヒットで終わってますけど、その後あなたのようなDJたちがずっとこの曲を大事にしてくれて、クラブなどでかけ続けてくれていた時代が長い間あったんですね。それが、この曲の人気を継承してくれた大きな力だったと思いますし、あなたたちDJがこの曲をインターネットで取り上げてくれたことがインフルエンサーとなって、ここまでワールドワイドになったんだと思います。だからすごく感謝しています。
ヴァン:DJとしてシティ・ポップのレコードを回していると、特に「真夜中のドア」は、お客さんから「この曲を聴いたら鬱っぽい気分が解消した」という報告も受けています。日本語がわからなくても、メロディの強さと楽曲の強さによって、伝えたい感情が伝わってくるような素晴らしい作品だと思います。世界中の人が、たとえ言葉はわからなくても何かを感じる曲です。
林:松原みきさんは今この世にいませんけれど(2004年に44歳で逝去)、今の時代に彼女の声を世界中のみなさんが聴いているということは、天国の彼女も非常に喜んでいると思いますよ。やはり、ヒット曲だったかどうかということではなく、あなたたちDJが自分の感覚で良いと思う曲をチョイスするということがものすごく大事なことで、そのおかげで今まで知られていなかった曲が表に出る機会が生まれたんですから。ときどき、あなたたちが選ぶ曲に「えっ!」となることがありますよ(笑)。
ヴァン:特にそう思った曲はなんですか?
林:たとえば「Rainy Saturday & Coffee Break」(林哲司の2ndアルバム『BACK MIRROR』(1977)所収)という曲がありますけど、自分では「悪い曲ではないけど、みなさんが取り上げてくれるような曲ではない」と思っていたんですけどね(笑)。
ヴァン:好きなものは好きだ、と音楽が語っています(笑)。私は、11月5日(日)に行われる林さんの作曲活動50周年を記念した「ザ・シティ・ポップ・クロニクル 林哲司の世界 in コンサート」(於:東京国際フォーラム)のチケットを購入しました。日本へ行くこと、そして林さんのコンサートを見に行くのが今から楽しみです。
林:Really? 本当に? 当日お会いできるといいですね。
ヴァン:はい、私もお会いできたら嬉しいです。では最後に質問させてください。この「ザ・シティ・ポップ・クロニクル 林哲司の世界 in コンサート」で、私たち観客はどんなことを期待すれば良いですか? 何かサプライズはありますか?
林:いつも自分がやっているライブとは違う、大勢のオリジナルシンガーが歌う「曲が主人公のコンサート」になりますので、大いにご期待ください。
ヴァン:シティ・ポップはDJである私の人生に大きな影響を与えました。本当に感謝しています、ありがとうございました。
林:こちらこそ、本当にありがとうございました。近いうちにお会いできるのを楽しみにしています。
──本日はお忙しい中、長時間にわたってお話しいただき感謝申し上げます。世界のシティ・ポップ史に残る、画期的で素晴らしい対談だったと思います。林哲司さん、ヴァン・ポーガムさんのますますのご活躍をお祈りするとともに、まだまだシティ・ポップに触れたことのない世界中のリスナーのみなさまに、日本のシティ・ポップの魅力を知っていただくことができましたら幸いです。ありがとうございました。
林哲司コンサート情報
ザ・シティ・ポップ・クロニクル 林哲司の世界 in コンサート
公演日 : 2023年11月5日(日) 開場 16:00 / 開演 17:00
会場 : 東京国際フォーラム ホールA
全席指定 15,000円(税込) ※未就学児入場不可
【出演】
杏里 / 伊東ゆかり / 稲垣潤一 / 上田正樹 / エミ・マイヤー / 菊池桃子 / 国分友里恵 / 佐藤竹善 / 杉山清貴 / 杉山清貴&オメガトライブ [杉山清貴(Vocal)、髙島信二(Guitar)、吉田健二(Guitar)、大島孝夫(Bass)、廣石惠一(Drums)、西原俊次(Keyboards)、大阪哲也(Keyboards)、Juny-a(Percussion)] / 鈴木瑛美子 / 寺尾聰 / 土岐麻子 / 林哲司 / 松城ゆきの / 松本伊代 / 武藤彩未 / Little Black Dress ※50音順
【音楽監督】
萩田光雄 / 船山基紀
【演奏】
『SAMURAI BAND』今剛(Guitar)/ 増崎孝司(Guitar)/ 富樫春生(Keyboards)/ 安部 潤(Keyboards)/ 髙水健司(Bass)/ 江口信夫(Drums)/ 斉藤ノヴ(Percussion)/ 高尾直樹・大滝裕子・稲泉りん(Chorus)/ ルイス・バジェ(Trumpet)/ アンディ・ウルフ(Saxophone)
※都合により出演者が変更になる場合がございます。予め御了承ください。
主催 : DISK GARAGE / PROMAX / 朝日新聞社 / ニッポン放送 / TOKYO FM
特別協力 : サムライ・ミュージック・コーポレーション / フジパシフィックミュージック
制作・運営 : DISK GARAGE / PROMAX
企画製作 : DISK GARAGE / PROMAX / 朝日新聞社
林哲司リリース情報
シティポップからアイドル、バンドにコーラス・グループまで。瑞々しくも鮮やかな珠玉のメロディをここに集約した林哲司デビュー50周年記念CD-BOXセット!
今年デビュー50周年を迎えた林哲司の全キャリアから、アンソロジストの濱田髙志が監修、カテゴリごとに系統立てて選曲・構成したメモリアルな5枚組CD-BOXセット。ヒット曲、話題曲をはじめ、TVドラマやアニメ、 映画の主題歌、映画音楽、CM曲やお蔵出しのデモトラックまで初音盤化音源29曲を含む全103曲を収録。 また、林哲司自身による収録曲の全曲解説や作品リスト、貴重なプライベートフォトを掲載したブックレットが封入される。
完全生産限定盤
品番:MHCL-30815〜30819
価格:¥14,850(税込)
発売元:ソニー・ミュージックレーベルズ
商品サイト
コロムビアから発表された林哲司によるアイドルソングやアニメ・特撮主題歌で編んだ珠玉の作品集。
「林哲司 コロムビア・イヤーズ」は、林が日本コロムビアで発表した楽曲を2枚のCDに分けて構成、DISC1 には主にポップスを(一部主題歌含む)、DISC2 にはアニメを中心とした主題歌を収録した。これによって、シティ・ポップとは異なる、作曲家・林哲司の新たな魅力の発見に繋がるのではないだろうか。本作は《TV AGE》シリーズで監修は濱田髙志。河合奈保子、島田奈美、国実百合、中村雅俊、八代亜紀、美空ひばり等への提供曲や、「ドラゴンボールZ」、「キテレツ大百科」の主題歌など全39曲収録。
品番:COCP-42041~2(2枚組)
価格:¥3,630(税込)
発売元:日本コロムビア
商品サイト
『ビクター・トレジャー・アーカイヴス 林哲司ビクター・イヤーズ』
林哲司がビクターから発売された作品の中から36曲を厳選収録(初CD化4曲)。石野真子、岩崎宏美、小泉今日子、酒井美紀、桜田淳子、松本伊代ら女性シンガーに提供した楽曲から、伊東ゆかり、堺正章、髙橋真梨子、松崎しげるらAORテイストを持つシンガーの曲まで、余すところなく収録した作品集。監修:濱田髙志。
品番:VICL-65895~6
価格:¥3,630(税込)
発売元:ビクターエンタテインメント
商品サイト
『林哲司 オリジナル・サウンドトラックス -Theme & Variations-』
林哲司が1980年代から2000年代にかけて映画・テレビドラマに書き下ろした珠玉のオリジナル・サウンドトラックを収録!
林哲司本人の選曲により選りすぐられた映画、テレビドラマのために作曲した映像音楽、オリジナル・サウンドトラックを集めたCD3枚組となる豪華作品集。「ハチ公物語」や「遠き落日」などの代表作から、今回のCDで初音盤化となる貴重な作品まで、林哲司の映像音楽を堪能出来るコンピレーション。
2023年11月15日(水)発売
品番:CDSOL-2017/19
定価:¥5,500(税込)
発売・販売:SOLID/ULTRA-VYBE
シティポップの名曲の数々を生み出したメロディメイカーが自作曲をもとに解説する実践的作曲法!
本書には、初心者にも優しくポップスの作り方を解説した実践的作曲法が満載。「一から楽典を学ぶ必要はない」など、アカデミックな作曲法ではない身近な曲の作り方を紹介しているので、誰でも気軽に始められるのが大きな特徴となっています。「真夜中のドア〜stay with me」(松原みき)、「September」(竹内まりや)、「ふたりの夏物語」(杉山清貴&オメガトライブ)、「思い出のビーチクラブ」(稲垣潤一)など、林哲司が自身の体験をもとに開示するリアルな作曲法は、きっと多くの人の参考になることでしょう。
判型:A5正寸
ページ数:224p
定価:2,420円(税込)
発行:リットーミュージック
商品サイト
『Hayashi Tetsuji Saudade 50years with melody』
デビュー50周年・公式記念本。林哲司が紡いできた音楽の深淵へ誘う決定版!
2023年、デビュー50周年を迎えたシティポップを代表する作曲家・林哲司の公式記念本。夕刊フジ人気連載「ポップス半世紀」を再録。その音楽人生と名曲群に迫る。これまで多くの楽曲で共演してきた稲垣潤一、杉山清貴、菊池桃子、竹内まりやをはじめ、ヒャダインとのポップス談義など、貴重な対談・インタビューも収録。40ページ以上にわたる林哲司全作品リストは圧巻。巻末には、「北ウイング」(中森明菜)の林哲司直筆アレンジ譜を完全収録。ファンはもちろん、シティポップに関心のあるファン、必携の一冊。
編著者 林哲司 50th Anniversary Project
定価:¥5,720(税込)
判型:B5判
ページ数:208p(オールカラー)
発行:KADOKAWA
商品サイト
尊敬と愛を込めて。林哲司初のトリビュートアルバム発売決定!縁のある豪華アーティスト陣の新録カバー多数収録!
中森明菜、杉山清貴、中西圭三、中川翔子&ヒャダイントライブ(スペシャルユニット)、上坂すみれ、Pii、GOOD BYE APRIL、松城ゆきのがカヴァーアーティストとして新録で参加、更に過去にカバーされた林哲司楽曲でも選りすぐりのヒット楽曲をコンパイル。
林哲司を語るうえで代表的な楽曲を全12曲収録!
初回盤DVDには過去に作品化されていない林哲司のウルトラレア映像を収録!
VPCC-86470 ¥5,500(税込)
VPCC-86471 ¥3,300(税込)
発売元:パップ
商品サイト
林哲司の原点とも言えるディスコ・ミュージック作品集。ハッスル本多がプロデュースしたイースタン・ギャング、そして世界歌謡祭受賞シンガー、シューディの作品を収録。その洗練されたメロディと流麗なアレンジは後に林が手がけるシティポップ作品を彷彿。今回、シューディの代表曲「エクスタシー」2023年ヴァージョンSamurai mixをボーナス・トラックとして収録。
品番:VICL-65847~8
価格:¥3,960(税込)
発売元:ビクターエンタテインメント
商品サイト
ヴァン・ポーガム出演情報
『都市浮遊』
Date: 2023/11/02 19:00-23:00
Venue: Spincoaster Music Bar Shinjuku
〒151-0053 東京都渋谷区代々木2丁目26-2 第2桑野ビル 1-C
Entrance Fee: ¥2000 + 1D
出演:Van Paugam (from Chicago)
Lady Keikei (Live)
ΔKTR
MARMELO
kissmenerdygirl
『The Different Genres Day』
30th Oct. Mon. / 2023年10月30日(月)
MIKA Bridgebook presents
Tokyo Disco: City Pop Edition
Special Live with DJ Van Paugam (from Chicago)
image by: shutterstock.com